第五話 母とギルド
先生と別れてから、一週間が経った。
俺はいつものように訓練を続けてはいるが、間違いを指摘してくれる人はもういないので、自力でなんとかするしかない。
強くなると決めた人は、他でもない俺自身なのだ。
だから今日も、訓練は欠かせない。
それでも俺は一日中訓練しているわけじゃない。
強くなるには適度な休みも必要である。
そんなとき、何をしているのかというと──
「暇ぁあああ」
暇である。ガチで。
こんな田舎でやることもないし。
畑仕事を手伝って終わりだ。
そんな俺を見かねたのだろうか。
父さんが俺に提案をしてきた。
「アルド、たまには家族で街にでも行ってみるか」
「え?」
街、か。
言われてみれば行ったことはない。
ここから馬車で一日の距離にあたると聞いたことはあるが、そもそも馬車で一日という単位が雑すぎて、馬車に乗ったことがない俺には具体的にどのくらいの距離なのかもわからない。
というか、どんな街なのかも知らない。
……いやでも、異世界の街だぞ?
剣と魔法のファンタジー世界の、街だぞ?
──なんか、楽しみになってきた。
「いつ、いくの?!」
「いつって、そりゃお前……今だろ」
「今ぁ?!」
そんなこんなで準備が終わり、俺たちエストリア家は街へと向かうことになった。
実は父さんが俺に声をかける前、ナイスタイミングで街から馬車で来た商人がいたらしい。
その人にお願いして、馬車に乗って街へ行くそうだ。
まだ日が昇りきっていないので、俺は昼食用の干し肉を鞄に詰め、馬車に乗り込んだ。
「失礼しま〜す……」
小声でそう言った後、辺りを見渡すと、三人で乗るには結構狭めだった。
半日ほど揺られていただろうか。
気づいたら寝てしまっていた。
日はもう赤く染っており、時刻は夕方。
目の前には高さが何十メートルあるのだろうかというレベルの、城壁のような塀が見えた。
「あんちゃん達、ついたぞ。関門は自分たちで通ってくれ」
そう言われて、俺たち三人は下ろされ、商人のおじさんは早々にどっかへ去ってしまった。
「よし、じゃあ俺らも行くか」
行くっつったって、入り方知らないんだけどな……。
両親は何度も来たことがあるらしいから、とりあえずついていく。
門のような場所で立ち止まると、甲冑を着た門番に話しかけられた。
「通行証は」
「ほれ」
「その二人は連れか?」
「ああ」
「……通れ」
軽くそのような応答を交わした後、あっさりと街に入れた。
「慣れてるんだね、父さん」
「お前もすぐに慣れるぞ」
「おぉ……」
思わず感嘆の声を漏らした。
いつになっても、行ったことのない場所に行くというものは新鮮な気持ちになるものだ。
そして、何より、大きい。
だいぶデカい街である。
雰囲気で言えば、オランダみたいな感じだろうか。
かくいう俺も、前世ではテレビで一度オランダの街をチラリと見ただけなのだが、それでも似ていると感じた。
至る所に、というほどでも無いが各所に大きい風車が建っている。
「どうだ?ここが交易の街、ヴェルンハイムだ」
「すごい……!」
「でしょ?お母さんね、この街の出身なのよ」
「へー……」
街出身なんだな、母さん。
どうやって父さんと出会ったのかは気になるが、まあそれはまた今度教えてもらおう。
辺りを見渡すと、見たこともないお店がずらりと並んでいた。
もう夕方だというのに、どの店も人だらけで賑わっている。
交易の街、ヴェルンハイム、か。
「それで、このあとは何をするの?」
「そうね。もう時間も遅いし、適当な宿を探したあと、ご飯を食べて寝ましょうか」
「そうだな」
俺たちは近くにあった宿に部屋を取り、荷物を置いた後、街を散策して夜ご飯を食べる場所を探すことにした。
結構出店なども多いのだが、人々が手にしている食べ物はどれもこれも見たことがないものばっかりだった。
それでも、いつも家で食べている質素な肉よりかは美味そうに感じる。
……見てたらお腹が空いてきた。
早く何か食べたい。どうせならこの街ならではのものを。
「母さん、この街で美味しいものって何?」
思わず、この街出身という母さんに聞いてしまっていた。
「そうねぇ……私が一番好きなのは、この街の名物料理の風車煮込み、ね」
「風車煮込み……」
ネーミング適当すぎやしないかい。
風車がいろんな場所にあるから風車煮込み、って……。
と思ったって、腹は正直だ。
そんな考えとは裏腹に、どんどんお腹が空いていく。
「風車煮込み……」
「ふふっ、食べたくなった?」
「とても」
「それなら、良いお店を知っているわ。昔、よく通っていたの。そこでいい?」
「うん!」
「父さんも、いい?」
「俺はお前らが食べたいものを食べれればなんでもいいさ」
男前だな、父さん。
こんな美人で気前のいい女を捕まえるだけある。
少し歩いて着いたとこは、ものすごい賑わっているとは言えないが全然人がいないわけでも無い、一見すると洒落てるバーみたいな雰囲気な店だった。
「ここが私が小さい頃の行きつけの店だった、『風見鶏亭』よ」
風見鶏亭。
この街にぴったりな名だな。
そう思い店の入口を抜けると、店主だろうか、髭を生やしたイケおじがいた。
「らっしゃい、ん……?あんた……“銀閃”のかい!久しぶりだなぁ」
「もう、その呼び方はやめてって言ったでしょ……久しぶりね、マスター」
ん?
“銀閃”?
なにそのかっちょいい名前。
俺知らないんだけど。
母さん昔、この街で何してたの?
チラリと母さんの顔をみると、いつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべている。
父さんの方も見てみると、なんか「懐かしいなぁ」みたいな顔で母さんを見てた。
いや何が「懐かしいなぁ」だよ!説明しろよ!
と思っていたら、話が俺の方に振られてきた。
「よう、そっちの坊主は銀閃のガキか?いいツラしてんじゃねえか」
「え、あ、はい、ありがとうございます」
「ハハハ!その二人の子なら、もっと堂々とするこったな」
えなんかバカにされた?
なんだこのイケおじ。
やんのか?おい。
土壁で逃げ場無くして火炎烈刃で燃やし尽くしたろうか?
「もう、あんまりアルドを茶化さないでよ……とりあえず三人、席ある?」
「おう、あそこのテーブルに座りな」
言われるがまま、テーブル席に座った。
「銀閃、いつものを三つでいいな?」
「ええ」
「相変わらず好きだねぇ」
「ここのが一番美味しいもの」
母さんは笑顔でそう返した。
どうやら本当にここのご飯が好きそうだ。
……いや、そんなことじゃなくて。
「銀閃、って何?」
そう二人に聞くと、驚くことに母さんが気まずそうな顔でこちらを見た。
「いやぁ、知らない方がいいんじゃないかしら……ハハハ、ねぇ父さん」
「ん゛?!ああ、そうだな!アハハ……」
二人ともバツが悪そうにそう返事したあと、変な方向を向いてしまった。
こんな二人の反応を見るのは初めてだ。
ちょっと面白い。
……これは、ますます気になってきた。
あとであのイケおじマスターにでも聞いてみるか。
二人の前で。
もっと面白い反応が見れそうだな〜。
そんなことを考えていると、イケおじマスターが料理を持ってやってきた。
「『風見鶏亭』特製、風車煮込み!おまちどぉ!」
運ばれてきたのは、空腹を刺激するようないい匂いがする、黒シチューみたいな見た目の料理と、フランスパンのようなもの。
思わず喉を鳴らした。
美味しそうすぎる。
「じゃあ、食べましょうか」
「いただきます」
まずは黒シチューの方──風車煮込みを口に運ぶ。
具材は角切りの牛肉のような肉が入っており、その他には根菜が煮詰められている。
味としては濃厚で少し甘みがあり、名物となるのも納得。
肉はほろほろで口に入れた瞬間溶けるようで、野菜には旨味が染み込んでいる。
もちろん非常に美味。
次に、フランスパンもどきに風車煮込みの煮汁を吸わせて食べる。
パンに染み込んだ煮汁が、噛むたびに口の中に広がってゆく。
肉と野菜の旨味に香辛料がよく効いている風車煮込みの味付けが素朴なパンとの相性も抜群であり、これまた美味。
「うぅんま〜い……最高」
「美味しそうに食べるわねぇ……」
「だって、美味しいんだもん」
「お!嬉しいこと言ってくれるな、坊主!」
母さんと会話していると、イケおじマスターが会話に乱入してきた。
「この風車煮込みはな、まず肉を焼いて、根菜と一緒にじっくり炒める。そんで、香辛料をぶち込んで、黒麦の粉でとろみをつけながら長時間煮込むんだ。肉がほろほろになったら完成よ。店によって味付けは違うが、うちは少し甘めに仕上げてる。パンと一緒に食うのが一番うめえんだ。いろんなところから輸入した香辛料を使うからこの交易の街ならではの料理なんだ」
はえぇ〜。
なんかすごい大事なことを聞いた気がする。
そんな企業秘密をペラペラ喋っていいのか。
まあイケおじマスターがいいならいいか。
今度頑張って再現してみようかな。
だけど今聞きたいのはレシピじゃ無い。
「あの、さっき言ってた『銀閃』ってなんですか?」
言いながらちらっと両親を見ると、戦慄が走っていた。
ふふ。
この俺をやる気にさせたからにはもう遅いぜ。
詰めが甘かったな、セレーネ=エストリア。
「あん?……もしかして、あんたら教えてなかったのか?」
「ちょ、アルド……ローガン!言ったら承知しないからね?!」
「ほーん?」
イケおじマスター……ローガンと呼ばれたその人は、ニヤニヤしながら俺の方に向き直した。
「いいか、ガキんちょ……銀閃ってぇのは、お前の母ちゃんの冒険者時代の二つ名だ」
「冒険者時代?!母さん、冒険者だったの?!」
「なんだ、それも話してなかったのかよ……そりゃもうべらぼうに強かったんだぜ。なにせ剣の一閃が速すぎて銀色の剣筋しか残らないことから『銀閃』だ」
「へぇ……かっこいいですね!!」
母さんが、冒険者ねぇ。
驚きだ。
あんな穏やかな顔で、そんな強かったなんて。
もう一度母さんの方を見ると、顔面蒼白で、口をパクパクさせながら絶望し、席の横で仁王立ちしていた。
「あ…あ…隠してたのに…ローガン、もう許さないわ。カイル、シルヴァリアを持ってきなさい」
「おっとぉ!元Sランク冒険者に店で暴れ回られるのは勘弁だぜ。な、坊主?」
「え、え、Sランクなの?!」
「そんなことまで……ローガン、表でなさい」
ローガンがどんどん火に油を注いでいく。
Sランク。
確か前、リディア先生に教えてもらったことがある。
冒険者の、最高到達点。
数万人はいるという冒険者の中でも、歴代でその称号を得たのはたったの十三人だとか。
ちなみにリディア先生はBランク。
そんなSランクの強い人が、俺の母親。
なんか怖くなってきた。
今後一切逆らわんとこ……。
「もう……恥ずかしいから隠しておきたかったのに……」
少し落ち着いてから赤面した母さんは、そう言って手で顔を隠しながら席に戻った。
「母さんって、すごい人だったんだね」
「もうアルドったら……やめなさい」
「いやだって、本当にすごいじゃん、Sランクって」
「…いいものじゃないわよ」
あ、これ以上はダメだ。
きっと地雷だ。
みんな顔を暗くしてる。
ならば話を逸らしてさっさと宿に帰ろう。
母さんの過去を知れただけで大満足だ。
「風車煮込み、美味しかったです、ローガンさん。なんか眠くなってきちゃった……」
どうだ、完璧だろう。
これが俺の転生歴七年で編み出した必殺、「子供のふり」だ。
「そうね、アルドも疲れて寝ちゃったし……もうお開きにしましょうか」
「おう!毎度!銀閃の!あと“轟剣”もな」
ん?
轟剣?
話の流れ的に父さんの二つ名なんだろうが……なんで君たちはそんなかっこいい名前ばっか持ってんのよ。
いいな。俺もなんか欲しい。
ていうか、リディア先生にも二つ名ってあるんだろうか。
色々と考えていると、いつの間にかもう宿に戻っていた。
「ほら、アルドはもう寝なさい」
「はーい」
そうして、一日目が終わった。
「ふあ〜ぁ」
二日目。
俺は早々に起床し、日課のトレーニングを行う。
いつものように慣れた手つきで魔力感知、魔力循環。
そして、宿の外に出て適当なところでランニング。
両親はまだ起きていないので今は一人で街を見ることになる。
改めて見ると、本当に大きい街だな。
さすが交易の街、ってとこか。
早朝なので店はまだ開店しておらず、準備をしている人がいる。
昨日の夜とは賑わいも相まって別の街のようだ。
街の風景を眺めながら走っていると、大きく「冒険者ギルド」と書かれた看板が掲げられた建物が目に入った。
冒険者ギルド。
母さんや父さんがかつていた場所で、俺の目標がいる場所。
多分朝ごはんまでまだ時間もあると思うし、ちょっと中に入ってみるか。
ドアを開けたら、早朝のせいだろうか、人は多くはなかった。
それでも、カウンターで受付をしている人や、壁に貼られた紙を眺めている人がちらほらと見える。
酒場みたいな場所も併設されているらしい。
……へぇ。
ここが冒険者ギルドか。
もっとこう、荒くれ者が集まっていて、怒鳴り声が飛び交っているような場所を想像していたのだが、思ったより普通だ。
いや、普通というには、あそこにいる人たちの装備が物騒すぎるけど。
剣に槍、見たこともない形の武器まである。
あれ、魔法使いかな?
ローブを着た人もいる。
うわぁ……本当に異世界なんだな。
まじまじと見ていると、ガタイのいい男の人に話しかけられた。
「坊主、何しにきた?ここはお前みたいなガキの来る場所じゃねぇぞ?」
「あ、すみません!でも将来なりたいので見ておきたくて……」
「ほーん?」
その男の人は俺をジロジロと見まくったあと、何か納得したような顔で頷いた。
「うん、気に入った!俺の名はドラン。いろんな街を転々としている冒険者だ」
「ドランさん、よろしくお願いします」
「おう、知りたいことはなんでも聞けよ。俺が何から何まで教えてやる!」
ドランさんはそう言ってにっこりと笑い、そのままどっか行ってしまった。
無造作な茶髪に、顔にはいくつもの傷がある。
そして俺の身長の二倍はあるかという大男。
なかなか豪快だけど、いい人だなぁ。
最初に声かけられた時は内心すっごいビビり散らかしたけど。
何かで困ったら絶対頼ろう、と誓った。
ギルドの中を見て回ると、なかなか面白い。
構造は二階建てになっており、一階がホールと受付、二階が酒場である。
まぁ二階は流石に行ってないが、朝ということもありいる人は少ないようだった。
一階には受付嬢が受付に三人ほど並んでおり、その隣にあるボードに依頼書などが貼られている。
依頼を受けるときは、そのボードから依頼書を剥がし受付に持っていくそうだ。
本当に冒険者なんだな、と感動している。
「っと、時間やべぇかな……」
そろそろお腹も空いてきたし、朝食の時間に間に合わなそうなのでおいとまするとするか。
ドアに手をかけると、後ろから大きな声が聞こえてきた。
「坊主、帰んのか!」
「また来ます!」
「おう!」
声の正体はドランさんだった。
軽く挨拶をして、ギルドをあとにする。
思っていたより物騒ではなくて、俺の未来にちょっと安心した。
ドアを開けようとしたら、何者かに腕を掴まれた。
「おい待てよ。ギルドに来て見学で終わりました、なんてことはねぇだろうがよ」
見知らぬ男の人だった。
ドランさんとはまた違う、歴戦の猛者のような見た目をした人で、俺を睨んでいる。
「……な、なんですか」
「ここは命知らずのガキをあやす場所じゃねえんだよ、俺はガキの遊び程度でしか冒険者を見てねぇ奴がいちばん嫌いなんだ」
「えっ、え、え?!」
前言撤回。
めちゃくちゃ物騒じゃねえか。
何その理不尽な理由。
腕を掴まれたままドアとは反対方向にぶん投げられ、ガシャンという音を立てて地面にぶつかった。
「来いよ、ガキ」
「なん……なんですか!」
即座に魔力循環を行い、水球を二つ男の人に向かって投げた。
男はたくましい二の腕で全部受け止め、鼻で俺のことを笑う。
「ハッ、この程度でギルドに来ただぁ?笑わせんな!」
「うわぁ!」
俺の方に向けて男は殴りかかってきたが、魔力循環のお陰でなんとか受け止めることができた。
が、このままじゃ普通にパワー不足で吹っ飛ばされる──
そう思った時にはもう遅かった。
俺は派手に吹き飛ばされ、魔力循環のお陰で骨が折れることはなかったが、背中に鈍い痛みが残っている。
「いっ……てぇ、くっそ」
すぐに体勢を整え、反撃をしようとしたら、男の後ろにでかい影が俺の視界に映りこんだ。
「情けねぇ……いつからこのギルドは、ガキを相手にイキるような大人のストレス発散場所になったんだ?」
ドランさんだった。
かっこよすぎる。
子供のピンチに駆けつけ、悪を成敗する。
正にヒーローだ。
「チッ……」
男は舌打ちしながらドランさんに殴りかかりに行ったが、それを難なく受け流す。
やはり相当な実力者のようだ。
「そういえば坊主。言い忘れてたことがあった。俺はAランク冒険者、轟斧のドランだ」
Aランク……冒険者!
冒険者ギルドに来て初めて話した人は、とてつもなく高い壁だった。




