70話 知らない間に異種族問題が悪化していた(やばい)
クレスが集めた「反・革新派」…いや、その実態は旧体制派の矜持を捨てぬ生徒たちだった。
彼らは堰を切ったように、次々と現状を語り始めた。
どうやら私が最近、学院生活で四苦八苦していた間にも、この国の惨状は刻一刻と悪化の一途を辿っていたようだ。
「イザベル様、どうかお聞きください…!
我が領地で、ルールを無視して居座り続ける異種族が急増しているのです。
事態を重く見た父は、不法に境界を越えた者たちの告発に対し、『報奨金を出す』と言いました…。
ところが、これに王都の革新派貴族たちが猛然と噛みついてきたのです!
『聖域の多様性を損なう暴挙だ!』
『異種の民への排斥、ひいては不当な差別である!』
…と。
私たちは決して多様性を否定しているわけではありません!
そもそも我が領では、生活習慣や文化の異なる彼らとの不和を避け、領内の安寧を保つため、宿泊は『虹の広場』に限定することを条件に滞在を認めているに過ぎないのです。
しかし、案の定といいますか、領民と異種族の間で諍いが連日増加中です…。
虹の広場の許容量はとうに限界を超え、溢れ出した者たちを追い返せば、また王都の貴族たちから同様の糾弾を受ける…。
この終わりのない板挟みに、両親はすっかり心を病んでしまったのです…。」
ある生徒が、震える声で訴えた。
今の王宮は泥沼だ。
旧体制派の貴族が『治安を守ろう』と現実的な策を講じれば、都の温室で育ったお花畑脳の革新派貴族たちが、机上の空論を振りかざしてその足を引っぱる。
人道主義という美しい言葉の裏で、実際に被害を受けている民たちの悲鳴は黙殺されているのだ。
(お花畑なだけならまだしも、異種族からの賄賂や「甘い罠」で首根っこを掴まれている権力者も多いのがね…。
例えば…アニエスのあの人心を狂わせるような美貌…。
国王も殿下も宰相も惑わされてるみたいだしなぁ。)
あれがもし、エルフ固有の精神干渉魔法によるものだとしたら、並の人間では抗えない。
(私も魔法対策はしていったのに、アニエスを前に吐き気が凄かったもんな…。
女性には吐き気症状が多くて、男性には魅了の効果が現れることが多い、とか?
まぁでも、純粋なお花畑連中に関しては、性善説のもとで『歩み寄りが足りない』とか抜かすんだろうな。)
ちなみに革新派貴族たちの言い分は…。
『彼らは遠方より、わざわざこの国へ来てくれているのだ。
我々は種族の垣根を超えて手を取り合うべきである。
争いからは何も生まれぬ。
調和を尊び、共生を進めることこそが、真の平和への道標なのだ。
皆、愛を持って接しようではないか。』
とのことだ。
私は何度か父様やヴィンセント兄様から聞いたことがあった。
(いつ聞いても反吐が出る。
その「平和」という名の贅沢を維持するために、民が毒を飲まされていることに気づかない愚鈍共。
民が飢えようが、…死のうが、彼らの眼中にないのは明白。)
さらに、平民出身の生徒たちが語る内容は、より凄惨で現実的だった。
「私の実家の領地は革革新派貴族の直轄地なのですが…。
一日、数十件は空き巣が入ります。
異種族の集団が家に押し入り、金品を奪って逃げるのです。
運良く警備隊が捕らえても、司法官たちは『文化の違いによる誤解』として、不起訴。
つまり、お咎めなしで放免してしまうのです。」
(司法が根腐れしている…。)
「うちの領地では、馬車の事故も目を覆いたくなるような問題があります。
異種族が御する馬車に跳ね飛ばされても、彼らはそのまま逃げ去るのです。
さらに、彼らが勝手に召喚した召喚獣が暴走し、街路を破壊し尽くすこともあります。
警備隊も一応捕らえますが、まともな検分もせず『証拠不十分』の一点張り。
捜査は即座に打ち切られます。」
(…?いつ、異種族が馬車の取り扱いが可能になったんだ?
人間と彼らでは馬の扱いも作法も違うし、召喚獣の制御法だって国で厳格に定められていたはず。
馬車の御者免許…いや、御することを禁じていた法が、なかったことにされてない?)
そして、最も深刻なのが「子供の連れ去り」だった。
以前は『虹の広場』という閉鎖空間に限られていた神隠しが、今や街中で白昼堂々行われているという。
「人身売買の闇市が拡大しているという噂があります。
事実、子供の失踪件数も増えています。
翼のある種族が空から不審な物品を投下して注意を逸らし、その隙に連れ去るという手口があるようです。
しかし国の通達は『異種族への偏見を助長する過剰な取り締まりは厳禁』。
警備隊も、後で革新派の旗を振る団体に糾弾されるのを恐れ、見て見ぬふりをするようになっているんです。」
(虹の広場だけでは抑えきれなくなったか…。
いや、初めからこうして溢れさせる予定だったんでしょ。)
街は不浄に溢れ、放置された危険な廃棄物が子供たちの遊び場を脅かす。
それだけではない。
不浄な空気が街に溜まり、本来この地を護るべき「精霊」たちが汚染され、土地の加護が目に見えて失われ始めていた。
治安悪化の対策として「警備隊の増員」を名目に増税されたが、その浄財は『共生の推進』という名の実効性のない祭典や啓蒙活動に消え、現場の剣が研ぎ直されることはなかった。
そうなれば、次に来る結末は火を見るより明らかだ。
―――若者が、家族を持つことを諦めていく。
(生活は困窮し、国への信頼は奈落の底へと墜ちていく。
税がどんどん重くなっていき、日々の暮らしすら危うい。
子供を授かっても、その小さな命を自分の手で守りきれる保証さえない。
司法が腐り、加害者が守られる逆転した世界で、誰が愛する者と未来を築こうなどと思えるのか…。)
平民たちは、何も言えず、何も出来ずにいる。
異種族に異議を唱えれば「差別者」の烙印を押され、被害を訴えれば「文化の壁」という盾に阻まれる。
「彼らは、『差別されない権利』を盾にして、私たちの生存権を奪っているのです。」
誰かが吐き捨てるように言った。
生徒たちの目は、怒りを超えて、深い諦念に近い色を帯びていた。
けれど、その視線が私に向けられた時、そこには再び「縋るような熱」が灯った。
(これを放置すれば、この国は内側から腐り落ちる。
…はぁ。
やっぱり、そういうことだよね。
国王や殿下がどこまで自覚しているかは知らないけれど、少なくともアニエス―――彼女が目指しているのは、共生という名の『国家の衰退』。
その先に待つのは『エルフの国の属国化』だろうな。
内側から、それと悟られぬよう、人間が耐えうる限界を慎重に見極めながら侵食している。
民が気づかぬうちに、国を呑み込もうというわけね。
…これはもう、『静かなる戦争』だ。)
私は彼らの言葉を一つ一つ、整理していく。
(正義のために戦うなんて高尚なつもりはないけれど…。
私のセカンドライフを送る予定のこの国を荒らされるのは、絶対に御免だ。)
私はゆっくりと立ち上がり、教室全体を見渡した。
「…よく分かりました。
皆さん教えてくださってありがとうございます。」
クレスが、静かな、しかし確かな期待を込めて私に声をかけてくる。
「聞いてくださり、ありがとうございました。
革新派のやり方には、もう旧体制派の貴族も平民も我慢の限界を迎えようとしています。
私はこれから、この輪をもっと広げていこうと考えています。
イザベル様。
私たちと共に、この国を変えていきましょう!
あなたに、私たちの代表になっていただきたいのです!」
(…代表、か。
どうしてこの集会に私が呼ばれたのか、予想はつく。
私が旧体制派の筆頭、ベルドレッド公爵家の娘だから。
そして、私がリュシアン殿下の婚約者…いずれは未来の国母となる身だからだ。
権力があると思われたのか…。)
生徒たちが、固唾を呑んで私の言葉を待つ。
「皆様から教えていただいたこの国の現状、大変嘆かわしいことだと思いました。
それを踏まえて…、私は―――」




