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55話 宰相の息子、ルダリオ・ダルダリー現る



ベルドレッド公爵家は、正式に王家からの婚約申し込みを受諾した。

と言っても、実態は『国王命令』という名の強制連行だ。

拒否権など最初から存在しない、泥沼の幕開けである。



(というか、国王もよく革新派の反対勢力であるベルドレッド家を婚約者に迎えようなんて快諾したよね。

もしかして…何か意図がある…?考え過ぎ…?)




今回の私たちの婚約話は、貴族の間で瞬く間に広まった。


翌日、私が学院に登校した瞬間、周囲の視線はこれまでとは明らかに質の違う好奇の眼差しに変わっていた。



「イザベル様ー!

殿下との婚約の話、もうクラス…いや、学校中に広まってますよー!

でも本当に婚約するってなったら、ノア様が黙って引き下がるとは、到底思えないんだけど…。」



朝一で鼻息を荒くして駆け寄ってきたのはメリッサだった。



(このスピード…王子側があえて流したな。

まぁ、メリッサはノアの部下だから知ってて当然だけど…。)



「ええ。

ノアもリルも、『今夜、王子を()っちゃいますか』って感じだったわ。

でも、やっちゃダメって厳命したら、それ以上は何も言ってこなかったわよ。

賢明な判断ね。」



「それ、納得したんじゃなくて、イザベル様に言われて仕方なく()()()()大人しいフリしただけじゃ…?」



「ん?何か言ったかしら?声が小さくて、よく聞こえなかったのだけど…。」



「いや!何でもないでーす!」



メリッサの引きつった笑顔を適当に受け流し、私は溜息を吐いた。



彼ら(リルやノアたち)からすれば、私が嫁に行くってことは革新派への寝返りーとか、王子にメロメロになって自分たちを裏切る可能性がーとか、不安要素だらけになるってことだよなぁ。

分かる分かる。

前世でいえば、会社が買収された後の自分の立場や待遇が気になるのと一緒だよね。

会社の理念や福利厚生に納得して入社したのに、途中から方針を180度転換されたら堪ったもんじゃないよね。)



今の自分の考えが180度変わるようなこと…。

それは例えば、私がレタソクに人格を変える薬を使った時のように薬を盛られたり、他にも私が知らなだけで人を操る魔法があるかもしれないのだ。



(まずは変な薬を盛られた時用に、様々な種類の解毒薬を服に忍ばせておくのと、魔法無効化の石ってあったはずだから、それもアクセサリーに加工して肌身離さず持っておくのと…。

あとはー…………)



と、想定される最悪のシチュエーションに対する策を脳内で練っていたら、午後の授業が終わった。




その時だった。


教室の空気が、ピリリと凍りついた。

入口から現れたのは、第一王子の側近であり、この国の宰相の息子であるルダリオ・ダルダリー。

殿下と同じ年齢で同じクラスの中等部にいる。


親は革新派の侯爵家で、家族揃って尊大な態度で有名だが、国民からは「能無し宰相」と呼ばれていることを本人たちは微塵も知らない。


王子の取り巻きの筆頭として、裏で私への嫌がらせを主導していた男だ。



「おい、イザベル・ベルドレッド。

いや、殿下の婚約者殿、とお呼びすべきか?」



ルダリオはクラスメイト全員に聞こえるような大声で、横柄な態度を取りながら私の机までやってきた。

その目は「格下の女がようやく降伏した」と言わんばかりの優越感に満ちている。



「週末、王宮へ来い。

殿下から直々にご命令だ。

婚約者として顔を出すのが当然の義務だということは、流石の貴様でも理解できるだろう?

光栄なことだと感謝して、這いつくばってでも来るがいい。」



クラス中が静まり返る。

周囲の生徒たちは、憐れみの視線を私に向けていた。



だが、私は片付け途中のペンを置くと、ゆっくりと椅子に座ったまま彼を見上げた。

そして、極上の、これ以上ないほど冷ややかな貴婦人の微笑みを浮かべる。



「あら。ルダリオ様。ご存知ないのかしら?」



「あ?」



「正式な書状は、我が公爵家に送りましたの?

王族が公爵家の令嬢を公式に呼び出すのであれば、まずは書面で筋を通すのがこの国の礼儀(マナー)だと記憶しておりますが。」



ルダリオの顔から、余裕の笑みが消えた。



「は? 殿下が直々におっしゃっているのだぞ!

書状など、口頭の命令で十分だろう!

そんなことで、殿下の手を煩わせるな!」



「それは困りますわ。

()()()()()婚約は受諾しましたが…。

まだ『婚約の手続き』は何一つ終わっておりません。

昨日の今日で何の手続きもなしに『はい、今日からあなたたちは婚約者ね』となったら、それはただの口約束ではありませんか?

両家の親からの同意書や教会への申請書の作成、提出など…他にも書面にすべきことが、たくさんありますわ。

その工程を経て、やっと『婚約者』と言い合えるようになりますの。

ですので、今の私はまだ、単なるベルドレッド公爵家の娘に過ぎません。」



私はすっと立ち上がった。



「婚約内定の段階で、ただの口約束を頼りに王宮に向かっても、門前払いで惨めな思いをするだけでしょう?

あら、もしかして、それが目的なのかしら?」



わざとらしく首を傾げてみせると、ルダリオは言葉を詰まらせた。



「どうしても私に会いたいと殿下がおっしゃるなら、正式な手順を踏んで、我が家へ書状を送ってくださる?

側近ともあろうお方が、作法すらご存知ないなんて…。

宰相のお顔が曇ってしまわないか心配ですわ。」



ルダリオの顔が、真っ赤を超えて土気色へと変わっていく。

クラスメイトたちの視線が、「横柄な態度の側近」から「無知を晒したピエロ」を見るものへと一変した。



(あーあ、喧嘩するつもりなかったのに。

売り言葉に買い言葉なんて…つい大人気ないことしちゃった。

あぁ…平穏な学院生活がさらに遠のいていく…。

あ、ルダリオがプンプンしながら帰ってく。)



「プンスコ・ルダリオ…。ふふ。」


ネーミングが可愛らしいなと思い、つい声に出して微笑んでしまった。



だが、その様子を見たクラスメイトたちの解釈は全く違った。

彼らの目には、「イザベル様が宰相の息子すら赤子同然に扱い、余裕の笑みを漏らした」と映ったのだ。



この「余裕の微笑み」の噂は、尾ヒレがついて瞬く間に広まり、近いうちにルダリオ本人の耳に届いて、さらなる火種となるのだが…。

この時の私は、まだ知る由もなかった。




ーーメリッサとイザベルの小話ーー


「そういえば、メリッサって私に敬語使ったりタメ口使ったりするわよね。何で統一しないの?」


「いやぁ、だって一応上司みたいな感じでもありますしぃ。

コレでもノア様に配慮してるんですよ〜。」


「ノアに配慮…?まぁ、私はそんなに気にならないから好きにしていいわ。」


「わーい!助かりまーす!」

(ノア様、私がイザベル様に馴れ馴れしくし過ぎると嫉妬の眼差しを向けてくるんだよな…。

敬語苦手だけど、コレでもめちゃくちゃ頑張ってる私、偉いなー、部下の鏡だなー。)


自画自賛が得意なメリッサであった。


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