第71話 これにて作戦完了につき
本日2回目の更新です。
剣士特有の間延びした時間の中。
確かに振り抜いたシェルの刃は、しかし枯葉を撫でた程度の手応えを返す。
疑問の間もなく発された皓光の中、砂のように粉のようにあらゆるものが崩れていく。核も、術も、床も――咄嗟にシェルは足場を生み、落下するままの彼の主を跳んで拾う。
抱きとめた少女は薄く目を開き、今もなお何かに集中している。
鼓動がひとつ打つ。
音もなく周囲を崩しながら膨張する、真白い光に金の雷槌が弾ける。――術者たる核が消えた禁術を、制御するものは何もない。
軋み合う音さえ聞こえそうな、それは大規模な暴発の予兆。
シェルの腕には主がいる。
しかし彼の力は防御に向かない。正確には耐久性に乏しい。
鼓動がふたつ目を打つ。
だから彼は逆に腕を振り、軋む光へナイフを飛ばす。
「我が銘は〈天を引き裂く〉!」
精霊武器の銘は呼び名ではない、切り札だ。
刃が光に触れた瞬間、切先から紋様が走る。
膨張は、
上へ、
上へ、
絞るように引きずられ、
ついに暴発は天に噴き上げた!
三度目の鼓動。
暴発の余波が城を襲う。
瓦礫が降りそそぐ中、しかし逃げ場は下にしかない。
シェルは胸にかばう主に目をやり、息を呑む。
――自負と慈愛を帯びた懐かしい瞳が、刹那に彼に微笑んだのだ。
「リ、……!」
しゃん、と錫音が鳴る。
大音声の爆風がピタリと止む。
張られたのは泡に似た球面――二人を包むそれは、かつて〈結界〉と呼ばれた術だ。膜に見える内と外で、一時的に界をずらす、遺失の術。
――さすがに、ここまで
がくりと脱力する少女を、慌ててシェルは抱え直す。
……全身から力の抜けた肉体は、預かる信頼と同等に重い。そう言ったのは誰だったろうか。
真白の光柱が天を衝き、城全体が瓦礫と化していく下で――精霊は、隠れようもない喜びを浮かべている。
*
配管落下から始まった、半日にも満たないその災害は、宰相による内乱として表向きには報じられた。
さしあたってはこの説明が、〈始まりの魔王〉云々よりもマシであったのだ。実質的な権力者が宰相であることは庶民の口にも囁かれるほどであったから、信憑性はさらに増す。
瓦礫の数多散在する市街では、魔法と膂力による救助活動が続いている。
中には、見慣れぬ顔も複数含まれているようだけれども、この非常時に人手はより多く必要だ。
被災で衰弱している者が多く、早期の救出が望まれるが、不思議と死傷した人間は見当たらないという。
当事者である王も宰相も生死不明という、反感をかきたてそうな状況であったが、人々の関心はそこにはない。
救助と復旧に勤しむ彼らの話題は、もっぱら"黒竜の貴婦人"に集中していた。
――そう仕向けた者がいることは言うまでもない。
「そして、誰にも気づかれない玉座だけが残った。……なんて、うちの義弟なら書きそうだよね」
飄々とうそぶくザラ帝に比べ、従者グロリアの表情は硬い。
地上で大勢が救助に走る、城の地下。謁見の間であった吹き抜けの廃墟で、玉座は正位置に鎮座している。
床を崩され、落下したはずの玉座が。
「横倒しにすらならねぇのかよ」
「〈始まりの魔王〉を裏切ったんだ、そのくらいはこなしてもらわなきゃ困る」
「困んな」
「……グロリア?」
軽口にも勢いがない。皇帝は首をかしげる。
ツァルデンで長く活動してきた、彼らの目的のひとつが玉座だった。
王の代名詞としてのそれではない。王が座す、空の玉座そのものが狙いだったのだ。
千年前、〈始まりの魔王〉を裏切った何者かが作り上げた、玉座の姿の魔法構築物。
ツァルデンの王がこの玉座を使う限り、〈魔王〉の血を引くザラ達は海を渡れない。
誰の縛りもなく、どこまでも限りなく遠くへ――その渇望で〈覇王〉に成り上がった者と彼の側近は、ただ血筋だけで遮る"玉座"が邪魔だった。
その意味で、今日は待望の日のはずである。
「アレは、何モンなんだ」
めったにない従者の様子に、ザラは目を見開く。
畏怖している――〈魔国〉の〈耳長の姫〉に対してさえ、強気に振る舞ってきたグロリアが。
「〈臣竜〉はまだいい、あれは端からヒトじゃねえからな。けど、あの泡みてーな術も、術を解体しやがった業も〈耳長〉程度でできることじゃねえ、できたって魔力も〈容量〉も足りるわけねぇんだよ!」
それが、叡智を重ねた老魔術師ならまだ救いがある。たとえ〈森の民〉ほどの長生きでも、その脅威は帝国が追いつく前に死ぬだろう。
不世出の天才だろうと、研究を重ね、実践を積み、知を血肉に変える長い営みの上でなければ、一人でこんな真似はありえない。
グロリアは極めて優秀な魔術師だ、ゆえに主人よりも脅威がわかってしまう。
「ふむ」
対して、主人たるザラは気楽そうに言う。
「ならば、こっちの味方につければいい。少なくとも敵に回さなければ、それは僕らの脅威ではない。〈魔王〉を超えようというなら別だけどね」
「……簡単に言いやがって」
「今なら紛れやすいから、義弟に調べさせればいい。さ、早く頼むよグロリア」
ザラの中では終わった話になったらしく、期待の目でグロリアに玉座を示す。
頼もしいんだか、雑なんだか。
だが、グロリアはそうした辺りを深く考えるのが苦手だった。
きっと浮浪児の頃に、弟をかばって殴られていたせいだ。
――どこまでも、誰の邪魔もなく、遠くへ行きたい
ザラは二人を拾って、義兄になって、一緒に望みを果たしてくれる。義兄姉弟が主従になろうと、目的が叶うならそれでいい。
「わーかった、とっとと兄貴の嫁さん探しに行かせてやるよ」
「……ん? え、待った話を」
不可視と遮音の魔術の下、グロリアは玉座に手をかける。
人々が消失に気づいたのは、それから数日後のことだった。
次回は5/4朝6時頃更新です。




