表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/74

第65話 一方その頃、シェルはめっちゃ暴れていた

 時は少し遡る。

 占術師の住まう館で、ひとりの先視が眠たげな顔を上げた。

 王が最も信頼する、鮮やかな金の瞳を持つ女である。

 重厚な黒衣をまといて床に座し、緩やかな褐色の髪を長く垂らすその姿は、誰も知らぬ未来を垣間見るという、ある種の異様に相応しい。

 女が口を開く。


「やっとかよ。〈勇者〉が死んだっつーのに確定が遅いからひやひやしたぜ」


 ばさり、黒衣を翻し立ち上がる。その瞳は丸く開かれ、現れた腕は紐で髪を束ねあげる。

 さらに女は指先を目尻に近づけると、ぽろりと何かをこぼした。

 金に光るほど磨かれた、何かの鱗のようなものだ。その下で乳白色の瞳が踊る。


「〈耳長〉も大したことねーな、この俺に出し抜かれるんだから。あれが国一の魔術師だってんなら、この戦は勝ち確だぜ」


 そう喋る間にも、女の姿は変わっていく。重たげな黒衣から、肌に貼りつくような衣服へ。その上にいつの間に手に入れたのか、庶民風の貫頭衣と下衣を重ねて着る。

 最後にあらかじめ書き上げていたらしい手紙を置くと、女は窓枠に手をかけた。


「じゃーな、俺なんて信じた愚かなオウサマ。せいぜいうちの陛下の礎になってくれや」


 窓枠から飛び降り駆け抜ける女を、見た者・・・は誰もいない。


 *


「……だから、密偵シノビと言うたのにの」

「行き先は山向こう――それなりの軍勢がそろっているかと」

「捨て置け、〈王の耳目〉はツァルデンの見張りしか命じられておらぬ」

「よろしいので?」

「大方、陛下は逃がされる。その後こそが妾の役目よ――むしろ今は、あの娘の方が問題だの」


 蛋白石の瞳には、黒髪の子供が執務室に現れる、その瞬間が映っていた。

 その後は、先に語られたとおりである。


 *


 黒髪の子供が騎士に運ばれている頃、警邏隊長ユイゲンは、なぜか秘密裏に執務室へと呼ばれていた。

 部屋には蒼白で微笑む、妙に生気が宿った目のツァルデン王と、彼に懇願する宰相の姿がある。


「おおユイゲン、お前も陛下を説得せよ。そしてこの方を、安全な場所まで連れて行くのだ」

「マキュレイ、私は王なのだよ」

「だからこそ生きねばならないのです、陛下!」

「……何事です?」


 思わずユイゲンは口を挟んでしまう。警邏隊長程度の立場ではありえないことだが、宰相に寵愛されている彼にはその力が許されている。


「我が国は他国と戦になる。それを許したのは私なのだ」

「陛下!」

「そうだろう、私が〈喰らうもの〉を滅ぼしたせいなのだから」


 王の言葉に、ユイゲンは音ひとつ立てられない。それほどの驚愕が彼を貫いている。

 〈喰らうもの〉が、彼の愛する養父母と義妹を奪った仇が、滅ぶ。

 自分のあずかり知らぬところで、一太刀も浴びせることもなく。

 ――望んだ結果のはずなのに、この胸にうずまくものは何だ。


 ユイゲンの困惑を一顧だにせず、観念した様子で宰相が子細を説明する。

 短い黒髪の子供が、〈喰らうもの〉の消滅と、そのために他国と戦になる、という預言をもたらしたこと。

 確かめるために先視の占術師を呼びつけたところ、手紙だけを残して忽然と消えていたこと。

 そしてその手紙には、預言の裏付けと、戦になるので自分は逃げる、という旨が書かれていたこと。

 王はその手紙を読んだせいで、民の平穏と引き換えに命を差し出すつもりなのだと。


「警邏隊長たるお前ならば、誰にも知られず町を離れる道筋も、安全な隠れ家も知っていよう、今すぐ陛下をお連れせよ!」

「しかし――」

「それでも陛下の臣民か! 民が全て滅びようと、陛下さえいれば再興はかなう! 我らは命を賭しても陛下に生きていただかねばならんのだ!!!」


 その瞬間、

 その言葉ゆえに、

 彼の中で、何かが断ち切れた。


「……ユイゲン?」


 くるりと背を向ける警邏隊長に、宰相が訝しげな声を上げる。


「俺は〈喰らうもの〉を討てると聞いたからこそ従ったまで。それが滅ぶというのなら、もう愚かな貴族に抱かれる義理もない」

「なっ?!」

「陛下、御身の無事・・をお祈り申し上げます……では」


 警邏隊長、いや、ただのユイゲンが執務室の扉を閉めた瞬間、固いものが激しく扉を叩いた。


 *


 当てはなかったが、どうやら追いついたらしい。

 硬い靴先が目に入ったらしい少女が、はっと顔を上げる。

 乾ききらない短い黒髪、黒い瞳に、濡れた細い体。


「隊長、さん……」

「――その言葉がなければ、見逃してやれたのだがな」


 細すぎる腕をつかむ。その袖を素早くまくりあげる。

 現れた右腕には引き攣れた、大きな火傷痕が刻まれている。


「蘇りと引き換えの〈代償痕だいしょうこん〉……やはりお前が預言者か、リリ・サトー」

「違います、これは」

「お前は死んだ。あの場所で死なないはずがない。それこそ、〈勇者〉でもなければ」


 笑いは腹から勝手にこぼれた。ひきつけの発作のような嘲笑だった。


「〈勇者〉はもういない。必要すらない。〈王〉が滅ぶと預言させたいったのだから、〈喰らうもの〉は滅ぶのだろう? 俺の家族を犬死にさせたままなァ!」


 びくり、手の中の腕が震える。

 だが、少女の黒々とした目はしっかりとこちらを見ている。

 幼子のように大きく開かれた瞳が、醜い蒼い目をした、金茶の髪の男を映している。


「……やめてくれ」


 両親の、妹の仇を討つためだと言い聞かせて、あらゆることをやってきた。

 戦技を磨き、侮蔑に耐え、己の見目すらも利用した。

 汚れたことを幾度も行い、無辜の人々を部下に殺させた。


 この身は赤く白く穢れている。

 愛する妹・・・・にはとても見せられないほどに。


「見ないでくれ、サーチャ・・・・!」


 ただただまっすぐな、彼女の目が耐えられない。ゆえに、

 ――剣風が、奔った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ