206.学校での出会い
喜多村本家壁内にある男子の保護施設、壁内学校──通称・高山学園へマキナに連れられやって来た。
極力、姿を曝さぬよう気をつけ、一通り見廻りはしたがマキナの姿に気づいた者が声を上げていく。
次第に騒ぎだす子が増え、日常の喧騒をかき消してくる。
「マキナ様、これ以上、刺激するのはいけません」
案内役の老教師・香坂さんが注意し視察中止をマキナに促す。
彼は、当校で教師役をやっている男性だ。男性能力の衰えた者の未来は暗い。女ばかりの社会からは、邪魔者扱いで受皿は整備されていない。喜多村が設けたこの施設では、教師役と終の住まいを提供している。
何より彼は、喜多村の目指す目標に理解を示し協力してくれている貴重な男性でもある。
その目標とは、ずばり、男性の地位向上らしい。あとでマキナが教えてくれた。でも、まだまだ道なかば。ここに居る男たちが外で暮らせるようにならないとね。
「そうだな。そろそろ退散するか?」
「教育・居住施設は見られたし良いかな? まだ見ていない場所は、ボクひとりで見に来ても良いかも」
マキナとボクの言葉に香坂さんは、ほっと胸を撫で下ろす。園内男子との諍いは無いに越した事はない。
「あの奥は?」
引き返そうとしている中、立入り禁止と掲示された奥へ続く廊下に目が留まる。
「止めておけ」
ボクが訊くととマキナが止める。
病んだ子を看護している所だと青ざめた香坂さんは言う。酷い虐待に遭い、もう普通の生活は出来ないだろうと苦々しく言う。
その虐待に関わった者たちは、男を囲っていると喜多村へネガティブキャンペーンを仕掛け、非難の矛先を自分たちから逸らそうとしている、と喜多村側は見ている。
汚名を敢えて被っても、喜多村が彼らを匿うのは何故なんだろう? 隠さず世間に告知すれば良いのに⋯⋯。
ともかく、その壁内学校の本質をマキナはボクに知っていて欲しかったんだね。
「女は帰れ!」
居住区の奥からの帰り際、数人の子供たちから手許にあった筆記具など物を投げられた。それを避けつつ駐車場へ急いでいると、ボクと同じ年恰好の子が本を投げつけてきた。
「マキナ!」
マキナに向かった本は咄嗟に庇ったボクに当たる。身重、と言っても妊娠初期だが、そんな人に物を投げつけるなんて!
「マキナ──この女には赤ちゃんが居るんだよ!」
見返り、鬼の形相でその子を含め男の子たちを見回し睨みつける。
「えっ?!⋯⋯」
その子は困惑と後悔が入り交じる表情を見せる。気不味さを見せた彼の姿に、少し溜飲をさげる。
女を嫌悪する前に、子供──赤ちゃんを労る気持ちを持ち合わせているのかも。
少し落着きを取り戻すと何故か親近感をその子から受けた。
「いい。キョウ、帰ろう」
「でも⋯⋯」
「いいから」
射殺す勢いで彼を睨むボクの腕をマキナは掴んで宥める。
「喜多村の女たちは、君たちを護ってるんだよ。ここの生活は喜多村が支えてるんだ。マキナはねー、そんな君たちの状況を見せてくれたんだ。ボクに何か出来ないか」
だから悪く言うな! と威嚇するボクをマキナは引き摺って行く。
「そんなこと、分かってる⋯⋯」
消え入りそうな声で、その子が言う。
「──教えてくれ。その⋯⋯赤ちゃんって、君たちの?」
「そうだよ」
「そうか⋯⋯。君の名は? 教えてくれ。オレはミヤコ。飛鳥ミヤコ」
なんだよ、やけに絡んでくるな⋯⋯。まあ、名前くらい教えても良いけど。
「⋯⋯あお──喜多村キョウ」
おっと、危うく旧姓を言うところだった。
「キョウ⋯⋯キョウ⋯⋯。なるほど⋯⋯」
ミヤコと名乗った子は、苦笑いして何やら理由知り顔で納得してる。
何なんだ? 気分悪いな。
「キョウ、行くぞ」
「う、うん」
ボクの踏ん張りもそこまで。マキナに腕を曳かれ、男子の囲いを足早に抜け、逃げるように居住区・校舎をあとにした。
外は雨が本降りになっていて香坂先生とは、校舎の出入口で別れる。
マキナは、駐車場から車を発進させる。
来た道を戻り、出構、ボクらを乗せたワゴン車は雨に烟る林道を走る。
帰り道、行き交いの待避所を見つけ、マキナは車を停める。
「酷いよ。マキナは何も悪くないのに⋯⋯」
「まあ、彼らは女全体が敵だからな⋯⋯って、おいおい」
流れるように短パンを下ろすボクをマキナが呆れる。
往路の約束でマキナが車を停めた理由ではなく、ボクの怒りと気落ちを収めるためだったらしい⋯⋯。
もう気持ちは沈んでもいない。だけど気掛かりができた。恥部って言うほどでもなかった壁内学校。やけに絡んできたミヤコって子。
ともあれ、あれはアレ、これはコレと、上目遣いでマキナを見る。
精漿が赤ちゃんの生育に良いんだよ、と言うとマキナが「それは、知らなかった」と少し驚きつつ「いや、聞いた気もする」と納得する。
保体生殖の授業では、さらっと流しただけで記憶に残らないかも。女側なら尚更だろう。
ボクは頑張った。空いた一日を埋めるように。
雨の中、走り、車庫にワゴンを納め、マキナの自室に戻ると、帰りが遅くなって激怒ぷんぷんのタンポポちゃんたちが待ち受けていた。
「いつまで遊んでるのよ」
「のよ〜」
「おそいー」
マキナとボクはタンポポちゃんたちに詰られる。
「こんどは、わたしたちとあそぶ〜」
「あそぶ〜」
「そうよ。遅れた分たっぷりヤるわよ」
たっぷりヤる? マキナと顔を見合わせ、げっそりした。もう充分という表情だ。
案の定、遊びがおままごとだと聞いたボクは心底げっそり。
「キョウは呼ぶまで、ここに待機」
マキナが興味深げに成り行きを見守る中、リビングの入口陰にボクを待機させ、タンポポちゃんたち三人がリビングに移動して始まる。
う〜ん、勝手がちょっと違うような⋯⋯。
「喜多村キョウさん、どうぞ」
二の舞を演じぬようダッシュでリビングに入る。そこにはマキナしか居ない。それに喜多村キョウさん、って何?
マキナがジェスチャーで寝室を示す。いやな予感しかしない⋯⋯
「今日は、どうされました?」
寝室を恐る恐る覗くとイスに座るタンポポちゃんと後ろに控えるマナちゃんアリサちゃん。
タンポポちゃんは、だぼだぼの白衣を羽織り、おもちゃの聴診器?を首にかけている。
「だまされた⋯⋯」
「こちらに座る」
「⋯⋯」
ベッドを指すタンポポちゃんに従ってベッドの縁に座る。これってお医者さんごっこだよね?
「⋯⋯それで、今日は、どうされましたか?」
「これって、お医者さんごっこだよね?」
「ふむふむ。耳が聞こえにくいんですね?」
さらーーっとスルーされた⋯⋯。どうしても、やるんですね⋯⋯
「いいえ。ちょっとお腹の調子が悪くて⋯⋯」
「ふむふむ⋯⋯」
「──赤ちゃんが出来たかも」
ボクは一計を案じる。
「は? ⋯⋯そ、それは大変⋯⋯、です」
「赤ちゃん?」
「キョウも赤ちゃん?」
医師団──タンポポ医師とマナ看護師、アリサ看護師が顔を突き合わせて、ひそひそ話し始める。
困ってる、困ってる⋯⋯。
「で、では、ベッドに横になって。診察します」
「はい⋯⋯」
ほう、診察はするんだ⋯⋯。横になると寝室入口でマキナが覗いてる。助けて?
マナ・アリサ看護師がシャツを捲る。
「う〜ん⋯⋯」
タンポポ医師が聴診器を当てる⋯⋯。そこは、胸です。
「プッ⋯⋯」
マキナが吹き出す。釣られてボクも吹き出しそうになった。我慢、我慢。
「んん⋯⋯」
タンポポ医師は不機嫌になってマキナを振り返って見る。
マキナは頭を振り、見かねて指さして教えている。
「わ、分かってるわよ」
そう呟いてタンポポ医師は聴診器をお腹に移し、うんうん唸る。唸ると聴診器の音が聴こえないよ? それにお腹は触診かな?
お腹の聴診を終え、タンポポ医師はアリサ・マナ看護師と集まってまた相談し始める。
まだ続けるの、これ?




