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聖なる怪物  作者: 髪槍夜昼
三章
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第六十三話


「聖櫃…?」


セーレはレライハの言葉を繰り返す。


聞き覚えの無い単語だった。


名前の響きからしてケイナン教関連の品ではあると思うが、今まで聞いたことも無かった。


しかし、ヴェラはそうでは無かったのか顔色を変える。


「どうして、あなたがそれを…」


「俺様達も以前から存在自体は知っていたんだぜ? それが大聖堂の地下に隠されていることはサロメから聞いたんだけどよ」


レライハは手の中で矢を弄びながら、大聖堂を眺める。


そこに存在すると聞く『聖櫃』を見据える。


「…アレは、あなた達が欲するような物ではありません」


「勝手に決め付けるとは傲慢な奴だな。俺様が欲する物は俺様が決める。この計画は…」


「長々と喋り過ぎですよ。レライハさん」


計画の全容を語ろうとしていたレライハを咎めるようにサロメは言った。


話に夢中で周囲の状況に気付いていないレライハに警戒を促す。


「話が長すぎて、もう皆さん集まってきているじゃないですか」


「あぁ?」


サロメに言われて、レライハはようやく周囲を見渡した。


法王の危機に駆け付けた信徒達が、周囲を取り囲んでいる。


使徒の姿は無いようだが、全員が法術を放つ構えを取り、油断なくレライハを睨んでいた。


「…慢心が過ぎましたね。もう逃げられませんよ」


「バーカ! コレを待ってたんだよ」


降伏を促すマナに、レライハは余裕の笑みを浮かべた。


天空を掴むように両手を大きく広げる。


「悪法…」


レライハは悪法を発動させる。


使徒殺しの黒い矢………ではなく『もう一つの悪法』を。


「『虚飾ファクティス』」


眼も開けていられないような強い風が吹いた。


巻き上げられた粉塵が人々の眼を塞ぐ。


そして、舞い上がる塵が晴れた時、世界は一変していた。


「え…?」


誰かが呟いた。


風が吹くまで油断なく睨んでいた仇敵レライハ


法王に傷を負わせた憎い敵の姿を見失った。


否、それどころではない。


「何、だ。何だコレは…!」


緑衣に身を包み、黒い弓を握った男。


『レライハ』が周囲を埋め尽くす程、存在する。


この場に集まった信徒達、その全てがレライハの姿に変わっていた。


「自身や他者の姿を変質させる悪法…?」


現実離れした光景にマナは呆然と呟いた。


コレがサロメやレライハが、他者に変身していた能力。


だが、悪法は一体の悪魔に一つ限りの筈。


何故、レライハは悪法を二つも…


「ど、どこだ! レライハを、あの悪魔を探し出せ!」


「待て、闇雲に動くな! 動揺すれば奴の…」


混乱して暴れ出した男を諫めるように、隣の男は叫んだ。


姿形は変わっていても、精神までは影響が無い。


落ち着いてゆっくりと本物を見つけ出せば良い。


そう言おうとしていた男の眉間に、一本の矢が突き刺さった。


「なっ…!」


血を噴き出して倒れる男に周囲は動揺する。


「アイツだ! アイツが矢を放った!」


「早く捕えろ! それが本物のレライハ……ぐあ!」


今度は、男を殺した者を捕えようとした者の胸に矢が突き刺さる。


それは全く違う位置から飛んできた矢だった。


「ど、どこからだ! 何で、アイツが本物の筈だろう!」


レライハは一人しかいない筈なのに、矢は次々と別の場所から飛んでくる。


その度に人の命が失われ、動揺は広がっていく。


遂には信徒達はパニックを起こし、互いに攻撃し始めた。


「一体、何が起こっているの…?」


「マナ様。あいつらです、最初にペラギアに化けたサロメは連れていた部下達」


セシールはパニックに陥った者達からマナを庇う様にしながら言った。


そう、この場にいる敵はサロメとレライハだけではない。


最初にサロメが連れていたレライハの偽者達。


彼らもこの集団の中に紛れているのだ。


「早く、マナ様の権能で悪法を…!」


「だ、駄目! 今はヴェラさんの治療に集中しないと…」


マナは悲痛に歪んだ表情でヴェラの手を握り締める。


先程からずっと権能を使用し続けているが、一向に顔色は良くならない。


「矢は抜けたけど、ヴェラさんの体内に残った毒は全然収まらないの! 今は権能で抑えてるけど、それを止めたらどうなるか分からない!」


たかが毒矢とは言え、七柱の悪法だ。


例えマナの権能でも、その呪いをすぐに治すことは不可能。


元々致命傷である猛毒の進行を抑えられているのは、マナが絶えずヴェラのみに集中して権能を使っているからだ。


少しの間だけでも手を離せば、瞬く間に毒は回って絶命する。


「…私のことは構いません。権能を使って下さい、マナさん」


青白い顔をしながらもヴェラは迷いなく言い切った。


今、目の前で血が流れている。


ヴェラを護る為、助ける為に駆け付けてくれた者達が血を流している。


それを助けられると言うのなら、自分の命など惜しくは無い。


「でも…!」


「それに、レライハがこの混乱を利用しないとは思えません。彼らに聖櫃を渡す訳には…」


ヴェラは無言で集団を睨み付けるセーレへ目を向けた。


「セーレさんもお願いします。聖櫃を、皆を護って下さい…」


「………」


セーレはヴェラの懇願には答えず、険しい表情を浮かべる。


虚飾の悪法は、セーレ達の悪法のように直接的な攻撃力は無いが、それ分だけ騙すこと特化している。


例え外見だけの変化であっても、セーレには見破ることが出来ない。


「ッ…!」


(今、手を離せばヴェラさんは死ぬ。でも、そうしないと…!)


苦悩しながらマナはヴェラを一瞥し、それから殺し合う人々を見た。


瞬きすら忘れ、マナは苦しむ彼らを真っ直ぐ見つめた。


意を決してヴェラの手を離し、権能を改めて発動させる。


その時だった。


命令コマンド『愚か者共、全員眠っていろ』」


聞き覚えのある声が聞こえた。


瞬間、殺し合っていた人々の手が止まり、糸が消えたように気絶する。


それは神の命令。


決して逆らえない絶対命令権であり、神の信じる者である限りそれには逆らえない。


パタパタと倒れていく人々を避けながら、白金の少年はマナ達の前へと歩いてくる。


「使徒では無くなった身だが、一信徒として法王の救援に駆け付けた」


「ば、バジリオ…!」


驚いたようにセシールが眼を見開き、ヴェラは嬉しそうに笑みを浮かべた。


それに僅かに気恥ずかしそうにしながら、バジリオは大聖堂の方へ目を向ける。


「状況は悪そうだな。先程、大聖堂の中に入っていく影が見えた」


「え。いつの間に…!」


「眼だけは良くてな」


既にレライハはこの場にいなかった。


向かったのは大聖堂内の、聖櫃の下。


それが分かればこの場に用は無い、とセーレは足を大聖堂へと向ける。


「せ、セーレ! 一人で行くつもりなの!」


「当然だ。この場で動けるのは俺一人だろう、他は役に立たん」


セシールとバジリオを一瞥し、セーレはさっさと歩きだそうとする。


確かに最大戦力であるヴェラは戦えず、マナもその治療で動けない。


セシール達はそもそも戦力にならない。


「貴様らはそこで大人しくしていろ。さっさと済ませる」


「…聖櫃は大聖堂の真下にあります。そこは聖都で最も清浄な空間。悪魔であるあなたにとっては苦しい場所だと思いますが」


「ハッ、上等だ」


そう言って、セーレは勢いよく大聖堂へと走っていった。

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