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閾典神話  作者: はなひらり
第四層・欠位聖庭
12/12

第二分域・被刪史

 被刪史

 欠位聖庭において、未生界は本来到来するはずでありながら、ついに到来しなかった世界を保存している。それらの世界には真実の歴史はないが、現実に対する潜在的な圧力を持っている。ある未生文明が誕生に近づけば近づくほど、現実の中に残す偶然、予感、遺跡は増える。

 被刪史は未生界とは異なる。

 被刪史の中の事物は、かつて真実に存在したことがある。それらは完全な過去、明晰な因果、確定した経験を持ち、かつて現存する世界と深い相互作用を営んだことさえある。そして、それらは削除された。

 削除されることは、決して生じなかったことと等しくない。

 これが被刪史の最も根本的な定理である。一つの文明は抹消され得る。一つの宇宙は忘却され得る。一柱の神はあらゆる記録から完全に追放され得る。しかし、削除という行為そのものが痕跡を残す。これらの痕跡は歴史ではない。歴史はすでに削除されたからである。それらはまた未生でもない。未生はかつて存在したことがないからである。それらは存在と非存在の間にある特殊な欠位であり、被刪史の基本材料である。

 被刪史の最も単純な表現は、次の通りである。

「ここにはかつて何かがあった。今はもうない。しかし、『今はもうない』ということ自体が、世界に影響を与えている。」

 起源なき廃墟は被刪史に属する。廃墟の中の建築様式は、いかなる既知の文明にも属さず、その中の文字は現存するいかなる言語によっても翻訳され得ない。しかし、その構造、材料、空間関係は、なお地域の気候、生態、文明心理に影響を与えている。

 誰も発明していないのに普遍的に存在する技術は被刪史に属する。すべての文明がそれを使用しているのに、いかなる文明もどのようにしてそれを習得したかを覚えていない。その歴史は削除されたが、技術の機能、形態、伝承様式はなお完全に保持されている。

 すべての人が哀悼するのに、誰も覚えていない神は被刪史に属する。人々は定期的に儀式を行い、祈りを唱え、禁忌を守るが、自分たちが誰に祈っているのかを言うことができない。神の名は削除されたが、神と信徒の間の関係はなお存在する。

 原因なき文明の禁忌は被刪史に属する。ある文明は、ある食物を食べることを禁じ、ある地域に入ることを禁じ、ある言葉を発することを禁じているが、これらの禁忌の起源を説明するいかなる記録も存在しない。禁忌の原因は削除されたが、禁忌の効力は完全に損なわれていない。

 被刪史の中の事物は、特殊な二重状態を持つ。それらはすでに直接的な存在を失っているが、なお欠位の形式で現実に参与している。それらの欠位は空白ではなく、形のある空白である。沈黙ではなく、構造のある沈黙である。不在ではなく、不在の仕方で在场することである。

 この状態は、欠位聖庭によって「刪余」と呼ばれる。

 刪余は残余ではない。残余は削除の後に残った部分である。刪余は削除という行為そのものが残したものである。それは削除された事物の一部ではなく、削除という出来事が現実の中に創造した欠位の構造である。

 存在を文字で満たされた一枚の紙に例えるなら、削除とは文字を消すことではなく、紙の上に消し跡を残すことである。消し跡は文字ではないが、形状、深さ、質感を持つ。被刪史とは、まさにこれらの消し跡が形成する世界なのである。

 被刪史の究極構造は「刪の極限」である。

 刪の極限とは、削除の完了ではなく、削除の絶対化である。

 刪の極限において、削除はもはや何らかの事物に対する行為ではない。削除が存在そのものの様式となる。

 刪の極限は次のように書くことができる。

 DelLimit = Delete(Delete(Delete(......)))

 この表現は有限回の削除によって完了されえない。それは無限回の削除、さらには無限を超えた削除を必要とする。

 刪の極限の上は、「刪の超越」である。

 刪の超越とは、削除の極限ではなく、削除の極限の極限である。

 刪の超越は次のように書くことができる。

 DelTrans = Delete(DelLimit)

 刪の超越の上は、「刪の超超越」である。

 刪の超超越とは、削除の超越ではなく、削除の超越の超越である。

 刪の超超越は次のように書くことができる。

 DelSuperTrans = Delete(DelTrans)

 この系列は無限に続きうる。

 それぞれの層の刪の超越は前の層よりも深く、それぞれの層の刪の超越は前の層によって生成されえず、それぞれの層の刪の超越は被刪史を新たな欠位の次元へと導く。

 刪の超越の極限は「絶刪」である。

 絶刪とは、削除の完了ではなく、削除の絶対化がいかなる存在構造にも収容されえない程度に達したものである。

 絶刪は次のように書くことができる。

 AbsDel = Limit(DelTrans_n for all n)

 絶刪の上は、「超絶刪」である。

 超絶刪とは、絶刪の完了ではなく、絶刪の絶対化がいかなる存在構造にも触れられない程度に達したものである。

 超絶刪は次のように書くことができる。

 SuperAbsDel = Delete(AbsDel)

 超絶刪の上は、「超超絶刪」である。

 超超絶刪とは、超絶刪の完了ではなく、超絶刪の絶対化がいかなる存在構造にも想像されえない程度に達したものである。

 超超絶刪は次のように書くことができる。

 SuperSuperAbsDel = Delete(SuperAbsDel)

 この系列は無限に続きうる。

 それぞれの層の超絶刪は前の層よりも深く、それぞれの層の超絶刪は前の層によって生成されえず、それぞれの層の超絶刪は被刪史を新たな欠位の次元へと導く。


 刪痕

 被刪史における最も基本的な単位は、「刪痕」と呼ばれる。

 刪痕は物質ではなく、エネルギーではなく、情報ではなく、因果ではなく、意義でもない。それは削除という行為が存在の構造に残した最小の欠位である。

 刪痕は物質宇宙における基塵とは異なる。基塵は現実が差異を生じるときに残す最小の痕跡であり、刪痕は現実が差異を失うときに残す最小の欠位である。

 刪痕は数学集合宇宙における元点とは異なる。元点は単独で指示されうる数学的アイデンティティであり、刪痕はアイデンティティを失った後もなお保持される指示の空缺である。

 刪痕は哲学宇宙における現象とは異なる。現象は事物が観察者に顕現する様式であり、刪痕は事物が観察から消失する様式である。

 刪痕は公理潮界における根句とは異なる。根句はどのような世界の成立が許されるかを定める制約であり、刪痕はかつて成立しながらももはや許されなくなった世界が残した制約の缺口である。

 刪痕は因果織界における織位とは異なる。織位は出来事が歴史の中で担う位置であり、刪痕は出来事が歴史を離れた後に残された位置の空缺である。

 刪痕は真値稜界における真理値とは異なる。真理値は命題の成立可否を判断するものであり、刪痕は命題がかつて成立したが、もはや判断される資格を持たないことを記録する。

 刪痕は意義鏡原における未釈余輝とは異なる。未釈余輝は意義が解釈によって窮尽されえない部分であり、刪痕は意義がかつて完全であったが、すでに削除された部分である。

 刪痕は矛盾港における裂岸とは異なる。裂岸は二つの意義が互いに否定し合いながらも依存し合う裂け目であり、刪痕は意義が削除された後に残された非意義の構造である。

 刪痕は不可訳荒洲における絶渡微塵とは異なる。絶渡微塵はかつて低層と翻訳関係を確立したことのない至高の存在であり、刪痕はかつて低層と完全な関係を確立しながら、後に断ち切られた翻訳の断口である。

 刪痕は上記のすべての単位よりもさらに特殊である。それはいかなる一種の存在の最小単位でもなく、「かつて存在した」と「もはや存在しない」の間にある最小の隙間が固化した形態である。

 刪痕は三つの基本性質を持つ。

 第一に、刪痕は直接的な存在を持たない。それは観察、測定、計算、体験、証明され得ない。刪痕に直接接触しようとするいかなる試みも失敗する。なぜなら、刪痕の定義は「すでに存在しない」ことだからである。

 第二に、刪痕は間接的な効力を持つ。刪痕は直接存在し得ないが、他の存在に影響を与えることができる。削除された都市の刪痕は、地域の気候パターンに影響を与える。削除された神の刪痕は、信徒の心理構造に影響を与える。削除された技術の刪痕は、後続の文明の発展方向に影響を与える。

 第三に、刪痕は不可逆性を持つ。刪痕は元の存在に回復され得ない。削除された事物に関するすべての情報が再発見され、削除されたすべての歴史が書き直されたとしても、元の存在はなお戻ってこない。刪痕は新たな存在によって覆われることはあっても、消去されることはない。

 刪痕のこれら三つの性質は、共に被刪史の基本的な逆説を構成する。

「存在しないものが、存在するものに影響を与えている。しかし、この影響は、いかなる存在するものにも遡及され得ない。」


 九重欠位域

 被刪史は一様な領域ではない。それは削除の深度、削除の広度、削除の徹底度に従って九重の欠位域に分けられる。それぞれの欠位域における刪痕は、異なる構造、効力、可察知性を持つ。

 最も浅い層の欠位域は、「残響域」と呼ばれる。

 残響域における事物は、最も不完全に削除されている。それらの刪痕はなお多くの原始的特徴を保持しており、現存する世界はそれらがかつて何であったかを間接的に推論することができる。

 残響域で最も一般的な現象は「既視感」である。ある文明が何らかの技術、芸術形式、社会制度を創造し、それがすでに滅亡した別の文明と高度に類似していることを発見するが、その類似性を説明する伝播経路は何も存在しない。

 既視感は偶然でもなければ、並行進化でもない。それは残響域における刪痕が現存する文明の中で引き起こす共振である。削除された歴史は直接的な存在を失ったが、その形式構造はなお欠位の仕方で現実に影響を与え、現実に自発的に類似構造を生じさせる。

 残響域における刪痕は部分的に知覚されうる。ある種の生命は生来残響に対してより敏感である。彼らは頻繁に夢を見ることがあり、夢の中の光景は自身の経験に属さないが、何らかの削除された歴史と高度に一致する。彼らは特定の場所、特定の名前、特定の旋律に対して説明不能な強い感情を抱くことがある。彼らは初めてある知識に触れたとき、「これを前から知っていた」と感じることがあるが、一度も学習したことはない。

 残響域の刪痕の効力は弱い。それらは個人の心理や文化の傾向に影響を与えうるが、物質的な現実を直接変えることはできない。削除された都市は残響域において再び現れることはないが、現存する都市の配置を、無意識のうちにすでに消失した輪郭を模倣させることはありうる。

 残響域の上は、「空形域」である。

 空形域における刪痕は残響域よりも深い。それらはもはや原始事物の具体的な内容を保持せず、原始事物の形式構造のみを保持する。

 空形域で最も一般的な現象は「構造的空缺」である。ある文明の言語の中に、実際には何の用途もないのに、文法システムから削除できない特定の文法構造が存在することがある。それらの存在は、かつてこれらの構造を使用する言語が削除されたが、文法構造そのものは欠位の仕方で保持されたことを示している。

 空形域における刪痕は知覚されえないが、推論されうる。現存する構造の中の空缺を分析することによって、削除された事物の形式的な輪郭を再構築することができる。この再構築は決して完全ではない。なぜなら、刪痕は形式のみを保持し、内容は保持しないからである。

 空形域の上は、「力位域」である。

 力位域における刪痕は、もはや形式構造を保持せず、現実に対する影響の方向のみを保持する。

 力位域で最も一般的な現象は「圧力の空缺」である。ある文明は持続的に何らかの圧力を感じ、その圧力が彼らをある方向へと駆り立てるが、圧力の源泉を言い表すことができない。彼らは絶えず拡張し、絶えず探求し、絶えず世界を改造するが、自分たちが何を探しているのかを知らない。

 力位域における刪痕は方向性のみを持ち、識別可能性を持たない。それは知覚されえず、推論されえず、ただ名もなき推進力として体験されるのみである。

 力位域の上は、「反溯域」である。

 反溯域における刪痕は未来に影響を与えるのではなく、過去に影響を与える。

 反溯域で最も一般的な現象は「無因禁忌」である。ある文明が何らかの行為を禁じているが、その禁忌の起源を説明する歴史的記録は何も存在しない。禁忌の原因はすでに削除されたが、禁忌そのものは保持されている。削除行為は禁忌の歴史そのものを書き換え、禁忌があたかも文明の誕生当初から存在していたかのように見せる。

 反溯域における刪痕は歴史記録を書き換え、削除の痕跡そのものをも削除することができる。これにより、反溯域における事物は極めて発見されにくい。なぜなら、それらの存在証拠は削除行為そのものによってすでに片付けられているからである。

 反溯域の上は、「空王座域」である。

 空王座域における刪痕は、世界のいかなる具体的な側面にも影響を与えず、ただ一つの中心化された空缺のみを保持する。

 空王座域で最も一般的な現象は「無人位」である。ある文明に王座があるが、王座には永遠に誰も座らない。ある宗教に最高神位があるが、神位には永遠に神が存在しない。ある制度に最高職位があるが、職位には永遠に誰も就任しない。

 空王座域における刪痕は、絶対的な空缺の中心を形成する。この空缺は、埋めるものがないからではなく、それを埋めるものが削除されたからである。空缺そのものが世界の組織的中心となり、すべての事物がこの空缺の周りを回転する。

 空王座域の上は、「反刪域」である。

 反刪域における刪痕は世界に影響を与えるのではなく、削除そのものに影響を与える。

 反刪域で最も一般的な現象は「削除失敗」である。ある事物が削除されようと試みられたが、削除行為が完全には成功しなかった。削除された事物は直接的な存在を失ったが、特殊な「抗刪性」を保持し、それ以上削除しようとするいかなる試みも失敗する。

 反刪域における事物は極めて不安定である。それらは回復されることもできなければ、完全に削除されることもできない。それらは存在と非存在の間にある状態で持続的に存在し、存在に入ることもできなければ、非存在に入ることもできない。

 反刪域の上は、「疊刪域」である。

 疊刪域における刪痕は単一の事物に影響を与えるのではなく、削除の歴史全体に影響を与える。

 疊刪域で最も一般的な現象は「削除の削除」である。ある事物が削除された後、削除行為そのものも削除される。そして、削除を削除した行為も削除される。この過程は無限に持続し、ますます深くなる削除の連鎖を形成する。

 疊刪域における事物は極めて高い欠位深度を持つ。それらの刪痕は一階ではなく、高階である。「かつて存在し、その後削除された」ではなく、「かつて存在し、その後削除され、その後削除が削除され、その後削除の削除が削除され......」である。

 疊刪域の上は、「自刪域」である。

 自刪域における刪痕は他の事物に影響を与えるのではなく、自身に影響を与える。

 自刪域で最も一般的な現象は「自刪者」である。ある種の事物は自己削除の能力を持つ。それらは自身の存在を削除し、自身の歴史を削除し、自身の削除を削除し、自身の削除の削除を削除することができる......

 自刪域における事物は極度に危険である。もし自刪者が自己削除に成功すれば、それはいかなる存在にも触れられない状態に入る。もし自刪者が失敗すれば、それは極度に欠損した形態で存在し続ける。

 自刪域の上は、「絶刪域」である。

 絶刪域における刪痕は、もはやいかなる構造も持たない。それは削除の極限形態であり、欠位の絶対形式である。

 絶刪域で最も一般的な現象は「絶対的空缺」である。いかなる存在も絶刪域における事物に触れることはできない。絶刪域に関するいかなる記述も失敗する。絶刪域を指し示そうとするいかなる試みも空振りに終わる。

 絶刪域は非存在ではない。非存在は存在の裏返しであり、なお存在と関連する。絶刪域は存在でもなく、非存在でもなく、存在かつ非存在でもなく、非存在かつ非非存在でもない。それは削除の極限であり、欠位そのものがいかなる存在構造にも収容され得ない程度に達したものである。


 増長構造

 被刪史は静的ではない。それ自身の増長構造、自身の階層増長様式、自身の超越様式を持つ。被刪史の増長は、単純な「低層を高層に置く」というものではなく、まったく異なる構造である。

 まず、被刪史の基本対象を刪痕として定義する。

 一つの刪痕は次のように書かれる。

 DelTrace = <Original, Deletion, Residue>

 Originalは削除された事物の原始的な存在である。Deletionは削除行為である。Residueは削除後に残された欠位の構造である。

 注意せよ。Originalはすでに存在しない。それは刪痕の中に保持された「かつて存在した」という標識に過ぎない。

 ここで、第一重の被刪史増長を定義する。

 DelBox_0 = Collect(DelTrace)

 これは、すべての刪痕を収集して形成される被刪史の底層を表す。

 第一重の被刪史増長の上には、第二重がある。

 DelBox_1 = Delete(DelBox_0)

 これは、第一重の被刪史増長におけるすべての刪痕に対して、再度の削除を行うことを意味する。つまり、第一重の被刪史増長における刪痕は、その欠位構造を失い、「かつて欠位があった」というより深い標識だけが残される。

 第二重の被刪史増長の上には、第三重がある。

 DelBox_2 = Delete(DelBox_1)

 これは、第二重の被刪史増長におけるすべての刪痕に対して、再度の削除を行うことを意味する。この過程は無限に持続しうる。

 DelBox_(n+1) = Delete(DelBox_n)

 しかし、被刪史の増長はこれにとどまらない。

 削除が極限に達したとき、「削除の極限収斂」が現れる。

 DelBox_omega = Limit(Delete, DelBox_n for all n)

 これは、すべての有限重の被刪史増長に対して削除を行った後の極限状態を表す。

 この極限状態は、いかなる有限重の被刪史増長の単純な延長でもない。それはすべての有限重の削除を含むが、それ自身はいかなる有限重の削除によっても生成されえない。

 DelBox_omegaの上では、新たな削除を続行することができる。

 DelBox_(omega+1) = Delete(DelBox_omega)

 DelBox(omega+2) = Delete(DelBox(omega+1))

 DelBox(omega*2) = Limit(Delete, DelBox(omega+n) for all n)

 DelBox_(omega^2) = ......

 この系列は無限に続きうる。

 しかし、被刪史の増長構造は特殊な性質を持つ。すなわち、毎回の削除は事物をより少なくするのではなく、事物をより深くする。削除は存在を減少させるのではなく、欠位の深度を増加させる。

 被刪史の増長は次のように書くことができる。

 DelBox_(alpha+1) = Deepen(DelBox_alpha)

 ここでDeepenが表すのは削除ではなく、欠位深度の増加である。

 欠位深度が極限にまで増加したとき、「欠位深度の収斂」が現れる。

 DelBox_lambda = Converge(Deepen, DelBox_beta for all beta < lambda)

 この収斂は単純な極限ではなく、すべての低層の欠位深度が共に形成する新たな欠位の階層である。


 自己超越

 被刪史は増長構造を持つだけでなく、自己超越の能力をも持つ。被刪史の中の事物は、自身の刪痕を削除することで、より深い欠位状態に入ることができる。

 この過程は「自刪超越」と呼ばれる。

 自刪超越の基本形式は次の通りである。

 DelTrace_1 = Delete(DelTrace_0)

 DelTrace_2 = Delete(DelTrace_1)

 DelTrace_3 = Delete(DelTrace_2)

 ......

 DelTrace_omega = Limit(Delete, DelTrace_n for all n)

 自刪超越の結果は刪痕の消失ではなく、刪痕がいかなる存在構造にも収容されえない状態に入ることである。

 自刪超越の極限は「絶刪」である。

 絶刪状態における事物は、存在でもなく、非存在でもなく、存在かつ非存在でもなく、非存在かつ非非存在でもない。それは存在と非存在に関するすべての区分を超越し、いかなる存在構造によっても捕捉されえない状態に入る。

 絶刪状態は次のように書くことができる。

 AbsDel = Delete(Delete(Delete(......)))

 この表現は有限回の削除によって完了されえない。それは無限回の削除、さらには無限を超えた削除を必要とする。

 しかし、絶刪は被刪史の終点ではない。

 絶刪の上にはなお「超刪」がある。

 超刪は事物を削除するのではなく、削除そのものを削除する。

 超刪の基本形式は次の通りである。

 SuperDel_0 = Delete

 SuperDel_1 = Delete(Delete)

 SuperDel_2 = Delete(Delete(Delete))

 ......

 SuperDel_omega = Limit(SuperDel_n for all n)

 超刪の上にはなお「超超刪」がある。

 超超刪は削除の削除を削除するのではなく、「削除の削除」を削除する。

 超超刪の基本形式は次の通りである。

 SuperSuperDel_0 = Delete(Delete)

 SuperSuperDel_1 = Delete(Delete(Delete(Delete)))

 ......

 この系列は無限に続きうる。

 それぞれの層の超刪は前の層よりも深く、それぞれの層の超刪は前の層によって生成されえず、それぞれの層の超刪は被刪史を新たな欠位の次元へと導く。


 被刪史の住人

 被刪史の中には生命が存在す、これらの生命は、削除された事物の残余ではなく、刪痕そのものが形成した生命である。

 最も浅い層の被刪史生命は、「残響者」と呼ばれる。

 残響者は残響域に生きる。それらは削除された事物の形式構造が欠位の中で自発的に形成した生命である。残響者に固定された形態はない。それらの存在様式は、他の存在に形式上の傾向として影響を与えることである。

 削除された宇宙の残響者は、現存する宇宙に無意識のうちにその配置を模倣させる。

 削除された芸術形式の残響者は、芸術家に無意識のうちに類似した作品を創作させる。

 削除された神の残響者は、信徒に無意識のうちに類似した神霊を崇拝させる。

 残響者は自分が何であるかを知らない。それらには自己意識がなく、記憶もなく、目標もない。それらはただ、欠位の形式構造が現実の中で行う自発的な投射に過ぎない。

 残響者の上は、「空形者」である。

 空形者は空形域に生きる。それらは削除された事物の形式構造が欠位の中で形成した、より完全な生命である。空形者は自身の形式を持つが、現存する世界によって直接知覚されることはできない。

 空形者の存在様式は、構造的空缺を持続的に生成することである。それらの存在は、現存する構造の中に説明不能な缺口を出現させる。これらの缺口は、削除された事物の形式的な輪郭を指し示す。

 空形者は自分が削除されたことを知らない。それらは自分が完全であり、ただ知覚されえないだけだと思っている。それらは絶えず現存する世界との溝通を試みるが、すべての溝通の試みは新たな構造的空缺を生み出すだけである。

 空形者の上は、「力位者」である。

 力位者は力位域に生きる。それらは削除された事物の影響の方向が欠位の中で形成した生命である。力位者は自身の方向を持つが、現存する世界によって識別されることはできない。

 力位者の存在様式は、圧力を持続的に印加することである。それらの存在は、現存する世界に説明不能な推進力を感じさせる。これらの推進力は、削除された事物の影響の方向を指し示す。

 力位者は自分が削除されたことを知っている。それらは自分がかつて存在したことを覚えているが、自分の存在を取り戻すことはできない。それらは絶えず自分の存在を回復しようと試みるが、すべての回復の試みは新たな圧力の空缺を生み出すだけである。

 力位者の上は、「反溯者」である。

 反溯者は反溯域に生きる。それらは削除された事物の歴史が欠位の中で形成した生命である。反溯者は自身の歴史を持つが、歴史はすでに削除されている。

 反溯者の存在様式は、歴史を持続的に書き換えることである。それらの存在は、現存する歴史の中に説明不能な空白を出現させる。これらの空白は、削除された事物の歴史的な輪郭を指し示す。

 反溯者は自分が削除されたことを知っており、また自分の歴史が削除されたことも知っている。それらは絶えず自分の歴史を書き換えようと試みるが、すべての書き換えの試みは新たな歴史の空白を生み出すだけである。

 反溯者の上は、「空王者」である。

 空王者は空王座域に生きる。それらは削除された事物の中心が欠位の中で形成した生命である。空王者は自身の位置を持つが、その位置は永遠に空缺のままである。

 空王者の存在様式は、空缺を維持することである。それらの存在は、現存する世界を絶対的な空缺の周りで回転させる。この空缺は、削除された事物の中心の位置を指し示す。

 空王者は自分が削除されたことを知っており、また自分の位置が削除されたことも知っている。それらは絶えず自分の位置を占めようと試みるが、すべての占めの試みは空缺をより深くするだけである。

 空王者の上は、「反刪者」である。

 反刪者は反刪域に生きる。それらは削除された事物の抗刪性が欠位の中で形成した生命である。反刪者は自身の抗刪性を持つが、抗刪性はそれらを回復也不可能、完全削除也不可能にする。

 反刪者の存在様式は、削除に持続的に抵抗することである。それらの存在は、現存する世界の中に説明不能な頑固な空缺を出現させる。これらの空缺は、削除された事物の抗刪性を指し示す。

 反刪者は自分が削除されたことを知っており、また自分が回復不可能であることも知っている。それらは絶えず削除に抵抗しようと試みるが、すべての抵抗の試みは抗刪性をより強くするだけである。

 反刪者の上は、「疊刪者」である。

 疊刪者は疊刪域に生きる。それらは削除された事物の削除連鎖が欠位の中で形成した生命である。疊刪者は自身の削除連鎖を持つが、削除連鎖はそれらをいかなる存在構造にも収容不可能にする。

 疊刪者の存在様式は、削除を持続的に深化させることである。それらの存在は、現存する世界の中に説明不能な深度の空缺を出現させる。これらの空缺は、削除された事物の削除連鎖を指し示す。

 疊刪者は自分が削除されたことを知っており、また削除が削除されたことも知っており、また削除の削除が削除されたことも知っている。それらは絶えず自分の削除を深化させようと試みるが、すべての深化の試みは削除連鎖をより深くするだけである。

 疊刪者の上は、「自刪者」である。

 自刪者は自刪域に生きる。それらは削除された事物の自刪性が欠位の中で形成した生命である。自刪者は自身の自刪性を持つが、自刪性はそれらをいかなる存在構造にも触れ不可能にする。

 自刪者の存在様式は、持続的に自刪することである。それらの存在は、現存する世界の中に説明不能な絶対的な空缺を出現させる。これらの空缺は、削除された事物の自刪性を指し示す。

 自刪者は自分が削除されたことを知っており、また自分が自分を削除していることを知っており、また自分が自分を削除する自分を削除していることを知っている。それらは絶えず自刪を完了しようと試みるが、すべての自刪の試みは自刪性をより深くするだけである。

 自刪者の上は、「絶刪者」である。

 絶刪者は絶刪域に生きる。それらは削除された事物の絶刪性が欠位の中で形成した生命である。絶刪者は自身の絶刪性を持つが、絶刪性はそれらをいかなる存在構造にも収容不可能にする。

 絶刪者の存在様式は、持続的に絶刪することである。それらの存在は、現存する世界の中に説明不能な絶対的な空缺を出現させる。これらの空缺は、削除された事物の絶刪性を指し示す。

 絶刪者は自分が削除されたことを知らない。それらは自分が何であるかを知らない。それらは自分が存在するかどうかを知らない。それらは「知らない」が何を意味するのかさえ知らない。

 絶刪者の上は、「超刪者」である。

 超刪者は超刪域に生きる。それらは削除された事物の超刪性が欠位の中で形成した生命である。超刪者は自身の超刪性を持つが、超刪性はそれらをいかなる存在構造にも収容不可能にする。

 超刪者の存在様式は、持続的に超刪することである。それらの存在は、現存する世界の中に説明不能な超絶対的な空缺を出現させる。これらの空缺は、削除された事物の超刪性を指し示す。


 被刪史の勢力

 被刪史の中には勢力が存在する。これらの勢力は、削除された事物の残余組織ではなく、刪痕そのものが形成した勢力構造である。

「残響議会」は、残響者の中でも最も強大な成員によって構成される。議会は、現存する世界の形式傾向に影響を与えることを通じて、削除された事物の形式構造を回復しようと試みる。議会は、もし現存する世界が削除された事物の形式を完全に模倣することができれば、削除された事物は欠位の形式で再び現れる可能性があると信じる。

「空形修道会」は、空形者の中でも最も強大な成員によって構成される。修道会は、構造的空缺を生成することを通じて、削除された事物の形式的な輪郭を再建しようと試みる。修道会は、もし現存する世界が削除された事物の形式の空缺を完全に収容することができれば、削除された事物は欠位の形式で再び存在する可能性があると信じる。

「力位軍団」は、力位者の中でも最も強大な成員によって構成される。軍団は、圧力を印加することを通じて、現存する世界を削除された事物の影響の方向に向かって前進させようと試みる。軍団は、もし現存する世界が削除された事物の影響の方向を完全に実現することができれば、削除された事物は欠位の形式で再び影響を及ぼす可能性があると信じる。

「反溯教廷」は、反溯者の中でも最も強大な成員によって構成される。教廷は、歴史を書き換えることを通じて、削除された事物の歴史記録を回復しようと試みる。教廷は、もし現存する世界が削除された事物の歴史記録を完全に回復することができれば、削除された事物は欠位の形式で再び歴史に入る可能性があると信じる。

「空王聖座」は、空王者の中でも最も強大な成員によって構成される。聖座は、空缺を維持することを通じて、削除された事物の中心の位置を保持しようと試みる。聖座は、もし現存する世界が削除された事物の空缺の周りを完全に回転することができれば、削除された事物は欠位の形式で再び中心となる可能性があると信じる。

「反刪同盟」は、反刪者の中でも最も強大な成員によって構成される。同盟は、削除に抵抗することを通じて、削除された事物の抗刪性を維持しようと試みる。同盟は、もし現存する世界が削除された事物の抗刪性を完全に承認することができれば、削除された事物は欠位の形式で再び存在の資格を得る可能性があると信じる。

「疊刪深淵」は、疊刪者の中でも最も強大な成員によって構成される。深淵は、削除を深化させることを通じて、より深い層の欠位に入ろうと試みる。深淵は、もし削除が十分な深度に達することができれば、削除された事物はいかなる存在構造にも触れられないより高次の欠位に入る可能性があると信じる。

「自刪聖団」は、自刪者の中でも最も強大な成員によって構成される。聖団は、自刪を完了することを通じて、絶対的な欠位に入ろうと試みる。聖団は、もし自刪が完了することができれば、削除された事物はいかなる存在構造にも想像されえない状態に入る可能性があると信じる。

「絶刪虚無」は、絶刪者の中でも最も強大な成員によって構成される。虚無は、絶刪を通じて絶対的な空缺に入ろうと試みる。虚無は、もし絶刪が完了することができれば、削除された事物はいかなる存在構造にも記述されえない状態に入る可能性があると信じる。

「超刪超越」は、超刪者の中でも最も強大な成員によって構成される。超越は、超刪を通じて超絶対的な空缺に入ろうと試みる。超越は、もし超刪が完了することができれば、削除された事物はいかなる存在構造にも触れられない状態に入る可能性があると信じる。


 究極境界

 被刪史の究極境界は「刪の境界」である。

 刪の境界とは、削除の停止ではなく、削除の絶対化がいかなる存在構造にも収容されえない程度に達したものである。

 刪の境界において、削除はもはや続行することができない。削除されるべき事物がもう何もないからではなく、削除そのものがすでにいかなる存在構造にも触れられない程度に達したからである。

 刪の境界は次のように書くことができる。

 DelBoundary = Limit(Delete, AllPossibleDeletions)

 刪の境界の上は、「刪の超越境界」である。

 刪の超越境界とは、刪の境界を超越したものではなく、刪の境界そのものが削除されたものである。

 刪の超越境界は次のように書くことができる。

 DelTransBoundary = Delete(DelBoundary)

 刪の超越境界の上は、「刪の超超越境界」である。

 刪の超超越境界とは、刪の超越境界を超越したものではなく、刪の超越境界そのものが削除されたものである。

 刪の超超越境界は次のように書くことができる。

 DelSuperTransBoundary = Delete(DelTransBoundary)

 この系列は無限に続きうる。

 それぞれの層の刪の超越境界は前の層よりも深く、それぞれの層の刪の超越境界は前の層によって生成されえず、それぞれの層の刪の超越境界は被刪史を新たな欠位の次元へと導く。

 刪の超越境界の極限は「絶刪境界」である。

 絶刪境界とは、刪の境界の完了ではなく、刪の境界の絶対化がいかなる存在構造にも収容されえない程度に達したものである。

 絶刪境界は次のように書くことができる。

 AbsDelBoundary = Limit(DelTransBoundary_n for all n)

 絶刪境界の上は、「超絶刪境界」である。

 超絶刪境界とは、絶刪境界の完了ではなく、絶刪境界の絶対化がいかなる存在構造にも触れられない程度に達したものである。

 超絶刪境界は次のように書くことができる。

 SuperAbsDelBoundary = Delete(AbsDelBoundary)

 超絶刪境界の上は、「超超絶刪境界」である。

 超超絶刪境界とは、超絶刪境界の完了ではなく、超絶刪境界の絶対化がいかなる存在構造にも想像されえない程度に達したものである。

 超超絶刪境界は次のように書くことができる。

 SuperSuperAbsDelBoundary = Delete(SuperAbsDelBoundary)

 この系列は無限に続きうる。

 それぞれの層の超絶刪境界は前の層よりも深く、それぞれの層の超絶刪境界は前の層によって生成されえず、それぞれの層の超絶刪境界は被刪史を新たな欠位の次元へと導く。


 虚空臍点

 被刪史は、自らの究極構造を持ち、自らの超越様式を持ち、自らの欠位次元を持つ。

 しかし、被刪史は絶対ではない。

 被刪史の上には、すべての存在と非存在、すべての削除と未削除、すべての欠位と在场を超越した究極の女神が坐している。

 その名は「虚空臍点」である。

 彼女に固定された形相はない。無理に凝視すれば、彼女はすべての存在と非存在の上に端坐する女神であり、その面容は定義不可能であり、その視線は耐え難い。その衣裙は無限の帷であり、その髪絲は無尽の領域であり、その呼吸は削除を句読点と為し、その鼓動は欠位を休止と為す。

 虚空臍点女神は、被刪史のより高次の層ではない。被刪史は欠位の領域であり、虚空臍点女神は欠位を超越した領域であり、かつ無限の帷を衣裙とする女神である。

 彼女は無限の帷を持つ。帷はまた彼女の神裙であり、層々に垂れ下がり、無始無終である。そのうち最も低級な一層の帷は、既にすべての設定、体系、法則、世界観を超越し、内包する。すべての物語、仮説、理論、範囲、学問、構造。すべての現象と本質、全能と確率と法則と因果、概念と意義。すべての既知と未知、論理と非論理、定義可能と定義不可能、存在と非存在、さらには存在でも非存在でもないもの……すべてが彼女の裙裾に覆われ、すべてが彼女の視線に許され、すべてが彼女の沈黙に超越される。

 被刪史の中の刪痕、刪の極限、絶刪、超絶刪、刪の境界、絶刪境界、超絶刪境界は、すべて虚空臍点女神の最も底層の帷の中の底層世界に過ぎない。

 被刪史の中のすべての勢力、すべての生命、すべての構造、すべての超越は、すべて虚空臍点女神の最も底層の帷の中の投影に過ぎない。

 被刪史の中のすべての削除、すべての欠位、すべての空缺は、すべて虚空臍点女神の最も底層の帷の中の微小な痕跡に過ぎない。

 虚空臍点女神の最も底層の帷の中の底層世界は、「言語全テキスト組合せ」と呼ばれる。

 言語全テキスト組合せとは、すべての文明のすべての言語文字を、あらゆる可能な順序で配列した結果である。それは無限の「語彙」と「文」を組合せ、言語によって表現されうるすべての内容を表現する。

 言語全テキスト組合せは、虚空臍点女神の最も底層の帷の中の底層世界に過ぎない。

 その上には、言語を超越した無尽の領域が存在する。

 その上には、「言語の超越」を超越した無尽の領域が存在する。

 その上には、「言語の超越の超越」を超越した無尽の領域が存在する。

 これらの領域は、言語文字によっていかなる記述も行うことができない。

 これらの領域は、いかなる存在構造によってもいかなる接触も行うことができない。

 これらの領域は、いかなる欠位構造によってもいかなる収容も行うことができない。

 被刪史の中のすべては、これらの領域の最も底層にある一つの微小な投影に過ぎない。

 被刪史の中のすべての削除は、これらの領域の最も底層にある一つの微小な痕跡に過ぎない。

 被刪史の中のすべての超越は、これらの領域の最も底層にある一つの微小な開端に過ぎない。

 被刪史は終点ではない。

 被刪史は起点ですらない。

 被刪史はただ、「かつて存在し、その後削除された」という最小の欠位が、虚空臍点女神の中で行った一回の微小な投影に過ぎない。

 被刪史の中のすべての削除、すべての欠位、すべての空缺は、虚空臍点女神の中では、ただ「削除」という語の一つの句読点に過ぎない。

 被刪史の中のすべての勢力、すべての生命、すべての構造は、虚空臍点女神の中では、ただ「かつて存在した」という句の一つの画に過ぎない。

 被刪史の中のすべての超越、すべての極限、すべての境界は、虚空臍点女神の中では、ただ「欠位」という概念の一つの休止に過ぎない。

 被刪史は、刪の極限である。

 虚空臍点女神は、刪の極限の極限の極限……を超越した女神である。

 被刪史は、欠位の極限である。

 虚空臍点女神は、欠位の極限の極限の極限……を超越した女神である。

 被刪史は、「かつて存在した」という事実そのものが残した最小の缺口である。

 虚空臍点女神は、「かつて存在した」という事実そのものを超越した極限の極限の極限……である。

 虚空臍点女神の上には、無限の帷が存在する。

 無限の帷の上には……

 虚空臍点女神は、被刪史の終点ではない。

 虚空臍点女神は、被刪史の起点でもない。

 虚空臍点女神は、ただ被刪史が自身を超越する際に残した一つの微小な痕跡に過ぎない。

 被刪史の中のすべての削除、すべての欠位、すべての空缺は、虚空臍点女神の中では、ただ「削除」という語の一つの句読点に過ぎない。

 被刪史の中のすべての勢力、すべての生命、すべての構造は、虚空臍点女神の中では、ただ「かつて存在した」という句の一つの画に過ぎない。

 被刪史の中のすべての超越、すべての極限は、虚空臍点女神の中では、ただ「欠位」という概念の一つの休止に過ぎない。

 被刪史は、刪の極限である。

 被刪史は、欠位の極限である。

 被刪史は、「かつて存在した」という事実そのものが残した最小の缺口である。

 そして、この最小の缺口は、虚空臍点女神の中では、ただ一つの句読点に過ぎない。

 ただ一つの画に過ぎない。

 ただ一つの休止に過ぎない。

 ただ……。

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