67話 ルダリオ・ダルダリーの再来
久しぶりにルダリオ君を登場させたら
長くなってしまいました。
ジュディアによるラルーハ侯爵家での一件について、ノアから報告を受けた後。
私は自室にて朝のティータイムの続きを再開していた。
「イザベル様。
イザベル様は孤児院の子供たちと、とても仲良く接しておられましたよね。」
リルが淹れ直してくれた二杯目のハーブティーを運んできた際、ふと足を止めて私を見つめた。
その瞳には、少しばかりの戸惑いが混じっている。
「ジュディアがラルーハ侯爵の子供たちまで殺めてしまったことに…、もっと…その…。
心を痛まれるかと思っておりました。」
リルの言葉に、私はティーカップを口に運ぶ手を止める。
「そうね。
親の罪を子供が背負う必要はない…という考え方もあるわ。
けれど、子供はどうしたって親に似るものよ。」
私は静かにカップをソーサーに戻した。
カチリ、という硬質な音が、今の私の心境を代弁しているようだった。
「それに、成育環境がもう…アレでしょう?
あの年齢でこんな…刺激的なことを『娯楽』として楽しんでいたのなら、歪んだ趣向を矯正するのは、もはや不可能に近かったのではないかなと思うの。
それに、私は彼らの親ではないし、骨を折って更生させるくらいなら、こうして勝手に死んでもらった方が、管理する側としてはずっと楽よね。」
リルの表情がわずかに強張る。
だが、私はあえて言葉を止めなかった。
「何よりも、リル。
彼らは私にとって、『顔を合わせたことすらない他人』なのよ。
そこに悲しさはない。
問題を起こしたのはジュディアだけど、その種を蒔き、大切に育て続けていたのは侯爵自身…。
あの子たちの父親だもの。
もし誰かに、子供たちが死んだのは私のせいだと言われたら、私は迷わずこう答えるわ。」
私は窓の外を見つめたまま、冷ややかな声で告げた。
「『父親のせいだろ』ってね。」
罪の所在を明確に切り分け、自分に非がないことを確信する。
前世の知識があろうと、今の私はベルドレッド公爵家の令嬢なのだ。
守るべき身内と、排除すべき敵。
その境界線は、いつだって私の都合で引かせてもらう。
「ふふ。なんだか、イザベル様らしいですね。
承知いたしました。
お答えくださり、ありがとうございました。」
リルは深く頭を下げた。
さあ、感傷に浸る時間はこれでおしまいだ。
明日からの王妃教育には、きっと王妃様が推薦した『まともな』家庭教師が来るだろう。
とりあえず、それに向けて準備をせねばと気持ちを切り替えた。
◆
翌日。
学院に登校すると、耳を刺すような喧騒が私を出迎えた。
「おい!イザベル・ベルドレッド!
一昨日の事件を引き起こしたのは、お前の王妃教育の家庭教師だったラルーハ侯爵夫人だったそうじゃないか!」
声の主は、ルダリオ・ダルダリーだった。
彼の父は宰相。
そして彼自身、リュシアン殿下の側近だ。
情報はどちらか、或いはどちらからも得たのだろう。
登校中の学院の入り口付近、大勢の生徒がいる前でわざわざ大声を出すあたり、私を公衆の面前で陥れたいという意図が透けて見える。
彼の思惑通り、足を止めた生徒たちが足を止める。
「えっ、あの事件が?」
「何のこと?」
「公爵令嬢の家庭教師の話?」
「王妃教育の家庭教師のことらいしぞ。」
「あの事件の夫人…。王妃教育の家庭教師だったの?」
聞き耳を立て、ひそひそと囁き始めた。
「えぇ、そうですわね。それが何か?」
正直、誰かしらはこうやって突っかかってくるとは思っていた。
だが、事件は一昨日のこと。
まだ、貴族全体に詳細が広まっている段階ではない。
アンリとマユの新聞社だって、特権階級の不祥事は出すタイミングを見計らわなければ潰されるリスクがある。
だからこそ、慎重に動いているはずだ。
(それをコイツは…。はぁ…。
人を陥れるために頑張り過ぎちゃう奴っているよね…。)
ラルーハ侯爵家の凄惨な事件。
そして加害者のジュディアが私の家庭教師であったこと。
内情を知っている者は、生徒の中では限られている。
知らない者の方が大多数なのだ。
それをあろうことか…、ルダリオ自ら広めてしまったのだ。
このことがが何を意味するのか?
それは、王家側が「王妃教育を担う者の適性を見誤った」という事実を喧伝することに他ならない。
簡単に言えば採用ミスをしたということ。
なのだが、普通の採用ミスではない。
(将来の王妃になる人への教育だからね…。
採用ミスなんて絶対にぜーったいにしちゃいけないことなのに、ミスを認めちゃったってわけだよ。
このアホは…。)
そもそも王妃教育とは、未来の国母を育てるための神聖な儀式に近い。
その教育を任される者が犯した罪が、あろうことか『一家皆殺し』ときたのだ。
教師選定の最終決定権を持つのは、王妃様と宰相。
そして今回、そこにジュディアを強引にねじ込んできたのは、他ならぬリュシアン殿下だ。
もしこの背景が公になれば、殿下の名声は地に落ち、連帯責任を負う宰相の首も危うくなるだろう。
つまり、今回の不祥事の責任の所在は「私」ではなく、「選定に関わった者たち」にある。
ルダリオからすれば、未来を誓った主と、尊敬する実の父親の顔に、自ら泥を塗りに行ったようなものなのだ。
(あはははー。マジ滑稽ー。
…まぁ、彼女に最後の『動機』を与えてしまったのは私だから、間接的には関与しているけれど。
口頭だったから、証拠ないし。)
今ここで、誰が一番困るか。
それは私ではない。
ルダリオの父である宰相と、主君である殿下だ。
彼らは今頃、この凄惨な事件をどう隠蔽するか、あるいはどう自分たちの責任を回避するかで、胃に穴が開く思いで奔走しているに違いない。
(それなのにコイツときたら…。
以前、私がちょっと言い返したのを根に持っているとメリッサからは聞いていたけれど、まさか自分からさらに墓穴を掘りにくるスタイルだなんて。
ねぇ、本当に宰相の息子がこんなに『ヴァカ』でいいの?
それとも、遺伝子レベルで親も『ヴァカ』なの?)
あまりの短慮さに、呆れを通り越して笑いが込み上げてくる。
「バカ」という言葉では生ぬるい。
戦略的思考も、状況判断能力も欠如したその姿は、もはや救いようのない『ヴァカ』の極みだった。
私は瞳の奥に冷ややかな嘲笑を隠し、表情だけは困惑に染めてみせる。
「ルダリオ様。
そんなに大きな声で仰ってよろしいのですか?
学院の入り口は、案外耳聡い方が多いようですけれど。」
わざとらしく周囲を見渡し、ルダリオにだけ聞こえるような、けれど確実に周囲の好奇心を煽るトーンで告げた。
だが、彼は自分の失態に気づくどころか、鼻で笑って胸を張った。
「はっはっはっ!
自分の心配をしたらどうだ、イザベル・ベルドレッド!
王妃教育が始まって初日で家庭教師が辞めるどころか、その家庭教師が凄惨な事件を起こすなど前代未聞だぞ!?
貴様が裏で何かやったに違いない!
大人しく白状するんだな!」
その言葉を待っていた。
私はそっと目元を扇で隠し、悲劇のヒロインのような溜息を吐き出す。
「…そうですわね。
リュシアン殿下が、あれほど強くお墨付きを与えてくださった方でしたのに…。
こんなことになってしまい本当に残念ですわ。
ですがルダリオ様、私も他人事ではありませんでしたのよ。
だって、実のご家族を手にかけるような方が…私の家庭教師だったなんて…。
一歩間違えば、私もいつ殺されていたかわかったものではありません…!」
「なっ…!」
「そう考えると、怖くて、怖くて…。
知らせを受けてから、私は夜も心が休まらないのです…。」
わざと周囲の生徒たちに届くよう、震える声で訴える。
そう、普通に考えれば、一家をバールで撲殺するような狂人と密室で二人きりだった(ということになっている)のだ。
「自分も危なかった」と怯えてみせるのは、当然だ。
何より、こうしておけば「か弱き犠牲者」としてのポジションを確立できる。
案の定、聞き耳を立てていた生徒たちがざわつき始めた。
「…確かに、イザベル様だって危なかったかもしれないわよね。」
「選定は本当に正しかったのか?」
「リュシアン殿下が推薦したって言ってたわよね。」
「嫌がらせにしても度が過ぎるんじゃない?」
「あの殿下ならやりかねない…。」
次々に上がる殿下への不信感。
その空気を感じ取ったルダリオは、慌てて声を荒らげた。
「り、リュシアン殿下がそんな奴を推薦するわけがないだろう!
出鱈目を言うな!」
否定すればするほど、彼は深みにハマっていく。
学院において、殿下が私を執拗に標的にしているのは周知の事実。
もはや私の「被害 (に、あったかもしれない) 報告」の方が、彼の話よりも遥かに信憑性が高いのだ。
みるみるとルダリオの顔が青ざめていく。
自分の放った一言が、主君の首を絞める絞首刑の縄に変わったことにようやく気づいたらしい。
(日頃の行いよ。ルダリオ・ヴァカダリー。)
私は誰にも見られないように冷酷な微笑みを浮かべた。
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