表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/74

第66話 それは多分、彼女の初めての甘えだった。

 剣閃が梨々を襲う。

 素人の少女に、それを追えるはずもない。

 だからその一瞬、甲高い音の立った一瞬、梨々は何が起こったのかわからなかった。


「……今度は間に合った」


 息を切らす声が、頭上から振り落ちる。

 それは聞かせるつもりのない、こぼれた言葉だったのかもしれない。

 尻餅をつかされた状態で、梨々はただ呆然とそれを聞いている。


 角度を変えた刃が剣を払う。そのまま踏み込んで前に出た分、相手が即座に足を退く。

 一合、二合。

 金茶の髪の美丈夫は、そのままさらに数歩下がり、腰に剣を納めた。


「そちらと争う気はない、魔術師殿・・・・

「俺の主に手を出すなら充分理由になるんだよ、警邏隊長」

「ならば後ろを警戒した方がいい。騎士の回復は早いぞ」


 床に手をついたまま、梨々は即座に振り向く。視線の先では倒れた騎士たちが、四肢や頭をうごめかせている。

 回復したのはよかった、でもこのままでは、彼が捕まってしまう。

 かといって、警邏隊長である美丈夫が、梨々を逃がすとも思えない。

 迷いは一瞬、足に力を入れて立ち上がる。

 そのまま歩きだそうとして遮られる。


「シェルさん――」

「あの騎士どもには相応の目に遭ってもらう。だがそっちには、あの宰相の息がかかっているだろう」

「辞めた」

「……は?」


 端的な言葉に、シェルの口調が崩れる。


「今の俺は隊長でも何でもない。むしろ追われる立場になっているかもな」

「じゃあ、なんで主を」

「……そちらにはわからん、当たり前に〈食らうもの〉と戦える者にはな」


 皮肉げにわらう、碧眼の視線が梨々を見やる。

 なぜだか、梨々はひどく苦しくなった。

 ――自分はあの目を知っている。あの顔つきを知っている。

 ……もう何年も、鏡の中で見た顔だ。


 視線がそれる。


「俺にはよほど〈王命てんめい〉がないとみえる。……好きにするがいい」


 黒衣が無防備に背を向け、警邏隊長ユイゲンは二人から遠ざかりはじめる。

 その時貫いた衝動は、当の梨々にもわからない。


「死なないでください!」


 口が、喉が、腹の底が、勝手に叫び声を作っていた。

 言わなければ、伝えなければ、そんな思考さえ追いつかぬほど。


「隊長さんが死んだら、みんな忘れてしまうから、無いことになってしまうから! だから、死んではだめです!」


 前に踏み出し、肺までも裂けんばかりに叫ぶ。

 ――無茶を言う、と苦笑う声が、足音の向こうで聞こえた気がした。


 *


 一方その頃。


「くっ、動けるのに動けない、なんだこれは!」

「つむじ風が、手足を巻き取って……っ」

「なあこれ、俺たちだけ押し流されてないか?」

「呑気に言ってる場合かー! おぐっ」


 騎士たちはシェルの手によって、ぶんぶこぶんぶこ振り回されながら、ずるずるずりずりと風に押し流され続けている。


「ちょっ、この先は国宝の壺が!」

「やめーっ! 避けろーっ!」

「無理でっっっっっっ」


 ……おそらく無事であろう。おそらく。


 *


 は、と息をついた少女に、派手な破砕音が届く。

 とっさに振り返った彼女を塞ぐように、黒袖の腕が巻きついた。


「主」


 やわらかな声、全身を走る懐かしいほどの熱に力が抜けそうになりながらも、梨々は身をよじらせ、どうにか離れようとする。


「シェルさん、濡れます」

「んー」


 梨々の状態はいまだ生乾きだ。それも全身、九十%くらい湿っている状態だ。抱きしめれば当然、水気が服に移ってしまう。

 だがシェルは生返事をするだけで、むしろ屈んでまで腕の力を強くする。


「冷え切ってる」


 頬を寄せて告げる。

 俺炎系は苦手なんだよねえ、と言いながら、熱を押しつけるように抱きしめなおす。

 その温度が高く感じるのは、それだけ梨々が冷えていたことの証だ。


 ――そう、だから、震えているのは寒いせいなのだ。

 濡れていくのは水気のせいなのだ。


 大きな手のひらが、少女の頭を撫でる。

 細すぎる両腕が、青年の背に回される。

 囁く声に、返す言葉はくぐもっていた。


「おかえり」

「……ただいまぁ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ