53話 余命宣告
私はリュシアン殿下と一度もまみえることなく、平穏な日々を過ごしていた。
ーーーいや、正確に言えば、殿下の『下僕』たちからの、なりふり構わぬ嫌がらせを受けてはいたのだが…。
実害は、一ミリも出ていない。
「ねえ、メリッサ。今、上から植木鉢が落ちてこなかった?」
「…枯れ葉が舞っただけじゃないかな?(※ノアの部下が空中でキャッチ済み)」
「そう…?あら、あちらの令嬢たちは何をしているの?」
今にも私を囲んで来て「罵声を浴びせてやろう!」という覇気を纏った令嬢たちが駆け寄ってきたのだが、なぜか私に到達する直前で、何もない空間に足を引っ掛けたかのように次々と転倒し、自滅していった。
(メリッサは隠しているけれど、流石にわかる!
ノアたちが仕事を放り出して、私を徹底的に守ってくれているんだ…!
……今度、差し入れでも持ってってあげよう。)
私の周囲には、メリッサ以外にもノアの部下たちが常に張り付いている。
教科書に落書きをされそうになれば事前に別のものと差し替えられ、
階段で背中を押されそうになれば影から伸びた手が王子派の生徒に悟られないよう、そっと引き戻す。
私を池に落とそうとした令嬢は、勢い余って自分が池に落ちた。
「イザベル様に落とされたのよ!」と喚き散らしたが、周囲の証言もあり、私の無実は秒で証明された。
十回を超えたあたりから数えるのをやめたけれど、何十回と繰り返される「作戦」は、私に届く前にすべて無効化されていた。
◆
一方、殿下の下僕たちは、裏で完全に根を上げていた。
「無理だ……。あの女、呪われているんじゃないか!?」
「いや、逆だろ?
神の加護を受けているからこそ、我々の嫌がらせをことごとく跳ね返しているのではないか?」
「バケツの水を掛けても、なぜか直前で自分が被るハメになったわ…。
彼女は微塵も動じないどころか、濡れた私を見て『あら、水遊びですか? 楽しそうですね』なんて微笑みかけてきたのよ…!?
あの顔は、まるで巷で流行っている悪役令嬢そのものだったわ!」
「悪役令嬢に神のご加護があるとは、到底思えんな!」
「ではなぜ、あの女は我々の嫌がらせが効かないんだ?」
「それは…神…ではなく、悪魔に心臓を捧げているのかしら…?」
震える声で一人が呟くと、その場に戦慄が走った。
「そうだ…。悪魔に心臓を捧げたから、『悪役令嬢』になったんだ…。」
「そうに違いない!
あの釣り目を見てみろよ…絶対そうだ。
近寄ったら、魂まで食い殺されるかもしれないぞ!」
誰かが震える声でそう漏らすと、周囲にいた者たちの顔が一気に引き攣った。
「きゃぁ!怖いわ…!
私、殿下にお近づきになれるきっかけが欲しくて参加しただけですの。
もう、これ以上は無理。抜けさせてもらいますわ!」
「僕も…。命あってこそだ。
悪いが、僕はもう彼女には関わらない…。」
「お前ら、殿下を裏切るのか?!」
「裏切るも何も、正式な命令を受けたわけじゃないだろう。
お近づきになる前に、あの『悪魔付きの悪役令嬢』に呪われてしまっては元も子もない!」
こうして、直感力の優れた者から一人、また一人と離脱していった。
彼らからすれば、私が超常的な強運と、何をされても揺るがない恐るべき強靭な精神で、すべての嫌がらせを無に帰しているように見えていた。
それが神の加護か、はたまた悪魔の所業なのか…。
まだ幼さの残る子供たちにとって、私の存在はもはや理解不能な「畏怖の対象」へと昇華されてしまったようだ。
賢明な者たちが去った後、残った愚かな者たちでなんとか「作戦」を遂行しようとするが、上手くいくはずもない。
学院の外でなら…!と行動範囲を広げようとした者もいたようだが、そもそも学外の私を目にすることすら、彼らには不可能だった。
学院の廊下で彼らとすれ違えば、私はただ「はぁ…。」と、深く、重い溜息をついてやる。
その溜息は、
「お前らまだやってんのか、懲りねーな。もはや同情するレベルだわ。」
と、言っているかのように彼らには伝わったようだ。
そしてついに、リュシアン殿下の堪忍袋の尾が切れた。
「どうして奴は未だに学院に通っているのだ!
多少手荒な真似をしても良いと言っているだろう!?
この無能共め!
お前たちに任せておいては、私が卒業してしまう。
…こうなれば、私が直接引導を渡してやる。」
殿下自らが考え出した、渾身の嫌がらせ…。
いや、もはや私にとっては最大の攻撃。
それは、私が今まで避け続けてきたことだった。
親からの勧めものらりくらりとかわし、ヴィンセント兄様やエルザ姉様の紹介も、これまた、のらりくらりとかわしてきたこと。
私だけではない。
リルやノアたちまでもが(なぜか)猛反対していた、あの事。
殿下は腹を括ったのだ。
最早なりふり構わず私のことを徹底的に調べ上げ、私が最も嫌がるピンポイントの「弱点」を突いてきた。
殿下だって本当は嫌なはずだ。
何を血迷ったのか、何を考えているのかは私にも分からない。
いや、むしろ今後とびきり厄介な何かが起きるということだけは、嫌になるほど簡単に予測できる…。
それが私に伝えられた時、私だけでなく、家族も、仲間たちも、一様に凍りついた。
あの公爵である父ですら、即座には抗えない力。
ーーー私にとっては、もはや「余命宣告」と同義の絶望。
それは、リュシアン第一王子からの、『正式な婚約の申し込み』だった。
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