第69話 作戦開始(後)
本日2回目の更新です。
後半グロ注意。しゃっと読み飛ばしても大丈夫です。
天を衝くほど巨大ないちご飴が鎮座している。
冪乗魔法式による高層魔法構築物……という単語を当然知らない梨々の、それが第一印象だった。
実際、内側で高速の魔術光が幾重にも走り回っていなければ、白味がかった中に赤く染まる、巨大な円錐が落ちただけのように見えただろう。
それが謁見の間に相応しいかはさておいて。
『己の命と引き換えに、どんな望みも必ず果たす禁術がある』
『禁術?』
『その程度で?』
『ああ、命を捨てる程度の魔力では、本来大したことは叶わぬ。じゃが、その禁術は本当に何でも叶う……〈魔王〉の蘇りが目的ゆえ』
〈始まりの魔王〉を封じる〈宿りの石〉は、他の魔法で造られたものと同様に、魔力に分解し直すことができる。
かつての梨々の"右手"と同じことだ。
命を捨てるほどの魔力をかければ、分解そのものは難しくない。それに、元々細工をしていたのだろう、と姫君は言う。宰相という立場なら容易いことだから。
『あやつは初めから、この国を壊すつもりでいたのだろうよ。自分の異母姉を――いや、昔語りしている場合ではないな』
一方で、〈宿りの石〉が消えていけば、〈魔王〉はそれだけ蘇りやすくなる。
そのうえで、国ひとつ分の命を捧げれば、復活はさらに容易になるだろう。
理不尽な死による負の感情が重なれば、〈魔王〉の前身たる〈御化〉が生まれる可能性は高い。
――〈始まりの魔王〉はそれを知っていて、誘惑の書を遺したのだ。術者の望みは必ず果たす、ゆえに自身の解放を助けるように、と。
『術が発動してしまった以上、魔力の供給を絶ちながら大元を破壊せねばならん。
よって、これより三手に分かれてもらう。
ハッタリ役、貸し作り役、ぶち壊し役じゃ!』
一番安全なハッタリ役は、〈諌めの一族〉ベルーシャと竜臣スクィーズ。
配管の分解を止めれば起こるだろう、国民からの魔力吸収阻害と、貸し作り……救助役に姫君とルカ。
そして、術本体のぶち壊し役が梨々とシェルだ。力任せ役とも言う。
三手に分かれ、梨々とシェルは禁術の発生源を探した。姫君の〈王の耳目〉は使えなかったからだ。
やがて、配管が消え脆くなっていたのだろう、天井の抜けた玉座の前。巨大ないちご飴に行き着いて、
「主、〈柵〉!」
は、と梨々は意識を切り替え、同時に赤い縄状のものがシェルの手で弾かれる。
その太さはむしろ綱と言うべきか。運動会の綱引きぐらいでしか見ないような、固く重い太さが何度も襲い来る。
咄嗟に魔術で全て弾き返した梨々は、反動で倒れかけ、シェルに支えられていた。
「ごめんなさい」
「やっぱり、防御柵張りながらじゃ難しい? 俺が張れればよかったんだけど」
「――逆です」
弛んだ魔術を張り直しつつ、言いにくそうに梨々は返す。
見上げるほど巨大ないちご飴にしか見えない、白みを帯びた赤の魔法構築物こそ、〈魔王〉の復活を促す禁術である。
しかし初めて見るそれを、梨々はなぜか隅々まで理解できたのだ。高速で走り続ける魔術光が、どこにつながり、どのような意図で、何を起こすのか。手に取るよりも楽に把握できる。
禁術の核を探る作業は、梨々にとって勝手知ったるモールを歩くよりもわかりやすく、先刻の会話を思い出す余裕もあるほどで――そのために襲撃に気づかなかった。
配管の落下を止めれば、狙われることはわかっていたのに。梨々が恥じらうのはそのためである。
「中心までの行き方はわかりました。自動で直してしまうのも止まったはずです。あとは」
「主は道を作るだけでいい、核は俺が外す」
「……はい」
こうした魔法構築物では、駆動の核となるのは術者である。つまり核を外すとは、術者を二度殺すということなのだ。
シェルが言わないのは保護者としての優しさだが――そのプレッシャーのために彼は、梨々の異才に気づかないでいる。
「中心まであと十……八、七」
梨々は精霊王の〈庭〉から死に戻り、大海のごとき魔力とそれによる無茶な押し通しを得た。
これ自体は歴史上珍しいことではなく、中には故意に行った魔術師もいるほどだ。
しかし、魔力が増大したからといって、魔術の腕が巧緻になるわけでもなければ、稀な知識を手にするわけでもない。
実際、梨々はこの高度な禁術の分類名も知らなかった。
「六、五、……」
どれほど巨大であろうと、魔法構築物をただ壊すだけならば、破壊できるだけの魔術と魔力があれば良い。
しかし魔法構築物を操るには、前提となる解析だけでも、部屋を埋めるほどの魔術師と設備が必要だ。魔力の多寡よりも、集合知を重視するためである。
それを、たったひとりで解析から干渉まで行うなど、研究者にして伝説の天才魔術師、リーシャ・レグラントでもなければ不可能だ。
けれどもシェルにとって、最初の主であるリーシャが一人で魔法構築物の分解・再構築を行う様など見慣れたものであり、以後数百年も魔法構築物を扱う主はいなかった。
「二、」
ゆえに、まったく、シェルは気づかなかったのである。
それよりもいかにして、核を瞬殺するかのほうが重要だった。
「一」
巨大な飴、いや魔法構築物が穿通する。
同時に鞘払い、疾る精霊は目で追えない。
溶けるように穴の広がる魔術から、赤黒い影が現れ出す。
その身は胸元から放射線状に裂かれ、皮下から骨の白さが見え隠れする。
肌に幾重にも刻まれた文様が、溢れる血潮を啜りあげる。
全てが主の目に入る前に、シェルは核へ――術者へ――宰相マキュレイ・フェルデイシアであったものへ斬りつけた。
*
白光は寸時に数多の目を灼き、轟然たる大音響に天地が騒ぐ。
ベルーシャは竜の背にしがみつき、永遠のような数瞬の衝撃を必死に耐えた。
ようやく目を開けた淑女の前に、現実が顕れる。
「そん、な……」
浮遊するままの配管の下、かつての王城が瓦礫と成り果てていた。
次回は5/3朝6時頃更新です。




