表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/74

第54話 思い出ゆえの激情は、思い出ゆえに揺すられる

 彼の家族は、血がつながっていなかった。

 厳しくも穏やかな養父、活発で親切な養母、おてんばの割に人見知りな義妹。

 どこから来たのかもわからない彼を、家族はあたたかく迎えてくれた。

 血のつながった家族を知らない彼にとって、三人は唯一の家族であった。


 家族の誇りでありたい。

 彼が自然にそう思えたほどに、素晴らしい人々。

 よくいる配管工の家族となった彼は、進んで家業の手伝いをした。

 足場を運び、ネジを投げ、バルブを回して駆け回った後は、食事がひどく旨かった。


 彼はすくすくと背が伸びて、ついに養父を追い越した。

 自然とついた筋力と体力、平民には珍しいほどの美貌。

 彼の周囲はあきらかに色めきたち、義妹は不機嫌になることが増えた。


『花が欲しい』


 義妹が十二歳になる誕生日、それは彼の誕生日と決めた日でもあったのだが、突然義妹はそんなことを言い出した。


 夕暮れと夜の境目、〈大星〉に照らされて花開く、限られた花が欲しいのだと。


『開いたところを摘んできて。約束だからね』


 その花は住まいから遠く、郊外の一角にひとかたまりで咲いている。

 そのことは、彼と義妹との秘密だった。


 ……義妹の結婚相手が決まり、話すことは少なくなっていた。これからさらに減るだろう。

 自分を慕ってきた、可愛い義妹のために、彼は仕事の後ひとふんばりすることにした。


 その日は、とある区域の配管の、大規模修繕の山場だった。

 体力のある若い彼でも、よれよれになるほどの忙しさ。

 それでも彼は、養父に先に帰ってもらい、ひとり花を摘みに行った。


 その選択が、彼の一生の悔いになると知らないまま。


 帰宅した家は暗く、静かだった。

 食卓には、特別な白い〈麦焼き〉と、少しだけ豪華な食事が並んでいた。

 そして、周囲には倒れた椅子と、特別な日だけにつける、義妹の布飾りだけが残っていた。

 ……誰の姿も、そこになかった。


 その日、大規模修繕の隙に入り込んだ〈食らうもの〉は、ふたつの区画を根こそぎ食らい、精霊をつれた騎士たちに討たれた。

 食らわれた人数は、未だに把握されていないほどだという。


 翌日、彼は配管工を辞めた。


 *


 仮眠から目を覚ましたユイゲンは、知らずその胸に手を置いていた。

 胸の裏にあるポケットには、あの日残された布飾りが納められている。


 あの日走った激情を、彼は忘れたことがない。

 何年も何年も、追い求めてきたその時に、ようやく手が届く。

 彼の望んだ復讐は、〈勇者〉によって果たされるのだ。

 だからこそ、ユイゲンは先頭にたって異界の民を探した。その大半の末路を知っていて、彼らをひたすら集めさせた。


 〈勇者〉は〈食らうもの〉に食われない。

 逆に言えば、そうでないものは食われて消滅する。

 その現実を、ユイゲンは復讐のための必要悪だと考える。言い聞かせる。


『ツァルデンの、我が王の民を守るためだ、ユイゲン』


 それは宰相の言葉だったか。


 塔には今でも、十人程度の必要物資しか運ばれていない。

 ……そのうちのひとりは、今も熱でうなされているらしかった。


「〈選別の間〉には立てそうなのか?」

「いいえ、とてもとても。担架で運ぶわけにもいきませんし」


 報告を受け、ユイゲンは部下とともに黒髪の少女の部屋へと向かう。

 戸を開けると、熱と湿気が彼を覆った。


「水は? 解熱剤は飲ませたのか?」

「全て飲ませましたが、それでもひどい熱なんです」


 世話を頼まれた女性が答える。

 受付の業務が終わった後、こちらに回されたせいでくたびれた様子がうかがえる。


「……さ……」


 かすかな声とともに、少女の小さな手が何かを求めるようにさまよう。


「……せ……さ……」


 熱の上った頬は赤く、呼吸はひどく浅く荒い。

 ユイゲンは思わず少女の手を握る。

 ここで死なれては困る。


「……さん」


 く、と熱い手が握り返す。

 その強さにも驚くが、それ以上に驚いたのは、少女の笑みだ。

 心底安堵したように、ふにゃりと緩んだその笑みは、かつての彼の妹にそっくりで。


「……隊長?」


 部下がおそるおそる声をかけるほど、ユイゲンの眉間には深いしわが刻まれている。

 高い熱を発する小さな手は、すがるように彼の手を握りしめている。


「……せ、さん」


 峠を越えたのか、それとも解熱剤がようやく効いてきたのか、呼吸が深く落ち着いてくる。

 夜明けまでにはまだ時間がある。この分ならば、立ち上がれるくらいにはなるかもしれない。


 朝がくれば、〈選別の間〉が開かれる。

 〈食らうもの〉を引き寄せ発生させる術式が、部屋中に刻まれている中で、逃げ切れる人間など存在しない。

 どうあがこうと、小さな黒髪の少女の運命は定まっている。

 ……〈勇者〉でもない限りは。


 *


 夜明けと同時、一羽の鳥がロコンチェルキ家の屋敷に飛び込んだ。

 真白い鳥は当主の手の中ではじけ、ひとひらの紙片となる。

 かとん、と何かが机に落ちた。


「ベル」


 そう呼んだのは少年か青年か、あるいはどちらもか。

 ベルーシャは当主の面持ちで顔を上げる。


「今すぐ城へ向かいます、急いで!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ