1 古の社で出会う
鳥が鳴いて飛んでいる澄んだ青空の下で黄色い生地に黒い模様が入った着物を着て、無数の骸が取り付けれた輪袈裟を身につけ腰には刃渡り一尺(30センチ)ほどの小刀らしき武器を無数に差した異様な男がこの陸奥の地にある郷の一件の家の中から出てきた。
身の丈は1間(1,8メートル)は優に超え、右手には血まみれの大きな刀を肩にかけて持っていた。その刀は武士が手にする太刀の1,5倍の長さがあり、切っ先に行くに従い幅が厚くなっていく大きな刀だった。
家の中には太刀を持ったまま上目になって胸を大きく切り裂かれた男が死んでいた。そして骸の男が歩いている道にも数名の人間が無残な亡骸となって死んでいた。
「・・・まっまて・・・」
生存者が独りいた。骸の男の前で震えながら立っていた。骸の男は無表情で右手に刀を持って、近づいていく。
生存者は背を向けて走り出した。
「!?」
突然、生存者の足が止まり、突っ立ったまま動かなくなった。生存者の胸の中で何かが破裂したような感じを覚えた。
目の前に暗闇が広がりだした。その暗闇から見慣れぬ漆黒の着物を着た身の丈6尺(180センチ)ほどの男が現れた。生存者は動けない。
その生存者に漆黒の男は通りざま肩を軽く叩き、生存者の後ろにいる骸の男に近づいた。
生存者は地面に膝を着いて、息絶えた・・・・。
「主・・・・さっき女と出会った」
骸の男が主である漆黒の男にある女のことを告げた。
「殺すな、依頼者が迷っている・・・・」
「20年前、あいつの母親を殺し損ねた・・・・あの女を守った武士は俺を本気にさせた。あいつにもう一度会いたい。主・・・・まだあいつらの願いを叶える必要があるのか?」
不満を隠しきれず、骸の男は主に文句を言った。
「10年前にお前が生かしたエミシがまだ生きている・・・」
主のその言葉に骸の男の目が輝きだし口元が笑い出した。
「生きていたか!あいつをギリギリの命で生かして試した・・・・生き延びたのか!」
そして骸の男の口の中に獣のような鋭くとがった犬歯が見えた。
骸の男は10年前を思い出した。蕨手刀を持って自分に立ち向かおうとした一人の少年に生きれるかどうかの傷を負わせた。
生きていると知ったとき、興奮を抑えきれず身体が震えた。
* * *
「やっぱり・・・・めんどくさい・・・・」
身の丈5尺8寸(174センチ)変わった模様の入った直垂を着て、短刀、変わった弓、そして古の刀を持った男が独り、奥州の原生林の森の中を歩いていた。
あの時の少年である。7歳だった少年が青年へと成長していた。自分の命と一緒に持って逃げた刀、そして翡翠の女からもらった弓を手にしてある場所を目指して深い森の中を歩いていた。
翡翠の女からもらった弓は、当時7歳だった自分が引くのは絶対不可能なほど堅かった。10年間ほとんど人に接することなくその弓が扱えるように森の中で修行に明け暮れ、その強弓を扱えるようになった時、野生の勘までも異常に高まった。そのおかげて彼は森の中で独りでも問題なく生きていた。
「しかし、何でまた俺なんだろう?」
* * *
「大きくなりましたね・・・・」
彼が1人で仕留めたイノシシを食べていると、10年ぶりに翡翠の女が自分の目の前に現れた。
「おっす、10年前と全然変わんないな・・・・年いくつ?」
彼は普通にこう言った。
翡翠の女は笑みを浮かべながら首を傾け、彼にあることをお願いされた。
「あなたに守ってほしい人がいます・・・・」
「誰だ、それ?」
「武士です・・・・後は会いに行って下さい・・・・」
翡翠の女は柔らかく温かな光を感じるような微笑みで彼にお願いした。
彼は面倒な話だと思ったので断ろうと思いながら、結局引き受けてしまった。
* * *
そもそも武士だったらいつでも死ぬ覚悟作っておけ!
おっ、見えた・・・・・・社だ・・・・・・。
彼が翡翠の女から言われた場所に行くと、そこにはだいぶ古ぼけた社があった。人里離れた森の奥でその社は人から忘れられたかのように立っていた。彼はその古ぼけた社の扉へと続く階段の前で立ち止まった。
その社はよく見る檜の皮である檜皮を少しずつずらしながら重ねて葺いた屋根とは違い、草で屋根が葺かれた、だいぶ古めかしい社だった。
「・・・・なんか懐かしいな・・・」
彼は何やら懐かしいにおいを感じて長い間忘れていたような心地よさを感じ、心が落ち着いた。
とりあえずこの中に居やがるんだな・・・・命乞いしているという武士が!
心地よい気分を終えると、再び眼を怒らせて社の階段を踏みつけるように上がった。
「お前か、俺に助けを求める奴は!」
彼は勢いよく社の扉を開けて中にいた武士に叫んだ。
「・・・・・・・・・・」
そして目が点になった。
ちょっと待て!!!
慌てて扉を閉め、扉に背を向けて腕組みをして首をかしげ何度も振り返った。そしてもう一度、今度はゆっくりと扉を開けてゆっくりと顔だけ中に入れた。
「・・・・・・・・・・」
中に居たのは女だった。その女の服装は直垂に脛には脛巾をつけ太刀、小太刀と弓を持ち壁にもたれかかりながらも自分に矢を向けていた。
だが一番変わっていたのは彼女の白髪だったが、老婆とは違う美しい白髪だった。加えて凛としたその顔立ちに鋭いまなざしはまさに女の武士であった。
そして、今気づいた扉のすぐ側で・・・・一人の老武士が亡くなっていた。
「あの・・・・」
先ほどとは正反対に恐る恐る中の女に尋ねながら、女の様子を観察した。よく見ると何やら女は苦しそうに息をしていた。
「何者・・・・ですか?」
女が先に尋ねてきた。
「え~久狼と言います・・・・」
「・・・・何と書きますか?」
「久遠の久に狼です。名前と・・・年も・・・・聞いていい?」
「久遠の狼?わらわはククリ・・・・17です」
「あっ俺と同い年・・・・人間ですか?」
「??????なっ何の質問じゃ?」
偶然出会った二人は双方の警戒心でお互いを見つめていた。しかしそこから先を2人は何も考えてはいない。突然現れた不思議な異性に対してどうすればよいのか二人は全くわからなかった。
久狼は、まじまじとククリの全身、そして顔を見つめた。
へぇ~、時々遠目で村の女を見ることはあるが・・・・何だろうこの女は?
10年、人とほとんど交わらず生きてきた久狼には新鮮であった。何だか目の前にいる自分と同い年の白髪の女武士に妙に惹かれた。
ククリは久狼が自分を見つめてくるが敵ではないようなのでどうすれば良いのか分からなかった。ククリは久狼が帯びている刀が妙に気になった。その刀は武士が持っている太刀と同じ片刃で反りもあったが、太刀よりも短かった。
何なのじゃこの男は?初めて見る男じゃが・・・・誰なのじゃろう?
お互い戦う気はなく、奇妙な感覚にいつしか二人は取り込まれていった。
「お前、怪我してるじゃねえか?」
よく見ると・・・・久狼はククリの襟の中の隠れた包帯を見つけた。
まさか、この女・・・・奴と・・・・
久狼は奴を思い出した。その傷は自分の胸と同じ傷だった。
「・・・・これは・・・・」
ククリが喋ろうとしたのもつかの間、久狼が何かを思いついたように社を飛び出した。
また独りになった。部屋の隅にはもう二度と動かない爺が横渡っている。
「あの・・・・・・」
ククリが心の中で悲しい気分になったのもつかの間、久狼は扉から顔だけ中に入れてククリの顔を見ると顔を引っ込め、社の前で何か音を出した。ククリは一体何の音か分からなかったが、久狼が両手で大きな石を手にしてククリに近づいてきた。
石の上には何かをすりつぶした物がのっていた。
「着物を脱げ!」
久狼がにらみつけながらククリにそう言った。
「・・・・え?」
ククリは久狼の怖い表情からでたその言葉に驚き、段々額に汗が浮かんできた。
「き、着物・・・・脱いで!!」
「うん・・・・脱ぐから・・・・そんな怖い顔しないで」
ククリは警戒しながらも自分の服を脱ぎ始めた。
直垂の上指糸をほどき、襟がゆっくりと首から肩へと垂れ下がっていく。
そして胸に大きく巻かれた血がにじんだ包帯をゆっくりと解いていった。透き通る胸の肌に大きく刻まれた傷が表れた。
その傷のせいで息も絶え絶えなククリを久狼はだまって治療した。
「死ぬな・・・・」
久狼は小さくそうつぶやいた。
「・・・・はい」
ククリは久狼をじっと見た。赤い髪で顔の堀は深く、泥で描いたのであろう不思議な模様が入った直垂を着て、腰には見慣れぬ刀を帯び、見たことの無い弓を持っていた。
見たところかなりの強弓のようじゃ・・・・このような弓を扱うとは、すごい・・・この模様はなんじゃろう?
「終わった・・・・包帯は新しいのが無いからそのままね」
「ありがとう・・・・」
ククリはこの社で初めて出会った久狼にお礼を言った。どうやらこの男は敵で無いことが分かり不安な心が少し落ち着いた。
「どうしたのじゃ?」
久狼が急に扉の外を眺め始めた。ククリがまた心配になって尋ねた。
「4人・・・・来るぞ」
「分かるのか?」
「この森中に大勢いやがる。その中の4人がこちらに近づいてくる。10年間、森の中で生きてきたら何故か、勘がそういうのを教えてくれるようになった」
久狼はこの女が何者か分からなかったが、多分近づいてくる奴は敵だろうと判断した。
「逃げて・・・・」
「!?」
女が久狼に「逃げて」と言った。久狼は女の顔を見た。ククリは弓を握りしめながら、震える眼で敵と戦おうとしていた。
「そいつらは・・・・奴の仲間かもしれぬ・・・・逃げて」
ククリの呼吸がだんだん荒くなっていく。
久狼は一度、部屋の隅で亡くなっている老人を見て、再びククリを見た。
もし俺が消えれば・・・・独りじゃねぇか・・・・
そう思ったとき久狼は深呼吸を一つして、震えるククリを抱きしめた。
「!!!???」
いきなり初めて会った男に抱きつかれてククリは硬直した。不思議な感覚だった。初めて抱かれた男の呼吸は極めて静かで、自分の心も落ち着いてきた。
だが、その静かな呼吸のどこかで何かの違和感を感じ、ククリは一筋の哀しみを感じた。
ククリが落ち着いたのを確認した久狼はククリに目を合わせること無く自分の弓を持って社の外に出た。
* * *
「おい、松吉!」
「何か?」
久狼たちがいる場所から真っ直ぐ進んだ尾根伝いの中心に6人の男達が立っていた。そして少し離れた周りにはもっとたくさんの男たちがいた。
弓と刃渡り7寸(21センチ)ほどの叉鬼山刀を持ったマタギの他に太刀と弓もしくは薙刀を持った同丸鎧を着けた武士も混じっていた。
一人の武士が40~50歳くらいの身の丈、五尺九寸(177センチ)ほどの腕が太く、胸板の厚い松吉というマタギに偉そうに尋ねた。
「マタギというのはちゃんと、仕事が出来るのか?」
「俺達の森の中での働きを見ればわかります・・・・」
松吉も武士の態度が気にくわないのか、無愛想に返事を返した。その態度に武士は舌打ちした。
「その短い山刀で本当に熊に勝ったのか?」
武士が松吉のある噂話をからかいながら尋ねた。
ずっと我慢している松吉は着物の襟をつかむと、自分の胸を武士に見せた。
「5年前だ・・・・俺が一人で隣村まで森を歩いていた時、山の主に偶然出会った。逃げられなかった。熊も同じだった。怒り狂う熊が俺に突進してきた。
命がけってのはああいうことだ・・・・俺は叉鬼山刀で熊の首を大きく切り裂いてやった!そして生きていたのは俺で、死んだのは山の主だった・・・・」
松吉の胸には深い無数の傷があった。それは熊の爪に切り刻まれ、牙に噛まれた跡だった。それを見ると武士は何も言えなくなり、武士は松吉から離れてた。
* * *
・・・・・・・・マタギか!
遠くから複数の声が聞こえてくる。その声はマタギが熊を誘い出す声だった。そこから久狼は今、自分たちが置かれている状況を考えた。
マタギが巻き狩りで女を???この先は尾根・・・そこで待ち構えて女を尾根まで誘い出して・・・マタギ、クマ止めて女狩りを始めたのか?
そこまで考えると久狼は突然考えるのを止めて、茂みの中にしゃがみ込み弓を構えた。そして森の奥から2人の武士と2人のマタギらしき男が警戒しながら現れた。
マタギが、武士を連れて女の狩り???武士がマタギを連れて女と戦???
ますます分からん状況に久狼は更に首をかしげる。マタギは声を出しながら、武士は後ろから着いてきながら辺りをキョロキョロしていた。
距離、1町40間(182メートル)・・・・よっしゃ
マタギと武士達はこの先で久狼が隠れているのに気づいていなかった。久狼は冷静に狙いを定めて、強弓を引いた!
ダァン!
茂みの中から久狼が強弓から放った矢は轟音と共に、一直線に1町40間先の一番奥にいた武士の同丸鎧を見事に貫通した。
武士は何が起きたか分からぬまま、絶命した。
「ちきしょう!」
急いで男達は弓を構えると音がした方へ矢を放とうとした。いち早く久狼が茂みから飛び出した。3人の男達は森の中を走る久狼を狙って矢を放った。だが、距離も遠く森の中を自由自在に走り回る久狼に狙いが定まらない。
ダァン!
久狼が二本目の矢を放った。一人のマタギの胸から背にかけて矢が貫かれた。
「うぁああああああああああ!」
残ったマタギが弓を捨てて悲鳴を上げながら逃げ出した。武士は何もできず逃げるマタギを見ているだけだった。
再び音がした。武士は音がした方を振り向いた。30丈(90㍍)ほど先に久狼が立っていた。武士はようやく敵である久狼を見つけることができた。
「てめぇ、骸の奴の仲間か?松吉も奴の仲間か?女を殺すのか?奴はどこに居る?」
久狼は獣のような目で相手を睨にながら武士に尋ねながらゆっくりと近づいた。武士は久狼が近づいてくるごとにだんだん呼吸が荒くなっていった。
「拙者は・・・・拙者は!」
武士は目の前にいる模様が入った直垂を着ている男の恐怖に抑えきれず震え出した。
「まっ待て!拙者は、お館様の命で・・・・お前を!」
武士は後ろに下がりながら震える声で久狼に必死に叫んだ。久狼は歩を緩めることなく武士を睨みながら近づいた。
「まっ待て!・・・・・わぁああ!」
ついに武士は久狼に背を向けて走り出した。何も考えず走った。久狼は手頃な大きさの石を拾うと武士の頭めがけて投げた。
石は見事に武士の頭に命中した。武士は転ぶようにして地面に倒れた。
武士は震えながら腰に帯びていた鞘から太刀を抜くと、近づく久狼を切ろうとした。
ザンッ!
久狼が自分が腰に帯びていた太刀より短い刀で武士の右手首を斬った。
「・・・・・・・・・・」
武士はただ呆然となり、ゆっくりと死んでいった。




