第七話 適応と拒絶
俺は手足を鎖で拘束され、仰向けになっている。
「離せ……!!」
「活きがいいことですね」
頑張ってジタバタさせるが、全くの無意味。
ヴァルディスの手には、赤黒い液体が入った注射器がある。
おそらく、龍族の血とやらだろう。
クソ。
このままでは、本当に詰みだ。
かといってどうにかなる状況じゃ無い。
──適応するのを、願うしか無い。
「いきますよ」
「グッ!!……グァアア……!!!……ッァァァアアアアアア!!!」
痛い……ッ!!!
体の中を、無数の針が駆け巡るようだ……!
体のどこに意識を向けても、肉を抉るような痛みが駆け巡る。
「……やはり……ダメですかね」
「……!!」
ダメだ。
こんなところで、死んでたまるか。
まだまだやり残したことが、たくさんあるんだ。
リディア先生と並んで戦うために、もっと強くならないといけないし。
クソ、意識がどんどん遠のいていく。
まだ、俺は生きるんだ……。
まだ……俺は……。
まだ…………。
ま……だ…………。
──俺は、どうなった。
ここは、どこだ?
なんか、前も同じようなことがあったような……。
あぁ、そうだ。
転生したときだっけ。
ってことは、俺は死んだのか。
あのヴァルディスってやつ、ふざけんなよ。
せっかく人生楽しくなってきたってとこなのに、邪魔しやがって。
あぁ、クソ。
……まあでも、楽しかったな。
前世のときみたいに後悔して死ななくてよかった。
いやまぁ、後悔がないといえば大嘘になるんだが。
前世じゃ、やりたいこともないまま人生が終わった。
でも、今度は違う。
まだやりたいことがある。会いたい人もいる。
……それを思えば、少しはマシな人生だったのかもしれない。
っていうか、ここは本当にどこなんだよ。
ただっぴろい草原に……でかい木が一本、堂々と突っ立っている。
気のせいか?心地よい風も、吹いている。
なんだか心が安らぐ空間だ。
ずっとここにいたいとさえ、思った。
「殺してはダメです!!」
「し……しかし……」
あぁ?
なんだよ、うるさいな。
せっかく心地よかったってのに、邪魔してくれるなよ、全く。
……ん?
なにこの腕。鱗が生えてる。
ヴァルディスの研究所で見た、あのドラゴンみたいな。
これ、誰の腕?
……俺、の?
「……!!ヴァルディス様、意識を取り戻しました!!」
「そうか、やはり……!!!!」
うるさいって。
耳がキンキンする。
ちょっと黙っててくれよ。
だんだん感覚を取り戻していくと、背中に重いものを感じる。
「重っ……?!」
「おお、喋った」
「もう暴れたりしねェよなァ〜〜?!」
なんか、聞き慣れない声が聞こえる。
誰の声、これ?
ていうか俺の体どうなってんの??
見ると、腕全体には黒い鱗がびっしりとついており、手と爪は獣のようになっている。
これ、本当に俺の腕か……?!
驚いて周りを見渡すと、ヴァルディスにゼルヴァス、そして知らない人が二人いた。
赤黒い髪に無機質な仮面をつけている大男と、一人だけ仮面をつけていないせいで浮いている黒髪の男だ。
『……?!誰だ、お前ら』
グッ……?!
俺の声か、これ?!
一気に空気が重くなった。
「馬鹿野郎!!龍言を使ッてんじゃねェ!!てめェまで龍言をくらッてどうする!!」
『龍、言?……なんだそれ』
「アホ……が」
『カハっ!?』
腹に重い衝撃をくらった。
痛ってぇ……あ、クソまた気絶する。
なんなんだよ……。
ハッ!!
目が覚めた。
俺は確か……何も知らないまま、気絶させられたのか。
説明くらいしてくれよ……。
腕に目を向けると、いつもの腕に戻っていた。
「ホッ……」
背中の重みも消えてる。
よかった、ガチで。
一生あのままだったらどうしようかと思った。
「次は、ずいぶん早いお目覚めのようですね」
……うわ。
その声を聞いた瞬間に、嫌な記憶が思い出された。
「ヴァルディス……!!」
「ええ、私ですとも」
「なんの用だ」
「何も知らないあなたに、状況説明をしようと思って。あ、もう暴走の心配はないので安心してください」
「暴走……?ってうわ、なんだこれ!!」
俺の体を見ると、厳重な装置によりベッドに拘束されていた。
一歩たりとも動けない。
「血を注入されたあと、何が起こったか教えて差し上げましょう」
「……そいつは、どうも」
「はい。では──」
*
アルディオス=エストリアの意識がどんどん薄れていく。
やはりこの体であろうと、失敗なのか……。
すると、手足につけていた鎖がミシミシと音を立て、ひび割れていく。
「な……なんですか、これは……?!」
「ヴァルディス様、危険です!!お下がりください!!」
「何を!!こんなのを見せられて、下がるわけにいきますか!!」
やがて、鎖がちぎられた。
「なんて力……ヴァルディス様、本当に大丈夫なのですか?!」
「黙って見ていろ!!」
アルディオス=エストリアの体は、どんどん龍のように禍々しく変化していく。
四肢は黒い鱗で覆われ、手足は醜い獣のように変化。
「なんて、魔力。素晴らしい!!素晴らしいです、アルディオス=エストリア!!」
口は牙が剥き出しになり、ツノが額から二本、そして、背中からはどす黒く大きな翼が生えている。
「初の適応者です!!!ゼルヴァス!ラグナード!エルシオン!!押さえつけなさい!」
「仰せのままに」
「仰せのままに!」
「仰せのままにッ♪」
私の最高傑作のこの三体なら、初の適応者だろうが大丈夫だろう。
予想通り、暴走を上手い連携で制している。
──やっと、研究の進捗が見られる。
これで──
「ヴァルディス様、本当に処分しなくていいのですか?!」
「殺してはダメです!」
「しかし……!」
当たり前だ。
ここで殺してしまっては、せっかくアルディオス=エストリアを監視してきた意味がない。
彼は私の研究の成果そのものなのだから。
*
「──ということです」
「まじ、かよ……」
衝撃の内容だった。
俺が龍族の血に適応し、そのまま気絶した後、暴走。
ゼルヴァス含めたヴァルディスの三人の部下がそれを制し、俺の意識は回復。
……さて、本当にどうしたもんか。
正直、スケールが大きすぎて実感とか、あんまりない。
でも、日常が崩された。それはわかる。
まぁ、ゼルヴァスに連れ去られた時点で崩れてたんだけどさ。
俺に、龍族の血?そしてそれが暴走??
なんだよ、それ!
怖ぇよ!!
……だけど。
龍族の血がどうとか、今はそんなのどうでもいい。
生き残って良かった。
なら次はこの研究所からの脱走が目標だな。
いや、でも、龍族の血を注入するという目的は達成したからもしかしたら帰してもらえるかも?
「あの、家に帰ってもいいですか?」
「何故ですか?私の最終目的を達成するまで、あなたは私の研究に付き合ってもらいますよ」
「……何だと……」
マジか。
なら、これからの目標は決まりだな。
力ずくで、この研究所から脱走する。
さて。
脱走すると決めたものの、今すぐに何かできるわけではない。
何せあの三人の部下が強力すぎる。
ゼルヴァスが三人いるみたいなものだ。
でも話を聞く限り、龍族の血が暴走した俺は、その三人と互角以上に戦えていたらしい。
……なにそれ。
龍族の血、強すぎでしょ。
怖ぁ……。
とにかく。
何も出来ないなら出来ないなりに、するべきことを探そう。
助けを待ってるだけじゃどうにもならないぞ、アルディオス=エストリア。
まずは、そうだな。
拘束も外して貰えたことだし、魔力循環を通常通り行えるか確かめるか。
魔力を感じて……って、んん?!
なんだこれ。
異物感が、すごい。
気持ち悪い感触だ。
龍族の血の……影響か?
まぁいいだろう。異物感が強いだけなら魔力循環をできないわけではない。
魔力を、全身に流し込んでいく。
うん、異物感があって変な感じがするだけで魔力循環は問題なくできる。
まぁ、この気持ち悪さを抱えままま戦えるかと言われたら、うん……。
でもまぁ、過ぎたことはしょうがない。
できれば魔法も上手く使えるかどうか試したいんだけど……病室の中だしなぁ……。
うーん。
いや、まぁいいか。
どうせ敵の研究所だし、どうなったっていい。
よし。
手を開き、両腕を前に突き出す。
そうだな、得意な火属性でいくか。
イメージ。発現。
ん?
なんか、コントロールが上手く行かな──
「うわあああ?!」
思っていたのより三倍くらいの、頭二つ分はあるかという大きさの火の塊が出てきた。
幸い射出しようとはしなかったので何とか消すことができたが、もししていたら部屋が丸焦げになってただろう。
……どうなってんだ。
確かにいつも通りにやったはずだ。
ならばやはり龍族の血の影響なのか。
念のため、もう一度。次は水属性でどうだ。
……やはり、変わらず。
しかも、水の形はうまく定まらず、発現するだけで精一杯だ。
火属性のときも形は定まっていなかったが、火ならそんなもんかと思っていたのがこれで確定した。
明らかに、魔法のコントロールができなくなっている。
このまま投げつけるなど、どうなるかわからないぞ。
まずい。非常にまずい。
魔法をコントロールすることができないのはだいぶ重大な問題だ。
威力が上がっただけなら、まだ対処のしようもある。
だが、制御できないとなると話は別だ。
敵に向けて放った魔法が、どこへ飛んでいくかもわからない。
下手をすれば、敵どころか自分まで巻き込むことになる。
さて、どうしたもんか。
……。
ヴァルディスとあの三人の部下の目を逃れながら戦闘なしで脱出するのはまず無理だ。
ヴァルディスの戦闘能力は知らないが……三人の部下は少なくとも俺が太刀打ちできる相手じゃ無い。
ならば、一旦脱出は後回しにする。
当面は、穏便に過ごしながら情報収集でもしておこう。
一週間が経った。
俺は大事な研究対象ということで、そこそこいい部屋に住まわせてもらってる。
こんな研究所には似つかわしくない部屋だ。
あの日の牢屋がゴミに見えるくらい。
いやまあ、牢屋は元々ゴミなんだが。
暴れなければ別に何をしてもいいと言われたので、日々の訓練は怠ってはいない。
研究所の外に出て、周りを走ったり。
俺が逃げようとした場合どうするのかを聞いてみたら、研究所の周りには結界を張っているそうだ。
抜け目のないことで。
変わったのは、魔法を制御する訓練が増えたこと、ぐらいだ。
毎日広い研究所を探索しているせいか、この広い構造もほとんど覚えた。
二階、一階、地下一階があり、二階は主に居住区画、一階が実験区画。
そして地下一階があのドラゴンの死体を保管するのでので精一杯となっている。
立ち入ってはいけない場所が多く、地下全体はまさにそうだ。
俺はあの時、特別に見せられただけにすぎなかったらしい。
研究所で見る生きている人間は基本的にあの三人の部下とヴァルディスだけだ。
人体実験に使われる死体は腐るほど見たけどね……七歳にはちょっとまだ早いぜ。
三人の部下がそれぞれゼルヴァス、ラグナード、エルシオンと言う。
実力の方は……言うまでもない。
「どうですか、様子のほどは」
「……まぁ、特に」
「んなわけねェだろ、龍族の血を取り込んで一週間何も起こらないはずがねェよ」
ヴァルディスがエルシオンと一緒に部屋に入ってきた。
「これから一週間に一回、定期検診に来ます。毎日やってもいいのですが大事な大事な適応者を死なせるわけにもいかないのでね」
「死なせるって……」
あらやだ物騒。
まあこいつが毎日見るということはそりゃそうなるだろう。
この研究所内で、死体なんていくつも見てきたんだから。
「それでは。何か、変わったことはありますか?」
「魔力に、強い異物感を覚える」
「ほうほう。外面的な変化はないのですよね?」
「あぁ。あとは──魔法のコントロールがうまくいかない」
「なるほど。具体的には?」
「想像がうまく具現化されない。数倍の威力のものが出る」
「興味深い……」
それから簡単な応答を繰り返したあと、ヴァルディスは満足したように頷いた。
「いい。実にいいですね、アルディオス=エストリア!素晴らしい」
「何が……」
「では、実際に見せてもらいましょうか。エルシオン」
「あァ。ついてきな、ガキ」
「……フン」
ガキと言われたのに少し腹を立てながらも、エルシオンについて行った。
たどり着いたのは、研究所内にある訓練場。
「何するんだ」
「俺様と戦うんだよ。こッちからは何もしねェ。一歩も動かねェでいてやる。的だと思ッていい」
へぇ。
的だと……ね。
思いもよらず、実力を測れるチャンスが来たってのに。
なら、力ずくで引き出してやるよ。
「随分余裕だな。勢い余って殺してしまっても文句は言うなよ?」
「言うじャねェか、ガキ……」
怖いのは自爆の可能性だが、怪我したら治してもらえることを願おう。
死ななきゃなんでもいいや。
「風刃……ォオ?!」
風刃を放とうと思ったら、やはり威力が強すぎて反動で自分も吹き飛ばされてしまった。
クッソ……制御の練習はちゃんとやってるってのに。
加えて、風刃も別にエルシオンに当たっているわけではない。
あらぬ方向に飛んでいった。
「なんだァ?威勢がいいのは最初だけかァ?」
「るっ……せぇよ!!」
今度は、当てる!!
「炎弾!!!」
「うォ……これはなかなか」
さっきよりかは狙い通りに放てた!!
と思ったのだが、エルシオンのすぐ真横を通り過ぎてしまった。
「いやもうクッッソ!!!!マジでイラつく!!!」
「バカがよ……魔力を押さえつけようとすんじャねェ」
「あ?」
「無理やり魔力を小さくさせるんじャねェよ、流れを作れ、流れを。魔力の通り道を、てめェが作ッてやれ」
「……?」
「フン」
ん?
こいつもしかして、俺にアドバイスをしてくれてるのか?
え?なんで?
「それと、順番を誤るなよ。魔力を集めて、形を作り、最後に火を出す。全部まとめてやろうとするから出来ねェし、余計な力も乗るんだよ」
「え、あ、はい」
思わず真面目に返事をしてしまった。
なんかすごい……わかりやすい。
まるでリディア先生みたいだ。
なんか言われてみれば似てる気がしてきた。
ほら、髪の色とか目元とか。
っと、今はそんなことはどうでもいい。
えーと、順番を怠らず、魔力を流れさせる、だっけ?
同じ炎弾で──
「……吸収力が、高ェな。やるじャねェか」
驚くほど、滑らかに発現させることができた。
もちろん、完璧なわけじゃ無い。
満足するのには程遠いが、それでも今までのとは雲泥の差だ。
「くらえ!!!」
今度は、しっかりとエルシオンめがけて真っ直ぐに飛んでいく。
ドカン!!
轟音をたて、煙が霧散した。
「ケホッ、ケホ……どうだ」
……バカな。
そこにいたのは、無傷で立っているエルシオンだった。
明らかに俺の炎弾は直撃したはずだぞ?
いくら格上だろうと、焼け跡の一つ付いていたっていいじゃないか。
「……期待外れだッたな。訓練はもッと先延ばしにするべきだッた」
「野郎……なんだと?!」
「てめェが雑魚なせいで、ヴァルディス様の手を煩わせんなッて言ッてんだよ!!……俺様の体に傷一つ付けれねェくせに、粋がッてんじゃねェよ」
ああクソ。
頭きた。
こうなりゃ意地でも、アイツの体に傷をつけてやる。
「土壁!!」
「!」
エルシオンを取り囲むように、四方から土壁を出現させる。
逃げ場を塞ぐためじゃない。
魔法の威力を、分散させないためだ。
炎も、衝撃も、壁の外へ逃がさない。
閉じ込めた空間にすべてを叩き込む。
そして俺は、自分の足元にも土壁を発生させた。
せり上がる土壁に押し上げられ、身体が宙へと舞う。
狙うは、頭上からの一撃。
「火炎烈刃!!!」
「──へッ」
訓練場が揺れる。
熱気が、空間を支配する。
我ながら今までで一番クオリティの高い魔法ではないだろうか。
土壁で囲うことで威力を最大限食らわせるこの作戦、結構いいな……。
これからも決め技として使っていくのもアリだな。
動く相手に通用するかどうかは知らんけど。
煙が晴れ、土壁の残骸の向こうに現れたのは、服が焼き焦がれて上半身がむき出しになったエルシオンだった。
「多少はマシになッたんじゃねェの」
ただし、傷一つ付いてない。
鍛え上げられた筋肉が出てきただけだ。
やっぱり、この程度じゃまだまだ足りない。
もっと、もっと強く──
「素晴らしい結果が得られました。もう十分です。続きはまた今度にしましょう」
訓練場の入口から、ヴァルディスが拍手をしながら歩いてきた。
ずっと見てたんだ……。
「……ハッ。研究じャなくたッて、いつでも相手してやらァ」
お?
思ったより、エルシオンが優しい。
どっかのゼから始まってスで終わる名前の、ゼルヴァスみたいなやつとはちがうなぁ。
「──ではエルシオン、今後も彼の訓練をお願いします。龍族の血に適応したのに弱いままとなると話は変わりますしね」
「弱いかぁ……」
うん、弱い。
俺は弱い。
力がないせいで誘拐され、今じゃ敵の研究対象だ。
エルシオン相手に、傷一つ付けることも出来なかった。
でも意志まで弱い訳じゃない。
────絶対、ここから生きて脱走してみせる。
そして、家族のもとに帰るんだ。
ステータス
名前 アルディオス=エストリア
種族 莠コ髢難シ?
職業 研究対象
火属性魔法 中級
水属性魔法 初級
風属性魔法 初級
雷属性魔法 初級
土属性魔法 初級
剣術 初段




