4 過去を知る刀匠
今書いている時代から100前にも関東で国ができようとしていた。
もしそれが実現していたら100年後、現代はどうなっていたのだろう?
奥州から遠く離れた平安京には貴族が住む多くの寝殿造りが立ち並んでいた。その屋敷の一つで仕事を終え、屋敷の戻って自由になった昼下がりに、40歳ほどの一見貫禄がありそうでその実、これから訪れるものに不安を露わにしている情けない姿の一人の貴族が明るい日差しがさす、寝殿の中で座っていた。
「帝も3年間の行幸で野蛮な武士である義家に自身の警護を任せた。麿は・・・・」
貴族はがっくりと首が垂れてしまった。そのとき、貴族は突然屋敷もろとも闇の中に放り込まれた。貴族は何が起きたか分からず、うろたえた。
そして、あの男が貴族の前に立っていた・・・・。
「俘囚の長がもうすぐあの地に都を作り、お前達と同じになる。エミシがお前達と対等の存在になる」
漆黒の男である。貴族は思わず漆黒の男に背を向けてうずくまってしまった。漆黒の男は右手で払う動作をした。するとうずくまっていた貴族が吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「お前は俺を恐れている。だが、俺に頼りたい。誰を・・・・時代から消してやろうか」
貴族は何も言えなかった。恐怖に震える貴族を漆黒の男はしばらくは見つめ・・・・ついに背を向けて立ち去ろうとした。
その時、意を決するように貴族は両手を床に付けながら、漆黒の男に何かを言おうとした。
「・・・・・・・・・・」
貴族は漆黒の男に何かを願おうとして、それを口に出せなかった。
* * *
風来の案内で二人は森の奥を進み、しばらくすると風来の里が見えてきた。ククリは里を見渡した。ざっと35,6人ほどの小さな里だった。その小さな里でククリはまた不思議な気分になった。
みんな同じような年ばかり・・・じゃが、その年がいくつなのかもよくわからぬ・・・
奥州は舞草辺りで刀匠達が武器を作っていると聞いていた。森の奥にあるこの里でも大きな炎が立ち上り、鎚の音が聞こえ、男達が武器を作っているのが分かる。
それはまるで人から隠れるようにして武器を作っているようにも思えた。
「アヒト!あんたアヒトでしょう!」
久狼に一人の女が近づいてきた。
「おぉ、キリさん!あんたも歳いくつ?」
「女性に歳なんか聞くんじゃない!」
キリという女性は小太りした元気な女性だった。女性はすぐにククリに気がついた。
「アヒト・・・・あの娘は?」
「森の中で出会ったククリって女。あっあと俺今、久狼って名乗ってるから」
久狼はキリに今までの経緯をしゃべっていたが、キリのククリを見る瞳が、何だか懐かしいような、何だか喜んでるような感じだった。
「あの・・・・キリさん?」
「早く、あの娘と一緒に子供さ作れ~!」
「何言ってんだ、てめぇはー!!!」
* * *
「ククリ殿・・・・お前さんの母親は・・・・一加か?」
作業場のすぐ側にある切り株に腰を下ろしながら風来がククリに驚くような事を聞いてきた。その問いにククリの表情が曇った。風来はまるで、何もかも知っているような眼で白鬼を見ながらククリに尋ねた。
「はい、わらわの母は・・・・一加一乃末陪です」
「安倍氏の三人娘の末っ子がお前の母親だと?」
久狼は驚いた。安倍氏には三人の娘が居た。長女の有加一乃末陪は藤原 経清に嫁ぎ、清衡を産んだ。
次女の中加一乃末陪は陸奥国伊具郡の豪族、平 永衡に嫁いだ。
そして先の戦で二人の夫は源 頼義の味方につき妻の父であった頼時と戦いった。だが敵の女を妻に持つ二人は自分達を信じていない頼義に裏切り者として殺された。
そして三女の一加はどうなったのか分からなかった。その安倍氏三女の娘が今自分の目の前に居る。
「母親によく似ている。そうか、ククリはちゃんと生きてお前さんを産んだのか・・・・父親はあの武士か?」
風来が安堵のような眼差しでククリを見た。
「母は今は一加と名乗って加賀国で父と一緒に住んでおります。わらわは元々母の名であったククリを受け継ぎました」
「で、風来はなんで、ククリを知ってんの?」
次に久狼が風来に尋ねた。風来は伝えねばならぬ話を二人に語り出した。
「久狼・・・・ククリの母親は、安倍 頼時自身がエミシのとある郷で養女にしたいと願って頼時の三女になった・・・・どこの郷かわかるか?」
「知らん!」
久狼は速攻で答えた。
「お前の郷だ」
「・・・・・ほぇ?」
久狼の首が傾いた。
「ワシはこの奥州で住む場所を何回も変えながら、刀工として生きてきた。そして35年前、お前の郷で一人の白髪の綺麗な四歳の女子がいた。その女子を育てていたのが、久狼、お前のエカシ(爺さん)とフチ(婆さん)だ」
「ミチ(父親)からそんな話聞いてないぞ!?」
突然の展開に久狼は化石のように固まってしまったが、風来はそんな状態お構いなしにどんどん話を進めていった。
「ククリに出会って2年後、頼時自ら久狼のエカシのところへやって来て、幼いククリを養女にしたいと頼みにやってきた。
あの時、安倍氏は勢いに乗って衣川を超えて、支配地域を拡大してった。だからこそワシは不安だった。
だがククリは頼時の養女となり、名を一加と変えた。頼時は今の清衡のように帝の元に一加を入内させて、帝と血縁関係を作り、我らエミシの新しい時代を作ろうとしていたのかもしれん。
結局、時代は頼時の味方してくれなかったが・・・・」
「母から聞きました。あの戦の時、養父であった頼時公、兄弟になった貞任公も亡くなられた。しかし母は父が守り通し、そのおかげで加賀国でわらわが生まれたと・・・・」
「その通りだ・・・・あの武士には感謝してもしきれん!」
風来は少し感極まった。20年前のエミシと大和に対する2回目の敗北の中で、一加が生きてくれたのが嬉しかった。
「あの・・・・そういうのも含めて、教えてよ風来・・・・」
一人忘れられたように立っている久狼が感動している風来に今回の出来事を尋ねた。
「長い話だ・・・・」
落ち着いた風来が古の記憶を語り出した。
「かつてワシらは金が多量に眠るこの地で大和、海の外とも獣の皮、馬、金などで交易をして、自由に生きておった。そして、大和はこの地を欲していた。
300年前、大和は民に重い税を課して民に無理を強いながらも新しい時代を作ろうとし、多量の金も欲していた。そんな奴らとってこの地は是が非でも手に入れたかった。
大和は宮城郡に城を築き、そこを拠点にワシらを攻めた。その時、一人の男がワシらを束ねて地の利を生かして大和を大いに苦しめた」
風来は奥州の森を見ながら、この地の歴史を語り出した。その眼は遠い過去の記憶を見ているようだった。
「300年前、一人の男が仲間を率いて、戦った時代と、今の清原氏の争い、ククリそれがみんな繋がってるのか?」
久狼の質問に風来はすこし沈黙して、心を静めて・・・・そして語り出した。
「ククリ殿、この地へ来るとき衣川は渡ったか?」
「はい、渡りました・・・・」
ククリは頷いた。
「300年前、ワシらが倍以上の数で攻めた大和の軍を退けた川だ。あの川で我らエミシと奴らの世界の境界線が引かれた。20年前、安倍 頼時(あべ の よりとき)がその川を渡ってその時の陸奥守だった頼義と息子、義家と戦った。頼時は朝廷から貢租を怠り、それが反乱だと言われた」
「・・・・100年前のことです。父の生まれた坂東の地で一人の武士が帝を名乗って東国に国を作ったと聞いたことがあります」
突然、ククリが昔、坂東で起きた出来事を語り出した。
「その武士も朝廷に反旗を翻し、結局討伐されたと・・・・父から聞いたことがあります」
ククリは思い出した。幼い頃、父から聞いた武士の地の坂東でも100年前、新しい時代を作ろうとした人間がいたことを。
「ある話じゃあ~、新しい時代が来るとき、必ず古い時代と共に消え去る人間が出てくる。暗闇からある者が現れるんじゃが・・・・そいつは人でもなければ、神でもねぇ。
人間が時代の変わり目に恐怖してそいつの力を頼りにしたとき、その者は自分の刺客を放つ。黒の模様が入った黄色い着物、骸の輪袈裟・・・・そして大きな刀を持ったそいつは人でもなければ、獣でもねぇ。
そしてそいつは古い人間を古い時代を向こうの世界へと連れ去っていくという。
300年前、38年間もワシ達と戦い続けた大和が人でもない神でもないその者に頼んだ。そして、奴が来やがった・・・・」
風来は”奴”を口にしたとき、持っていた鎚を強く握りしめた。
「奴によってワシらの心は崩された。先頭に立って戦ってくれた男を裏切って、大和の方に行ってしまった仲間もいた・・・・ワシ達は時代に負けちまったんだよ。
20年前の安倍氏の乱、そして10年前、久狼の集落も襲われた・・・・奴だ」
「奴の名はなんて言うんだ?」
久狼が奴の名を聞いた。300年前にこの地に現れた、久狼がずっと探していた奴の名が知りたかった。
「何人かの生き残りが奴をこう呼んだ・・・・」
風来は持っている鎚の柄で地面に奴の名前を書いた。
骸の死者
「・・・・・・字が違うんじゃねぇか?こうだろ?」
久狼も自分が持っている蕨手刀で地面に”使者”と書いた。
「最初はそれに違いねぇ。だがぁ~奴は突然現れ、我らを向こうの世界へと送っていく。
奴は死人じゃねぇだろうが、生き残った者達は奴から自分たちとは違う異様なものを感じた。それで奴は”使者”から”死者”になったんだろう」
「風来・・・・清衡がやろうとしていることはククリが危ねえんじゃねぇのか?」
今までの話を聞いて、久狼はククリの身が心配になり、清衡を信じることができず、清衡にククリを渡したくないという思いが強くなった。
「頼時と、清衡とで決定的に違うところがある。清衡は関白と仲が良い~」
「関白って何?」
久狼が首をかしげて関白とやらを尋ねた。
「藤原氏の権力の証・・・みてぇ~なもんだな。藤原氏は昔からずぅ~っと帝に娘を嫁がせて、帝と親戚になって権力を手にしてきた。関白は帝の側で世の中を動かすことが出来る。その地位は藤原氏の中で頂点に立った者が座ってきた。清衡は大和の権力者を味方につけることができたのだ」
風来の説明は終わった。作業場では鎚を叩く音が聞こえる。仲間の刀工達が、己の魂を注いで武器を作っている。
森の中では鳥の鳴き声が聞こえ森の優しい風が森も久狼達も包み込んでいた。
「風来、もし・・・・奴を倒せたら、俺達の時代を取り戻せるのか?」
最後に久狼がもう一つ尋ねた。
「・・・・わからぬ。最近、大和でも武士の地位が高まって、貴族の間では義家が野心を持っているという噂がある。
そして陸奥守でもある義家は此度の争いで関白と仲の良い清衡の味方をしている。清原氏の兄弟はずっと仲が悪い。
清衡と家衡がケンカする前は義兄の真衡と清衡、異父弟の家衡が喧嘩した。大和、武士・・・・エミシ・・・・時代が動いてやがる」
* * *
風来は郷の男2人を選んで、陸奥を馬で駆けてコガネを探させた。
コガネを探している間、久狼とククリは風来の郷で風来の仲間と一緒に住むことになった。風来の郷の男の生活は半分は作業場で武器を作り、半分は狩りをしていた。
久狼は今まで独りで狩りをしていたが、風来の仲間とは意気投合し一緒に狩りをするのは楽しかった。
風来の仲間と一緒に馬を駆け、10年森の中で鍛え上げた、並外れた五感で獲物を見つけて、仲間に届けた。
そして・・・・俺は今、女と一緒に住んでいる・・・・。
久狼はなんだか変な気分だった。今まで独りで森の中で住んでいた自分がいきなり女と一緒に家に住むことになった。
* * *
「誠に勝手で申し訳ないのですが・・・・わらわは清衡様のところに行く前に・・・・どうしてもコガネに会いとうございます」
「と言うわけだ風来、コガネが見つかるまでククリをあんたの家に住まわせてやってよ。俺はそこら辺で生活する」
ククリは風来、キリそして久狼に申し訳なく自分のわがままを言った。それに対して久狼は風来に何の気も遣わず、ククリを住まわせろと言った。
「まぁ・・・・構わんが、おめぇはどうすんだ?」
「あぁ俺?森の中で家なしで生きてきたから、家なんざ必要ねぇ」
あきれる風来に久狼は今までやってきた野生の生活をそのままやると普通に言ったが、すぐにそれに反対する者が現れた。
「何言ってんの!あんだ達は2人で一つ屋根の下で暮らすのよ!誰か一家族を別の家族の家に一緒に住まわせるから、その空き家にあんだ達が住むのよ!アヒト、ちゃんとククリを守りなさい!ククリ、久狼の面倒を頼むわよ」
キリの一言で久狼とククリは同じ家に住むことになった。
* * *
「なぁ、風来・・・」
鹿を仕留めて、郷に戻った久狼はククリがいる家に戻る前に作業場にいる風来にちょこっと尋ねた。
「おかえりなさい、と言われたら・・・・ただいま、だよな?」
「当たり前じゃあ~」
風来は腕を組みながら渋い顔でそう言った。
「だよな・・・・」
久狼は頭をかきながら家へと戻って行った。風来は笑いながら見守っていた。
「え・・・っと」
戸の前で久狼は、まずは気持ちを落ち着かせてから戸を開けた。
「おかえりなさい!」
ククリが笑顔で久狼を出迎えた。
「・・・・・ただいま」
* * *
月日が流れコガネの情報は無く、骸の死者が現れることも無かった。久狼とククリは二人で過ごす日々が続いていた。
「久狼、待つのじゃ。ここにコゴミ(クサソテツ)が生えておる」
「おっ採れ採れ~」
久狼が下に川が流れている谷沿いの斜面にコゴミを見ると1つ採ってそのまま採れたてのコゴミを口の中に入れた。
「そなた・・・ちゃんと洗わねば、コゴミの巻の中には虫がよくおるのじゃぞ・・・」
「気にしねぇ、気にしねぇ・・・・」
ククリが呆れ顔で一言いったが、久狼は幸せそうな顔でコゴミを食べた。
「とりあえず、今日の飯にコゴミを持って帰ろう。あっ風来とキリの分も」
「そうじゃの・・・・」
ククリが下に川が流れている谷沿いの斜面に生えている、コゴミを採ろうとかがんだ。 久狼はどこかに獲物がいないか辺りを見回した。
鳥が食べたい・・・・どこかに生きのいい鳥出てこいよ・・・・
「・・・・たすけて・・・・」
「ほぃ?」
突然、ククリが震える声で久狼に助けを求めてきた。久狼は驚いてククリに振り向いた。ククリはかがんだ姿勢で汗を流しながら震えていた。
「なっ何かが・・・・わらわの首から中に入って、背中に・・・・」
「んにゃ???」
久狼はククリのうなじを見た。すると蛇の尻尾が見えた。どうやらククリがかがんでコゴミを採っているときに丁度ククリの首の上にあった枝から蛇が這ってククリの背中へと入っていったようだった。
「う~ん・・・直垂を脱げ!」
「また、脱げと申すのか!?」
また自分の着物を脱がそうとする久狼にククリは拒否した。
「じゃあ、俺が着物の中に手を突っ込んでいいのか!」
「もっと嫌じゃ!!!・・・・後ろを・・・・向いていてくれぬか?」
久狼は後ろを向いた。その間、ククリは上指糸をほどき始めた。その時、ぬかるんだ斜面に足を取られてククリは斜面を滑り落ち、川に落ちてしまった。
蛇が着物から這い出てくると川を泳いで反対側の川岸へと消えていき、川には生肩をさらけ出して、びしょ濡れになったククリが尻餅をついて動かなかった。
「ククリ手を伸ばせ~」
ククリは泣きそうになりながら水を滴らせて久狼に手を引っ張られて斜面を登った。
「ん~よし、あの倒れた杉を使おう!ククリ、あそこの木と茂みの間で待ってろ!」
久狼はククリにそう言うと倒れた杉に近づいていった。ククリは訳が分からなかったが、とりあえず久狼の言ったとおり少し離れたところにある木と茂みに移動した。そこでしゃがむと自分は森の中に完全に姿を隠すことができた。
そこへ久狼が大量の枝を持ってきて次に杉の皮と葉を抱えてやって来た。
「着物を乾かしている間は俺の着物着るか?」
久狼が恥ずかしそうに笑いながら聞いてみた。
「・・・・誰か来ぬように・・・・見張っててくれぬか?」
ククリはやんわりと断った。
「ほいほい・・・・火をおこすにはどうすればいいか知ってる?」
「木と木をこすり合わせればよいのじゃ、バカにするでない!」
にやりと笑う久狼に馬鹿にされたククリは怒りながらやり方を言うと久狼はさらに笑い出した。
「もっと簡単な方法がある・・・・」
久狼は獲物を解体するために使っている短刀を帯から抜き、蕨手刀を抜くと、積み上げた杉の皮と葉の上で短刀と蕨手刀をこすり合わせた。すると火花が杉の皮と葉に着火した。
「すごい・・・・」
「どうだ!」
* * *
やがて奥州の大地に雪が降り、周りは見事に真っ白になった。
「ハァ・・・・振りたての雪は柔らかいの・・・・」
ククリは久狼が作ってくれたカモシカの毛皮、そして風来やキリからもらったアマブタ(笠)などの寒さをしのぐ道具を身につけ少し離れたキリの家まで歩いて行った。
「あら、ククリ~!早ぐあだしの側までいらっしゃい、そごは寒いでしょう~」
ククリは久狼と一緒に居るとき以外はキリと一緒に居ることが多かった。キリは、明るい性格でこの土地のことや仲間のことを色々と話してくれてとても打ち解けやすかった。
「アヒトは狩りにでてるの?」
「はい、郷の仲間と一緒に森の中へ行きました」
「はぁ~・・・・あだしには無理だわ~。こんな寒ぐて大雪ふってるのに森の奥へ入って、雪だるまになっだらどうしようかと・・・・あだしは絶対雪だるまになりなくない!」
小太りしたキリが大きな声ではっきりと雪だるまを拒否する姿に、ククリは笑みを浮かべて顔を傾けた。
「アヒトのために作ってるの、その刺繍は?」
ククリはずっと前からあることをしていた。キリが自分の側で刺繍をしているククリに優しく聞いた。
「はい・・・・」
ククリは頬を赤らめて答えた。ククリは久狼が泥で描いた模様が気になってキリに尋ねると、キリは久狼が描いた模様と同じ刺繍がした古い記憶が宿った着物を見せてくれた。
久狼は実は川で身体と服を毎日洗っていた。というのは久狼曰く、狩りをするときに自分の臭いがきついと獲物にすぐにばれて逃げられてしまうと言うことらしい。それで久狼は川で身体と服を丹念に洗っていた。
まぁそれはそれでよいのじゃが・・・・
だが、ククリには一つ気になることがあった。久狼は洗った直垂を火で乾かすのだが、1着しか無いため、中途半端に乾いている状態で再び直垂に模様を描いて着てしまう。
それでククリはキリから直垂以外の着物を3着もらい、風来に頼んで直垂を1枚手に入れてもらい、それに同じように刺繍を施し始めた。
「キリさんは、何歳の時に風来さんの妻になったのですか?」
「うん、あんたと同じ年!・・・・あの時は、あの人ともう一人大好きな人がいで、どっちの嫁になったら幸せなのか・・・・悩んだわねぇ~」
キリが刺繍作業を止めて話し出した。どこか楽しくも哀しくも見える瞳でその時代を懐かしがっているように思い浮かべていた。
「・・・・夫婦生活って・・・・どんなのですか?」
「そうね・・・・あの人との間で子供はできなかったけど、今日まであの人と、まぁ普通にうまくやって来たわね!
あの人、仕事一筋だけど決してあだしを忘れることは無かったわ。あだしの世間話を飽きずにずっと聞いてくれる。仲間も大切にするから風来も仲間から大切にされる良い人。
でもあの人も男だから、もし浮気でもしようものなら太刀作ってる鎚であの人の頭を鍛え直してやるわ!あっ、ククリも久狼があんたを裏切ったら同じようにしなさい」
「はっ、はぁ・・・・鎚でなぐったら死んでしまいます」
「その程度で死ぬような男と一緒になったら駄目よ~アッハッハッハ~!」
キリは大笑いしながらククリの頭をなでなでした。
「でもあだしは、ククリには下らない男と一緒になってほしくないわ・・・・ククリが下らない女にならないように」
* * *
次の日も、そのまた次の日もコガネの居所は分からなかった。その間、ククリはキリ達と仲良く談笑したり時々、久狼と一緒に狩りに出かけ、二人で山で取った山菜、獲物、風来がよその村で物々交換で手に入れた米を二人で毎日食べて、二人で毎日寝た。
そして、まだ春は遠い雪の季節の中、ついに分かった。
「コガネという者は岩手郡にいる」
郷の仲間が陸奥にいる知り合いを尋ねまくってようやく探し当てた。
「家衡の領地じゃねぇか?」
どうやらコガネは久狼達がいる和賀郡からさらに北の家衡の領地、岩手郡に住んでいるらしかった。
「・・・・明日、旅立とうか?」
「・・・・うん」




