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公爵夫人、離婚して資産三割を手に人生をリスタートします  作者: カワカン


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第8話 新しい暮らし

 三か月に及んだ旅を終え、馬車がゆっくりと家の前で止まった。


 石造りの小さな家。


 旅立つ前に修繕を依頼していたその家は、見違えるように整えられていた。


 新しい屋根瓦が陽の光を受け、窓枠には塗りたての白い塗装が映える。


 アンナは馬車を降りると、大きく息を吸い込んだ。


「ようやく帰ってきましたね。」


「ええ。」


 エレノアは懐かしそうに家を見上げる。


「いい仕事をしてくださったみたい。」


 玄関の扉を開ける。


 軋んでいた床は張り替えられ、暖炉もきれいに補修されていた。


 雨漏りしていた天井には、新しい木材が組まれている。


 職人たちは約束どおり、丁寧に仕事を仕上げていた。


 アンナは部屋を見回し、嬉しそうに微笑む。


「本当に別の家みたいです。」


「でも、土台は最初からしっかりしていたもの。」


 エレノアは壁へそっと手を添えた。


「傷んでいたのは表面だけ。」


「だから、この家を選んだのよ。」


 アンナは少し驚いたように振り返る。


「あの時から、そこまで考えていらしたのですか?」


 エレノアは穏やかに笑う。


「家も、人も同じ。」


「見た目だけでは、本当の価値は分からないものよ。」


 二人は荷物を運び入れる。


 三か月ぶりに戻ってきたその家は、もう仮住まいではなかった。


 これから始まる、新しい人生の家になっていた。



 荷物を運び終えると、二人はようやく椅子へ腰を下ろした。


 旅の間は宿を転々としていたせいか、自分の家の静けさがどこか新鮮に感じられる。


 アンナが温かいお茶を淹れ、二人だけのささやかな昼食を並べた。


「やっぱり、自分の家でいただく食事が一番ですね。」


「そうね。」


 エレノアも微笑み、ゆっくりと紅茶を口にする。


 豪華な食卓ではない。


 それでも、不思議と心が落ち着いた。


 しばらく穏やかな時間が流れたあと、アンナが静かに切り出す。


「奥様。」


「これからは、どうなさるおつもりですか?」


 エレノアはカップを置き、窓の外へ目を向けた。


 旅に出る前と変わらぬ町並み。


 行き交う人々。


 店先で客を呼ぶ商人。


 その景色を眺めながら、ゆっくりと言葉を選ぶ。


「生活に困ることは、しばらくないわ。」


 離縁の際に受け取った資金は、慎ましく暮らせば数年は十分に持つ。


 だが、それは減っていくだけのお金だった。


「だからこそ、働きたいの。」


 アンナは安心したように頷く。


「では、もうお考えは決まっているのですね。」


 エレノアは静かに笑った。


「ええ。」


「旅の間に、答えは出たわ。」



アンナは興味深そうに身を乗り出した。


「どのようなお仕事をなさるのですか?」


 エレノアは旅の荷物の中から、一冊の革張りの手帳を取り出した。


 ページを開く。


 そこには旅先で見かけた町の名前や建物の様子が、細かな文字で書き留められていた。


「旅をしながら、いろいろな家を見て回ったの。」


 アンナは目を丸くする。


「観光ではなく、調べていらしたのですか?」


「半分はね。」


 エレノアは苦笑した。


「空き家になった屋敷。」


「店を畳んだ商店。」


「修繕を諦めた宿屋。」


「どの町にも、そういう建物があったわ。」


 ページをめくる。


 建物ごとに、修繕が必要な箇所や立地、周囲の店まで簡潔に書き込まれている。


「公爵家では毎年、多くの建物の修繕計画を見てきたもの。」


「どこを直せば価値が戻るのか、自然と分かるようになったの。」


 アンナは感心したように手帳を見つめる。


「だから、この家も迷わずお選びになったのですね。」


「ええ。」


 エレノアは頷いた。


「古い家だから価値がないのではないわ。」


「価値があるのに、気づかれていない家があるだけ。」


 その言葉には、公爵夫人として積み重ねてきた年月が静かに滲んでいた。



夕暮れ。


 窓から差し込む茜色の光が、居間をやさしく照らしていた。


 エレノアは旅の手帳を閉じ、机の上へ一枚の地図を広げる。


 町並み。


 通り。


 そして、小さな印がいくつも書き込まれていた。


 アンナが不思議そうに尋ねる。


「これは……?」


「旅の途中で気になった建物よ。」


 エレノアは一つの印を指先でなぞる。


「空き家だけれど、土台はしっかりしている。」


 別の印へ移る。


「こちらは宿屋。」


「建物は悪くないのに、経営が続かなかったみたい。」


 さらにもう一つ。


「ここは倉庫。」


「場所はいいのに、使われていない。」


 アンナは驚いたように地図を見つめた。


「旅をしながら、こんなに調べていらしたのですね。」


 エレノアは小さく笑う。


「景色を見るのも好きだけれど……。」


「気づけば、建物ばかり見ていたわ。」


 公爵家で過ごした年月は、知らず知らずのうちに自分の目を育てていた。


 建物の傷み。


 立地。


 人の流れ。


 修繕に必要な費用。


 それらを自然と考える自分に、旅の途中で気づいたのだ。


 エレノアは地図の一点に、静かに指を置く。


「まずは、この一軒から始めましょう。」


 アンナは力強く頷いた。


「はい、奥様。」


 新しい人生は、もう始まっていた。


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