第55話 そのころ梨々は(最後の)朝食をとっていた
丈高い城門に、ロコンチェルキ家の蒸気車がつけられる。
何用か、と衛兵のひとりが告げる。
「王への注進ってやつに来たぜ。俺の主がな」
にやりと笑うのは御者の少年。
灰色の髪をなびかせ、無礼なまでに堂々としている。
「そら、とっとと開けろ。王への忠心があるのならな」
「なんだと、この無礼者!」
「それ以上言えば、ロコンチェルキ家の叛意と見なすぞ!」
双方に緊張が走る中、「ルカ」と名を呼ぶ声が蒸気車の窓からかかる。
「証を見なければ、衛兵も自身の仕事をするでしょう」
「見せてやれって? 下っ端のこいつらに理解できるかねえ」
挑発の姿勢をくずさない少年に、衛兵との緊張はいやがおうにも高まる。
「お前たち、貴族相手に何をもめているのだ」
張りつめる様を見かねたのだろう、上官が衛兵たちのもとへと駆けてくる。
「貴族といえど、訪問のマナーは守っていただかなくては」
「王がまだお目覚めになったばかり、そこに押しかけるなど非常識だ」
「時間がねえんだよ!」
ぴしゃり、少年が声を上げる。
同時に、その手に掲げられたのは、〈大星〉をかたどった胸章であった。
目にした上官は、その顔を青ざめさせる。
「仮にも衛兵の上官なら、これの意味はわかっているはずだな」
「そ、それは、あなた方はその一族では――」
「ロコンチェルキ家は遠戚だ。当然うちの主にもその血は流れている」
少年の不遜な言葉に、上官は苦しげな顔になる。
「……門を開け! 早急に謁見の場を整えるよう連絡せよ!」
「は、はいっ」
丈高い城門が左右に開く。蒸気車が走り抜けていった後で、衛兵のひとりが上官に尋ねた。
「なぜかだと? あの記章は、万一のために覚えさせられる有名なものだ。あれは――いつ何時であろうと、王に謁見を要求できる、唯一のもの」
諫めの一族の証だ、と上官は教えた。
*
ヴェルデリア四世の朝は早い。
王としての執務の都合もあるが、単純に眠りが浅いためでもある。
しかしそのような彼でさえ、まだ目が覚めきらぬほどの、突然の訪問だった。
支度を済ませ、謁見の間へと入る。
既に拝謁を求める者が、膝をついて待っていた。
「面を上げよ」
臣下の声に、ロコンチェルキの女性当主とふたりの従者が顔を上げる。その腰に武器をさげていることから、人ではなく精霊だと王はすぐに気づいた。
「その胸章、本物を見るのは二度目だな。二度あってはならぬ、と教育係に言われたものだが……諫めの一族の末裔よ、何用で参った」
「賢明なる王よ、あなたはもう、お気づきなのではありませんか」
「占術師を優遇していることか? だが、あれは国民を守るために働いている役人のようなもの。未来を読み、不吉を遠ざける手段だ。それに、必要以上の権力を持たせてもいないはず」
「王の言動を左右できる、それだけでも分不相応な権力でしょう。ですが……わたくしが注進に参ったのは、そのことではありません」
当主の視線が強くなる。
女だてらに上に立つだけのことはある、と思わせる面持ちで、当主は告げる。
「陛下の命じた民殺しを、止めさせるために参ったのです」
ざわり、周囲がさざめく。
王は穏やかな声で返す。
「民殺し、とは穏やかでないな。私がそれをさせていると?」
「召還オークションによって現れた異界の者の買取と収集、それも相当に大規模なものを、秘密裏にお命じになったそうではありませんか」
「……ああ、異界のものがあふれて治安が悪くなっていると聞いたのでな。元の世界に還してやることにしたのだ」
「なぜ、今頃に? それも、家族や仕事を持つ者を引きはがしてまで、なぜ集めたのです?」
「陛下はご多忙である。簡潔に述べよ」
横やりを入れたのは宰相のマキュレイだ。落ちつかなげな周囲をひと睨みで黙らせ、跪く当主に向き合う。
「諫めの一族は、古い盟約により、いかなる時も王に注進を許される。だが、むやみやたらに王を誹れば、反逆罪は免れぬ。そのことをわかってやっておるのだろうな?」
目を眇める、それだけで、宰相は周囲の空気を変えてみせた。
王の右腕にして幼馴染という、莫大な権力が、重い背景となってその言動にまとわりつく。三人を見る周囲の視線は、出過ぎた真似をする不審者を見るかのように変わっていった。
「――やれやれ」
従者のひとりが声を上げる。
しかも、その場に立ち上がり傲然と王を見上げる。
「人の王よ、わからんならば教えてやろう。異界の者を還す方法はただひとつ」
灰色の髪をした少年は、朗々とその声を響かせる。
「そいつを殺してやることだ」
あまりに直截な言い方に、血に慣れない貴族たちが息をのむ。
「世を統べる王は〈勇者〉の召喚のため、異界の者が入ることを許した。だが、出ることは死ぬまで許していない! 実質還ることは不可能だ!」
「……陛下は、還すために集めたのだと仰いました。それは、異界よりの民を己の驕りで殺戮する、大義名分なのではありませんか」
「黙れ無礼者!」
宰相が声を張り上げる。だが、周囲は一斉に困惑と恐れに覆われた。
彼らにとって、異界のものは自分たちと異なるものだ。どのように扱おうと、彼らの良心は痛まない。
だが、そこで収まるのか?
ヴェルデリア四世は穏やかな王と言われ、その治世は先代までを受け継いで安定している。しかし、占術師の言葉に従い、その先視によって政を行ってきた王だ。
それを盲信するあまりに、人知れず狂王となっていたのではないか?
その狂気は異界のものにとどまらず、自分たちをも襲うのではないか――?
ゆるり、王は微笑を浮かべる。
「そなたも当主、上に立つものならばわかるだろう。全てを守れるというのは傲慢だ。守るためには切り捨てねばならぬ」
その瞬間、王のうつろな瞳によぎった陰を、王自身すら気づかない。
「私は、私の民と国を守るためにここにいる。そのために切るべきものを切っているに過ぎない」
「それは欺瞞というものです、陛下!」
ロコンチェルキ家当主、ベルーシャが叫ぶ。
「民を切ることに慣れてはいけません、より多くを生かすことが陛下のお役目です!」
「いい加減にせよ、若輩がっ」
「陛下、どうか切り捨てるのをおやめください。異界の民も陛下の民です!」
「ええい黙れ、不敬にもほどがある! 誰ぞ、この不審者どもを連れ出して取り調べよ!」
「――そなたこそ黙るがよい、マキュレイ・フェルデイシア」
割り込んだのは、凜とした淑女の声だった。
周囲は一斉に息を呑み、宰相は苦々しげな顔をする。
王は、ゆっくりとそちらに目を向けた。
叔母譲りのうつくしい金の髪、高すぎる魔力を封じる白の瞳。
そして、愛する叔母を獣に堕とした、忌々しい〈森の民〉の血筋を示す長い耳。
魔術以外には何の利用価値もない、賢しらな従姉。
「なんじゃ、ずいぶんな歓迎ではないか」
名もなき〈耳長の姫〉は、品良く呵々と笑った。




