第六十二話
ニコラウスの鎧が剥がれ落ち、その身体が、その顔が、粘土のように歪む。
今まで『ニコラウスだった物』が、本来の形へと戻っていく。
「ふう。やっと本来の『俺様』に戻ったな」
それは周囲にいる弓兵達と瓜二つな、緑衣の男だった。
深めに被ったフードの下から嘲笑の浮かんだ口だけが見えている。
「レ、ライハ…本当に…!」
胸に刺さった毒矢を引き抜きながら、ヴェラはレライハを睨み付けた。
「おお? 俺様の毒矢を受けても生きているなんてな。一応、そこの嬢ちゃんの権能が弱まってから放ったつもりだが、毒が若干薄れていたか?」
「ぐぅ…!」
「ヴェラさん!」
ヴェラは胸を抑え、苦し気な声を上げる。
マナの権能のお陰で即死は免れたが、それでも猛毒であることには変わりない。
すぐに駆け寄ったマナが再び権能を使用したが、顔色は悪いままだ。
「ニコラウスさん。何で…」
「ニコラウスじゃねえよ。俺様はレライハ。傲慢のレライハ様さ!」
倒れたヴェラの手を握りながら、マナは信じられないと言いたげにレライハを見た。
信じたくなかった。
クララを大切に思っていたと話してくれたこと。
彼女が殺され、悲しみを抱いていたこと。
共に戦う仲間であると打ち解けたこと。
その全てが嘘だったとは思いたくなかった。
「いつからだ! 一体いつから…!」
マナとヴェラを庇う様に前に出ながら、セシールは叫んだ。
その眼に宿る微かな悲しみに嘲笑を浮かべ、レライハは答える。
「最初からだよ! この聖都に帰還した時から、既に俺様はニコラウスと入れ替わっていたのさ!」
「そんな馬鹿な。聖剣を握る者は嘘が付けない筈だ…!」
「そうさ! 聖剣を握る者は嘘が付けない! 俺様は何一つ嘘はついていなかったのさ!」
ゲラゲラと笑いながらレライハは言う。
「説明になってませんよ。レライハさん」
機嫌良さそうに笑うレライハの隣に立ち、サロメも嫌な笑みを浮かべる。
「サロメか。そういや、お前昨日の夜はよくもニコラウスをイジメてくれたな。何も知らないニコラウスに本当のことを教えたせいで危うく計画が台無しになる所だったぞ」
「すいません。愉しくって、つい」
「立てる計画は完璧なのに遊びが多すぎるぞ。お前が欲しがった本物のペラギアもちゃんと処分したんだろうな?」
レライハの咎める様な言葉を、サロメは笑って誤魔化した。
生かしておいても何の価値も無いペラギアをひそかに生かし、意味もなく拷問を加えていたのは計画外のことだったのだ。
「何も、知らない?」
マナに肩を借りながらヴェラは訝し気な顔で呟く。
「この計画で一番の障害は、やはりあなたでしたよ。法王様」
サロメは膝をついたヴェラを見下し、言葉を続ける。
「完璧に変装しようと、人間に憑依しようと、あなたには見破られてしまう」
そもそも悪魔である以上、聖都に侵入した時点で気付かれる。
例え人間に憑依しようと直接出会えば正体を暴かれる。
だからこそサロメはヴェラの眼を欺くことを何より考えた。
「ニコラウスは最適でした。聖剣を持つが故に嘘が付けない。逆に言えば、彼の言葉は全て真実であると言う証明になる。実に『好都合』だった」
「どうやって、聖剣を持ちながら嘘をつくことが…」
「先程レライハさんも言ったでしょう。彼は何一つ嘘なんてついていませんよ?」
聖剣使いは嘘が付けない。
故に、ニコラウスとなったレライハは一度も嘘をつかなかった。
嘘をつかずに、全てを騙した。
「彼は、最愛のクララを殺され、復讐に燃え、法王暗殺計画を知り、自らの意思で法王の護衛についただけなのですよ」
「まさか…」
「そのまさか、です。彼は『何も知らなかった』…自分が悪魔であることを忘れ、自分が本当にニコラウス=アルミュールだと思って行動していた」
「え…?」
サロメの語る真実に、マナは今までのニコラウスの姿を思い出した。
ニコラウスは感情的な行動が多かった。
クララを殺され、怒り狂っていたのは明らかに本心だった。
誤ってセーレに攻撃したことも、レライハの本来の目的からすれば無駄な行為だ。
「変装ではなく『変身』だ。外見のみならず、中身まで本人に成り代わる能力。まあ、流石に聖剣を騙す程の魂レベルの偽装は『本物の魂』を喰わなければ出来ねえけどな」
「そんな能力、以前戦った時には…」
「くくく…力を次代へと引き継がせるのは、何も人間だけの特権じゃねえんだぜ?」
笑いながらそう告げるレライハをマナは呆然と見上げる。
「本物の、ニコラウスさんは…」
「とっくの昔に死んだよ。鎧に穴が空いていただろ? 毒矢で一撃だ」
「クララを、殺したのも…」
「ああ。アレが死んでいた方が、ニコラウスの行動が自然になると思ってな。聖都に帰って一日だけは中身をそのままにしておいて、クララを殺してから中身まで完全に変身したのさ」
その後のニコラウスの行動はサロメとレライハの予想通りだった。
セーレに攻撃するなど、多少想定外の行動はあったが、クララを殺されたニコラウスは復讐する為に行動し続けた。
サロメは姿だけペラギアに変身して、バジリオを通じて法王暗殺計画をヴェラに流し、警戒を促した。
クララの死体に毒矢を刺すことでレライハの影を匂わせ、聖誕祭の護衛を用意するように誘導した。
聖剣使いのニコラウスは最も疑われない。
例えヴェラに護衛に選ばれずとも、復讐に燃えるニコラウスは自ら志願しただろう。
マナが共に護衛に選ばれることすら、計画の内。
彼女に権能を使わせることで、ニコラウスは本当の自分を思い出した。
「さて、ネタ晴らしも済んだし。そろそろ終わらせるか」
「ッ…!」
黒い弓を握ったレライハを見て、マナは身構える。
ヴェラはまだ本調子ではない。
護衛だったニコラウスはもういない。
この場で戦える使徒は自分だけだ。
自分が何とかしなければ…
「話は終わったか」
その時、ずっと一言も話さなかったセーレが前に出た。
ニコラウスの正体も、その裏切りも、大して興味が無いかのように、無感動な目を向けている。
「レライハか。少し見ない間に随分…『変わった』な」
セーレは何かに感付いたように目を細めた。
「貴様らが何をしようと、俺と俺の契約者に被害が出ないなら、別にどうでもいい」
そう言って、セーレは青ざめた顔で苦しむヴェラを一瞥した。
「…そのつもりだったんだがな。何故か、気分が悪いんだ」
自分でも不可解な感情を持て余しながら、セーレはレライハを睨む。
「つー訳で殺すぞ。『空間切断』」
「おっと…!」
軽く振られたセーレの腕と共に、青白い光が走る。
レライハはその場から飛び退いて、空間ごと切り裂く十字型の刃を躱した。
「流石にアンタと真っ向からやり合うつもりは無いっスよ。セーレ先輩」
「あ?」
「法王暗殺計画は、法王を欺く為の偽装。俺様の本来の狙いは…」
レライハ喜色を滲ませた顔で、ヴェラを見た。
「この大聖堂に隠された『聖櫃』だ」




