62話 家庭教師うざいので我慢できなかった。
「な、何を話し合うのよ…!そんな必要ないわ!
あなたは黙って、私の言うことを聞いていればいいのよ!」
(腰を抜かして床に這いつくばったままのくせに、何を言っているんだこの人は。)
後ずさるジュディアを見下ろし、私は深く、深ーくため息をついた。
相手が体罰という名の暴力を肯定し、それを王妃の言葉と称して振りかざす以上、ここで叩き潰しておかなければ後々面倒なことになるのは目に見えている。
「リル。部屋の鍵、ちゃんと閉めておいてね。
誰にも邪魔されないように…。」
「かしこまりました。」
カチャリ、と静かな絶望の音が室内に響く。
ジュディアの顔が白くなる。
「まず、一つ目。
あなたは先ほど『痛みを与えなければ子供は言うことを聞かない』とおっしゃいましたわね?」
「え、ええ。それが厳格な教育というもの…」
「残念ながら、それは教育ではなく単なる調教。
あるいは、指導力のなさを暴力で補っているだけの職務怠慢です。
いいこと?
恐怖で人を動かすのは、最も安易で、最も無能な手法なのよ。
あなたが王宮で教えてきた女官たちが今どうなっているか、容易に想像がつくわ。
上には媚を売り、下には同じように暴力を振るう、負の連鎖でしょうね。」
私の言葉は、前世社会で数多のハラスメントを見てきた「精神年齢合計四十二歳の視点」だ。
ジュディアは言葉に詰まっている。
「二つ目。
あなたは王妃様と殿下の信頼を盾にしていますが、それは果たして『暴力を振るう権利』まで含まれているのかしら?
殿下からは許可を取っているかもしれませんけど…、王妃様にも?
もし私が今、このまま王妃様のもとへ向かい、『ラルーハ夫人に足を打たれそうになりました。王妃様の教育とは、公爵令嬢を負傷させることなのですか?』と訴えたら…さて、どうなるかしらね?」
「そ…そんなこと、王妃様に訴えたところで何にもならないわよ!
あなたのような不出来な者に、王妃としての自覚を叩き込むためには致し方ないと言えば、王妃様もご納得するわ!」
ジュディアはこれに関しては、自分の言い分が正しいと確信しているような口ぶりだ。
おそらく、今までの被害者たちはそうやって丸め込まれてきたのだろう。
「はぁ…。本当にお話にならないわね。
公爵家の令嬢に傷をつけるということが、どれほどの不利益を王家にもたらすか。
あなたは考えたこともないのかしら?
自分の感情一つで国家の火種を作る。
そんな人間を、誰が信頼すると思う?」
「ふんっ!公爵に権力なんてほとんどないはずよ!
位が高いだけで、目立った功績もない。
ただのお飾りみたいなものじゃないの!
私は王妃様と殿下の承認を受けてここにいるのよ!?
あなたこそ、私にそんな態度を取って良いのかしら?」
どんどん強気になるジュディアを見て、私は思わず噴き出した。
「あっはっはっは!
公爵家に権力がないですって?
あなた、家庭教師に向いていないどころか、社会常識が欠如しているのではないかしら?
我がベルドレッド公爵家は、旧体制派の筆頭。
最近、革新派が力を強めているとはいえ、旧体制派が一気に王家に反旗を翻したら、どうなるか…。
想像もできないのかしら?
それとも、私一人のためにそこまでするはずがないと高を括っているの?」
私はジュディアの鼻先まで顔を近づけ、冷たく微笑む。
「そう考えているなら、大間違いよ。
私は家族にとっても愛されてるの。
それにね、私たちベルドレッド家は『他人に舐められるのが死ぬほど嫌い』なのよ。
黙って大人しく暴力を受けていたら、それこそ家族の笑い者だわ。」
「そ…そんな…政治のことなど、過去の歴史から学ぶだけで十分ですわ!
淑女たる者、まずは貴族の振る舞いを学び、王妃となるなら王族の礼節を勉強する方が大事に決まっているでしょう!?
現状の政治など、女が知る必要はありません!
国王や宰相に任せていればいいのよ!
王妃様はそうなさっているのが、何よりの証拠よ!」
「…で?
知らないから何?
知らなくていいから、何?
王妃様がそうしているから、何なの?
自分は間違ってない、って言い聞かせてるの?
あなたの言ってることが正しいとして…。」
私はジュディアに鋭い目を向けた。
「私は今から王妃様のところへ行って、『公爵家にこんな仕打ちをするなら、ベルドレッド公爵に報告しますね』って伝えても良いってことよね?
あなたの首は物理的に飛ぶわよ。
さすがに、公爵家をバカにして、ただで済むと思ってるほど頭がお花畑ではないわよね?
婚約破棄はできないから王妃教育は続くでしょうけど、今度は公爵家の意向に沿ったまともな人物が選ばれるだけよ。
あなたの失態は王妃様と殿下の失態。
やはり、あなたの首か胴体は飛ぶでしょうね。」
「そ…そんな…それは…それはダメよ…。」
自分の置かれている状況。
自分が「替えのきく道具」に過ぎないという事実が、やっと分かってきたらしい。
「ダメ…ですか。
じゃあ、あなたは私に何をすれば良いと思うのかしら?」
ジュディアは唇を噛み締め、屈辱に震えながら、絞り出すように声を絞り出した。
「申し訳っ…ございません……。」
「あら。まだ頭が高いわね。」
「……っ!」
ジュディアは唇を噛み締めすぎて、血が滲んでいた。
よほどの屈辱なのだろう。
だが、私は一切の手加減をしない。
彼女はついに床に額を擦り付け、土下座の体勢になった。
「申し訳…!ございません……イザベル様!」
その姿を見下ろし、私は喉の奥から笑い声を漏らした。
「ふふ…。あはははは!
許すわけないでしょう?
バカなの?
謝罪だけで済むと思うなんて、幼稚な家庭教師ですこと!」
屈辱と、これから何を言われるのか不安で震えるジュディア。
そんな彼女を見下ろしながら、私はジュディアから見れば悪魔のような笑顔を向けていたに違いない。
(本当なら、平穏無事に過ごしたかったのだけれど…。
自分の無能を棚に上げて、暴力で子供の心に呪いを刻もうとした報いは、きっちりと受けてもらおうじゃないか。
そして、今まで体罰で解決してきたことの報いも、ね。)
これから私は、彼女をとことん追い詰める。
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