205.壁内学校へ
出かけるところをタンポポちゃんたちに見つかってしまった。
「ただ壁の中を見て走るだけだよ?」
「いいじゃない。連れて行きなさいよ」
「いけよ〜」
「なさいよ〜」
困ってマキナを見る。
「高山学園──壁内学校へ行くんだ。意味が分かるな?」
「ああ〜、男の牢獄へ行っても楽しくないでしょ? 牧場の方が余程ましよ。牧場にしましょうよ」
「ぼくじょう?」
「うしさん?」
タンポポちゃんの提案にアリサちゃんマナちゃんが色めき立つ。
「今日のところは、学園はお止めになり皆さんで牧場巡りでお茶を濁されては?」
笹さんが小声で助言してくる。
そう聞いてマキナは悩んでいるみたい。
学校へのドライブはボクのためのもの。それほど行きたい理由をマキナは持って居ない。牧場に変えようかと悩んでいるのかも。
「ちょっと〜、お茶を濁すって何よ。誤魔化すってことよね? 騙されないわよ」
「わよー?」
「おちゃするー!」
内緒の話がタンポポちゃんにも聞こえたみたい。笹さんが恐縮している。
いや、マナちゃん、お茶するんじゃないからね?
よく見たら、みんなポッケが膨らんでる。お菓子を取って来たのか?
ってことは⋯⋯おままごとする心算なのか?
これはいけない。何としても阻止しなければ⋯⋯。
「仕方ないな。ドライブは今度に。タンポポたちの相手をしてくれるか?」
「ええーっ?」
マキナが折れてしまった。ドライブどころか幼女〜ズの相手とか、絶対おままごとの生贄だよ、勘弁して。
がっくりしてると、笹さんは申し訳なさそう⋯⋯。
マナちゃんは「おちゃする?」と機嫌を良くしているんだけど。
折角、マキナとふたりっきりになれると思ったのに〜。
ここは何としてもマキナとふたりっきりになるんだ!
「ドライブと言っても遊びじゃないんだよ? 勉強しに行くの」
「べ、勉強?」
タンポポちゃんたちが怯む。
おや? これは行けるかも?
「そうそう。学校の施設を見たり、どんな生活をしてるとか沿革を教えてもらうのよ?」
「え、えんかく?」
「⋯⋯?」
「おえかき?」
「そう、先生に話を聴いて勉強するのよ? 牧場には行かない」
決然としてタンポポちゃんに言う。
「先生? そ、そう⋯⋯。大変そうだから私は遠慮するわ」
「べんきょうは、いらない」
「おるすばん? おちゃは?⋯⋯」
勝った?! マナちゃんの落胆には心が痛むが、また慰める機会はあるはず。
「じゃ、じゃあ、マキナ行こう?」
煙に捲いてるうちにレッツゴー!
「あ、ああ⋯⋯」
「ちょっとー、引っ付き過ぎ」
「すぎー」
「すぎ〜」
また、べったり抱き着きマキナを押して行くとタンポポちゃんたちから抗議が。でも気にしない。
西の通用口から外へ出ると雲が立ち込めて薄暗い。
「こりゃ、降りそうだ」と、マキナが呟く。
庭園を横切り宿舎の奥にある車庫へ。
人前に出るからか車庫近くへ行くとマキナが、ボクの手を解こうとする。
車庫へ入る際はさすがにボクも手を解く。
「マキナ様、どうされました」
詰め所へ顔を出すとツナギを着た小太りの車庫の管理者がマキナを見、ボクを怪訝な目で見て訊く。
「車を使う。ちょっと壁内学校へな」
「左様ですか。それで、そちらの方はもしかして?」
「ああ⋯⋯」
──使用人全員に顔合わせは、まだだったな⋯⋯、とマキナがごにょごにょ口ごもる。
「──結婚予定の、いや、良人のキョウだ。ほら?」
そう言ってマキナがボクを小突く。自己紹介しろって?
「初めまして。キョウです。よろしく〜──ウッ!」
痛い。軽く言ったらマキナにお尻を抓られた。
「は〜、初めまして。車庫と車両の管理をしとります小杉です。お見知りおきを」
「こちらこそ」
「へ〜、そうですか⋯⋯。あなたが噂のキョウ様ですか」
小杉さんは、使用人つながりでボクの噂だけは聞いていたらしい。どんな噂か分からないが。
特に、積極的に映像などは見ずにいたとか?
知らない女は知らないんだよ、サガラくん。
車両運行表にマキナがサインして鍵を受取り、車の所へ移動。今朝、乗って帰ったワゴンかな?
ワゴンに乗り込み発進、車庫を出て走り出すとべたべたを再開する。
「こりゃ降ってくるな」
ああ、そうって気のない返事をして、フロントウインドウを見るとぽつりぽつりと雨粒が貼りついている。そう言えば雨に振られるのは久々かも⋯⋯。
そんなことより、ふたりきりなのは久しぶりで上がる。
車は建物の間を通り抜け、分岐を左に曲がると知らない道に入る。
「おい⋯⋯」
「何?⋯⋯」
「ちょっと、運転し辛い」
車を運転中にも関わらず、べたつき続けるボクにマキナから苦言が出る。
「ええっ? 嬉しいくせに」
「⋯⋯まあ、少しは」
「でしょ〜」
マキナは満更でもない。でもこれ以上はシートベルトが邪魔だ。目一杯ひっ付くなら外すしかない。
「やり過ぎだ。シートベルトはしろよ」
マキナが諌めてくる。
街路樹として整備された針葉樹もまばらになり、雑木林に入って行く。道路も未舗装で、いわゆる林道をゆっくり進む。
「物陰とかどこか無い」
幸い林道だ。物陰や行違いの回避場所くらい幾らでもあるだろう。
短パンを急いで脱ぐ。
「おいおい⋯⋯」
「さっき抓られたところが痛いんだよ」
「ああ、そっちか」
言うほど、きつく抓らなかったろう?と気が抜けたマキナは路肩に車を停める。
「きっと真っ赤になってるよ。ちょっと見てよ?」
マキナに縋りつき、ショーツをずらして見せつける。
「特に腫れてもないぞ」
覗き込ませは出来たが、マキナはステアリングから手も放さずにいる。
「ちゃんと見て」
覆い被さってボクのお尻を見ている隙にマキナの太ももにのの字を描く。
「くすぐったい、やめろ」
「だってさ〜。昨夜はしなかったよね」
「⋯⋯ああ。まあ、そうだが?」
「毎日しないと調子悪いんだよね〜」
「今は拙いだろ」
痛いとか言うのは嘘か、と言ってお尻を叩かれる。
パァ〜ンといい音がした。
「イぃったぁ〜!」
今度は本当に腫れてる、きっと!
「これから学校へ行くと言うのに不謹慎だぞ」
「それはソレ、これはコレ」
マキナの脇腹を擽ると、さっきよりきつく本気の右手で叩かれた。
いった〜い。これはお尻が割れたよ、四つくらいに。
ボクが悶絶するのを無視して、マキナは無情に発進させる。
期待のテンション上がり過ぎてもう爆発しそうなのに殺生な⋯⋯
学校への道程で粘ってお願いしていると、時間があれば帰りに、と約束してくれる。
喜多村のお山の向こう、山間の道を進むと周りを塀に囲まれている建物が見えてきた。
本当に牢獄みたいだ。
喜多村の敷地内でここまで堅固にする必要があるんだろうか?⋯⋯。あるんだろうな。
側面の全影から正面の姿に視界が移ると、遂にぱらぱらと雨が降ってくる。塀の正面中央は、穴が穿たれたトンネルのようになっている。
「お前は座っていろ」
その入口に入り守衛の受付前で車を停め、マキナは入構許可を求める。
マキナが書き物をしている陰で守衛さんが車を覗きこんでボクを確認している。
申し訳程度に会釈して微笑む。
マスクをしてはっきり分からないけど、今までで一番厳つい女だ。
手続きを終えマキナが車に戻ると、トンネル先の扉が引き揚がり車を中に進める。入ってみたらすぐにフェンスに囲まれた中庭と言うか運動場が見え、遊んでいたらしい子たちが向こう側の建物に走り込んでいる最中だった。
ちょうど雨足が強くなっている。
運動場を囲む4〜5mのフェンスに沿って車は走り、対面の建物へ向かう。
建物は外壁に張り付くように建って塀と一体のように見える。
周りは塀の中で圧迫感が半端ない。昼間は良いとして、朝夕は、きっと暗い
にしても、周囲の塀と言い城門のような入口扉と言い、すごく厳重。侵入するヤツは居ないだろう。
外で酷い目に遭ったから恐らく、中から出たい男の人も居ないと思う。
「今は自由時間です。お見苦しい場もあるかと」
「分かってる」
車を駐車位置に停め、やって来た男の老教師に出迎えられる。
老教師──香坂先生に案内されて学校部分を見回ってみるも誰も居ない教室ばかり。自由時間だって言ってるし居室とかの方にいるんだろう。
普通教室の並びに職員室があり、覗くと十席ほど机が並び二人の先生が事務作業をしている。香坂先生に紹介だけ聞いて会釈して移動する。
二階に上がり、理科室・音楽室・美術室と特別教室もひと揃えあり学校の体裁は整っている。設備を整えていても、あくまで私設団体で学校法人として登記は出来ないのだそう。
マキナの話では出来なくはないが、現状このままの運営でしか保護施設の体裁を保てないので法人にはしないんだとか。
そこら辺りも男を囲っていると喜多村非難されているんだろう。
次に居住施設へ移り、遊戯室や映写室などレクリエーション施設を見て回って子供たちが自由にしている様を覗き見る。
居室を見て回ると寛いでいる姿が見える。ボクたちに気づき不思議なものを見る視線を向ける子も居れば怯えて隠れる子も居る。
ふたり部屋か六人部屋が並び、小・中学生ばかりに見え、乳児や就学前くらいの子は居ない。さすがにそんな子を引取りはしない、建前では。
半強制的に母親から隔離され保護施設経由でここへ落ち着く子も居るのだとか。




