イザベルの婚約に対する、それぞれの気持ち…。 1
シャリッ…シャリッ………
「ノア。さっきから暗殺用のナイフを研いでるけど、研ぎ過ぎて刃が薄くなってるわよ。
それではいざという時、使い物にならないと思うけど?」
「リルこそ。さっきから書いている、その分厚いリストは何だ?
どうせまたジンバイにヤバい薬を調達させる気だろ?」
「だから何?
私はイザベル様のために、必要だと思う薬を事前に用意しなければならないの。
イザベル様からも、解毒薬の準備を頼まれているもの。」
「いや、その紙の厚さはおかしいだろ。
世界中の解毒薬を網羅したとしても、そんな分厚い束にはならないはずだ。
……お前、さてはそれ全部『毒』のリストか?」
「細かい男はモテないわよ。」
二人の間に、見えないはずの猛吹雪が見えるほど空気が冷え切っている。
「イザベル様には、殺すなって言われただろ。」
「分かっているわよ。
でも、階段から転げ落ちて打ちどころが悪かったり、食べ物が突然喉に詰まったり…。
この世には『不慮の事故』なんて、いくらでも転がっているでしょう?
世に知られていない薬を正しく使えば、無知な者たちの目には悲劇的な事故にしか映らないわ。
この間の薬だって、結果的に使ったでしょう?
どんな盤面でも、最短かつ自然な流れで敵を排除できるよう備えておくのは、イザベル様の侍女として当然よ。」
リルは手に持ったリストを整える。
「そう言うあなたこそ、ナイフの刃をそんなに研いで。
王子をソレ殺すつもりなのかしら?
そんなに研ぎ減ったナイフで、殺せるとは思えないけれど。」
「ふっ。このナイフは精神統一用だ。
俺は今、クソ王子をどう処理するのが最善か考えていただけだ。
王都に来てからも俺たちの数は増え続けている。
王宮の下働きに少しずつ人を紛れ込ませていく算段もついた。
だが、国王直属の暗殺部隊もいるからな。
慎重に駒を動かさねばならない。
他にも手駒にできそうな奴を脅して、イザベル様が受ける嫌がらせを物理的に回避させる案を練っていたんだ。
俺はお前よりも、よほどお嬢様の意向に沿って考えているつもりだ。」
「ふーん。まあ、できるものならやってみなさいよ。
私は私で、できることを遂行するだけよ。
イザベル様が王宮に通うことになれば、メイドの私なら同行を許されるでしょうしね。
ふっ、イザベル様のことは私に任せておきなさい。」
リルがドヤ顔でノアを見下す。
「何を言っているんだ?
今、学院に行っているお嬢様の隣に、お前はいないだろう。
隣にいるのは俺の部下だ。
俺だってたまに行くしな。
ふっ、結局お嬢様を一番近くで守れるのは、俺ということだな。」
「な……何をーーーー!」
深夜の公爵邸。
ぎゃあぎゃあと子供のように言い合いを続けながらも、リルとノアは各々がやるべき準備を、淡々と、かつ確実に進めていくのだった。
◆
「ねぇクレス!!
イザベル様が婚約されたって聞いた?!相手は…」
「ミリィ。それ以上は…言わなくても知っている。」
食い気味に遮ったクレスの声は、いつになく低く、沈んでいた。
「クレス…。あなたがモタモタしていたから殿下に取られてしまったじゃない…。」
「問題はそこではないだろう。
革新派の筆頭とも言える王子が、対立勢力の中心であるベルドレッド家に婚約を申し込むなんて…。
国王はなぜ、この婚約を承諾したんだ?
何か裏があるとしか思えない。」
「考え過ぎじゃない?
殿下がイザベル様を見初めたって可能性は…。
まぁ、ないでしょうけど。」
二人とも同じ学院に通う身だ。
リュシアン殿下がイザベルを執拗に追い回し、嫌がらせを仕掛けていた噂は嫌というほど耳にしている。
実際に、そういった場面も見かけたことがあった。
「そうだろう?
きっと何か理由があるはずだ。」
そう思いたいだけなんじゃない?という言葉をミリィは飲み込んだ。
「その可能性もあるわね。
だとしても、婚約はもう決まってしまったのよ?
クレス。あなたはこれから、どうするの?」
「どうって…。」
「イザベル様の以前の婚約話が立ち消えてから、あなたが何度も手紙を送っていたのは知っているのよ。
彼女を想う気持ちがあるのは分かるわ。
でも、もうその想いが実ることはないのよ?」
ミリィは努めて冷徹に、彼の痛いところを突いた。
「あなたはアルケイデス伯爵家を継ぐ身でしょう?
独り身を貫くなんて許されるはずがないわ。
厳しいことを言うようだけど、現実を見て。
イザベル様を追いかけるのはもうやめて、自分の立場に相応しい婚約者を探すべきよ。」
「……。」
クレスは何も言い返せなかった。
だが、あの殿下がイザベルを幸せにできるとは、微塵も思えない。
ミリィの言葉はすべて正論だった。
だが、頭で理解できても、心が納得を拒んでいる。
今後どう動くべきか。
クレスは立ち尽くすことしかできなかった。
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