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第4話 この時から2

挿絵(By みてみん)

 静(しずか)さんが来るまで、大(たい)樹(き)と何も話さないで、ただ待ってるだけ。

 大樹も何も言わないし、私を責めもしない。

 ミュールも伏せをしながら、私の足におなかを乗せてくれている。


 インターホンが鳴った。静さんかな?

 ミュールは顔を起こして身構えている。

「俺が出るよ」

 大樹がモニターを見て、来たのが本当に静さんか確認してくれる。

 こんな時でも冷静で、頼りになるって思ってしまう。

 本当は私がそうじゃなきゃいけないのに。

「今開ける」

「静さんだよ」

 そう聞いてミュールも立ち上がって、大樹に続いて私と一緒に玄関に向かうけど、今はただ出迎えるだけ。

 いつもなら歓迎の声を上げるのに…


「二人とも怪我を見せて」

「大樹!」

 大樹は無言で手のひらを見せる。

「…病院に行こう。こさよちゃんは?」

「私は大丈夫」

「顔が赤くなってるのが、大樹がコーヒーを掛けた跡だね?」

 静さんにうなずきながら聞かれた。

「美(み)和(わ)さんはいつ帰って来る?」

「帰って来ない」

「え!?」

「愛(あい)菜(な)の友達のお母さんたちとごはんがあるから」

 …静さん怒ってる。

 大樹に怪我させたのは私なのに帰って来ないんだから、当たり前だよね。

「二人とも、出るよ」

「私は行かない」

「どうして?」

「大樹に怪我させたから」

「だめ、一緒に行くよ」

「お母さんにおとなしくしててって言われたの」

「──っ! こさよちゃんも行くの!!」


「ミュール、行ってきます。お留守番しててね」

 静さんが乗って来たタクシーが家の前で止まってて、そのまま病院に行くみたい。

 大人ってすごい。私の不安が減っていく。

「中(なか)野(の)森(もり)クリニックに向かってください」

「中野森クリニックですね、了解しました」


 静さんがスマホをタップする音が大きくて、車の中に響いてる。

 お母さんと連絡してるんだろうな。私が大樹に怪我させたんだもん、許せるわけないよね。


     *


 順番待ちしてる人がたくさんいる。

「──している宮(みや)守(もり)と阿(あ)羽(はね)です」

「宮守さんと阿羽さんですね」

「はい、阿羽の方は保険証が──」

 早く大樹を診てほしいのに、時間がかかりそうだな…

「では問診表にご記入ください」

「わかりました」


「大樹が怪我したのは手のひらだけで間違いない?」

「うん」

「こさよちゃんは顔だけだよね?」

「うん…」

「他にはない?」

「うん」

 静さん、大樹を見てどうしたの?

「こさよもそれだけだよ」

「わかった」

 私が我慢してるって思って大樹にも聞いたのかな。私に病院に行く資格なんてないのに。


「宮守さん、阿羽さん、診察室にお入りください」

 もう呼ばれた? もしかして予約してたのかな。

「先生、大樹を診て!」

「大樹くん…宮守大樹くんだね。『手のひらにやけど、火を直接掴んだ』」

「うん」

「見せてごらん……」

 お願い、お願い、治るって言って!

「大丈夫だ、跡も残らない。一週間くらい痛むかもしれないけどね。薬を出しておくよ」

 ちゃんと確認させて!

「本当に治る?」

「ああ治るよ」

「本当に本当?」

「本当だよ」

「よかった…大樹、ごめんね。ごめんね」


「先生、こさよも診てよ」

 大樹がまた私を心配しながら、椅子を空けてくれた。

「『顔にやけど、コーヒーを掛けられた』」

「はい」

「…君も時間が経てば治るから大丈夫だよ、患部を見た限りではね。髪がちぢれてるけど、お母さん、何があったんですか?」

「その子が髪を焼いてしまって、火を消すために熱いコーヒーを掛けられたんです」

「そういうことなら絶対に大丈夫。薬も必要ない。今は痛むからガーゼを貼っておくけど、お風呂に入る時にはがして平気だから」

「先生、そうだとしても、何か出してくれませんか?」

 静さん?

「……わかりました。念には念を入れて塗り薬を出しておくよ」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 静さんは私のために薬をお願いしたんだ。

 私にそんなことしてもらう資格なんてないのに、静さんがそう言ってくれたことがうれしい。うれしいと思ってしまう。

「ありがとうございました」

「ちょっと待って」

 はさみ? 貼ったガーゼに何かあるのかな?

「動かないでね」

「ありがとう…ございます」

 髪の焼けたところを切ってくれた。


 『大樹の怪我は治る』

 それがわかって、本当によかった。


     *


「宮守さん、阿羽さん」

 お会計だ。

「両方合わせて──」

 私のせいで静さんがたくさんお金を払ってる…

「薬局に行くよ」

 静さんはそう言ってくれるけど、顔を見られない。


 薬局でも静さんは私の分まで紙に書いてくれる。

 大樹に怪我させたのは私なのに…


「宮守さん、阿羽さん」

「はい」

 私にはできることがなくて、薬を受け取る静さんをただ見るしかできない。

「こちらは一日二回、学校から帰って汚れたりしたら──」

 ! 静さんまた大金払ってる…


「さ、帰ろう。タクシー呼ぶから」

「大樹、本当にごめん」

「いいさ、気にすんなよ」

「静さんごめんなさい」

「こさよちゃんが怪我しないように、気をつけようね」

 私には病院に行く資格も薬をもらう資格も、頭を撫でられる資格もない! だから静さんの腕を押し返す。

「大樹に怪我させてごめん」

「…そうね、それはちょっと怒ってる」

「大金使わせた」

「こさよちゃんのためだもん」

 驚いて声も出せない。

 思わず静さんを見上げたら、笑ってた。

「私が大樹に怪我させたんだよ?」

「二人とも大怪我しなくて本当によかった」

「ごめんなさい…ごめんな(あ)さい」

 大樹に怪我させたのは私なのに、静さんは怒ってるのに、二人とも一緒にいてくれる。

 こんな私を、お母さんにも帰って来てもらえないような私を、二人は大切にしくしてくれる。

 うれしい。

 ごめんなさい。

 ありがとう。

 ごめんなさい。

「大樹、よくがんばったね。大樹がいたからこさよちゃんを助けられたんだよ。勇気がある」

 大樹は何も言わなかったけど、後ろから私の肩を抱いてくれて、その手があったかい。

「帰ったら一緒にお風呂入ろう」

「母さん、今日こさよを泊めたい」

「いいね」

「ミュールも一緒?」

「もちろん!」

「…今日散歩に行ってない」

「じゃあお風呂の後みんなで行こっか」


     *


 ガーゼを貼る静さんの手、やさしかったな。

 ミュールもガーゼが治療のためのものってわかって、においを嗅いで確かめてくれたんだよね。

 壊れた心はあの時から戻らなくても、うれしかった。

「お疲れ様でした」

 クロスを外されて、改めて自分の髪を見てみる。

 檜(ひ)川(かわ)さん、今日もきれいにしてくれた。

「ありがとうございます」

「阿羽さんって普段のケアもしっかりしてるから、トリートメントも効果倍増です」

「檜川さんが色んなことを教えてくれるお陰ですよ」


「ありがとうございました」

「ありがとうございました。またよろしくお願いします」

「阿羽さんの髪触るの楽しいんで、次も楽しみにしてますね」


 髪がきれいになってうれしいな。

 アダルトチルドレン(AC)で自己肯定感が低い私でも、誰にも全然迷惑をかけないことなら『楽しい』って思える。

 檜川さんは腕がいいだけじゃなくて、知識もあって色んなことを教えてくれる本当にいい美容師だ。

 髪をきれいに保つのに美容院のトリートメントと同じくらい大事なこと、いいシャンプーとコンディショナー、髪の拭き方、それにドライヤーも教えてくれた。

 ドライヤーでそんなに変わるのかって思ったし、本当に高かったけど、檜川さんを信じて買ってよかった。

 使ったら髪がすごくきれいになって、あの時は驚いたな。

 風になびく髪が見える。きれいになったな。

 でもボサボサになったら嫌だから、手で押さえよう。

 あ、きれいになった時の手触りだ。

 ふふ、楽しい。


 バッグの中のスマホが通知してる。

 円と拓実のチャットグループだ。

 私はながら歩きも苦手だから、そこの公園に入って立ち止まって読もう。

 それでなくても安全な方がいいしね。


「にゃー…」

 猫の声? かぼそいというか、不安そう。どこにいるんだろう?

「にゃー…」

 高いところにいる? 耳を澄ましてるけど、風の音が邪魔。

「にゃん…」

 それに遠い…? けど私に向かって声をかけてるみたいに聞こえる。

「にゃー…」

「いた…」

 子猫がひとりで、高い木の上にいる。

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