78話 二年後
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リル、ノア、アンリ、マユを自室に呼び出し、国家安泰プロジェクトを四人にほぼ丸投げしてから、早いもので二年の歳月が流れた。
…えっ?二年?
そう、二年である。
革新派領地内での情報戦や食料自給率の改革、自領の産業保護強化や戦力の増強。
これらが数日や数ヶ月で終わるわけがないのだ。
どんなことをするにしたって時間はかかるが、国家安泰を目的とした改革となると年単位の時間がかかるのは当然のこと。
むしろ二年経っても国が潰れていないのは、私たちが恐れず怯まず行動した結果と言っても過言ではないのだろうか…!?
というわけで、十三歳だった私は十五歳の中等部二年生になった。
ちなみに、バカ王子ことリュシアン殿下は十七歳。
来年には学院の卒業を控えている。
彼が卒業するとなると、いよいよ国内政治が悪い方へ傾くのではないかと不安になる…。
これだけ時間がかかるなら、やはり二年前に行動を起こしておいて良かった気がする。
(いやはや…。
この二年間、マジ想像以上に怒涛の日々だった…。
ちょっとここで一回、この二年間で起きた国内外の現状を整理させてほしい。)
まず一つ目。
革新派領地における情報戦はどうなったかについて。
私が提案した商会を隠れ蓑とした禁書の裏取引は、アンリとマユの手によって可及的速やかに実行された。
所謂、『ニセ新聞大作戦』だ。
革新派領地にある潰れかけの弱小商会を片っ端から買収し、その奥の部屋で、検閲なしの『国の正しい現状が書かれた新聞』を読ませるという啓発活動である。
最初はわざと「嘘の情報」を掴ませて口の堅さを試し、裏切り者を炙り出してから本物の情報を渡す。
これを繰り返した結果、革新派領内には旧体制派を支持する強固な「領民ネットワーク」が爆誕した。
ニセ新聞をクリアした者たちはさらに二つに分かれ、一つは領内に残って革新派領地を異種族の手から守るという強き者。
もう一つは、旧体制派の領地へと移住する賢き者たちだ。
彼らは私たちが厳重に精査しただけあって、勤勉で素直な者たちが多かったので、こちらとしても非常に受け入れやすかった。
こうしてまとめて話してみると、簡単だったように聞こえるかもしれない。
だが、ノアからの報告曰く、実際は苦戦の連続だったそうだ。
こちらの話を盗み聞きして周囲に言いふらす不届き者や、商会の悪口を触れ回る不穏分子。
さらには、表向きは普通の雑貨屋として営業している商会に異種族が押し入り、「おい、この奥に何か隠してるだろ」と裏部屋を見せろと脅してくる事件など、一悶着では済まないほどのトラブルが多発したとのことだ…。
敵陣なのに、この超高難度ミッションを完遂できたのはアンリとマユの手腕あってこそだ。
そしてノアたちによる情報統制もしっかり機能していたからこそ、国や貴族に報告が行くこともなく、二年間も国を欺くことができたのだ。
え?
盗み聞きした奴や、こちらを脅してきた奴、秘密を誰かに喋っちゃった奴らがその後どうなったかって?
社会的制裁は当然として、それに加えてノアの部下たちの餌食となりました。
(ニッコリ)
二つ目は、リルが主導した食料自給率アップについて。
リルはベルドレッド公爵領にいる人材の中から、見目麗しい「美形魔導師(男)」や「若手騎士(男)」を集めた。
そして、彼らを広告塔として使った結果、「主婦層ターゲットの家庭菜園プロモーション」は成功した。
「自分で育てたお野菜、安くて美味しくて最高!」と宣伝するイケメンたちのことは、あっという間に主婦たちの間で噂が広まり、家庭菜園が普及していった。
これで旧体制派領地の食料自給率は向上し、秘密裏に備蓄する食料についても心配がなくなった。
この件が上手くいったので、他の旧体制派の領地でも同じように展開しようとしたのだが…。
(主婦層のネットワーク……恐るべしっ!)
なんと、リルが本格的に着手する頃には、口コミの速度が早すぎて、旧体制派の領内では既に半分以上の家庭が自主的に野菜の栽培に着手していたのだ。
(マダムの情報伝達スピード尋常じゃない…。
私が知らないだけで、異世界にWi-Fiでもあるの…?
いや…これはきっと…、推しへの愛…。)
そんな冗談を心の中で言えるくらい、私は心の余裕が出てきたようだ。
三つ目は、鉱業の防衛・保護。
これらは滞りなく進み、旧体制派の地盤は盤石となった。
かなり自領に余裕が出てくるのが早かったので、現在は「中立派」の領地にも指導者を派遣しているところだ。
もちろん、無料で助けてあげるわけではない。
「中立派」という彼らの立ち位置を存分に有効活用してもらい、革新派の内部情報を上手く引き出してこちらに流してくるように、裏でしっかりと取引してあるのだ。
そして、その中立派の筆頭となったアルケイデス伯爵家。
今やその跡取りであるクレスが、旧体制派の筆頭であるベルドレッド家と水面下で取引を行っている。
代表として応じているヴィンセント兄様は、
「彼とは思想は同じだし、非常にやりやすいよ。
けど、イザベルが婚約していた頃の彼とは少し変わったようだね。
自分の意思がしっかりしているのが伝わってくる、好青年だよ。」
と他人のことを珍しく褒めていた。
(ほぇ〜。頑張ってんだなぁ。)
という感想しか出てこない。
最後は、戦力増強について。
ノアが提案してくれた「護身術教室」は、私のタンス預金…もとい、秘密の私財を投じて完全無料で開講した。
これも宣伝が命だったので、今度は公爵領にいる「美人文官(女)」や「若手騎士(女)」、そして我が自慢のメイド・リルを広告塔に任命。
結果、高齢者から若者までの男性が簡単に釣れ…入門しにきてくれて大盛況となった。
また、彼女たちに憧れる女性の門下生も激増したそうだ。
ちなみに、この「護身術教室」だが、中身は『護身』なんてレベルではない。
実態は超ゴリッゴリの暗殺部隊流戦闘訓練である。
リルにいたっては、二年前の時点で「素手でリンゴを握り潰せる」レベルだったのだが、今や巨大な斧で大木を造作もなく一撃で切り倒すレベルへと成長を遂げていた。
(きっとそれができるのは、ここが異世界だから。私はそう信じてる。)
そしてリルが、この二年で裏社会の顔役にまでなったジンバイにお願いして、裏ルートから戦力増強に使えそうなアイテムや武器を、誰にもバレないように買い揃える件についてだが…。
結果として、私の想像を絶するものが揃った。
色とりどりの最新の武具。
(分かる。)
超長時間広範囲に効く痺れ薬や睡眠薬。
(分かる。)
王宮全体を吹き飛ばせるほどの威力を持った魔石。
(まぁ分かる。)
他にも強そうなアイテムはあった。
ここまでは分かるのだが…。
(最高級のものを揃えるとは言ってた。言ってたけどさぁ…。
これはどうなん?)
そう、公爵邸の庭に連れてこられたのは…『猫』だった。
ただし、一般的なサイズを完全に無視した、でっっっっっかい黒い猫である。
「キャスパリーグという魔獣の品種だそうで、とっても『獰猛かつ凶悪』らしいのです!」
「へ、へぇー…。よく、そんなの手に入ったわね…。」
「ジンバイが『戦闘に向いている極上品がある』と言ってきまして。
ですが、捕まえはしたものの、誰も飼い慣らすことができずに檻を設置して遠巻きに様子見していたそうなんです。
なので私が直々に会いにいったら…これはもう、運命としか思えませんでした…!」
「そ、そうなんだぁ…。それで…リル、この子どうするの?」
(飼うの!?無理じゃね!?
獰猛かつ凶悪って設定の時点で、一般家庭での飼育は無理ゲーじゃね!?)
「是非…!飼いたいのです…!
この子を従わせる際、拳と拳で語り合って…、きっちり躾は済ませました!
すでに領主様にも許可をいただいております!
イザベル様さえ良ければ、私にこの子を飼わせてください…!!」
(ん?拳と拳で語り合って…?聞き間違いかな?
魔獣とタイマン張ってボコったってこと?うちのメイドやばくない?
……聞き間違いだよね。
躾がなってるならいいか…いいのか……?)
いつになく真剣で、キラキラと輝かしい目をしているリルの熱意に押し負け、私はその危険な巨大猫を飼うことを了承した。
「でも、父様やヴィンセント兄様以外の使用人たちにも、ちゃんと受け入れの了承を得てきてもちょうだいね。」
(この巨大猫を使う日が来ないことを祈る…。)
―――そんなやり取りを経て、今に至るのだが。
「…ずいぶん、馴染んでるわねー…。」
公爵邸の裏庭を見ると、そこには巨大猫魔獣キャスパリーグの背中に乗ってキャッキャと戯れるリルと、将来ノアの暗殺部隊に所属する予定だという、孤児院の子供たちの姿があった。
「はい!
男性にはあまり懐かないようですが、女性や子供には意外と優しく接してくれるんですよ!」
「そ、そう…。ところで、名前は決めたの?」
「イザベル様さえ良ければ…『キル』と名付けようかと思っております。」
「へー、可愛いじゃない。良いわね。」
「本当ですか!?
ふふふ、ではこの子の名は今日から『キル』です!」
―――私は、知らなかった。
キャスパリーグの『キ』と、イザベルとリルの共通である『ル』。
それらを紡いで『キル』という、非常に愛に溢れた理由で名付けられたということを。
私の脳内では、こうだった。
(よく考えてみれば『キル』って…。
前世の英語で言うところの『Kill(殺す)』じゃん!?
リル、英語なんて知らないはずなのに…。
素でそんなヤベー単語をチョイスして名付けるの凄すぎるよリルさん…。
マジでリルは一生敵に回したくない…。)
私は、お昼寝している巨大猫よりもリルに対しての畏怖の念で、ガクガクと小刻みに震えることしかできなかった。
〜〜イザベルとリルの小話〜〜
「ねぇ、キルってどれくらいの戦力になるのかしら?」
「聞いて驚いてください!
なんと、一般兵二百人程度なら一瞬で蹴散らせるそうです!!」
「ほぅ…。すごいわね。
でも『一瞬』かぁ。持久力そんなにないんじゃないの?」
「これも聞いて驚いてくださいね!
なんとなんと、不眠不休で三日間は動けるのです!」
「へぇ…。すごいわね(白目)。」
「イザベル様、もっと驚いてくださっても良いのですよ??」
「凄すぎて、逆に現実感がないのよ…。」
イザベルの内心:
(ひょぇぇぇえ!すげぇバケモン連れてきたじゃんかー!
これ、いつか私が喰われそうなんだけど…!?
っていうか、一瞬で200人殺れて、不眠不休三日間動けるって…。
領民たちの戦力増強必要だったかなぁ?!?!
あぁ…私のタンス預金が…。)
主人の気持ちなんて露ほども感じ取れていない、ドヤ顔が眩しいリルなのであった。
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