第三話 特訓の日々
リディア先生が来てから、一週間が経った。
先生は俺に教えるためにわざわざ空き部屋の一つを使い、この家に住んでいるらしい。
ありがたい限りではあるんだが、この人他にやることもないのかな……。
と思って以前聞いたら、冒険者と兼業しているらしく、この教師の仕事も冒険者としての依頼の一環なのだとか。
依頼者はうちの父。きちんと報酬金も貰っているそうだ。ま、そりゃそうか。
俺はというと、
「あなたはまず自分の魔力をじっくり観察してみなさい。どうせなんとなく温かい、程度のことしか感じ取れていないのでしょう」
と完全に図星を突かれて、毎日数時間、座禅を組み自分の魔力と向き合っている。
言われればこの段階のことをちゃんとやったことは少ないのではないか。
いつもはすぐ魔力循環を始めようとするからね。
こうしてしっかり、じっくり感じてみると、わかることがある。
魔力は、どこまでも広がっているわけではない。
きちんと、一定の範囲内に収まっている。
正確な量はわからない。でも、確かに、俺の魔力には限りがあるのだと実感した。
とにかく、俺は以前より、魔力という存在を具体的に感じ取れるようになった。
「そろそろいいわね」
突如先生にそう言われ、俺は聞き返した。
「何がですか?」
「魔力循環、よ」
ついに、来た。
「まずは私が手本を見せるわ。よく見てて」
そう言うと先生は俺の前に立ち、
「ほら」
とだけ言った。
俺は何をしたのかがわからなかった。
というか、俺が見る限り、先生は何もしていない。俺の前に立っただけだ。
「ほら……って?」
「だから、終わったわよ」
「え?」
「魔力循環」
──え?
なにも、分からなかった。
「……なんてね、冗談よ。ちゃんとゆっくり教えるわよ」
「え?えぇ……びっくりした」
「けど、魔力循環は実際に行ったわよ」
先生は笑いながら、軽くそう言った。
なんだ、可愛いとこもあるんだな。と思ったのも束の間、ガチで魔力循環をやっていたという事実に驚きを隠せなかった。
え、今の一瞬で?この人、実はめちゃくちゃすごい人、なんじゃねえの。
「まあ、冗談ではあるけど、魔法使いとして戦っていくには、最低でもこのくらいのことはできないと生きてはいけないわよ」
マジかよ。
──そいつは楽しみだな。
「それじゃ、魔力循環について解説するけど、まずはあなたの魔力循環を見せてちょうだい」
「あ、はい。わかりました」
そう言われ、俺は地面に座る。いつものように座禅を組み、丹田の中にある魔力を、全身に巡らせ──
──れなかった。
やはり、魔力が丹田の中で動くだけだ。
「ッハア、ハァ……どうですか」
「こ、これは……!」
先生は目を見開き、驚いた顔で俺を見つめる。
この反応は。もしかしたら、結構いい線行ってて、褒められるのではないか。
「ぜ……全然ダメね。今までよくこのやり方で頑張ってきたわね。驚きだわ」
「えっ……そんなぁ」
ショックだ。
俺なりにも結構頑張ったんだけどな。
何が間違っていたのだろうか。
「まず、魔力循環で疲れているということはやり方が間違っている。歩いているのに、走っている人の速度に追いつこうとしているようなもんよ」
全然違うじゃねえか。だめじゃん。
やっぱ我流はダメだなぁ。
「じゃあ、正しいやり方っていうのはどうやってやるんですか」
「それを今から教える」
先生は俺の隣に座り、俺と同じポーズをとった。
「あなたは魔力自体を動かすことで全身に巡らせようとしてるでしょ」
「えっ、違うんですか?」
「あなたはストローで飲み物を飲むとき、飲み物を動かすの?」
……なるほど!!
ストローで飲み物を飲む時は、飲み物を直接動かすんじゃなくて、吸うことで結果的に飲み物が流れる。
ていうかこの世界にストローってあるんだな。
つまり、
「魔力そのものを無理に動かそうとするのではなく、血管の方に意識を向け、魔力が流れるように働きかける……!!」
「そういうこと。なかなか理解が早いじゃない。じゃあ私の……そうね、腕に手を当ててみて」
そう言われて、先生の腕に手を当てる。
華奢だけど、たくましくもある腕だ。
「……変なこと考えないでね」
なんか釘刺された。考えてないのに。
「じゃあ──」
そう言うと、先生の腕の中で何かが動いた。
肘の辺りから、手先へ、ゆっくりと何かが流れていく感覚が伝わる。
おそらく、魔力だ。
「どう?ゆっく〜りやってみたけど。私の魔力、感じられた?」
「はい!すごかったです!」
「そ、よかった。じゃあ、次はあなたの番よ」
「はい!」
そう言うと俺は先生の腕から手を離し、再び座禅を組んだ。
さっきの感覚を思い出す。
魔力そのものを無理に動かすんじゃない。
血管の方に意識を向け、魔力が流れるように働きかける……。
言葉にするのは、いつだって簡単だ。けれど、いざ実践しようとなると、途端に難しく感じた。
まずは、丹田に意識を集中する。
いつもの温かい感覚、魔力を感じる。OK、ここまでは完璧だ。
次に、血管の方へ意識を向ける。
……血管に、意識を向けるぅ??
血管って、どうやって意識するんだ?
腕の中を通ってる血管を想像してみる。
血管は管状で腕の中でいくつもの数に枝分かれしており、最終的には心臓につながっている。
それをストローだと思い、先生の実演を思い出して、魔力を吸い上げる……。
「あれ?」
わずかながらも、腹の奥で、魔力が動いた気がした。
けれど、すぐに止まり、また戻った。
「今、何か動いた……?」
「気のせいじゃない?」
「気のせい?!」
「冗談よ、ちゃんと動いていたわ。ほんの少し、だけどね」
この人、初めて来た時より断然愉快になったな……。
いや、そんなことより。
進展が、あった。
ほんの少しでも、前に進めた。
そう思って先生の方を見ると、彼女は相変わらず涼しい顔でこっちを見ていた。
「でもまだ全然ダメね、今のは流れを作れたというより魔力が反応して少し動いただけ。焦らず、何度も試しなさい」
「はい!!」
道のりは、まだまだ長そうだ。
二日目。
変わらず、魔力が反応して少し動くだけ。
三日目。
魔力の動きが、少しだけ大きくなった気がする。
四日目。
四肢の関節部分にまで流れていった。
五日目。
肘、膝まで流れた。
そして六日目。
ついに、時間をかけながらも、身体中に魔力を巡らせることに成功した。
「まだ完璧というには程遠いけどね」
と、先生からのお辛い言葉を頂きながらも、俺は魔力循環を習得したのだ。
思わず拳を握った。
達成感と高揚感で、今にも飛び上がってしまいそうだ。
「何満足してんのよ。あなたはまだスタート地点に立っただけだからね」
「あ、はい!」
そうだ。
俺は、魔法のほんの最初の部分に立ったに過ぎないのである。
それからさらに二週間後。
俺はだいぶ苦戦しながらも、遂に先生のように、立ったまま魔力循環を行うことに成功した。
また、循環にかける時間も、だいぶ短縮することができた。
今までは魔力を感知してから全身に巡らせるまで十から十五分ほどかかっていたのだが、今では立ったままですら二十秒、座禅を組みながらだと五秒にも満たずに魔力循環を行うことができる。
ちなみにこの習得速度が早いかどうか聞いてみたら、
「まあ及第点ね。あなたくらいの歳なら習得に一ヶ月半から二ヶ月が妥当だけど、私の生徒ならそんなもんよ」
だそうだ。まあ、ちょっとだけ早い程度である。
このくらいで調子に乗ってはいられないな。
それで──
「もう魔法、使えるんですか?」
「何バカなこと言ってんのよ。まだまだに決まってるじゃないの」
「えぇ〜」
冷淡にそう言った彼女は、ご丁寧にも今後やることを解説してくれた。
「次にやることは、魔力循環の維持ね。毎日その状態をキープしたまま、ランニングしなさい。私やそこらへんで冒険者やっていける魔法使いたちは、最低でも二時間は維持し続けるわよ」
「二時間……気が遠くなりそうですね」
「ま、それは魔法使いとして戦うための基本でしかないわ。このランニングをするのは、体を動かしても循環を乱れさせないためよ」
今の俺じゃ、循環を維持できる時間はせいぜい一分、調子がよくても三分が関の山、というとこだろう。
いつになったら魔法を使わせてもらえるのやら……。
まあ、焦ってもしょうがないさ。
気長にやっていこう。
「それから、魔法についての勉強ね。魔力と魔法は別物だから。またみっちり仕込むわよ」
「またですか」
「もちろん。当分は……そうね、午前に魔力循環の維持トレーニング、午後に勉強ということにしましょう」
「はい!」
そうして俺の新しい特訓の日常が始まった。
午前中は魔力循環を維持しながら、ひたすらランニング。
午後は魔法についての勉強。
最初のうちは、走っているとすぐに循環が乱れた。
先生に何度もやり直しを命じられ、おかげで午後の授業は眠気と戦う羽目になった。
それでも、毎日続ければ少しずつできることが増えていく。
そうして、一ヶ月がたった。
先生が来た頃はむせかえるような暑さだったというのに、今ではすっかり肌寒さを感じる季節となった。
魔法についての勉強はひと段落し、俺の知識がだいぶ増えた。
もちろん、知識が増えたからといって魔法を使えるようになったわけではない。
それに、午前中の訓練だってまだ終わったわけではない。
魔力循環を維持したまま走れるのは、十五から二十分程度だ。
目標としている二時間には、まだまだ程遠い。
だけど、この訓練をしていてわかったことがある。
魔力循環をしていると、身体能力が上がるのだ。
最初は、わずかな変化だったから違和感程度にしか感じていなかったけど、魔力循環の精度が上がるにつれて、走っていて実感できるほどになっていた。
試しに魔力循環なしで走ってみたら、循環ありのときよりも速さが体感で倍近く違って感じた。
今の俺だったらその程度なんだろうが、もっと精度を上げれば魔力循環なしより何倍も身体能力が上がるのだろう。
だけど、それを先生に言ったら、
「前に教えたでしょう?」
と笑われてしまった。俺が覚えていなかっただけか……。
「さて」
「はい?」
先生は、俺の前に来て座った。
「そろそろ教えましょうか、魔法」
「!!」
やっとだ。
このために、魔力循環などもろもろ習得したんだ。
「魔法についての知識は一通り教えたわよね」
「はい!」
「ま、念の為復習しておきましょうか。魔法を使うために必要なものは、なんですっけ?」
「魔力循環ができることと、魔法についての知識です」
「ええ。でも、そのふたつがあるからって、できるものじゃないわよ」
そう言うと、人差し指をピンと立てる。
「魔法を使うには、決められた手順を踏む必要がある。そして、それを行う技術は知識とは全く別物よ……ってこれも、教えたことよね」
すると、指の先から小さく炎が生まれた。
「おおっ……」
思わず声が漏れ出た。
ここまで近くで魔法を見るのは初めてだ。
父さんが魔法を使っているのを遠目で見たことはあるが、改めてこうも間近でみると感動するな。
俺が生まれたのが、異世界であるという事実を実感させられる。
まじまじと見てると、先生は指を軽く振って火を消した。
「これが、あなたが得たかったもの。魔法よ」
「すごいです……!」
「じゃあ、あなたもやってみて。手順は、もう知っているわよね。属性はなんでもいいわ」
「はい!」
手のひらを大きく開き、両腕を前に伸ばす。
属性は……そうだな、先生と同じ火でいこう。
俺は先生との授業を頭の中で思い出す。
「魔法を発生させるにはまず、準備として魔力循環を行う。魔力を全身に漲らせることによって、魔法を使用可能な体になるのよ」
魔力循環。これはもう、問題ない。
「次に、現象の具体的な頭の中でのイメージ。これができていないと、初心者なら魔法は発動すらしない」
「イメージ……というと?」
「例えば火でいうと、火の形、大きさ、揺らめき方。熱さや、何で構成されるかまで」
「うわぁ……大変っすね」
「なに他人事のように言ってるのよ。最終的にはあなたもやるんだからね」
ごもっともだ。今のうちに勉強しておかないと。
「そして最後に、魔力をイメージ通りに現象に変換、そして発現。これが一番難しい」
……よし。まずはイメージ。
イメージするのは、ガスバーナー。
中学の時に、一度だけ実験で使ったことがある。
根本から先端に向かって細く伸びている、あの炎。
大きさは、最初だし大きすぎなくていい。先生が指から出した程度のサイズだ。
……よし、イメージはできた。あとは再現するだけだ。
魔力を起点に、何もない空間から火を出す。
「──あれ?」
何も起こらなかった。
おかしい。
俺が学んだ上では、何も問題はないはずだ。
魔力循環も問題なくできている。
じゃあ、なぜできない?
困った顔で先生を見ると、無表情でこっちを見ていた。
「発動しなかったの?おかしいわね、イメージがきちんとできているなら問題なくできるはずなのだけど……まあ初心者ならこんなものじゃない?」
「えぇ……なんですかそれ」
俺は以前、火についてのイメージを確認のため、と先生に伝えたことがある。
なので、俺のイメージが間違っていないことは先生もわかっているだろう。
ならば、なぜ?
いや、まだ一度試しただけだ。
ここで諦めてたまるかよ。
「もう一回、やっていいですか」
「ええ、好きになさい」
もう一度、両手を前に突き出し、構える。
循環、イメージ、発現。
何も、起こらなかった。
「……」
その後も何度か試してみたが、やはり結果は変わらない。
結局、その日は一度も魔法を発動させることができなかった。
魔法を使えるようになるまでは、まだまだ長そうだ。
それでも。
明日こそは、きっと。
そう思いながら、俺は今日の練習を終えた。




