第六話 突然の終わり、新たな始まり
「坊主、怪我はねぇか……って、あんな派手にぶっ飛ばされて、大丈夫なわけもねぇか」
「あ、いや……平気です」
「そうか!頑丈なんだな」
男の拳を軽々と受け止めながらドランさんは俺に向けて喋りかける。
え、俺が吹き飛ばされたパンチだよ?
そんな力も入れてないような感じで止められるもんなの?
てか、「轟斧」、って……父さんの「轟剣」になんか似てる気もする?
まあそんなもんか。こんだけ冒険者がいれば、被ることもあるだろう。
「てめぇは……もう少し手加減することを覚えた方がいいぜ。確かにギルドはそういう場所だが、登録もしてねぇガキにやるのは違ぇだろうがよ」
ものすごい正論を言ってる。
でも、めちゃくちゃカッコよく見える。
「ったく、朝っぱらから面倒なことしてくれてんじゃねぇよ、三下が」
「……クソ!」
男は一度ドランさんから距離を取り、今度は魔力循環を行った。
……え、ちょっと待って、俺さっき魔力循環無しの拳に吹っ飛ばされたの?
今度は、ドランさんに向けて男が蹴りかかりに行く。
俺から見ても、なかなかの速度だ。
それをドランさんは──
──特に何をするでもなく、気づいたら男があらぬ方向へ吹っ飛ばされてた。
いや、ちがうな。
おそらく、速すぎて何をしたかもわからないのだ。
男の方も、多分そんなに弱くは無いと思う。
少なくとも俺は、全く歯が立たなかった。
でも、ドランさんはそんな男を、なんとも無いように軽々といなした。
ここで、俺は初めて──というか、改めて実感した。
Aランクという、大きな、大きな壁を。
「……すげぇ」
思わず、そんな言葉が口から漏れた。
さっきまで俺を一方的に吹き飛ばしていた男が、今は床に転がっている。
それも、ドランさんが何をしたのか、俺にはほとんどわからなかった。
リディア先生との訓練で、多少は強くなれたと思っていた。
けれど、俺の知らない強さが、この世界にはある。
「おう、坊主。どうした?」
「……ドランさんって、本当に強いんですね」
「ん? まあ、冒険者なんてやってりゃ、これくらいはな」
ドランさんは、たいしたことでもないように笑った。
……もっと、強くならないとな。
リディア先生に追いつく、そのために。
すると、すごい勢いでギルドのドアが蹴破られた。
「アルドを……返しなさい」
えぇ?!どうやってここを……。
そこにいたのは、ものすごい剣幕の、母さんがいた。
「か、母さん?!なんでここに?!」
「なんでじゃ無いでしょう!心配したのよ!!……って、なんでそんなボロボロなの……」
すると、俺のすぐ近くにいるドランさんに目をつけた。
「轟斧……貴様か……?」
「げぇっ、ぎ、銀閃?!」
「問答無用!!」
「待って、母さん!ドランさんは俺を助けてくれたの!!」
ドランさんに向かって走った母さんの足が、ぴたりと止まった。
「……そう、申し訳ないわね、轟斧。感謝するわ。この子はもう、回収しておくわね」
「お……おう、わかった。坊主、アルドといったか?じゃあな……」
「アルディオス=エストリアです……ドランさん、ありがとうございました」
母さんに担がれて、そのまま冒険者ギルドを後にする。
若くて美人な女の人が子供を片手で持ち上げている様子が誘拐かなんかだと思われているのか、めっちゃ周りの人からジロジロ見られている。
恥ずかしい……。
「……アルド」
「はい」
「ギルドに行くんだったら、一言くらい言いなさい」
「ごめんなさい」
「それに、こんなに怪我をして……無事で、良かった。本当に……」
母さんは、元Sランク冒険者だ。
だからこそ、ギルドの、そして冒険者の危険を誰よりもわかっているはずだ。
「……ごめんなさい」
心から反省した。軽々しく、命を賭す場所に足を踏み入れたことを。
「えぇっ、アルド、冒険者ギルドに行ったのか?!」
朝食の場で、父さんに思いっきり驚かれてしまった。
「うん……反省、してます」
「いや、それはいいんだけどさ……そうかそうか、この歳で……やはり血は争えんな」
まぁ、仮にもAランク冒険者とSランク冒険者の子供だしね。
気になるのも当然、か?
「それで、轟斧のドランさんっていう人に会ったんだけど」
「ドラン?あぁ、あいつか。懐かしい名だな、あいつ今ここにいんのか」
「知ってるの?」
「もちろんだ。なんせ同じパーティだったからな」
同じパーティ?!
あぁ、だから二人とも二つ名の一文字目に「轟」ってついてるのか。
パーティで揃える、的な。
「あいつは本当にいい奴だし、世話焼きだからな……でも、気に入らんやつはとことん嫌いだからな。その様子じゃ……気に入られたようだし大丈夫か」
「そうなのかな……?」
まあ、助けてもらったのは確かだし、悪い印象は持たれていないと思いたい。
「それより、アルド。今日はもう、街から村に帰るぞ」
「うん。わかった」
こうして、俺の初めての街訪問は、新たな知識と壁を、俺に与えたのだった。
門を出て、少し歩いたところに商人がいるらしいので、俺たちは城壁の外を歩いている。
濃い二日間だったな。
どれも俺に、刺激を与えてくれた。
やっぱり、俺は異世界に、この世界に転生することができて本当に良かったな、と思う。
テクテクと歩いていると、目の前に一つの人影が見えた。
あれが、商人かな?いや、それにしては何か様子が……
「「アルディオス=エストリアか?」」
「……?!」
こいつ、なんで俺の名前を?
少なくとも、俺の知り合いでは無い。
俺の今まで会った人の中には、こんな……仮面をつけ、ツノを二本生やした人間は存在しない。
それに、なんだ、今の声?
二つ、重なったように聞こえた……
「アルド、下がって!!!」
「「おやおや、これはこれは……銀閃に、轟剣、ですか。これは手強い」」
「……誰だ、お前」
「「知る必要がありますか?……足がつくと困るので、こちらとしても用事は早く終わらせます。安心して」」
「……!!アルド、逃げろ!!」
……!!
父さんが俺に気づいた時にはもう、遅かった。
「……?!」
俺は仮面ツノ野郎に、頭を鷲掴みにされていた。
「速……?!」
「「悪いがこいつは貰っていく」」
何……だと……?
俺を連れてったところで、こいつらにはなんのメリットがあるんだ……?
クソッ。
こんなところで、俺の日常を、離されてたまるか。
「クソが……離せ……!!」
瞬間、魔力循環を行い、俺を掴んでいる腕に火球を食らわせる。
至近距離で食らわせたのだ。
少なくとも、ダメージぐらいは負わせることができただろう、その隙に手から抜け出そうと考えた。
甘かった。
まともに受けたのにも関わらず、こいつはなんとも無いような顔をして話しかけてきた。
「「ほう……この歳でもうこのレベルの魔法を」」
「!!……クソ!!」
「アルドォォオオオ!!!!」
うおっ?!怖っ!!
ものすごい剣幕で母さんが斬りかかってきた。
ギルドのときなんかとは比べ物にならない。
Sランク冒険者の母さんなら、あるいは──
「「銀閃か、大した速さだ。だがそんなお粗末な剣で、何ができる?」」
「グッ……」
軽々と母さんの剣を受け流しながら、そう言った。
確かに、母さんが持っていたのはただの護身用の木剣だった。
しかし、弘法筆を選ばずと言うが、これは少し話が違うだろう。
「アルドを……離せ」
「「……」」
仮面ツノ野郎は答えない。
だが、離して欲しいのは俺だって同じだ。
今度は風刃で、腕を切り落とそうとしたが、これも無傷。
クッソ。なんでだ。
まずい。このままじゃ、本当にまずい。
気がつけば父さんも加わり、両親が連携して戦っているが、それすらも、こいつは最小限の動きで余裕を持ってかわしている。
そんなことが、あってたまるか。
この二人の連携だぞ……?
並の、というか大抵の人はひとたまりもないはずだぞ?!
「「……フフ、こんなところで油を売っていてもしょうがないのでそろそろ行かせていただきますよ。それではごきげんよう」」
「……!!待て!!!」
「貴様……!!アルドをどこに……!!」
「クソッ!!離しやがれ!!」
俺も抵抗するが、その抵抗も虚しく頭を掴まれながらどんどん浮いていく。
やがて、すごい高度まで浮かび上がり、そのまま飛んで行った。
そして、俺の目には絶望した二人の顔が入ってきた。
現在、俺は頭を掴まれ空中を爆走中だ。
初めての空中飛行、こんなものだとは思わなかった……。
「「……」」
仮面ツノ野郎は、何も喋らない。
……俺を、どこへ連れていく気だろうか。
なんの目的があって、俺を攫うのだろうか。
こいつは一体、何者なんだろうか。
……俺は。
死ぬのだろうか……。
いや、それだけは絶対嫌だ。
俺の二度目の人生、誰にも奪われてたまるもんか。
「あのう、俺をどこへ連れていくつもりなのでしょうか……」
勇気を振り絞って聞いてみた。
すると、意外なことに返事をしてくれた。
「──あのお方のもと、だ」
「あの、お方。」
あのお方?
あのお方。
あのお方かぁ……。
全然答えになってねぇじゃねぇか!誰だよ、そいつ!
でもなんか、これ以上踏み込んではいけない気がする。
なんか声の重なりが消えて、重い声になったし。
口調もなんか怖いし。
これ以上は目的地に着くまで黙っておこう……。
それから小一時間、俺は何もできないまま空を飛び続けた。
まあ、空の旅なんて言えば聞こえはいいが、実際は頭を掴まれて連行されているだけだ。
景色を楽しむ余裕なんて、あるわけがない。
「……ついたぞ」
どうやら目的地についたようだ。
森の中に、不自然なほど大きな建物が建っている。
周りには、人の気配など一切ない。
そこは、大きな研究所のような場所だった。
だんだんと高度が落ちていく。
そしてようやく、地に足をつけることができた。
「……これからあのお方に会う。くれぐれも粗相のないように」
「あのお方って……」
「早く行け」
「はい」
急かされるようにして、研究所の扉を開けた。
研究所の中は、簡潔に言うと酷かった。
至る所に研究書のような紙が散乱しており、壁には人体のようなもののホルマリン漬けがびっしりと並んでいた。
さすがに前世の精神があろうとも、今の俺は七歳児なのだ。
こんなものを見せられて、平気なわけがない。
吐くのをこらえるので必死だった。
具合が悪くなりながらも、広い研究所の中を二分ほど仮面ツノ野郎について歩いていたら、少し大きめのドアが見えた。
「ゼルヴァス、帰還しました」
扉をコンコンコンと叩き、そいつはそう言った。
……こいつ、ゼルヴァスって名前なのか。
いつか絶対、ぶちのめしてやるよ。
すると、扉の奥から返事が聞こえてきた。
「帰ってきましたか。少し、待っていてください……どうぞ」
「仰せのままに」
ガチャリ。
かなり古いドアだからだろうか、黒板を爪で引っ掻いたような音をたてた。
扉の奥の研究机に座っていたのは、一人の男だった。
ガスマスク……をもっと禍々しくし、目元を見えるようにした仮面をつけており、ゼルヴァスよりも背丈は少し低い。
こいつが……
「さて」
手をポンと叩き、こちらを見つめる。
「まずは自己紹介からですね。私の名前はヴァルディス=クロイツ。ただのしがない研究者です」
「……ご丁寧にどうも。アルディオス=エストリアだ」
「ご存知だとも」
「なんだと?」
ヴァルディスと名乗ったその男は、右手で右目をかっぴらいて、こちらを睨んだ。
「君のことは、色んなモノを介してずっと監視していました」
「……?!」
ずっと、監視?
何を言っているんだ、こいつは。
そんな気配、感じたことは──
「疑っていますね?なんでも知っていますよ。銀閃のセレーネ、轟剣のカイルの間に誕生。五歳で魔力循環を、そしてBランク冒険者のリディアの下で修行をすることで、七歳で基本属性魔法の下級を習得し今に至る」
「……気持ち悪りぃ」
「そして──君が転生者、だということも知っていますよ」
「……!!」
こいつ。
一体どこで……?
俺が転生者だということは未だかつて誰にも話したことはない。
この七年間、一切だ。
なのにこいつは……
「……あんた、何者だ」
「フフ、今に分かりますよ」
「なんの目的で、俺を攫った」
「おや、やはり気になりますか。いいでしょう、教えて差し上げます」
意外とあっさり、教えてくれそうだ。
だが油断はならない。
「私はとある研究をしております。偉大な、偉大な研究です。そのためには、誰にも負けない強者の力が必要なのです」
「偉大な研究ねぇ……」
ヴァルディスは何も言わずこちらを見つめる。
五秒ほど無言の時間が流れたあと、ヴァルディスが口を開いた。
「あなたはかつて……世界を滅ぼしかけた、伝説の龍を知っていますか?」
「……なんだそれは」
「着いてきてください」
言われるがままヴァルディスについて歩く。
すると、地下研究施設のような場所にたどり着いた。
地上の様子も酷かったが、ここはもっと酷い。
そこらじゅうから腐った匂いがする。
「……はるか昔、今の文明が形作られるよりももっと前、一人の龍族がいた。彼は龍族でありながら、人族も、長耳族も信用していた。仲間だと信じていた。しかしある日、二族はその龍族を裏切り、龍族の里を襲撃、そして同族を殺害し財を奪った。怒り狂った龍族は暴走し、無数の国を滅ぼして回った……」
「……」
ひどい話だ。
その龍族とやらは二族を信じていたのに、二族は財に目がくらみ裏切った。
俺だったら……耐えられないだろう。
両親やリディア先生に裏切られたらと思うと、胸が苦しくなる。
というか、この世界龍族とか長耳族とかいるんだな。
やがて、大きな部屋に着いた。
そこには……俺やヴァルディスが豆粒に感じられるほど、どデカいドラゴンがいた。
いや……ドラゴンの、死体だ。
地下の腐った匂いはこいつのせいか。
「今は御伽話として架空のお話ということになっていますがね。しかし、どんなに隠蔽しようとも、事実と歴史は消えない。コレが、その龍族の成れの果てですよ。見つけるのに苦労しました」
……。
そのドラゴンは禍々しく、鱗は黒く染まっていた。
体は傷だらけであり、左翼がちぎれており、右翼も所々破れている。
これほどの巨体が、もう動くことはない。
そう理解した瞬間、背筋に冷たいものが走った。
「私の目的を果たすためには……彼の力が必要なんですよ。しかし、どんな研究であろうと死者を蘇らせることはできない」
「死してなお、こいつを利用する気か……?!」
「ええ、それが何か?」
わかっている。
ここは異世界だ。
俺の知っている常識と倫理観が、誰にでも通用するわけではない。
「ならばどうやって死者の力を使うのか。……コレの血を、第三者の体内に注入するんですよ」
「……!!」
ここまで来れば、俺でもわかる。
こいつがやっているのは、狂気的な人体実験だ。
「テメェ……!!火炎烈──ガッ!!」
ヴァルディスに向けて魔法を放とうとしたが、その瞬間に首根っこを掴まれ地面に叩き伏せられた。
「粗相のないように、と余は言ったはずだが?」
「グ……ッ!!」
ゼルヴァス!!
父さんと母さんが束になっても勝てなかった相手だ。
悔しいが──俺の手に負えるわけがない。
「フフ……今まで様々な人族や長耳族に試しましたが、強力な龍族の血に適応するものはいませんでした。龍族ならば適応するんでしょうが、不幸にも現在龍族はどこに生息するのかもわからない。するとどうでしょう。そこに君が現れたのです!!Aランク冒険者とSランク冒険者の強靭な血縁!!転生者というどこにも所属しない魂!!……勝利の女神は、私に微笑みました」
「クソ……離しやがれ!!」
必死にもがく。
だがやはりどうにかなるはずもなく、ジタバタするだけだ。
すると、腕が何かに当たり、コツンという音を立てる。
……マジかよ。
白骨死体が、至る所に転がっていた。
きっと、さっき言っていた人族や長耳族の実験の残骸であろう。
「──フン。ゼルヴァス、そいつを牢に入れておきなさい。明日、実験を行います」
「仰せのままに」
首根っこを掴まれたまま、廊下を引き摺られた。
「しばらくそこに居ておけ」
そう言われて、雑に牢屋にぶん投げられ、鍵を閉められた。
ぶち込まれたのは、便器とベッドが置いてある狭くて暗い鉄の牢屋だった。
……寒ぃ。
鉄格子の窓から、冷たい夜風が入り込んできてる。
チクショウ。このまま、死んでたまるか。
なんとか脱出してやるよ。
と思ったのも束の間。
この部屋では、魔法が使えないことがわかった。
おそらく、魔力阻害の魔法でもかけているんだろう。
魔力循環でさえ使うことができない。
詰んだ。どうしろと。
──今頃、家族は何をしてるんだろうか。
俺を必死に、探しているのかな。
助けに、来てくれるかな。
……いや、ネガティブなことばっか考えたってしょうがない。
どうせこの牢屋の中じゃなんもできないんだ。
明日生き残ることだけを考えよう。
絶対に、生きて帰ってやる。
翌日。
まぁ、よく眠れるわけもなかった。
飯だって与えられてないんだ。
まぁ与えられたところで怖くて食える気もしないけど。
そんなこんなで、俺はまた廊下を引き摺られてる。
もちろん首根っこを掴まれたままでだ。
「……もうちょっといい運び方ないんですか」
「黙れ」
「……」
そして。
昨日と同じ部屋に、連れ込まれた。




