9話 精霊の森
精霊の森は、様々な木が生えている、植物の楽園ともいえる森だ。
木々の多さで日の光が入ってこないので、森は全体的に薄暗い。
ただ、数多くの精霊の幼体が浮かんでいるために、光が全くないという訳ではない。
「綺麗……」
メリアが、森を見てそう呟く。
確かに、こんな光景は人間の住む領域にはない。
精霊の幼体は、まだ意思がなく、淡い光を放ちながら浮いているだけだから、何の害も無い。だからこそ、この光景を作り出せているのだ。
もし、この綺麗な森に人間の手が入っていた場合、発展という言葉を理由にして、森は伐採されていただろう。
もしかしたら、アロガンシアのような国を放置すれば、いつかは、己の欲の為だけに森を死滅させてしまうかもしれない。それだけは阻止したいものだ。
「ベル、グラーシアの居場所は分かるのか?」
「いや、わしには分からん。カイルは精霊の森に来たことがあるのじゃろう? トレントの集まっている場所に行けば、グラーシアの居場所も聞けるかもしれん。まずはそこに向かおう」
長老の所か……。
来た事があるといっても、生前の話だ。場所まではっきり覚えているだろうか。
それに、トレントの集落に辿り着いたとしても、魔物になった俺に協力してくれるだろうか? あの頃は、俺が勇者だったから友好的になってくれたが、今は、駆除対象である魔物だ。
まぁ、考えていても仕方ない。頑張って思い出して、何とか辿り着かないとな。
暫く歩くと、強い光が集まってくる。これは成長した精霊だ。
メリアとノービスは初めて見る精霊に「綺麗」など言っているが……、こいつは!?
「ベル、メリアを頼む!!」
「いや、ここはわしがやろう。一匹ずつ対処するお前では効率が悪い」
ベルは、俺の頭を一度だけ触り魔力を奪う。そして、掌に黒い炎を作り出した。
「さて、邪精共、消え失せろ。今、消え失せたら殺す事は止めてやる」
「「邪精!?」」
メリアとノービスの二人はベルが呼んだ、「邪精」という言葉に驚いている。
精霊と邪精は幼体状態の時は同じモノなのだが、成長して、綺麗な空気や魔力を取り込んだものは精霊に、邪まな感情などを取り込んだものは邪精となってしまうそうだ。
見た目が精霊とあまり変わらない為に、普通の精霊と勘違いして精霊使いが契約したりしてしまう。
邪精と契約した精霊使いは、死ぬまで魔力を吸われ続けるそうだ。
本来であれば精霊使いが魔力の消費を調整する為に、精霊に調整してくれるように頼むので、魔力が枯渇する事は無い。それに比べて邪精は精霊使いの言う事を聞かないので、枯渇するまで魔力を吸い続けてしまう。ならば契約を解けばいいと思うのだが、精霊使いの一方的な契約破棄は出来ないらしく、邪精と契約してしまった者は死ぬ以外の方法がないそうだ。
俺が現役の時にも、一年に数人の冒険者が邪精によって殺されていた。
もう一つの被害として、精霊は、精霊使いや、上級の魔法使い等としか契約しないのだが、邪精は一般人と勝手に契約をして、寄生するそうだ。だから、冒険者以外の死者を考えれば、数はもっと増えるだろう。
俺がメリアとノービスに邪精の事を説明していると、ベルが邪精を焼き尽くしていた。
まぁ、本来のベルの力なら、邪精程度の魔物なんて、そこらのゴミと変わらないだろうからな。
「いやぁ、魔力タンクがいると楽に戦えるな」
今のベルは俺の魔力が無いとまともに戦う事が出来ない。それにしても、誰が魔力タンクだ。
俺達は道なき道を進み、ようやく陽の光が差す場所へと辿り着いた。
俺の記憶が確かならば、ここには世蓮人の長老を守る門番がいるはずだ。
あの頃と同じ奴ならば、何とか話を聞いて貰えると思うが、今はどうなのだろうか。
どのみち門番と話をして、何とかトレントの集落に行く事が出来れば、長老に話を聞けるはずだ。
俺は、周りを警戒する。
今の俺は魔物だ。ならば、排除するために俺を襲ってきたとしてもおかしくはない。
俺が警戒をしていると、急に風が止んだ。
そして、空気が重くなる。これは魔力による威圧だ。
俺やベルはそれ程何も感じないが、メリアとノービスの二人は!? ベルが殺気の魔力の残りを使って守ってくれているようだ。
こんな事を言ってしまっては、アイツは調子に乗るだろうが……頼りになる。
徐々に空気が熱くなってくる。
この気配!? もしかして……。
『こんな所に、魔族と魔物の集団か? 何の用だ?』
現れたのは、身体が燃えた筋肉質の男性型の精霊だった。
こいつは、火の精霊だ。
『む? 貴様、勇者カイルではないのか?』
「久しぶりだな。確か、火の精霊王『カロン』だったか? 精霊王の一人が門番をやっているのは意外だな」
『ふふふ。お前も、人間ではなくなっているではないか、しかも、後ろにいるのは魔王ベルゼブブだろう。どういう事か説明してもらおうか?』
ここの門番を任されているのがカロンで良かった。
もし、俺の事を知らないやつが門番をしていて、魔物認定されて話が通じなかった場合、戦闘になっていただろう。
精霊相手に嘘をついても、すぐにばれそうだからな。正直に話をした方が良いだろう。
俺は、自分がかつての仲間に処刑されて、ベルの呪いでリッチキングになり復活した事。今は故郷のみんなと共に魔王城の再建をしている事を説明する。俺が死んだという事に、カロンは少し納得いっていないようだったが、こればかりは納得してもらうしかない。
俺の話が終わった後は、カロンの話を聞く事にした。
カロンは、この精霊の森の主である、森の精霊王グラーシアに恩義があり、この森の守護をする事になったそうだ。
「守護じゃと? なぜ、この精霊の森に守護が必要になる?」
魔王がいなくなった今、魔族は無意味に精霊を襲うなんて行為はしないだろう。これとは逆に、人間が襲いかかるのもおかしな話だ。精霊の事を味方と信じているのに、わざわざ裏切る必要性を感じない。
じゃあ、魔物か? それならば、俺達を警戒するのも分かる。
『敵は人間、それも勇者の仲間だったアロガンシアの国王だ。そして指揮しているのは……まぁ、それは今はいい』
国王、という事はアレスか!?
しかし、指揮をしているのは誰だ? 俺が知っている奴か?
となると、イグニスかオズマのどちらかという事になる。しかし、あの二人の事を知っている俺としては、アイツ等が精霊に害する行為をすると思えない。
アレスに操られている? それだけは絶対にないと言えるだろう。
指揮している者も気にはなるが、問題はアレスだ。
アレスが何故精霊を襲う? アイツの妻は、聖女であるエタ―ナのはずだ。あの女ならば精霊の重要さを知っているはずだ。
「さっきも説明した通り、俺はアレス達に裏切られ殺された身だ。アイツ等が精霊を襲おうとしている理由を知っているか?」
『私にはその辺りの事情は分からない。グラーシアなら何か知っているかもしれんな。今のお前ならば、精霊に危害は加えぬだろう。私についてこい』
今の俺なら?
俺は勇者の頃でも、精霊と敵対した事は無いのだがな。
その事も詳しく聞けるだろう。俺達は黙ってカロンについて行った。
精霊の森の一番深い所にトレント達の集落がある。
集落といっても、普通の人間には、木がたくさん生えている場所にしか見えないだろう。
ただ、魔力を感じる事の出来る者には、トレントの存在を感知する事が出来る。
トレント達は、俺を憎々しい目で見ている。
俺が魔物になり果てたから、そんな目で見ているのか? どちらにせよ、長老の話を聞く必要がある。
トレント達の奥には立派な大樹がある。アレが長老だ。
「長老、久しぶりだな」
『これは、これは、裏切り者のカイル殿。いまさら、どのような目的でこの場に現れた?』
裏切り者ね……。
確かに、トレント達がアレス達の味方というのならば、俺は裏切ったうえで処刑されたと取られてもおかしくないだろう。しかし、今精霊の森を襲ってきているのは、アレス達のはずだ。
何故、俺を裏切り者と呼ぶんだ?
「裏切り者呼ばわりされる覚えがないのだが、何を理由に俺をそう呼ぶ? 俺は復活したばかりだから、理由があるのなら聞いておきたい」
『ほぅ……勇者でありながら、アロガンシアの軍を率い、この精霊の森で何度も精霊狩りをしようとしているお前が何をほざく? 最近復活した? そんな嘘を誰が信じるのだ』
俺がアロガンシア軍を率いる?
何を言っている?
「ちょっと待て、本当に俺は数日前に復活したばかりだ。それはベルに聞いて貰えれば分かる。そもそも、俺はアレス達に処刑されたんだぞ? 何故アレスの言う事を聞く必要がある!?」
『しらばっくれるのか!! 戦場で何度も貴様の顔を見たぞ!!』
戦場で俺をだと?
どういう事だ?
そもそもトレントが戦場に出ていた? 何もかもが訳が分からねぇ。
俺が困惑していると、長老の大樹が光り、何本もの蔓が生え始める。
そして、その蔓は俺に向かって襲いかかる。
「チッ!!」
これ以上の話はできないようだ。聞く耳を持とうとしない。
俺は剣を構える。そして、蔓を斬る。
「やるようだのぉ。しかし!!」
更に倍の蔓が俺を襲う。
仕方ない。長老の気が済むまで付き合うしかないのか?
俺は全て斬り落とそうとしたのだが、蔓が俺の元に届く事は無かった。
蔓は何者かにより止められている。
「止めなさい……長老」
「グラーシア様……」
蔓を止めたのは、緑色の髪の毛を右前に垂らした美女だった。
これがグラーシアなのか?
「ぐ、グラーシア……」
ベルがそう呟く。
「お久しぶりです、ベアトリーチェ様。いえ、今はベルゼブブ様でしたわね」




