2 熊より強い奴
エミシとマタギは同じなのか・・・・
「新吉!なんだそのつまらねぇ顔は!」
久狼がマタギと武士を殺していたとき松吉は、しょんぼりした顔で立っている5尺4寸(162センチ)ほどの中肉中背の自分より年が半分くらいの若い男を叱りつけた。
「アヤ(おっとう)・・・・俺たちは獣を獲ることを生業とするマタギだ。お館様から言われた奴を仕留めるってのは・・・・気がのらねぇ・・・・」
「おめぇ・・・・不満か?」
「いっいや・・・決してそうでねぇ!そうでねぇんだ!」
松吉の低い声に息子でる新吉は親父の怒りを恐れてすぐに訂正した。だが、松吉は怒るどころか笑いながら息子に言った。
「実はな新吉、俺も気がのらねぇ。先の戦の時、俺も戦に出て、今のお館様の前の前のお館様に褒められた」
「それで・・・・どうなっただ?」
「それで、終わりだ。何も変わらず、あの時の戦は結局、俺には何の徳になりゃしなかった・・・・新吉!」
再度の親父の大声に新吉は身体が硬直してそのままで親父の言葉を聞いた。
「おめぇも今後、誰かの都合で振り回されるかもしれねぇ!人生ついてる奴と、ついてない奴!だがな、そんなの気にしてたら、世の中、怯えて生きるだけだぞ!」
* * *
「お前、生まれはどこだ?」
「加賀国じゃ・・・・」
「何しにこの陸奥の地に来た?」
「・・・・コガネに会いたい。加賀国からこの地に行った、わらわの大切な友じゃったコガネに会いたいし・・・・母が生まれたこの地に行きたかった」
「・・・・お前のハポはエミシなのか?」
いったん社に戻った久狼はククリがどこから来て、何故この地の来たか尋ねた。するとククリの母親はこの奥州の人間だった。
「おめぇのミチは?」
次いで久狼はもう一つ尋ねた。
「父は坂東で生まれた武士じゃ・・・・父は誰よりも強い」
「何、誰よりも強い・・・・ほいでもって、コガネはどこに居るの?」
久狼はククリに対してどんどん気が緩んでズケズケと聞いてきた。
「・・・・正直コガネがどこにいるのか分からぬのじゃ」
「あらま・・・・」
「一休みしていた郷の誰かに尋ねようかと思ったが、突然その郷で大勢の人々が殺された。そこで爺も殺されてしまった・・・・骸の輪袈裟をつけた大きな男に」
ククリが瞳に涙をためて、扉の側で横たわる爺を見ながら語った。
それを聞いた久狼は確信した。10年前、仲間を殺したあいつに、この女も出会った。
10年ぶりに再会する、あいつに心の奥から怒りと緊張が湧き上がってきた。と同時に自分と同じエミシの血が流れて、あいつから自分と同じく奴から生き延びたククリに親近感がわいてきた。
「お前、誰か守ってくれる奴はいないのかよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
この問いにククリは無言で首を振った。久狼はククリ、死んでしまった爺、社と視線をあちこちせわしなく移しながら久狼は考えた。
突然、久狼はククリに近づき、至近距離でお互いの眼が合った。ククリは緊張した。
「今、あんたを狙っているのは松吉って奴だが知ってるか?」
「いや、初めて聞く名じゃ・・・」
「マタギって呼ばれてる狩りを生業とする奴でな。そいつは若い頃から狩の腕が他の奴らより群を抜いていたらしい。1年前、32貫(120キロ)もあるこの山の主(熊)を仕留めやがった。
しかも弓で数人で仕留めたんじゃなくて、一人で山の中にいたとき、偶然鉢合わせになった山の主を山刀で仕留めたって話だ・・・」
久狼は言い終わると、自分の刀を一振りしておかしな所はないか確認して鞘に収め、弓を構えて張りを確かめ再び瞳が獣のようになり戦闘態勢に入った。
「・・・・そのマタギと呼ばれる者と、そなたは同じなのか?」
自分をおいてその松吉という者と一人で戦おうとする久狼にククリが尋ねた。
久狼はしばらく考え込み、傷ついた胸で必死に息をしているククリに答えた。
「あいつはマタギ・・・・俺はエミシだ・・・・」
久狼は背を向けて社を出た。
ククリは黙って見送るしかなかった。自分は戦うことができなかった。
強いの・・・・あの者は・・・・
なんだか自分は泣きそうになった。
「あの・・・・」
「ん?」
泣きそうになったところに、社を出た久狼がまたこちらに顔をのぞかせていた。その顔は気を引き締めねばならぬ時だというのにどこか間の抜けた顔をしていた。
「俺、ちゃんと戻ってくるから・・・戻ったら・・・エカシ(爺)を埋葬してあげようぜ」
「・・・・・・うん」
久狼は恥ずかしそうに笑いながら言った。その表情にククリも思わず微笑んでしまった。
* * *
「ん・・・・あれか?」
松吉に横柄な態度をとっている武士が1町40間(182メートル)ほど先にある森の奥から現れた一人の見たことの無い模様の入った着物を着た男を見て首をかしげた。
「・・・・昔、俺が小さい頃に・・・・」
松吉達も森から現れた男が不思議だった。ハッキリと思い出せないが、松吉は赤い髪の男の着ている着物の模様を見て小さい頃、祖父が語った話を思い出そうとした。
だが次の瞬間、とっさに松吉は箙から矢を取り出した。男が弓を構えるのを見て自分たちに殺意を持っているのが分かったからだ。
「殺る気か!」
松吉の雄叫びと同時に久狼が丘の一番右端にいた胴丸鎧を身につけた武士に矢を放った。その矢は見事、男の胴体を貫き背中へと貫通した。
衝撃の光景に松吉も仲間も武士達も驚愕した。久狼は1町40間(182メートル)ほど離れた距離から鎧を着けた人間一人を貫いた。
「俺はお前らの仲間を二人狩った!今、もう一人狩った!お前ら俺を狩らねぇと俺がお前らを全員狩ってやる!」
そして久狼は松吉達に背を向けると森の中に消えていった。
「追え!姿を見失うな!」
横柄な武士が大声で仲間にそう叫ぶと、仲間は森の中へと消えていく久狼の後を追った。だが、久狼は森の中をまるで狼のごとく走ると男達から姿を消した。
* * *
「ちきしょう、足が速すぎる!どこ行きやがった!」
久狼を追って森の中まで来た武士とマタギ達だったが、久狼の圧倒的な足の速さに見失ってしまった。男達は自分たちの周りに立ち並ぶ木々を警戒しながら探した。
「どこにいるかわかんねぇな・・・・怖ぇな」
一人の武士が自分の右端すぐ側にあった茂みを警戒しながら近づいた。ある程度の間隔を開けて、この中から敵が飛び出してこないか警戒した。
だが、茂みは葉っぱ一枚揺れず、音一つしなかった。
「いないか・・・・」
武士は別の方を探そうと、身体の向きを変えた。その瞬間、久狼が飛び出した。隙を突かれ驚いた武士は、慌てながらも久狼に向けて矢を放とうとした。
だが、武士が弦を手放す前に久狼が敵の矢をつかんだ。焦る武士は弓を捨てて太刀を抜こうとしたがその動き遅く、武士の左の首筋から血が噴き出した。
「てめぇ!」
横柄な武士が怒りの声をあげた。
1人のマタギが矢を久狼に狙い定めた。久狼はマタギに突進した。驚いたマタギはひるんだが、向かってくる久狼に矢を放とうとした。
久狼は一呼吸早く刀で相手の額を見事にたたき割った。倒れるマタギを無視して、久狼は次に横柄な武士に狙いを定めて突進した。横柄な武士は冷静に自分を睨み付ける久狼に矢を放った。距離にして10間(18メートル)、人間は避ける事は出来ない。
だが、久狼はそれを見事によけた。
それを見た横柄な武士は一瞬にして全身に震えが走った。震えながら太刀を抜くと、迫り来る久狼を下から敵の首筋目掛けて振り上げた。
だが、久狼はしゃがみ込んでその太刀をよけると横柄な武士の両足のすねを刀で切った。すねを切られた横柄な武士は地面に倒れ込んだと同時に久狼は横柄な武士ののど元目掛けて刀を突き下ろし、横柄な武士ののど元を深々と突き刺した。
「なんて野郎だ・・・・人間か?」
松吉は久狼の戦っている光景を見て戦慄が走った。仲間が一人の奇妙な男に殺され、残ったマタギ達は恐怖で一目散に逃げた。
「俺が相手だ!」
一人残った松吉はそう叫んだ。
松吉は20間(36メートル)ほど先でこちらを睨んでいる久狼から視線をそらさず深く静かに息を吸うと箙から矢を取り出すと弓を構えた。
もう一度だ・・・
松吉はさっき見た光景をもう一度確かめようと弓を構えたまま久狼に近づき、10間(18メートル)まで近づいた。
シュパッ!
やはり久狼はよけた。
松吉は弓を捨てると腰に差していた久狼が持っている蕨手刀より少し短い刃渡り6~7寸(約18~21センチ)前後の叉鬼山刀を抜いた。
「32貫(120キロ)の熊を仕留めた俺を知ってるか?熊より強いマタギの松吉だぁ!」
松吉はかつてのあの熊のように弓を捨てて叉鬼山刀で久狼に勝負を挑んだ。
「エミシのアヒト!」
久狼もそれに応え本名で名乗り、勝負に応じた。
「ようやく思い出した。遙か昔、この土地の人間は馬を駆り、そんな模様の入った着物を着ていたと・・・・」
「今でも生きてるぜ・・・・」
キーンッ!
双方同じ呼吸で出した刃が交差し、火花を散らした。
間髪入れず、久狼が松吉ののど仏目掛けて突いた。松吉はかわしながら一歩踏み込み、突いてきた久狼の右手首を右袈裟に斬りかかった。
ガシッ!
久狼は山刀を持っている松吉の右手を掴むと、今度は自分が松吉の心臓めがけて突いた。松吉は久狼の突きを身体を横にしてギリギリ躱した。そして松吉は左拳で久狼の顎を殴ろうとしたが、久狼は松吉の右手を話すと後退した。
松吉は山刀を正眼に構えた。久狼は左半身を前にして、刀を右半身に隠すように構えた。
ザッ!
久狼が一歩踏み込んだ。それに合わせて松吉は久狼の心臓を突こうと久狼に会わせるように一歩踏み込んだ。松吉の山刀は水平に久狼の心臓めがけ、それを躱す久狼の胸を軽く切った程度で空を突いた。
そして松吉の心臓に激痛が走った。松吉が後ずさりしながら一本の大木にもたれかかかかるとそのまま腰が地面へと落ちていった。
「終わったな・・・・あの熊も、俺も・・・・突然、終わった・・・・」
松吉が笑いながらゆっくりと目を閉じた。
* * *
「戻ってきてくれたのか!」
社の中でずっと独りで待っていたククリが戻ってきた久狼の姿を見ると嬉しそうに言った。
「・・・・1人で不安だった?」
久狼は緊張しながら尋ねた。
「ありがとう・・・・」
ククリは久狼が無事戻ってきたのは嬉しく容態も少しは落ち着いていたが、今度は別の痛みに耐えているように膝を抱えて震えていた。
そんなククリの様子に久狼は戸惑ってしまった。
* * *
「・・・・ミチ?」
久狼が何も無く、果てしなく広い白い空間の中で一人の男と対峙していた。顔が見えなかったが、それが誰か分かっていた。
「そっちに、ハポも・・・・みんな居るのかー!」
久狼は父親に尋ねるが、父親の顔は見えず父親は何も答えない。
やがて目が覚めた。見えるのは薄明かりの中にある天井だった。
独りか・・・・まぁ慣れてるからいいけどょ
そして久狼は仰向けから体を左側へ横向けに変え、飛び起きた。至近距離で女のククリが顔をこちらに向けて寝ていた。
女が寝てる~!!!・・・・あっそうか・・・・
二人は社で夜を過ごした。久狼はこの10年、ほとんど人と交わることなく寝るときなどはいつも独りだった。
今、自分の側で女のククリが薄明かりの中で身体を横にして綺麗な白髪を垂れ下げて少し開いた柔らかな唇から静かな寝息の音が聞こえる。
・・・・・・無防備
そう思いながら久狼は社から出て、森の中に入って、しばらくして社に戻るとククリはまだ寝ていた。
・・・・・・・・どうやって起こそう?
人を起こすときは普通は肩を叩いたりして起こしたりすれば良いのだが、どうも久狼にはそれが浮かばなかったらしい。
コチョ、コチョ、コチョ・・・・
久狼はまずは指でククリの唇をくすぐってみた。ククリは口をもぐもぐとしただけで起きなかった。
・・・・・・無防備
もう一度、久狼はそう思った。そして次に両手を筒の形にして、ククリの耳に近づけた。
「わぁ~~~~~~~~~~~~」
「なっ何じゃ!何じゃ!!!」
これはさすがにククリは飛び起きた。そしてすぐ側で笑っている久狼と目が合った。
「そっそなた、どういう起こし方をするのじゃ!?」
床に手を突き、心臓をバクバクさせながらククリは久狼を見つめた。
「起きた、起きた~」
「お・・起きまし・・・たぞ?」
「では、早速・・・・」
「キャア!!!」
ガンッ!!!
突然、久狼がククリの着物を脱がそうとした。驚いたククリは思わず頭突きを入れ、双方悶絶した。
「傷口に薬草を塗って包帯変えるんだよー!」
「いや、だからと申して女子の着物を突然脱がすでない!女子に対する礼儀を知れ!」
久狼が森から新たな薬草を持ってきているのを見て、誤解はすぐ解けたが久狼の今の無神経な態度にククリが顔を赤らめながら怒った。
「ほい・・・・とりあえず薬を塗るぞ」
「・・・・・・・うん」
ククリは着物を脱ぎ包帯を解き始めた。久狼に胸を見せるのは正直恥ずかしいが、治療のため仕方が無いということにした。
「あれ?」
久狼は首を傾けた。透き通った肌にあった深い傷が一日で跡だけしか残っていなかった。
「・・・・わらわの不思議な体質でな、傷がすぐに癒えるのじゃ・・・・」
「へぇ~、と言ってもこんなに早く治るか?」
ククリの説明に久狼は理解出来なかったが、確かに治っている。
なで、なで、なで・・・・
そしてもう一発、ククリの頭突きが来て、再び双方悶絶した。




