第四話 実戦と試験
魔法には、属性がある。
基本属性として、火・水・風・雷・土。
この属性たちは、個人ごとで得意不得意はあるものの、通常は練習さえすれば全ての人が発動できる。
五属性全てが使用できる、なんて人も珍しくない。
難しいのは、その先にある基本属性を融合させることで使える融合属性魔法である。
しかしこちらも難易度が高いだけであり、理論上は全ての人が発動可能。
そして使用者を選ぶのが、光・闇・時空の三属性。
特殊属性魔法と呼ばれるものだ。
こちらは使用者が限られるので、使用できる場合は重宝されるだろう。
そして、魔法は各技ごとに習得難易度が定められている。
難易度が低い順に初級、中級、上級、超級、そして魔級だ。
これを定めたのは、セオドール=アストレインとされている。
一年がたった。
俺は七歳になり、背丈も若干伸びた……気がする。
流石に一年も勉強していると、魔法についての基礎知識は完璧。
この前先生にテストしてもらったら、なんと百点満点を叩き出したからね。
ま、こんなもんよ。
魔法は、基本五属性は初級、火属性に関しては中級まで使えるようになった。
やはり子供の体というのは覚えるのが早いのか、一度習ったことはスルスルと吸収できる。
だがこれでも、成長速度は平均よりちょっとだけ早い方らしい。
でもこのくらいは誤差、だそうだ。
ようやく魔法をつけるようになったのは、今から大体八ヶ月前。
初めて魔法を習った日から、四ヶ月かかった。
これに関しては、なぜこんなにも習得が遅いのか判明せず、結局俺がコツを掴んでいなかったから、ということになった。
魔力循環については、どんなに激しい運動をしても乱れることは無くなった。
また、目標の持続タイム二時間も達成。
発動タイムも、脊髄反射と同じレベルにまでなった。
身体能力に関しては、もうなんかすごいことになっている。
木を殴ったら、凹ませるほど威力は出た。
でも先生が言うにはこれくらいは普通のこと、なんなら全然弱いくらいらしい。この世界こわっ。
俺は先生と父さんに勧められて、この身体能力を活かすべく、ということで三ヶ月前から先生に剣術も並行して教わっている。
先生が俺に剣術を教えられるのは、冒険者として活動していく中で、剣術も覚えからだそうだ。
この若さで、すごい技術だな。
俺は流石に七歳ということもあり、将来のことなんて微塵も決まっていないのだが、冒険者になるとしたら先生のような立派な冒険者を目指そうと思う。
とはいえ、俺の剣術はまだまだ未熟だ。
先生曰く、俺はまだ初段かそれにも満たない実力、だそう。
魔力循環で身体能力を上げたからといって、剣まで使えるようになったわけじゃない。
剣の握り方、構え、足の運び方。
覚えることは山ほどある。
「アルド、また腕だけ振っちゃっているわよ」
「えっ、そうですか?」
「そうよ。剣は腕だけで振るものじゃない。足も、腰も、身体全体を使いなさい」
うーん難しい。
魔法の時もそうだったが、頭の中では理論をわかったつもりになっていても、体でできるようになるのは全くの別物だな。
そんな日々を過ごしていたある日のこと。
「アルド、そろそろ実践形式の練習をしてみましょう」
「実戦形式ですか?」
「そ、七歳の男の子に実践なんてまだまだ早いと思うけどね」
実戦形式。
今までは動かない的や、何もない空間に向かって打っていたのが、動き、こちらを狙う標的となる。
実を言うと、ちょっと怖い。
前世では、そんな物騒なものとは無関係な世界で育ってきたので、いきなり魔法で相手をボコボコにしろと言われてもそんな急にできるわけがない。倫理的にも実力的にも。
「まあとにかく、やってみるわよ。表でな」
昭和のヤンキーみたいなことを言って外に出て行った。
家の外の、平野に出た。
やはり田舎なのでどこもかしこも実践に向いてそうな場所ばっかりだ。
「あの……本当にやるんですか?」
「やるわよ」
冷淡にそう答えた先生は、いつもより真面目で怖い顔をしていた。
いや、いつもも無表情だからちょっと怖いんだけど。
あれがきっと、彼女の冒険者フェイスなのであろう。
……いや、なんでそれを俺に向けるんだよ。
「殺す気で来なさい。じゃないと実戦練習の意味がない」
殺す気って。嘘でしょ。
七歳の子供になんて恐ろしいことを言うの。
くそ。本当にやるのか。
「それか……こっちが殺しちゃうかも」
「うわっ?!」
気づけば先生は手のひらに野球ボールくらいのサイズの火の球を三つ浮かべていた。
あれはおそらく初級火魔法「火球」だ。
ガチだ。
そう思った俺は、とっさに魔力循環を行った。
とにかく、火には水だ。
循環、OK。イメージ、発現!
先生と同じサイズ、同じ数の初級水魔法「水球」。
これをぶつけて火球を相殺、その上で水蒸気を発生させることで先生の視界を奪って……って、うわああ!!
ごちゃごちゃ考えていたら火球が飛んできた。
ええい、ままよ!どうにでもなれ!
俺も水球を投げ、相殺させる。
ジュワアアという音をたて、水蒸気が発生する。
計画通りだ。多分。
この隙に……って、
「コホッ、コホッ」
ミスった。
水蒸気の量が思ったより多くて、俺の視界まで遮られた。
付け焼き刃の知識で戦うもんじゃない。
だけど、ジーッとしててもどうにもならない……!
この水蒸気を取っ払う!!
「風刃!」
初級風属性魔法「風刃」。
名前の通り、風の刃を作り出し、目の前にあるものを薙ぎ払う。
吹き飛んだ水蒸気の先に見えたのは、微動だにしてない先生だった。
「なんともない、ってわけですか……!」
このくらいは……想定内。
いや、嘘です。全然想定外です。一歩くらいは動いててくれよ。
くそ。慌てていてもしょうがない。
次はどうする。
バカ正直に魔法をぶつけまくるか?
いや、そんなのはあの先生には意味がないだろう。
なんとか策を講じないと。
必死に色々な作戦を考えようとするが、何も思いつかない。
だが、チンタラもしていられない。
次は、いつどの瞬間に、何をしてくるのか全くわからないからだ。
「とりあえず……!」
両手に火球を発現させ、そのまま先生の方へとぶん投げた。
前世だったら凶悪殺人犯直行コースだな。
「こんなもの?」
そう言い放った先生は片手で軽く払うと、俺の火球は二つとも消滅してしまった。
おいおいなんだよそれ。ずるくないか。
なら、剣術ならどうだ。
土属性魔法で地面から剣を生成する。魔法ってこういうこともできるんだぜ。便利だよな。
……ま、これも先生に教えてもらったことなんだけど!
「ハァァアアア!!!」
一閃。また、一閃。
何度も斬りかかるが、全部片手で受け止められる。
この人超人なんじゃねえの。
一度離れる。
そうすると、あることに気がついた。
先生は、最初に立っていた位置から一歩たりとも動いていない。
ずっと、「この程度か」と言わんばかりの目で俺を見つめてきている。
今に見てろよ……。
なんて強がっても、少しもいい案が出てこない。
このままではジリ貧で体力か魔力のどっちかが尽きてしまう。
……考えるのを諦めるな。
先生にも言われたことがある。戦闘中に思考を放棄したら、死ぬ世界だって。
剣術と魔法かダメなんだったら、両方だ!!
おそらく、先生は俺が何をしても一歩も動かないだろう。
ならば逆にそれを利用させてもらう!
「火球、水球!」
同時に放つ。
俺の作戦では、まず火球と水球を先生の目の前でぶつけることで水蒸気を発生させる。
そうすることで俺も先生も視界を奪われるが、先生はどうせこれでも一歩も動かないだろうから、俺の視界が遮られたところで関係ない。
そしてどこから攻めてくるかわかんないとこで、剣を投げる。
ただしそれはダメージを与えることが目的ではない。
フェイントだ。
すぐに二本目の剣を土属性魔法で生成し、足元を斬りかかり、体勢を崩す!
これも付け焼き刃程度の作戦だろう。
だけどもうどうにでもなれって感じだ。
火球と水球がぶつかり、水蒸気が発生する。
俺はすぐに反対側に回り込み、剣を投げる。
ぶつかる前に剣を生成し、低姿勢で足に斬りかかりにいく……!
ガッ!!
──え?
まだ視界は晴れていない。
だというのに、俺の剣は先生の足元に当たる前に鈍い音を出し、止められた。
先生の足回りを、土の壁が円の形をなして形成されていた。
「意図が丸見えよ」
そう言われた直後、風属性魔法で吹き飛ばされた。
「ぐっ……!」
地面にゴロゴロと転がるが、なんとか体勢を立て直す。
完全に読まれていた。
結構頑張って考えたのに。
視界が晴れると、先生の足元には俺が投げたフェイントの剣の残骸があった。
……素手で、壊したの?怖い……。
ともかく、だ。
本当に何も通じない。
そんな限界状態の俺に追い打ちをかけるように、魔力ももう切れそうだ。
おそらくあと魔法二、三発が限界だろう。
それ以上打ったらガチで死ぬ。
なら、この最後の攻撃に全てを賭ける!!
剣を握り締め、先生に向かって走り出す。
「それしか攻撃方法はないわけ?」
「それはどうです……かね!」
先生から二メートルほど離れたところで走るのをやめ、地面に手をつき、初級土属性魔法──
「──土壁!」
高さ三メートル、横幅二メートルほどの大きさの、土でできた壁を生成する。
これで、次に俺が何をしてくるかわからないだろう。
土壁の上の部分を、破壊して崩す!!
グシャ、という音が鳴り、複数の土の塊となり先生に頭上に落下していく。
これで注意を奪い、右側に──
──剣を投げる!
先生の目は土塊で見えづらくなってるうえに、剣に注目しているだろう。
そして剣を捨てた俺は、逆側から殴りかかりにいく!!
「随分とこざかしい真似をするじゃないの」
「真正面からやっても勝てるわけないんでね」
俺の拳を軽々と受け止めながらも、呑気に会話をしている。
でもほんの少し、ほんの少しだけ、先生の重心がズレている。
ちょっとは進歩したぞ。
だが、このまま殴り合いをしたところでどうにもならない。
一気に後ろにバックし、両手を構える。
今の俺が使える、最大最高の魔法で決める。
「中級火属性魔法、『炎弾』!!」
まだだ。さらに、ここに初級風属性魔法「風刃」を加えて、炎弾の威力をあげることでできる魔法……
「初級!!混合火・風属性魔法!!!『火炎烈刃』!!!!」
今の俺ができる、最も威力が高い魔法。
火と風が織り成すその一撃は、辺り一帯を燃やし尽くす……かも。
先生目掛けて、思いっきりぶん投げる!!
先生は背後にある土壁と、正面に迫る俺の魔法を見比べ、驚いた顔で俺を見た。
「そのための土壁か……!」
そうだ。
土壁は土塊で視界を邪魔するために使うと思わせておき、注意を逸らした後、俺の魔法で先生を挟み撃ちするために使う。
全てはこの一撃のために。
「これで……終わりだぁぁあああ!!!」
あ、やばい。
魔力も体力も、もう限界だ……。
くそ、ここまで来たのに。
意識がどんどん遠のいていく。
目が覚めると、見慣れた家の天井が視界に入った。
俺は、何をしてたんだっけ……。
ああ、そうだ。
先生との実戦練習で魔力枯渇寸前になってぶっ倒れたんだったな。
先生がガチ過ぎるのが悪いわ、あれは。
結局一歩も動かさせることはできなかったし。
最後の土壁を利用した挟み撃ちは結構いい線行ったと思ったんだけどな。
まあ、所詮俺の実力はまだまだこんなもんってとこだ。
「あら、目が覚めたのね」
「先生……」
先生が目が覚めた俺に気づいたようだ。
でもなんかおかしい。
先生の顔が近すぎる。
あれ、てかよくよく考えるとここベッドじゃない。
俺、どこで寝てんの?
「目が覚めたなら、早くどきなさい。そろそろ足が痺れそうだわ」
「え?」
言われるがまま起き上がってみると、俺はさっきまで先生に膝枕してもらってたことがわかった。
えええ?!
「せせせ先生、なにしてるんですか?!」
「なにって、膝枕だけど。だめだった?」
「いや別にダメって訳じゃないですけど……なんでベッドじゃないんですか」
「あなたの部屋二階にあるでしょ。担いでいくのがめんどうだったの」
「えぇ」
なんか、意外だ。
リディア先生ってそういうことするタイプだったんだな。
まあ、それ以前に、そういえば俺が七歳っていうこともあるんだろうか。
ついつい忘れてしまう。
「お、アルド目覚めたのか」
「大丈夫?」
気づいたら、父さんと母さんも駆け寄ってきていた。
「リディアも、アルドを心配してくれてありがとな」
「……別に」
お?
結構ツンデレなとこあるんだな。
「それで、さっきの実戦練習だけど」
「はい」
「無駄な攻撃が多すぎ。魔力残量も考えないで突っ込んでこない。」
「ごめんなさい。返す言葉もないです」
確かに、最初から魔力を考えずにバカスカ魔法をぶっ放してた。
それをもう少し考えていれば、倒れることもなかっただろう。
「まあ、何度も試行錯誤して策を練っていたのはいいわね。ただし、本当の敵はそんな隙も与えない。考える時間がない状況でも、今ある手札で最善を選べるようになりなさい」
「はい」
「それと、最後の攻撃は素晴らしかった。賞賛に値するわ」
「……!!」
褒められた。
たった一言、先生に褒められただけ。
だけど、頑張ってやったことを褒められることが、こんなに嬉しいなんて思いもしなかった。
「ありがとうございます!!」
「……これからも、精進なさい」
「それで、次の実戦練習はいつですか?!」
思わず聞いてしまった。
たった一回戦う実感を得ることで、これほどまでに反省点がはっけんされ、成長できるなんて。
早く実戦練習を積みたいと思って聞いたのだが、先生は口をつぐみ何も言わない。
「あの、どうしたのですか?」
「あのな、アルド」
思わぬ方向から声が聞こえてきた。
その方向を見ると、両親が何か言いたげな顔をしてこっちを見ていた。
「父さん、母さん?どうしたの?」
「実はな、お前にはリディアから卒業してもらうことになったんだ」
「……え?」
卒業?
なんで?
まだ俺にはできないことがたくさんある。
むしろできることなど片手で数えられるぐらい、少ない。
なのに、卒業?
「さっきの実戦練習はね、卒業試験だったの」
「卒業試験……?なんで、今言うの?」
説明してくれた母さんにさらに詳しく説明するように促した。
そりゃそうだ、いきなりそんなこと言われても納得できるわけがない。
すると、父さんが説明してくれた。
「お前に言わなかったのは、想像以上にお前がリディアに懐いたからだ。もし卒業試験だということを事前に伝えたら、まだ学びたいがために本気を出さずにわざと合格しなかっただろ」
「そんなこと……」
いや、ごもっともだ。
俺はまだまだ先生のもとで学んでいたい。
きっと父さんも、母さんも、先生もそれをわかっているだろう。
「それに、このまま教えていると、私も多分あなたのことを気に入りすぎてしまうから」
え、先生なんか今日は優しいですね。
普段絶対そんなこと言わないのに。
ということを言おうとしたが殴られそうだからやめた。
「でも俺、卒業試験っていったって、合格してるんですか?結局先生相手に何もできなかったですよ」
「バカね、私が七歳の子供に遅れをとるわけがないでしょ。今回の合格条件は、『私の四肢におもりをつけ、魔法の威力を一割以下に制限した上で、初級魔法しか使ってはいけない状態で一歩でも動かすこと』なの。」
「うへぇ……すごいハンデですね。それでも、先生一歩も動かなかったじゃないですか」
「最後の攻撃は、動かざるを得なかった。あなたの勝ち、合格よ」
「でも、勝利条件だけでも教えてくれればよかったのに……」
「それじゃ、実戦の意味がないじゃない」
まあ、それはそうだな。
あらかじめ動かすことを目的とした戦いなんて、実際の戦いの世界では全く通用しない。
先生は常に、意味のある練習を俺にしてくれる。
……でも、卒業か。
確かに、ここでずっと先生の授業を受けたところで、先生には先生の生活もある。
そんなことはわかっているんだ。
それでも、俺はまだまだ先生に教わりたい。
まだ知りたいことが、たくさんあるのだ。
そう感じていると、先生が俺の方を見て何かを渡してきた。
「これは、卒業祝いよ。いつかこれを着て、立派な魔法使いになって、その名を轟かせなさいね」
そう言って渡されたのは、先生とお揃いの黒色のローブだった。
思わず我慢していたものが目からポロポロとこぼれ、渡されたローブに落ちていく。
「本当に……今まで……ありがとうございました……」
捻り出すように言ったその言葉は、聞いてられないほどカスカスだった。
それでも、先生は俺の頭を撫で続けてくれていた。
両親は、知らない間に気を遣って部屋から出ていた。
翌日。
俺はあのあと、泥のように眠った。
気づけば朝になっていたのだ。
そして、今は玄関で先生との最後の会話を交わしている。
「先生には本当……その、お世話になりました」
「いえいえ」
「これから、どうするつもりなんですか」
「ブラブラ冒険者をやってお金を稼ぐわよ。でも先生になる依頼はもう受けないつもり。アルド以上のお気に入りに会う気もしないしね」
「……死なないでくださいね」
「簡単には死なないわよ。私、強いし。引き際もわきまえてるしね。それに私、夢があるの」
「夢、ですか?」
「そう。世界中の魔法を解き明かして、歴史上に名を残して、セオドール=アストレインにも負けない大物になって、誰も到達していない場所に行くの」
「立派な夢ですね」
「でしょ」
言葉が詰まる。
あんなにいつも簡単に話せていたのに、今になってなぜか口が開かない。
俺はなんとか口を開けて、言いたいことを言う。
実は、先生と別れる時、最後に言う言葉はもう決まっていたんだ。
「あの、先生」
「なに?」
「俺、大きくなったら先生にも負けないくらい強い冒険者になって、それでいつか先生と一緒に戦います。そして、卒業試験のときのリベンジをします」
「それまた大層なことね!」
先生は一度何か言いかけ、いう直前で止まった。
何かを考えたそぶりをしたあと、満面の笑みで俺を見た。
「待ってるわ」
俺はいつか、リディア先生に追いついてみせる。
そのために、もっともっと強くならないと。
ステータス
名前 アルディオス=エストリア
種族 人間
職業 農民
火属性魔法 中級
水属性魔法 初級
風属性魔法 初級
雷属性魔法 初級
土属性魔法 初級
剣術 初段




