72話 この国は世紀末?
「―――以上が、本日、クレス様たちの集会で交わされていた内容で間違いありませんか?」
人払いを済ませた公爵邸内の私の自室。
学院から帰宅し、一息ついたところで、リルが淹れてくれた紅茶の香りが部屋に漂う。
机の上には、学院で私と共に行動してくれているメリッサが書き起こした報告書の紙が数枚、置かれていた。
メリッサの上司であるノアがその報告書を読み終え、静かに私に確認をしてきたのだ。
(メリッサの報告書に『クレス様とイザベル様が見つめ合ってました』とか、余計な文言が付け加えられてなくて本当によかった〜。
一々面倒なんだよねー。)
と、安心したのも束の間。
「ところでイザベル様。
メリッサから口頭で『クレス様とイザベル様、それはもう見事な距離感で熱烈に見つめ合っておいででした』という報告も受けたのですが…。」
ノアは満面の笑顔を浮かべているが、その目が全く笑っていなくて何だかとても怖い。
さらに、私のすぐ傍らで控えているリルからの無言の視線は、それ以上に何だか怖い気がする。
二人から放たれる目に見えない重圧のせいで、部屋の空気が一気に数段階ほど重くなった。
「はぁ…それはメリッサの冗談よ…。
全く、メリッサは遊び心がすぎるわ。」
私が盛大なため息をつき、心底疲弊した態度を取ったからなのだろうか、彼らはそれ以上追及してくることはなかった。
「話を戻しましょうか。
アルケイデス伯爵子息が、まさかこのような行動に出るとは、私も驚いています。
まぁ、あの集まりが形になり始めた段階で、メリッサからの報告は上がっていましたので、どんな集まりでどんな人間が関わっているのかは大体把握していたのですけどね。
そこら辺の細かい動向は、直接調査していたメリッサの方が詳しいですが。」
(メリッサ最初から知ってたんかい!
…そんな気はしてたけど。)
「旧体制派の家系の生徒だけでなく、中立派や実力ある平民の生徒まで囲い込んでいるのは評価できます。
昨今の、異種族ばかりを不自然に優遇する国の在り方に疑問を持ち、自分たちへの冷遇に憤る若者たちの心理を、的確に捉えています。
彼はなかなかに良い着眼点を持っているようですね。」
「そうね。彼らの熱意は本物よ。
この国の腐敗と歪みに、若者たちは想像以上に危機感を募らせている感じだったわ。」
私がそう告げると、ノアはふっと視線を報告書から私へと移した。
「それで、イザベル様。
これらを精査した上で、イザベル様はこれからどう動くおつもりですか?」
「…それを、あなたたちと話したいと思っていたところよ。」
私は深く椅子に背を預け、小さく息を吐き出した。
「これまでは、新しく始まった学院生活と、色々問題が起こった王妃教育のことで手一杯だったけれど、ようやくそれらにも慣れてきた。
そろそろ、別なことにも着手できるかなって。」
とはいえ、やりたいことは色々あるので、誰かと話し合って頭の中を整理したかったのだ。
「まず、クレス様たちの勢力を裏でサポートすべきか。」
「それは必要ないと思われます。
一応、彼らの動向を見守るために一人専属で部下を派遣しておきますが、イザベル様が関わってしまったと万が一にも誰かに知られた際、こちらに火の粉が飛び火しかねません。
彼らは彼らで勝手にやらせておいて、何か面白……いえ、事を起こそうとしている際に陰ながらサポートすれば良いかと。」
ノア、今絶対に「面白い事」って言おうとしたでしょ?
「分かったわ。
じゃぁ次は…この国の中枢の腐敗…その証拠をどう集めるかね。」
「腐敗の証拠集め自体はそれほど難しくはありません。
すでに証拠はかなり集まってきています。
これはアンリとマユも手伝ってくれているので、そちらの進捗に問題はないです。
問題はない、のですが…。」
「が…?」
「やはり、法を無視するほどの権力を持つ者を罰するとなると、さらなる権力者が上から裁くか、あるいは『暗殺』するかの二択しか思いつかないんですよね。」
「あぁ。まぁ、そうなるわよね…。」
そう、どれだけ確実な証拠があったとしても、彼らが罪に問われることはない。
なぜなら、それを裁くべき司法そのものが根底から腐っているからだ。
正直、夜闇に紛れて殺ってしまった方が手っ取り早い。
早いのだが…。
悪徳貴族というものは、そいつを殺したところで、跡取りも大体同じような思想、同じような利権、同じような行動習慣を引き継ぐ。
そうなると、ジュディアがやったように一族ごと根絶やしにする必要がある。
それはさすがに面倒だし、何より後味が悪すぎるので嫌なのだ。
もっと効率的に、綺麗に粛清したい。
というか、そもそも司法がちゃんと機能していれば済む話なのだ。
なぜこれほどまでに腐りきった連中が、のうのうと生き永らえているのか。
腐ったのなら、さっさと土に還って腐葉土にでもなってくれたら世の中のためになるのに。
「イザベル様、妙案がございます。」
それまで静かに控えていたリルが、不意に口を開いた。
「リル。教えてくれる?」
「ふふ、簡単なことです!
司法に関わる者の素性をすべて調べ上げて、ちゃんと『正しい判決』を下すように、裏から脅せば良いのです。」
満面の愛らしい笑顔で、結構えげつないことを言い放つ我が専属メイド、リル・プランタン。
だが、ノアがその案に大真面目に賛同した。
「…不本意だが、現時点ではそれが一番かもしれない。」
「でも、司法に関わる人間なんて、この国にどれだけ人数がいるのよ…。」
「そこは、決定権を持つ『裁判官』だけに標的を絞れば良いと思います。
また、革新派の領地は最初から除外すべきかと。
革新派領地の裁判官は、いくらこちらが脅したところで、領主の胸三寸で簡単に挿げ替えられる可能性がありますから。
とりあえず中立派と旧体制派の領地における司法だけでも、正常化させることを第一の目的としましょう。」
「なるほどね。まぁ、異論はないわ。
ノア、できるの?」
「はい。問題ありません。では、そのように進めますね。」
この約半年後、ノアは部下たちに命じて中立派と旧体制派の各領地にいる裁判官たちの素性を徹底的に洗い出し、調きょ……脅は……いや、懇切丁寧な『説得』を行い、彼らにまともな法と判決を下させるようになるのだった。
(そもそも、裁判所がおかしな判決を下さないために、裏金や利権の調査、さらには脅迫まで必要だなんて…。
この国は世紀末なのかな…。ひゃっはー。)
そんな歪んだ現実に対策を講じなければならないことに、心底がっかりしつつも、着実に裏の盤面を支配し始めていく私であった。
〜〜ノアとリルの小話〜〜
「クレスはきっとイザベル様のためを想って行動を起こしたに違いないわ。
でもおあいにく様ね。イザベル様はクレスのことなってなんとも想っていないことに変わりはなさそう。」
イザベルが眠りについた後。
月明かりだけが差し込む静かな執務室で、リルが紅茶の片付けをしながら、くすりと不敵な笑みを漏らした。
「イザベル様は、あの男のことなど一ミリたりとも何とも想っていらっしゃらない。
そこだけは、これまでもこれからも変わりはなさそうで安心したわ。」
その言葉に、書類を整理していたノアが、冷徹な双眸をゆっくりと持ち上げる。
「あぁ。彼がどんなに善人だったとしても…。
万が一にでも、イザベル様が彼を男性として意識するようなことがあったら―――」
カチャ、とリルがトレイを置く。
ノアの書類をめくる手が止まる。
『全力で潰す。』
部屋の温度を絶対零度まで引き下げるような冷徹な二人の声が、一言一句違わず完璧に重なった。
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