3 武士之長者とエミシの長
「この後どうすんだ?」
久狼がこの後の事をククリに尋ねた。
「正直どうして良いか分からぬ。わらわは、コガネに会いたくて・・・・この見知らぬ地で里を尋ねて歩いているだけで・・・・」
初めて来て何も分からぬこの地で一人の人間を探そうなどと、初めっから無謀だというのは分かっていた。おまけに自分は爺まで死なせてしまった。
落ち込むククリに、久狼は突然、自分の着物の襟を掴むと自分の胸をククリに見せた。
「・・・・・・・・!?」
ククリは久狼の胸にある傷を見て言葉を失った。
「10年前、突然俺たちの郷がある奴に襲われた。そいつは奴は骸の輪袈裟を身につけて大きな刀で親父、家族を仲間達を殺していった。俺は恐怖の中、刀で必死にそいつを倒そうとして殺されかけた・・・。
俺が10年間、殺したいと思っている奴だ。お前に傷を負わせたやつと同じ奴だ」
「そうであったのか・・・・清衡様に頼んでみるのはどうじゃろう?わらわは、そもそもこの地を治める、清原 清衡様に呼ばれて陸奥国まで来たのじゃ」
ククリが不安な声で今、この地を治める清原一族の一人の名をあげた。かつてこの陸奥はエミシの豪族、安倍氏が治めていたが、朝廷への貢租を怠ったために当時、陸奥守だった源 頼義と出羽のエミシの豪族、清原氏に滅ぼされた後、奥州は清原氏が治めるようになった。
「今、あいつは弟の家衡と喧嘩してやがる。あいつら仲が悪ぃんだよ。前に死んだ長男の真衡とも兄弟争いをしやがった。清衡のあやは清原氏じゃねぇしな・・・・」
久狼が清原氏をしゃべるとき、何かが気に入らないのか怖い顔つきで怖い声で語った。
「・・・・ふうらいに会いに行こう」
「ふうらい?」
迷っているククリに久狼が一人の名前を挙げた。側に置いてあった箙から矢を一本取り出すと立ち上がり、久狼は地面に降りて鏃の先で地面にその者の名前を書いた。
風来
「この者は何者じゃ?」
「刀工だ。この地には腕の立つ刀工達がいるが、風来ほど腕の立つ奴はいない。風来はこの奥州のことを誰よりもよく知っている」
「その者はどこにおる?」
「わからん!」
「ほぇ?」
久狼のハッキリ言い切った言葉にククリは間の抜けた声を発した。
「普通この地の刀工達は、舞草にある舞草神社の辺りで刀工をやっているが・・・・風来はこの地を転々としながら刀工をやっている」
「で・・・・その者はどうやって探すのじゃ?」
「里を聞いて回ろう・・・・」
「・・・・・・・・(コガネを探すのと同じではないか)」
コガネを探すために、風来を探すという展開になった状況にククリは混乱しながらも、ここは久狼について行くしかないと判断した。
「あっ、ところで・・・・」
「なっ・・・なんじゃ?」
久狼と一緒に歩き出した瞬間、久狼が振り向いたので混乱中のククリは少し驚きながら返事した。
「どうやって、加賀から奥州に来たの?」
「・・・・・・・・・馬じゃ」
「馬どこ?」
「・・・・わらわと爺は気がつけば郷からこの社に居ったが、馬までは現れなかった」
「あらま・・・・」
久狼はちょっと困った顔をした。
「参ったな・・・・よく考えれば馬なしでこの陸奥で風来を探すわけにもいかんし・・・・よし、まずは馬2頭!」
というわけでコガネを探すために風来を探し、その風来を探すために馬2頭を手に入れる事になった。
「どうやって馬を2頭手に入れるのじゃ?」
ますます心配になったククリが尋ねる。
「馬を育てている郷に行って馬頂戴するんだよ。通りがかりの武士から馬を貰っても良いな・・・・」
久狼は自信満々に言った。
「そんなことをしてはならん!泥棒などダメじゃ~!」
驚いたククリは必死に反対した。
「けどよ~、このままだと何にも・・・・!?」
突然久狼の表情が変わり向こうの方を向いた。
「どうしたのじゃ?」
「また来やがった・・・・みんな何の用だ?」
久狼の五感が人間が大勢こちらにやってくるのを察知した。すぐに箙から矢を取り出した。
「ククリ、社に隠れろ!」
ククリは、社の中で息を潜めた。
久狼は真っ直ぐゆっくりと進んだ。向こうから弓と薙刀、太刀を帯び、同丸鎧を身につけた30人程の武士達が久狼に迫ってきた。その中から馬に乗った髭を生やした40半ばの男が現れ、久狼と対峙した。
「其れがしは八幡太郎義家と申す!」
その名を聞いて隠れているククリは身体が震えた。
河内源氏棟梁である源 頼義の息子にして安部氏の乱の時、父と共に奮戦してその名を都まで轟かせた”武士之長者”が現れた。
「その模様は・・・・遠い昔のエミシか?」
義家は久狼の姿をみて尋ねた。
「よく知ってるじゃねえか。坂東の犬がなんの用だよ?」
久狼の無礼な態度に義家の郎党達の眉間にしわが寄った。久狼の眼も獲物を狩る獣の眼に変わっていた。
「お前ら!今、其れがしはこの者と話をしておる!手出しはするな!」
義家が後ろを振り向き冷静に郎党達に言った。義家は獣のような眼の奥にある久狼の久狼の澄んだ瞳に義家は惹きつけられた。
「其れがしが抱える郎党にもエミシの者達が大勢おる。エミシの長である清原氏、そして安部氏にも出会った。だが、その長達でさえお主とは違った。
一つ尋ねる!音に聞こえた松吉に其れがしはあることを頼んだ。だが、その松吉が誰かに殺された・・・・お主か?」
「俺だ」
「・・・・そうか」
義家は今一度久狼の姿を眺めた。
「陸奥守様、その者は違います!」
義家の後ろからもう一人馬に乗った者が久狼の前に進み出た。
「清原 清衡、俘囚の長です。あなたの名は?」
男はエミシの長だった。久狼はその長の姿を見つめた。鳥帽子をかぶり、自分の着物に描いた幾何学模様とは違う玉模様が入った柿色の狩衣を着たその姿はまるで昔一度見たことがある、大和の貴族みたいだった。
「久狼だ・・・・」
とりあえず久狼は相手が名乗ったので自分も名乗った。
「久狼殿、事情をお話ししましょう。近頃、この地で骸の輪袈裟に黒い模様の入った黄色い着物を着た者が郷を次々と襲っております。
お恥ずかしながら、この地を治める清原氏の兄弟は険悪でついこないだも兄弟で戦をして、そして今でもわたくしと弟は仲が良くありません。
そんな中で今この地で何者かが郷を襲っていることにわたしくは危機感を感じております。
それでそいつを退治せねばならんと思い、陸奥守である義家殿にも力を貸していただき”熊よりも強い”と言われた松吉殿にも協力を願いました」
「・・・・そいつは、俺も倒したい奴だ。そうか・・・・松吉は敵じゃ無かったのか」
「いえいえ、久狼殿は悪くはありません。それともう一つ、わたくし達は・・・・ククリという女子を探しております。出迎えるはずの郷が、その者に襲われ、ククリ殿の消息も分からなくなってしまいました。何かご存じありませんか?」
「何でおめぇそのククリって女が欲しいんだ?」
エミシの長だろうが、武士之長者だろうがお構いなしの態度の悪さに気分の悪い空気が郎党達の間に流れていたが、時より義家が郎党達に振り向いて、彼らを抑えていた。
清衡は久狼の態度に眉をひそめることなく、ククリを探している訳を久狼に話し始めた。
「その御方はこの奥州の未来のために必要な御方なのです!わたくしはこの奥州に大和に負けぬ荘厳なエミシの都を作ろうと思っています。大和の進んだ文化、仏の教えそれらをこの地にも呼び込み、私自身、姓を清原から藤原と変えようと思っています。
そして・・・・ククリ殿を養女として迎え入れ、帝の妃として入内させれば、我らエミシと帝は血縁で結ばれる」
「そのククリが俺達エミシのために大和の一番偉い奴のところに嫁に行けば、俺達は大和と対等な存在になれるってわけか?」
「そうです、わたくしはそうすればこの地に永遠の平和を築けると思っています。この地に住むエミシ達のためにどうか!」
清衡が馬上で久狼に深々と頭を下げた。
「大和かぶれで坂東の番犬に守ってもらってる、てめぇはエミシじゃねえ・・・」
久狼が今はっきりとそう言った。その言葉に清衡は、息が詰まった。
「確かに我が父は藤原氏の人間であり、わたくしもこのように貴族の姿をしている。だが、母は安部氏の娘です。わたくしには紛れもないエミシの血が流れています」
しばらくして清衡は遠い昔のエミシの姿をした自分より若い男に言った。
「久狼とやら!」
突然、義家が馬から降り久狼に近づいた。義家に付き従っている郎党達、そして隠れているククリの緊張感が最高に達した。
「その古の刀を見せてくれぬか?」
義家は自分を睨み付ける久狼に対して絶えず冷静だった。
久狼は睨み付けたまま黙って蕨手刀を抜いて義家に渡した。
「・・・・同じ魂を持っておる・・・・其れがしとお主は・・・・」
義家は久狼がずっと持っていた古の刀である蕨手刀の姿、肌触りを確かめた。そして確かめ終わると蕨手刀を久狼に返した。
「この刀で音に聞こえた松吉を倒した。次に誰と戦う?」
久狼のどこか幼さが残るすんだ瞳に3倍近く生きてきた深い瞳が問うた。
「黒い模様の入った黄色い着物を着て、骸の輪袈裟を付けた奴を倒す」
「そいつは先の戦でも現れたらしい・・・・お主が倒すのか?独りで?」
「あぁ・・・・」
久狼は油断すること無く義家を睨み付けた。その眼を義家は絶えず冷静に見ていた。
「義家様!」
久狼の右側の後ろから顎全体、ひげに覆われた一人の男が近づき、義家の前に立った。
「わたくしは、風来と申す刀工です」
「風来!あなたが、風来殿でしたか!」
清衡が驚きの声を発した。なんと現れた男は久狼とククリが探そうとした風来だった。
「清衡様には、わたくしの未熟な刀を褒めていただき、誠にかたじけのうございます」
「安倍 頼時公も使いの者を通して手に入れた、あなたの作る薙刀、太刀を褒め称えていたと聞く。お会いできて光栄です!見たところ、あなたは何代目かの風来殿であろうか?」
「まぁ、そういうところです。つい立ち話を聞いてしまいました。わたくしもそのククリという女子と骸の男を捜しましょう。日頃お世話になっている清衡様を手助けいたしたいと思います」
「風来殿、ありがたい!是非、この奥州のためにわたくしにご協力下さい・・・・」
清衡は馬上で風来に深々と頭を下げた。
「そうか、其れがしもこの奥州のためにククリ殿を探し、骸の男も討伐しようとしておる。もしその者とククリ殿を見つけたときは其れがしか、清衡殿に知らせて欲しい!」
義家がここら辺りで話を終わらせた。久狼はククリがばれずにほっとしたが、一つの疑問が残った。
あいつら、俺の後ろにある社は見えてるよな?
義家も清衡も当然ながら後ろの社が気になると思うのだが、何故か二人は社に一言も触れなかった。
よく分からぬまま清衡は久狼に背を向け、義家も背を向けようとしたが、義家はもう一度久狼に振り向いた。
「お主、其れがしのもとに来ないか?」
義家は立ち去る前に久狼に自分の所に来ないかと誘った。義家は古の誇り高き戦士の臭いのする久狼が気に入り始めた。
「嫌だ!」
だが久狼はあっさりと断った。
「そうか・・・・実は先の戦で、独りの豪傑がいた。その武士の放つ矢と振るう太刀は其れがしはおろか誰も敵わぬほどの腕だった。
その武士は名を告げることなく戦が終わるとどこかへ消えた。もう20年前の話だ。あの男の眼が忘れられぬ。あの者にも骸の男の討伐に力を貸して欲しい。お主の眼はあの武士とどこか似ていて、汚れの無い綺麗な瞳だ・・・・」
そう言うと義家は馬を返し、久狼から離れていった。
「よぅ風来!・・・・あんた年いくつだ?」
義家達が去ると久狼は再会を喜んだ。
「ばかやろう!むやみにケンカなんかするんじゃねぇ!義家が冷静な男だったから良かったが、間違えたら30人の武士に殺されるところだったぞ!」
風来は久狼の額にげんこつを食らわした。
「お前は今、女を守っているのだろう。お前が武士達とケンカをすれば、女も死んだかもしれなかったのだぞ。それにお前は・・・・生き残った大切な一人だ」
風来がそう言うと、久狼は反省するように横を向いた。向いた先に社から出てきたククリが立っていたのを見て久狼は本題に入った。
「それなんだよ風来!・・・・えっ何で知ってんの?」
「・・・・ある人からお前達の事情を聞いた・・・」
「あぁそうなの・・・・あっ俺今、久狼って名乗ってるから」
「うるさい!」
風来は久狼の言葉を無視するように風来は久狼の側で不安そうに立っているククリを、真剣な表情で見た。
ククリも風来と先ほど立ち去った義家の顔を見比べた。
無精ひげじゃが、顔から察すると義家殿よりは若いのか?しかし眼が・・・・義家殿よりも遙かに生きているような気がする・・・・。
ククリはこの地でまた不思議な人と出会ってしまったとまた少し困惑した。
そして風来はククリから怖いくらいゆっくりと久狼の方を向き久狼に尋ねた。
「お前の嫁か?」
「違う!!!」
風来の真顔からでた言葉に久狼は電光石火の如き速さで否定した。ククリは久狼の側で顔を赤くした。
「違うのか・・・・よし俺の嫁にしよう!」
「何言ってんだ、てめぇ・・・・」
風来のさらなる真顔から出た言葉に別の真顔で久狼が言い返した。ククリは顔を赤くしながら何も言えなかった。
「まぁ、続きはワシの郷でしよう・・・・」




