66話 報告を聞いて絶句
翌朝。
公爵邸の私の部屋に、ジュディアの件の報告をしにノアがやってきた。
私はまだ、優雅に朝のハーブティーを楽しんでいたところだった。
「イザベル様。
優雅なティータイム中に申し訳ないのですが、結構凄惨な内容になります
報告してもよろしいですか?」
「え?凄惨?何で?
ジュディアが離婚を宣言した時に、勢い余って花瓶でも割って小指でも切ったの?」
傲慢な彼女のことだ。
ヒステリックになり、屋敷の調度品をいくつか破壊して、夫に喚き散らした程度だろう。
と、私は推察していたのだが…。
「そんな生易しい内容を、私が『凄惨』なんて言葉で表現すると思いますか?」
ノアが、いつもと変わらない爽やかな笑顔なのに、声があまりにも真面目だ。
「…言わないわよね。
ええ、分かったわ。覚悟は決めるから、教えてくれるかしら?」
ノアは頷き、淡々と話し始めた。
「はい。
ラルーハ侯爵夫人…ジュディアが、昨夜、侯爵を殺害しました。
さらに、侯爵の子供たち、そして後妻も…。
それぞれの部屋で寝込みを襲われたそうです。
凶器はバール。
全員、原型を留めぬほど執拗に殴打されて亡くなったとのことです。」
私は一時、思考停止になった。
(…ん?え?なんて?バール? 殺害?子供と後妻も?)
私の予想では、後妻たちが結束して「正論の暴力」でラルーハ侯爵を社会的・精神的に追い詰めてメンタル的に抹殺するだろうと考えていた。
それが、まさか「物理的な暴力」で、しかも単独での強行突破で殺してしまうとは…。
「現在、ジュディアは警備隊に拘束されてます。
精神に異常をきたしているようで、『自分は正しいことをした』と叫び続けているそうです。」
「…。そう。」
私は、冷めかけのお茶を飲み干した。
喉を通る液体の感覚で、ようやく現実に引き戻される。
(ジュディア…。私がいうのも何だけど….。
いくら何でも、そこまでしちゃダメでしょ。)
「一応聞くけど、ノア。
あなたはずっと…最初から最後まで見てたのかしら?」
ノアは肩をすくめて、困ったように眉を下げた。
「いえ、私は別の急用ができてしまったので、ラルーハ侯爵邸に着いた時にはもう事後でした。
ただ、代わりに諜報部隊の部下を潜伏させていたので、事の顛末は把握しています。
ちなみに、諜報部隊は非力なので、彼女の暴走を止めることは無理でしたよ。
部下には本当にいざという時にしか戦わないように、基本的に『自分の命が最優先』と指示してありますし。」
「…そう。それで正解よ。」
「ありがとうございます。
ですが、あまりにも酷い状況を見てしまったので、部下も相当ショックを受けていましたよ。
こちらとしては、精神的苦痛への特別手当が欲しいところです。」
冗談めかして笑うノアだが、その言葉の裏には、現場がいかに凄惨であったかが滲んでいた。
「あ、それと。
警備隊は、騒ぎを聞きつけた『執事に扮した私』が通報して呼んでおいてあげました。
感謝してほしいものですね。
私が呼ばなければ、彼女は今頃…愛人の家まで血の海にしに行っていたでしょうから。」
ノアはそこで一度言葉を切り、付け加えるように指を一本立てた。
「あと、救いなのは…ジュディアが屋敷ですれ違った際に襲われたメイドですが、彼女は一命を取り留めたようです。
殺意の対象が明確だった分、メイドへの攻撃は一回だけ。
急所も外れていたみたいです。」
「お疲れ様、本当に大変だったわね。」
私は「はぁ…。」と深くため息をついた。
「ノアの部下には申し訳ないことをしたわ。
後で特別手当を用意させるから、ゆっくり休ませてあげて。
それに…別にノアがいても、暗殺部隊の部下がいたとしても、私は『干渉するな』と言ったと思うわ。
あなたたちが危険に晒されたり、外部に探られたりするのが一番嫌だもの。
それに、今回の件は…。
ラルーハ侯爵の子供たちは、親に似て良い趣味をお持ちでなかったし、後妻たちもそう…。
今回の彼女たちの末路は…因果応報なのかも、ね。」
視線を落とすと、テーブルの上に置かれた一通の調査資料が目に入った。
昨日、私は王宮から帰宅してから、ラルーハ侯爵家についての詳細な情報をリルから受け取っていた。
―――それは、昨日の面会でジュディアにはあえて伏せていた情報だ。
ラルーハ侯爵は、プライドが高く周囲から孤立しがちで、愛人さえ与えていれば掌の上で操れそうな女性ばかりを後妻に選んでいた。
選ばれた後妻たちは、我が強いといえば聞こえは良いが、要は救いようのないワガママばかり。
その性格ゆえに周囲から疎まれ、特に後妻たちと付き合いがあった商人たちの間では悪評だったようだ。
さらに、侯爵の子供たちも父親に似て、他人を玩具のように扱うことを好んでいた。
彼らは領内にある虹の広場にて、平民同士に殺し合い―――バトルロワイアルをさせて楽しんでいたらしい。
侯爵もそれを承知で、子供たちのためにその広場をあつらえたのだという。
それ故に、彼ら、彼女らの性格を知る者たちの間では同情が集まることは万に一つもないだろう。
可哀想なのは唯一、巻き添えになったメイドくらいだ。
「イザベル様。いかがいたしますか?」
リルが静かに問いかけてくる。
私は窓の外を見つめ、小さくため息をついた。
「んー、とりあえず、これでラルーハ侯爵家は完全に終わったのよね。
ノア、すぐにアンリとマユに連絡を。
ジュディアの『犯行の動機』を、世間に公表させるのよ。
夫の非道な投薬と、偽りの愛…。
一人の高潔な教師がいかにして狂気に追い込まれたか、という『悲劇の物語』としてね。」
死人に口なし。
そして、狂った女の言葉は、時として真実以上に大衆の心を揺さぶる。
彼らの本性を知る者からすれば、「死んで当然」と思われるかもしれない。
ジュディアに散々苦しめられた教え子たちも、「捕まって当然」と思うだろう。
だが、多くの人々は彼らの性格など知らず、与えられた情報のみを鵜呑みにする。
そして、きっとジュディアのことを「あまりに可哀想な、悲劇の後妻」として語り継ぐはずだ。
それを意図的に流布することには、二つの大きなメリットがある。
一つは、私の家庭教師を辞める理由を明確にすること。
「私が駄々をこねた」とか「ベルドレッド公爵家による圧力」などではなく、ジュディア自身の深刻な家庭問題によって継続不能になったという事実を植え付けるためだ。
これにより、私が彼女に何かをしたという疑惑を完全に封じ込める。
二つ目は、単純にこういった凄惨な事件は民衆の注目を集めやすく、新聞の売り上げが爆発的に伸びるからだ。
いわゆる「特ダネ」である。
アンリとマユの新聞社としての影響力を拡大させるために、私はこうした情報を優先的に提供している。
二人が力を持つことは私にとっても悪いことではないのだ。
(自分の手を汚さず、ジュディアを家庭教師の座から引きずり下ろすという目的は達成。
これで家庭教師は王妃様推薦の家庭教師になるはず。
ついでにラルーハ侯爵家をある程度弱らせるつもりだったけど、ジュディアがやりすぎて根絶やしになっちゃった…。
でも、これで虹の広場の悪趣味な遊戯も、しばらくは開催されることはないかな。)
一晩にして消えた一族への哀れみよりも、少しでも穏やかに暮らせるようになる領民たちの暮らしを思い、私は唇の端をわずかに上げた。
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