アンリとマユとこれからのこと
第二章、これにて終わりとなります。
リュシアン殿下との最悪な茶会の後。
私は久しぶりに、アンリとマユの二人を公爵邸の自室に呼び出していた。
「アンリ、マユ。なんだか久しぶりね。
調子はどうかしら?」
私が声をかけると、二人は待ってましたとばかりに、少し恨めしそうな…それでいて嬉しそうな顔をして迎えてくれた。
「イザベル様が学院に入学されてから、イザベル様のプライベートな時間がほとんどなくなってしまわれたからですよ。」
「そうですよ。
このまま会えない日々が続くなら、そのうち僕たち、身分証を偽造して特待生を装ってでも、あの学院に裏口入学しちゃいますよ?」
「いや、それは…。まぁ、止めはしないけれど…。」
「「そこは止めてください。」」
私が止めると思ったのだろう。
アンリとマユの声が重なった。
ふふっ、と三人で顔を見合わせて笑う。
そんな冗談を言い合えるのもここまでだ。
リルが用意してくれたお茶を一口啜り、私は表情を引き締めて本題へと切り替えた。
「―――それで、最近の王都と各領地の様子はどうかしら?」
私の問いに、二人は一瞬で真面目な顔つきになる。
二人の新聞社や商会が裏で動かしている情報網の拡大スピードは凄まじく、今や王宮の諜報員すら出し抜けるレベルにまで成長していた。
もちろん、ノアとノアの部下たちとの連携があってこそなのだが。
「まず朗報から。
イザベル様たちが法秩序の歪みを正してくださっているおかげで、旧体制派や中立派の司法が徐々に息を吹き返しております。
また、ベルドレッド公爵閣下が『虹の広場』の適切な管理方法を他領の貴族たちにご指南されているため、そちらの領地では治安が非常に安定してきています。」
「そう、良かったわ。
父様やヴィンセント兄様も手を回してくださっているのね。心強いわ。」
「はい。次に、悲報なのですが…。革新派の領地は、もうそろそろ限界かと。
『異種族との共生』などという理想論が、現場ではただの地獄でしかないということが、日々証明されていってますね。
街では人間と異種族の流血沙汰が毎日のように起きており、目を覆いたくなるような凄惨な事件も多発している状態です。」
アンリが淡々と語る現実に、マユも冷ややかな目を向けて頷く。
「こうした現状を、私たちは旧体制派や中立派の領民たちにそれとなく知らせてはいます。
『無防備に異種族と関わるのは危険だ』という警戒心を持ってもらわなければ、犠牲者がもっと増えるでしょう…。
革新派の領地にも密偵を忍ばせているので、少しずつですが領民たちにも浸透するはずです。
ただ、どれだけ民の間で異種族に対する不満が溜まっても、力なき平民には国を動かす術はありません。
それは、今の私たちも同じです。
イザベル様…。
私たちは、『もっと強硬な手段』が必要だと考えています。」
マユのまっすぐな視線が私を射抜く。
「イザベル様には、公爵家という絶大な権力があるはずです。
なぜそれをもっと前面に押し出し、旧体制派の貴族たちを強引に巻き込んで、革新派を根こそぎ叩き潰しにいかないのですか?」
元孤児として這い上がってきた二人らしい、容赦のない進言だった。
だが、私は静かに首を振った。
「強硬手段が取れるほどの絶対的な権力なんて、私個人にはないのよ。
公爵令嬢が通せる我が儘なんてたかが知れているもの。
実際、王族に対しては無力なわけだし、だからこそあの最悪な婚約だって受け入れるしかなかった。
私だけじゃなくて、父様でさえ逆らわなかったのよ?
それにね、私がここで下手に派閥を巻き込んで権力を振りかざせば、それこそ都合のいい反逆者として、真っ先に足元をすくわれて潰されるのがオチよ。」
二人は理解し、少し項垂れた。
(もしかして、あえて聞いてきたのかな。
私のことだから、奇想天外な方法で異種族や革新派貴族たちを断罪してくれるのではないか、と…。
私だって自分に絶大な権力…それこそ国王レベルの権力があったら、こんな状況にさせないんだけどね…。
そもそも絶大な権力があったところで、出来ないことだってあるわけだし…。
やっぱり一番良いのは暗殺とか暗殺とか暗殺とか…。)
良い方法が暗殺しか思い浮かばない私は、やはり凡庸なのだと思い知る。
二人の期待に応えられなくて申し訳ない…。
「それとね。
一応言っておくと、私は異種族の存在そのものを全否定しているわけではないの。
彼らの中にも、当然、理性的でまともな者はいるわ。」
二人が不満げに眉をひそめる。
しかし、私は前世の知識―――『異なる文化や独自の法を持つ者同士が、適切な規律もなしに混ざり合った時、いかに容易く社会が崩壊するか』を理解しているからこそ、冷静に言葉を続けた。
「そもそも、生きる環境も、従ってきた掟も根本から違うのよ。
それをこの国が、何の備えもなしに無制限に受け入れるから、ただの『災い』になってしまう。
彼らだって、自分たちの故郷の掟に従って生きている分には、そこまで平穏を乱す存在ではないはずよ。
問題は、まともな法も敷かずに彼らをこの国に無尽蔵に招き入れている、この国の歪んだ権力者たち。
そして…、異種族を都合よく引き入れることで、この国を内側から崩壊させようと企んでいる黒幕がいるということよ。」
私の指摘に、二人が息を呑む。
「おそらく、人間側にも、異種族側にも、手引きをして利益を得ている『人身売買業者』や『利権の塊』のような斡旋者がいるはずだわ。
私が消したいのは、そうやって陰で糸を引き、国を腐らせている『膿』なのよ。
人間だろうが、異種族だろうが関係なく…ね。
私たちが足元の小競り合いに目を奪われて強硬手段に出れば、それこそ黒幕たちの思うツボだわ。」
「…なるほど。
表面の雑草を刈るのではなく、元凶の根を腐らせる、ということですか。」
アンリが納得したように呟いた。
私の言わんとしていることは、賢い二人なら十分に理解できたのだろう。
―――だが、理解できることと、感情が追いつくことは別だ。
「イザベル様のお考えは理解しました。
ですが…それでも、私たちは彼ら異種族を許せません。」
マユが、自身の細い腕を痛いほどに強く抱きしめた。
その瞳の奥には、ドロリとした深い憎悪の炎が揺らめいている。
「私たちが孤児になった原因も、異種族です。
あいつらと共に生きることなど、私たちは死んでも無理です。
…この考えだけは、一生変わりません。」
自分たちの過去、失った家族、味わった地獄。
その元凶である異種族への憎しみは、二人にとって生きる糧そのものなのだ。
私はそんな二人の前に歩み寄り、手をそっと握った。
「えぇ、あなたたちは、そのままでいいわ。」
「え…?」
「その憎しみを捨てる必要なんてない。
私はあなたたちのその感情を、否定もしないし、変えろとも言わない。
ただ、その刃を突き立てる方向だけは、私に預けてちょうだい。
私はあなたたちを裏切ることは絶対にしない。
神にでも悪魔にでも誓うわ。」
真っ直ぐに自分たちを肯定してくれた私に、アンリとマユは呆然とした後、救われたような表情を浮かべた。
しばらくして、アンリがふと、以前からずっと気になっていたという風に口を開いた。
「…ひとつ、お伺いしてもよろしいですか、イザベル様。
なぜ、公爵令嬢であるあなたが、そこまでしてこの国を救おうとされるのですか?
公爵家の末娘として、何不自由なく大切に育てられているはずのあなたがこんな…、僕たちのような孤児を従え、これほどの危険を冒す理由が、どうしても分かりません。」
不思議そうに尋ねるアンリに、マユも隣で頷いている。
私は大真面目な顔をして、堂々と胸を張って答えてやった。
「決まっているじゃない。
私は、この国で安心して暮らしたいの!」
「えっ…安心、ですか?」
「そうよ!誰にも脅かされず、公爵家でも他の領地でもどこでも良いから、平穏に過ごしたいの!」
ポカンとする二人を余所に、私は心の中で熱く拳を握りしめていた。
(そう!私のそもそもそもの目標は、穏やかに暮らすこと!
目立たずに適当に過ごして…、可愛い猫でもモッフモッフしながらのんび〜り畑でも耕して暮らす!
そのために、今この国の危険因子…お子様王子様とか、他国の陰謀とか、国家崩壊のリスクとかを全力で排除したいだけなんだから!)
フンスフンス…!
私の鼻息の荒さと凄まじい眼光を、何か恐ろしく高潔な覚悟だと勘違いしたアンリとマユは、深く深く頭を下げたのだった。
「―――どこまでもお供いたします、イザベル様。」
(いや、お供というか、私はただ平穏無事な隠居したいだけなんだけどね。
はっはっはー。)
そんな私の心の声は、今日も誰に届くこともない。
「それと、私はあなたたちを従えてるつもりはないわよ。
私がしているのは、協力関係って感じかしら?
あなたたちはもう、好きに動いて、好きなことをして良いの。ねっ。」
二人はこの言葉を、ずっと忘れずにいるのだった。
次回からは第三章。
イザベル 初等部二年となります。
ブックマーク・評価・お気に入り等
ぜひお願いいたします。




