第二話 魔法と先生
魔法の先生が来るまであと数日はかかるそうだ。
……長い。待ちきれない。
「ねえねえ父さん、まだー?長いよー」
「ハッハッハ、そんな慌てるなよ」
「でもー」
しびれを切らして父さんに話しかけても、なんとかなるわけでもない。
それでも俺は、待ちきれないのだ。
だって、魔法、だぞ!魔法!!
男の浪漫、いや、全人類の浪漫だろ!
今のはメラ◯ーマではない、メ◯だ。
とか!言ってみたいだろ!
……とにかく!
俺は待ちきれないので、先生が来るまで予習することにした。
「父さん、魔法の本頂戴」
「待ちきれないのか……まったく」
父さんは自分の部屋に戻り、少ししたあと、数冊の本を持って戻ってきた。
「ほれ、魔法の入門書とか色々だ。無茶だけはするなよ?」
「ありがとうございます!!」
まさかここまで配慮してくれるとは……。
父さん、神。
早速俺は、自分の部屋にこもり、読み漁ることにした。
えーと、なになに。
『初めての魔法 セオドール=アストレイン著』
ページをパラパラとめくっていく。
すると、
“まずは魔力を感知するべし”
と書いてあった。
魔力?知らないよそんなもん!どうするんだよ!と思っていたら、下の段に説明が書いてあった。
“魔力は常時、下腹部のあたりに溜まるようにして存在している。まずはそれを感じよ。その後、すべての血管に充満させるようにして魔力を下腹部から出力することで、魔法が使用可能な体となる”
なるほどね?要は、丹田?に魔力が溜まっていて、それを身体中に充満させる、ってことね。
本を適当なところに置いて、床の上であぐらをかいて座る。
なんかそうやって座ると丹田の気を感じやすいって前世で誰かが言ってた……気がする。
目を閉じ、ゆっくりと呼吸をする。
わからん。
そもそも魔力ってなんなんだよ。
温かいの?冷たいの?液体なの?それとも、感覚としてあるの?
もうちょっと丁寧に書いてくれよーー。感じよ、ってなんだよ。
本を手に取り、もう一度さっきのページを確認すると、さらに下の段にコツのようなものが書いてあった。
“魔力を感知する際は、身体の内側に意識を向けるべし。力を入れたり、無理に何かを感じ取ろうとしたりしてはならない。呼吸を整え、ただ静かに意識を向けることが肝要である”
ふーん?
つまり、力まず集中しろ、ってことかな?
もう一度座り、目を閉じ、呼吸を整える。
吸って、吐いて。
吸って、吐いて。
────おお、なんかお腹の辺りがじんわりと熱くなってきてる気がする。
これが、魔力?
なんか、なんともいえない感覚だな。
体の内側からカイロを貼ってるみたい、というか。
でもその熱の奥に、確かに何かがあるのを感じる。不思議だ。
よし、次の段階に行こう。血管に充満させる、だっけか。
魔力を……押し出す、イメージでやってみる。
もう一度呼吸を整え、丹田から魔力を全身へと送り出す。
あれ?
なんか、全然できない。
丹田の中で何かがちょっと動いた気はするんだけど、ほんのちょっぴりだ。
なんでだ?
いや、待て。わずかながらでも動いた感覚はあったんだ。
つまり、間違えてはいない……はず。
じゃあもしかしてこれって──結構時間と体力、いる感じ?
まあ俺も最初から楽にできるとか全然思ってないよ。
簡単にできる物事とか所詮その程度だしね。
でもとにかく、先生が来るまでの間、魔法を受け入れる体だけは、作っておきたい。
ならばやることは一つ。ひたすら、瞑想(?)だ。
上等ですよ。真正面から攻略したらぁ。
「ハァ、ハァ……、ック」
何時間くらい経っただろうか。
ずっと座っていただけなのに、有酸素運動をずっとやっていたかのような疲労がある。
体は汗だくになり、部屋中に俺の汗の匂いと熱気が充満して暑苦しい。
それでもやはり魔力を体に充満させるのは難しく、何度試しても、丹田でわずかに動く感覚が得られるだけ。
そこから先へ進む気配は、まるでない。
前世では魔法なんてボタン一つで発動したっていうのに、こっちの世界に来ていざやろうとなると、まるで違う。
どうやら魔力を感じ取ることと、動かそうとすること、は全く別物らしい。
……今日は、ここまでにするか。そろそろ夕ご飯の時間だしな。
焦る必要はない。先生が来るまでまだ時間はある。
先生が来てからも教わることがたくさんある。
でも、分かったことは一つだけある。
魔法は、ただ念じるだけでホイホイ使えるような簡単で便利なものじゃない。
でも、だからこそ面白いし、楽しいし、ワクワクする。
前世では得られなかった感覚だろうな。
明日は、今日より上手くできるといいな。
翌日。
朝食を食べ終えた俺は早々に自室にこもり、昨日と同じようにあぐらをかいて座り、座禅を組み、呼吸を整える。
そして、魔力を感じる。
腹の奥がじんわり暖かくなっていく。
一度感覚を掴めたら、あとはもう余裕だな。
よし、じゃあ全身に魔力を──。
魔力を──……。
うわあああああああああ!!できねえよ!!!
本の中に見落としていることがないか何度も確認したし、魔法を使える父親に質問もした。
本には何度見返しても、当たり前だが同じ情報しか書いていないし、父親に至っては、多分感覚派なのだろうか。
「もうなんか、一体化する感じ……みたいな。魔力と」
などと、当てにならない答えしか返ってこない。
当てにならないのでひたすら自分で何時間もやってみたが、やはりできない。
いや、進捗がないわけではない。
丹田の中で、魔力をもうちょっとだけ激しく動かせるようになった。
例えるならば、昨日までは水面がかすかに揺れる程度だったのが、今日は小さな渦を作ることができた、くらいだ。
一日かけてこれじゃ、先が思いやられるよ……。
だが、今世の俺は一味も二味も違うぜ。
この程度でつまづいてる方が先が思いやられるな!!
それからというもの、俺は先生が来るまでの数日間で、隙あらば魔力操作の練習に励んだ。
朝起きて練習、食事を済ませて練習、時間があれば練習。
そのかいあって丹田の中での魔力だけは、さながら螺◯丸のように螺旋回転することができるほど自由自在に動かせるようになった。
それでもやはり、全身に巡らせることは習得することができなかった。
そんな日々を過ごしていた、ある日のこと。
「アルドー、先生が来てくれたわよ」
「本当?!今行く今行く!!」
待ち望んだ瞬間がやってきた。
ついに、俺の先生とのご対面だ。
俺はこれでもかというほどの速度で玄関に猛ダッシュし、誰かと話している父親のところまで駆け寄った。
「久しぶりね、カイル」
「おう!4、5年ぶりか?変わってないな!」
父親が喋っている人は、綺麗な黒髪を腰のあたりまで伸ばし、黒色のローブに身を包んだ凛とした女性だった。
きっと、この人が俺の先生にあたるのだろう。
こっちに気づいた父さんが俺に話しかけてきた。
「お、きたか。この人が、お前の先生にあたるひとだ。仲良くしろよ!ほら挨拶しろ!」
「あ、えと、エストリア家の長男、アルディオス=エストリアです。六歳です。よろしくお願いします」
急かされるように自己紹介をした。
女性の人の反応はというと、特に何をしたわけでもなく、無表情無反応を貫いている。
「……リディアよ」
それだけ言って、俺のことをジーッと見つめる。
「ふーん」
……え、なに?
俺、変なことでも言ったかな。
ちょっと急ぎ目になってしまったが、ちゃんと挨拶したつもりだったんだけど。
「それで、魔法を教えればいいのね?」
「おう、頼んだぞ!」
「じゃあ、あなたの部屋まで案内して」
「え、あ、はい」
この女性──リディア先生は、見惚れるような長い黒髪と、ハリのある肌、吸い込まれるような紺色の瞳をしていて、背丈は女性にしては高めの美人な女の人だ。
年齢は二十代前半くらいだろうか。
性格の方はというと、今のところはだいぶ冷淡……というか、独特な人、って感じだ。
さっきも、
「リディア先生」
「先生でいいわ」
「え、でも」
「いいから」
など、頑なに名前呼びをさせてくれなかった。
まだ心を開いていないのだろうか。
まあ、こっから仲良くなっていけばいいか。
さて、そんな俺が今何をしているのかというと、
「なんでこんなことも知らないわけ……あなたそれでほんとに魔力循環をやろうとしたの?」
「返す言葉もないです」
机に座らされ、必死に猛勉強している。
どうやら魔法というものは、実行する前に覚えるべき前提知識が多いらしい。
それも知らずに、魔力を感じ取り、身体中に巡らせる──“魔力循環”をやろうとした、ということでリディア先生に怒られた。
「そもそも、魔力って何か知ってる?」
「え、っと……体の中にある、魔法を使うためのエネルギー、みたいな?」
「まあ、間違ってはないけど……十点満点中の四点、ってとこかしら。いい、魔力が体内に存在することと、それを自由に扱えるということは全くの別物よ。あなたは魔力を感じ取ることができた。けれどそれをどう扱うのか、なぜそうする必要があるのか。それを理解しないまま、いきなり魔力循環を始めたのでしょう?」
「……はい」
ぐうの音も出ない。何事においても、基礎基本の部分は大事なのだ。
いわば、四則計算も学習してないまま二次関数を解こうとした、ということなのだろう。
「まずは勉強からね。魔力について理解すること。そのあと、魔力を扱う練習をするわ。それができてようやく、魔力循環ができる、ってとこでしょうね」
「あのう……ちなみにそれって、どのくらいかかりますか」
「さあ?」
「さあ?!」
「人によるものよ。焦ってもしょうがないわ」
「そ……うなんですか。」
「じゃあ、授業をするわね」
そう言って、彼女は持ってきていた本を開き、俺の前に置いた。
見ると、簡潔に書かれた人の体の図や、各所にポイントなどが書いてある。
魔力の根本についての本なのだろうか。
「さっきも言ったけれど、魔力が体内に存在することと、それを自由に扱えることは別のこと。あなたはそれもわからずに魔力循環を……ハァ、聞けば聞くほど呆れるわね」
もういいって!何回バカにするんだよ!ひっどいなあ。
「まず、魔力というものは、生まれた時から体内に存在している、人間が生きるには欠かせないもの。血液のような存在だと思っていいわ。ただし、完全に同じものじゃない。魔力には魔力の役割がある。これが尽きると、命に関わる」
へぇ……。
つまりは、魔力ってただ魔法を使うためにあるんじゃないのか。
「それから、魔力の量は人によって違う。生まれた時から多い人だっているし、少ない人もいる。そして増加の仕方にも、個人差はある。ただ基本、体力と同じで、適切な訓練を続ければ徐々に増えていく。そのためには毎日のトレーニングは欠かせない」
「じゃあ、魔力が多い方が強いってこと?」
「一概には言えないわね」
先生は即答した。
「魔力の量が多くても、上手く扱えなければ意味をなさない。反対に、量が少なくても上手く扱えれば優れた魔法使いになることだってできる。要は、使い方次第ね」
なるほどね。
魔力の量だけで勝負が決まる、なんてそんな簡単な世界ではないらしい。
「とにかく、あなたは自分の魔力を知ること。そして、それを扱うための基礎を身につけることね」
「はい!!」
思わず背筋が伸びた。
魔法を使えるようになるまでの道のりは、想像以上に長いらしい。
けれど、それでいい。
知らないことを、知っていく。
できなかったことが、少しずつできるようになる。
そういうのも、悪くない。




