第68話 作戦開始(前)
本日1回目の更新です。
遠い昔。
望まれ召喚された〈勇者〉がいた。
なぜか。
あらゆる生に叛くもの……〈始まりの魔王〉がいたからだ。
〈勇者〉と〈魔王〉は激突し、各地にその余波を轟かせた。
そして、終の地ツァレドにて戦いは終わる。
〈魔王〉の全ては、〈勇者〉によって石となり封じられた。
どれほど時が流れようと、
どんなに摩滅が進んでも、
石は石であることに変わりない。
〈魔王〉が封じられた石、はるか後の世に〈宿りの石〉と呼ばれるそれは、湿るたびに魔力をこぼしながら、永久に石である……はずであった。
「おっと」
目前の配管を青年は軽く避ける。
〈宿りの石〉が練り込まれた太い管は、家屋を破壊しながら地に衝突、そのままひび割れた光を発し消えていく。
「いやあ、儚いなあ先祖様」
「仇討ちでもするか?」
「始祖の骸を建築資材にした罪でかい?」
阿鼻叫喚の住宅地で、軽口を交わすのは異国の主従、〈覇王〉ザラ帝と側近グロリアだ。
かつて天災ともいえる〈食らうもの〉を人の力で退けた街、配管都市シュヴァイエは、その護りの核たる配管によって壊滅の一途をたどっている。
天から落ちる硬管の破壊力もさることながら、自重で千切れた口から絶え間なく噴き出し続ける蒸気もまた、人々にとっては脅威となる。
高温の蒸気に熱風、落下の衝撃と土煙が入り交じり、逃げ惑う人々の混乱をさらに煽る。
「ま、滅んでくれたほうが楽なんだけど、民に罪はないからねえ」
「本音を交ぜるなよ、〈魔王〉サマ。ここいらで聞かれると面倒だ」
ザラ・スァン・ツァラ、その家名はかつての魔王国、ツァレドを追われた一族を指す。
そして挟まれた称号名は、彼が〈始まりの魔王〉直系の血筋であると示していた。
……印象の薄い、どこか人の良さそうな顔立ちからはとても想像できないが。従者の顔立ちが目を引くせいで、ますます影が薄そうに見える。
「そこの二人! 逃げるなら大通りのバドウ商会に行きなさい、警邏隊が避難所を開設しているわ!」
「ありがとう、白衣の精霊さんもご無事で!」
救助に奔走しているらしい鞭使いに余裕で手を振るくらいには、まったく違和感を抱かせない〈覇王〉。
その姿に半ば呆れの視線を向ける従者の娘は、転瞬、空を振り仰いだ。
キン――と耳鳴りに近い高音が届く。
同時、赤光を帯びた方円が放射状に広がり、配管と蒼穹の間を埋めつくす。
光の明滅する無数の線、無尽の文様は、ただひとつの目的を果たすために起動する。
「おお!」
逃げ惑っていた人々が、驚嘆の声を吐く。
「なっ」
「……ザラ兄、」
まろび出たそれは帝国の主従も例外ではない。
今まさに落下中の、長さ高さも不揃いな配管の群。
それら全てが、ひたりと、息を潜めるように静止しているのだ。
支えもなければ釣り糸もなく、ただ頭上で中空に留まり、各々腹を見せている配管たちは、それだけで壮大な幻覚の一幕めいている。
まして、蒼穹を覆いつくす赤き魔法陣の中心、一点と呼ぶには大きすぎる黒影。
それが首をもたげ翼を広げているとなれば、いよいよどんな合理主義者も現実を疑わずにいられない。
「〈四隅の臣竜〉だ……」
「それも公爵級か。さすが魔の国ツァルデン、大陸の禁足地と言われるだけはある」
侵略を受けずに来たのは、〈食らうもの〉のせいばかりではないのだと、異様で威容な光景が暗示する。
竜との契約は、概して人の手に余るものだ。
契約が叶えば莫大な力を得られるが、竜は体格に比例して魔力消費も凄まじいからである。
平時の人の姿であればまだしも、あの黒影は明らかに竜本体の大きさだろう。
ならばその背に乗り、ドレスの長い裾をはためかせている者こそ、今代の主に違いないとザラは考える。
「親愛なる我等が民よ」
けぶる蒸気の中、凛と若い娘の声が響く。
「ツァレドの勇士、亡き国のつわ者、魔術の地の末子たちよ、わたくしはあなた方のために来た!」
歓声の中、演説は続く。
言い慣れてないらしい、半ば引きつったその声は、ゆえに誠実な切実さを帯びる。
「グロリア、『目』を」
「へっ?」
「早く」
「え、あ、うん」
――それは、青年ザラが自身の運命を悟った、人生二度目の出来事であった。
*
一方、同じ頃。
「なんだこの糸……膜……とにかくこのもやもやは!」
「くそっ、ふわふわしているくせに切れん!」
落ちた配管によってあちこちが崩れた王城内は、突如現れた赤い紗のようなものに覆われていた。
毛髪を割いたよりもなお細い繊維状でありながら、その一筋一筋が、高位魔術師による防御壁にも勝る強度である。縒られ、捩じられ、絡まりあえば、特に体格に恵まれた屈強な騎士でも引きちぎれない。
しかも、それらは魔力を吸う。
この世界の生き物たちは、生命維持にも魔力を要する。
当然人間も、自身の魔力が尽きれば命に関わる。
そのため、敵の魔力を奪う術があっても、一定の値を超えたところで本能的に抵抗が高まり、奪い尽くすことは困難だ。
しかし、この赤い紗は違う。
「がっ――」
「ぁ――な……」
騎士でも宮廷魔術師でも、触れ巻きつかれればそれまでだ。本能的な抵抗を易々といなし、ぐいぐいぐんぐんと城中の魔力を吸っていく。
まるで、配管の落下を止められた腹いせのように。
「ふん、妾の宝物庫を全て解いておいて、まだ足らぬか」
「国の宝物庫だろが」
常人では呻きも叶わぬ中を跳ねる、場違いな台詞に呆れた返し。
だが、この組み合わせは珍しい。
豪奢な金髪に乳白の――今は紫瞳の姫君。
灰色髪を後ろに束ねた、蒼い双眸の少年。
「妾も王族ぞ、一応なっ」
「ベルに押しつけといてよく言うぜ!」
「〈諫めの一族〉は陛下と同等、当然じゃろ!……それに〈竜臣〉は後継を死なせぬ」
「おいマテコラ聞いてね、だぁっ!!!」
彼女の従者は彼ではなく、彼の主人も彼女ではない。
けれども、襲いくる赤い紗を払い、繊維を断ち切り、救助しながら進むには――この作戦を成り立たせるには、二人が二人である必要がある。
「ふふ、始まったぞ。即興の割にやるではないか」
「ベルとリリどっちだ」
「両方じゃ!」
次回は5/2夜18時頃更新です。




