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61話 王妃教育、開幕(こんなブラック教育はいやだー)



婚約手続きが完了したとの連絡が公爵家に来た。

…来て………しまった。



ついに、王妃教育が幕を開ける。



 ◆



翌日。


この日、学院は休みだ。

だが王妃教育に休みなどという概念は存在しない。

毎日…、ある。



(マジでクソ。ブラック企業ならぬブラック教育…。

いや、ブラック超えてるからベンタブラック(光さえ飲み込む黒)教育…。)




前世の知識がある私からすれば、これ、子供を無給で酷使させているのと同義じゃないのかとさえ思える。



それはさておき。

一体、どんな家庭教師が来るのやら。




案内された部屋に向かうと、そこには背筋を定規で測ったように伸ばし、髪をきっちりとしたお団子にまとめ、眉間にこれでもかと深いシワを刻んだ、いかにも「厳格で鬼厳しいです」というオーラを纏った女性が立っていた。



「イザベル様。遅いご到着ですこと。」



「申し訳ございません。王宮の広さにはまだ慣れていないもので。

ですが、まだ時間には余裕があるかと…。」



「黙りなさい。言い訳は聞いていません。早く席につきなさい。」




(はーい、出た。

初手から命令口調、かつこちらの事情など一ミリも考慮しないタイプ。

高圧的人間の典型例のご来場でーす。)




「おほん。

まずは自己紹介いたします。私はジュディア・ラルーハ。

王妃様からの信頼も厚く、王宮内の女官の扱いから王妃様の振る舞いに至るまで、すべて私が指導したと言っても過言ではありませんわ。

私を目標とする女官も多いのです。

私は多忙の身ですが、王妃様とリュシアン殿下からの強い指名がありましたので、貴重な休息を削ってあなたに教えて差し上げようと参りました。

私の言葉は王妃様とリュシアン殿下のお言葉。

一字一句聞き逃さぬよう、肝に銘じなさい。」




(は?なーに言ってんの、このBBA…失礼。お局様。)



こちとら中身は精神年齢四十二歳。

同じ「おばさん」と呼ばれる世代として、あえて言わせてもらいたい。



(こういう高圧的な態度の人間は、どこの世界でも嫌われるっての!

しかもね、一人がこういう『クソババア』な振る舞いをすると、同世代の女性全員が同じように認識される実害だってあるんだから!

特に子供は相手をよーーーーく見てるのよ!

もし前世と同じ世の中で、学校の教師がこんな態度を取ったら、一瞬で噂が広まって保護者会で吊るし上げられるわ!)




性別も、年齢も、国だってそうだ。



例えば「伝統を重んじる国」という括りがあったとして、大多数は文化を大切に守っているだけだ。

だが、その中に「古い慣習を押し付けて他人を縛る」ことを良しとする、声の大きい過激な少数が混ざる。



すると、本来は分断される必要のないところでも、外からは「あの属性の人間はこれだから」とレッテルを貼られ、対立の火種にされてしまう。



結局のところ、この不毛な分断の根源を作っているのは、いつだってこういった一部の独善的な振る舞いが原因なのだ。



目の前のお局様も、まさにその典型。

彼女のこの高圧的な態度が、王妃教育や女官全体のイメージを下げている自覚がないのだ。

何かにつけて分断を煽る人間がいる以上、こういった態度は改めてもらいたい。



(それに…もし私が、本当に中身まで十二歳の子供だったなら。

このクソババアと似た容姿、同じくらいの年齢、似た髪型…たとえ見知らぬ人であっても、こんな『ハラスメントヒューマン』に出会った後では、何かしら共通点を見つけただけで蕁麻疹が出るレベルの拒絶反応を示してもおかしくないのよ。

大人の無神経な一言は、それくらい子供の心に深い呪いを刻むんだから。)




「聞いてるのかしら!?イザベル・ベルドレッド!」



思索に耽っていた私を、ジュディアの金切声が現実へと引き戻した。

眉間のシワがさらに深くなり、今にも噛み付いてきそうな形相だ。



「…えぇ、聞いておりますわ。

ジュディア様のお言葉は王妃様とリュシアン殿下のお言葉。

一字一句、聞き逃さぬよう肝に銘じろ、でしたわね?」




私はあえて穏やかに、どこまでも優等生な微笑みを浮かべてオウム返しにした。



「フン。まぁいいですわ。

見るに堪えない座り方から直して差し上げます。

公爵家では、足の角度一つ教わらなかったのかしら?」



「ご指導、痛み入りますわ。」



私は心の中で(はいはい、次はお作法マウントね)と毒づきながら、指示通りに姿勢を正した。



「そこ!違いますわよ!」



そう言って、ジュディアが私の足を打とうとした、その瞬間。


―――シュッ


扉の前で待機していたはずのリルが、開扉の音すらせず踏み込み、ジュディアの頸動脈に鋭い手刀を当てていた。



「ヒュッ…!」



ジュディアの息が止まる。

その喉元には、リルの指先が「いつでも断ち切れるぞ」と言わんばかりに食い込んでいた。



「イザベル様!大丈夫ですか?!」



「え、えぇ、大丈夫よ。ありがとう。もうその方を解放してもいいわ。」



「承知しました。」



リルが静かに手を下ろすと、ジュディアは崩れ落ちるように膝をつき、必死に喉を押さえた。



「な、何なのですかこれは!?

どういうつもりですか!!イザベル・ベルドレッド!」



「何、と言われましても…。

私のメイドが、主人の身の安全を害されそうになったので守ってくれた。

それだけの話ですが?」



「何ですって!?これは教育の一環ですわよ!

言葉だけでは伝わらないことを、体に痛みを刻んで覚えさせる。

これこそが教育よ!」



「それを世間一般では『体罰』と呼ぶのですが…。」



「お黙りなさい!体罰だなんて言葉、この王宮には存在しませんわ!

全ては気高き王族を育てるための『指導』です!

大体、痛みを与えなければ子供は言うことを聞かないものでしょう。

今時の甘い教育方針は、いい加減にしていただきたいものだわ!」



ジュディアは顔を真っ赤にしながら、唾を飛ばさんばかりの勢いで捲し立てる。



「そして、金輪際、そのメイドの入室は禁止しますからね!

主人の家庭教師に手を上げるような危険人物、教育の場に置くなど言語道断ですわ!」



今まで黙って控えていたリルの口角が、緩やかに上がった。


だが、その目は一切笑っていない。

それどころか、あまりの冷たさに部屋中の空気が凍りついたのではないかと錯覚するほどだった。



「ジュディア・ラルーハ。よく、聞きなさい。

ここにいるのは、イザベル・ベルドレッド様よ?

あなた、自分の立場を分かっているの?」



低めの声がリルの口から漏れる。



「はぁ!?あなた、誰に向かって口を利いていますの!?

主人がこんなだからメイドもまともではないのね!」



リルが視線を落としたまま、一歩、また一歩とジュディアへ歩み寄る。

その一歩ごとに、部屋の温度がさらに下がっていく。



「私はともかく、イザベル様を罵倒するとは…。

よほど、命が惜しくないのですね。」



「リル。怒ってくれてありがとう。

私も、リルのことを悪く言われるのは我慢ができないわ。」



「な、何なの!あなたたち!大人しくしなさい!私の言葉は…!」



「王妃様とリュシアン殿下の言葉と思え?

笑わせないで。

王妃様の信頼が厚いと言えば、私が素直に聞くとでも思ったのかしら?」




私はゆっくりと椅子から立ち上がり、震えるお局様を見下ろした。




「ふっ、あなたの発言があまりに滑稽だから、ここまで付き合ってあげていただけよ。」



(はぁ…王宮では何をしたら目を付けられるか、分かったもんじゃないから…。

本当は大人しく適当に過ごせたら良いなと思っていたのだけれど…。

やっぱこうなるよねー。まじ涙〜。

相手が体罰タイプじゃ仕方ないかー。)



「…それじゃあ、じっくり話し合いましょうか。

今後の教育カリキュラムと『教育者』としての、最低限の心構えについてを、ね。」



ベンタブラックってかっこいいですよね。


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