第3話 宗教的転生概念
「(身体が上手く動かなかった理由は今日一日の間によく分かった………それはいいことなんだが、警戒して、全力で抵抗していた俺がバカみたいじゃないか!)」
俺は自分の失敗を悔いている。別に何もしなくてもよかったと思ってしまう。
俺は今、朝寝ていたベッドの上にいる。現在は夜。
俺はあの後、顔を洗ってもらい、一日中女性と男性と一緒に過ごした。
朝にはあの部屋で日向ぼっこをし、昼は3時間ほど昼寝をした。その後、二人と一緒に村の店に買い物に行った。
俺は一日中何とか身体を上手く動かせないか考えていたが、結局ゆっくりなら動かすことができたが、ある程度の速さからは動かせなかったし、複雑な動きはできなかった。
多分、こうなるのは俺の身体がまだ生まれたばかりの赤ん坊のものだからだと思う。
一つの問題が氷解した。だが俺にはもう一つの問題、しかも難問が残っていた。
「(気が付いたら、見慣れない住居で俺が赤子になってしまっているということは、俺が転生したということでいいのかな?)」
そう、俺は何で転生して二度目の人生を歩み初めているのかという問題だ。
次の瞬間、俺の脳裏に閃くように一つの説が浮かび上がる。
それは俺の元いた世界―トオル=グリーパーだった世界では何故かほとんどの人が信じ込んでいた宗教的な教え。
それは、考え方が全く違う宗教の中であったとしても同じように信じ込まれ、もはや世界の常識と化していた。
その考えは万物流転論。
万物流転論は三つの説に分かれる。
その三つのうちの一つ万物流転論 魂の節 第2章
それは、全ての生きているものには魂がある。
そして、その魂は輪廻するものだという考え。
輪廻とは生き変わり、死に変わりを続けること。車輪などの輪が回転して極まりないように転々と他の生を受けてはまた死に、また別の生を受けるということである。
俺の世界での教えでは、精神と肉体とでは寿命が違い、精神のほうが肉体よりも圧倒的に寿命が長いと考えられていた。
ちなみに、ここでの精神とは生物に宿っている魂のことを指すらしい。
肉体を失った―死んでしまった生物には魂が宿り続けることが非常に困難になり、大抵の魂が肉体から離れ、霊界へとそれらの魂が集められる。
集められた魂はそこで【無知の巨釜】という釜に入れられてゆっくりと魂を浄化させ、前世の記憶を忘れさせていくという。
こうすることによって、消費した、魂自身の寿命を回復させていくという。
犯した罪の合計的な重さによって入れられる釜も、入れられている合計的な時間も違い、犯した罪が大きいほど窯に入れられている時間が長くなるそうだ。
だから、生まれ変わったということ自体は問題がなかった。それが世界の常識なあのだから、その常識が間違ってはいなかったというだけの話である。
更にいうなら、言語が理解できなかったのも当然のことだった。
万物流転論 魂の節 第一章には魂は生まれ変わるときには、元いた同じ世界には生まれ変わることができないそうだ。
なんでも、はるか昔に神によって同じ世界に転生した人物がいたそうなのだが、理由はよくわかっていないがその人物は転生してからわずか一週間で発狂して、親や周囲の人間に悪魔の子だと恐れられ捨てられて、最終的には魔物への供物にされてしまったという。
それを神様がみかねて、以降同じ世界には生まれ変わる人がいなくなったそうだ。
「(まあ、どこまでが本当かわからない、ただの出鱈目なだけの話かもしれないんだけどね)」




