第4話 異世界への期待
俺は自分が異世界に生まれ変わってしまったかもしれないということを、自分でも驚いてしまうぐらいに割とあっさりと受け入れることができていた。
その理由としては、宗教的な考えとはいえ人が転生するということを幼いころから教え込まれ知っていたからという理由が大きいと思う。
だが、それだけでなくもう一つの理由がある。
前世の世界に未練がないといえば嘘になる。というよりは前の世界に未練がないわけがない。俺がやり残してきたことは両の指だけでは数えきれない程にある。
けれど、それらのことはすでに諦めていた。俺が床に伏した一ヶ月前からもうどうしようもないと諦めていたことだ。それに過ぎてしまったものはもうどうしようもない。
俺は別世界へと転移するような手段を持ちえない。そもそも、前の世界と、今の世界で俺が生まれてくるまでの間にどの位時間が乖離してしまっているかが分からない。
だから、もう一つの理由としては、前世の世界に未練は残っているがどうしようもないから諦めてしまっているため、一刻も早くこの世界に順応してしまおうとしているからである。
「(異世界か………昔読んだ古文書や子供向けの絵本にそんなことが書いてあったな………)」
グリーパー家の書物庫には様々な種類の書物がきっちりと区分されて大量に保管されていた。
そこには、様々な属性や系統に対応した魔法書や古き時代について書かれている古文書などの珍しい本から、既に絶版となってしまった物語や世界的に焚書とされてもう残っていないはずの本の原書。高い知能と魔法の才能を持ち合わせる猟奇的殺人者が捕まり、死刑に処せられるまでの間に自分の生きた証を残そうと自身の狂った思考を莫大な量にわたり書き上げ纏めた日記帳などの稀覯本がとても良い状態を保っていた。
当時話に聞いたところによると、魔法的な手段を使い室内を常時気温と湿度を一定の値に留めながらも、空気が一定時間留まらないようにし、なおかつ部屋の隅々まで埃一つ落とさずに綺麗にしてあった。
更に、自然的な変化があったとしても書物が平気なように、闇属性の【光吸収・通常】を改良して作られた【劣化性物質吸収・通常】と木属性の【自然再生・通常】、火属性の【耐熱耐火・最強】、水属性の【耐水・最強】、そして、10種以上の系統の複合魔法である【耐全種類悪性状態異常・強】を更に複合して作った個人用の魔法である【本保護・通常】を付与された魔法のブックカバーで包まれていたという。
そのために全ての本が新品同様に綺麗だった。
それはひとえに、俺の父親―前グリーパー家当主の狂気的なまでの書物への愛情があったためになしえたのだろう。
普通、複合魔法を使うときはなるべく魔法の強さをそろえて魔力消費を抑えるものなのだが、それを分かっていながら耐性はなるべく強いものを付与したいと一部の魔法を強力なものに変えてあるのは、我が父ながら呆れてしまったものだ。
かつての父の自論は『書物はその時代のあるべき姿でいてほしい』だったそうだが、古びた書物が自分の目の前で崩れ落ちたときに自論を『書物は叡智を未来の若輩へと伝えていくものだからずっと形を変えずに残っていてほしい』に変わったと目を爛々と輝かせながら父は俺にそう聞かせてくれた。
俺はあまり余裕のない生活を送っていた。そんな日常の中に暇を見つけたら、訓練や修練に注ぎこんでいた。だが、そんな本好きの父の影響を受けてか時には書物庫へと足を運び本を読みふけることもあった。
読書だけが俺にとっての唯一の趣味と言えるものだった。
歴史書や数学理論書に経済書、哲学書などの実用書から、図鑑や、誰かの生活を面白おかしく描いた物語、子供向けに調節された絵本まで様々な書物を読んだ。
もちろん魔法書や古文書なども貪る様に読んだ。
特にお気に入りだったのは、勇者や英雄と言われた者たちの伝説を集めた俗にいうところの英雄譚というやつだ。
そこには、当時の俺が知らなかった世界が無数に広がっていた。遥か昔の世界。全く違う別世界。神々の住まうとされる天上世界などで、煌びやかな活躍をしていた。その力はまさに一騎当千。話によって一つ一つ力の有り方は変わっていたりするが、そのどれもが圧倒的な力をもって平和へと運んでいく。
中には力が足りなかったり、裏切りや、最後の最後に理不尽なまでの強敵が現れることで最悪の結末になってしまうものもあった。けれども、幼かった俺はそのすべての話に好奇心を刺激され、興奮していた。
一体どんな世界なのだろうか?英雄たちは何をしてどう動いたのか?では敵はどうなのだろう?と、挿絵のついていない、意図的にある程度ぼやけさせている文章の中から自分の納得できるような形になるように想像を繰り返しては心を躍らせていたものだ。
だが、暗殺者として名を世界中に知られてからは自分の趣味に時間を割く余裕もなくなり、めっきりと読書をする時間が減っていった。
そして、幼いころに勇者や英雄に憧れて培われた想像力が、実際に暗殺者として英雄と出会ったときにたやすく殺すための鍵になってしまうとは何かの皮肉だったのだろうか。
俺も男子だ。幼いときに恋い焦がれるほどに憧れていた異世界と言われて期待しないわけがない。一体どんな世界なのだろうかと楽しみにしている。
だが、ほんのわずかに望郷の念に駆られてしまうのはまだ完全に前の世界との区切りをつけることができていないということなのだろうか。
「(元々の俺だった時と違って感情の抑制がうまくできないんだよな………やっぱり、赤子だからいけないのかな………)」
確かに、感情を完璧に殺すことのできる俺にしては感情の制御が上手くできていない。
しかし、それも現在は問題であったとしても未来は問題ではなくなっている。
俺は自分の感情を抑制できない理由は己の身体が幼い赤子のものだからだと考えている。
ならば、その問題は時が流れることによって解決するか、その糸口が見つかるはずなのだ。それに、もし解決しなかったとしても失った技術はもう一度習得し直せばいいだけなのだ。幸いにもまだ体が若いので時間を気にする必要はない。
さらに、以前はどうやっていたのかの記憶がある分前世よりも覚えやすくなっているだろう。
俺はもう死んだのかと思っていたが、実際には生まれ変わって生きていた。
「(まさか、こんなにも早く俺の経験則に裏切られるとは思ってもみなかった)」
何事にも絶対ということはないのかと心の中で俺は苦笑せざるを得なかった。
何故自分の記憶が明確に残っているのかはわからない。えれどもこれからこの世界で生きていくために前世の記憶は大変役に立つであろうと予測する。
そう、何故かなんて俺には分からないのだから気にしていたってしょうがない。せっかく前世の記憶があるのだから思う存分利用すればいい。
それに訓練ばかりで今まで経験したことのない、普通の子供の生活というのも悪くない気がする。
「(このままでは自分の名前も分からないし、意思疎通もできないからまずはこの世界の共通言語またはこの国や周辺諸国の言葉を覚えることを最優先事項としようか)」
子供が生まれたのだ。もう既に名前は決めてあるに違いない。
だがこのままではそれすらもわからない。果たして、自分の名前もしゃべることのできない人物が意思疎通を図って成功するだろうか?
答えは否である。
そんなことは当たり前だろう。
だから俺は言語を覚えることにした。
自分の名前から覚えていく事には理由がある。それは、自と他がかなり親しい関係でないと使えないがこの場合においては中々に言語を理解しやすくしてくれる。
何故ならば、親しい関係ならば一番呼ぶ言葉は親しい人物の名前であると相場が決まっているからだ。
更に、元々暗殺者として、世界を駆け巡っていた俺だ。現地での情報収集をするためにも、暗殺対象に怪しまれないようにするためにも、言語を1から覚えて完璧にこなすことには慣れているのであった。
さて、暗殺者としての俺の本領発揮と行きますか。




