48話 エルザ姉様、教師になる。
学院の講堂。
全生徒が集められた朝の空気は冷たかった。
重々しい沈黙の中、壇上にバルカス学院長が姿を現す。
――が、その姿を見た生徒たちの間に、奇妙な動揺が走った。
「えっ…誰あのスリムハゲ……?」
かつての「デブハゲ」が一変。「スリムハゲ」へ。
張り詰めていた空気は一変し、場内は学院長の激変ぶりへのツッコミでザワザワと波打ち始める。
バルカス学院長はそんな視線をお構いなしに、乾いた声で話し始めた。
「えー。昨夜付で、教員七名が自己都合により退職いたしました。」
その瞬間、場内は本当の意味で騒然となった。
一気に七人。
それが異常事態であることは、低学年の生徒にすら理解できた。
だが、多くの生徒は何があったかなど知らない。
理由も「自己都合」という、モヤモヤする理由なのだ。
誰もが何故急に七人も辞めたのか、という話題をしたくてたまらなくなった。
バルカス学院長が生徒たちの気持ちを他所に、話を続ける。
「なお、欠員を埋めるべく、本日より新たな教師七名を採用しました。
入ってきてください。」
扉が開き、入ってきたその姿に、全校生徒の目が釘付けになった。
そこに立っていたのは…。
ーーーエルザ・ベルドレッド。
イザベルの姉だった。
「では、教師陣を代表してエルザ・ベルドレッド。何か一言。」
学院長と交代して壇上に立つエルザ。
「皆様、ごきげんよう。
今日から皆様の学びを導くことになりました、エルザ・ベルドレッドですわ。」
地鳴りのような歓声と悲鳴が講堂を揺らした。
社交界の華、才色兼備の象徴。
エルザの降臨に、全生徒が目を見開く。
彼女は完璧な淑女の微笑みを浮かべながら、妹であるイザベルを見つけ、ほんの少しだけ悪戯っぽく目を細めて見せた。
この時、もはや退職した教師陣のことなど、誰の記憶にも残っていなかった。
◆
就任からわずか数時間で、エルザは学院のアイドル的存在となった。
(こんなにキラキラした美人の先生が来たら…そりゃこうなるよなー。
退職者の話題を吹き飛ばすなんて、お姉様ファインプレーやん。)
エルザの勢いは止まらない。
その日のうちに、彼女は若手教師たちを「交流」という名の勉強会に誘い込んだ。
放課後、教師同士で意識を高め合うという名目の元、エルザはそのカリスマ性と圧倒的な知略で、若手たちの思考を旧体制派の「良質な知識」へと塗り替えていく。
革新派寄りだった教師たちも、一ヶ月も経つ頃には、偏った教義からすっかり脱却していた。
一方、裏金にまみれた老害教師たちは、エルザの放つ「笑顔の圧」に恐れをなし、関わりを避けるという消極的な逃避を選んだ。
結果、初等部を中心に学院の空気は劇的に改善され、エルザを支持する声は日増しに高まっていく。
(わァ…あ……。
エルザ姉様がいるだけで学院が浄化されるんじゃないかなぁ…!
私いる意味あるかなぁ…??)
予想以上の姉の有能っぷりに、私は少しだけ自己肯定感を低くした。
(いやいや、私はそもそもちゃんと学校に通って友達作ってワイワイしたかったわけだ。
…………前世から隠キャだからワイワイとは程遠い人生だけど…。
それはそうとして、普通のスクールライフを送ればいいだけじゃん?)
そうだ。
自分が何もしなくていいなら、それに越したことはないのだ。
学院のことはエルザに任せ、自分は外でやるべきことに集中すればいい。
(よし。気を取り直して、腐った部分を捨てていこう!
言うなれば私は美化委員!
学校周辺のゴミ拾いをしてあげようじゃないか!)
私自己解決できる大人な女性なのだ。
「イザベル様。なんか空元気っすね〜。」
メリッサはイザベルの元気がないことをノアに報告するのであった。
私が空元気で「よ〜し!」と言っていたら、エルザ姉様がやってきた。
「イザベル?何してるの?」
「わ!エルザ姉様!どうしてここに!」
「可愛い妹に会いに来たに決まってるでしょ〜。」
「あ、ありがとうございます。
ところで、何でエルザ姉様は学院に来たのでしょうか?
お忙しいのでは…?」
「ん〜。イザベルがまた何かやるのかなって。
面白いことを特等席で見たいなーって思って、父様にお願いしたのよ。」
「お…、面白いこと…。
私は大道芸人ではないので、面白いことなんてやったことありませんが…。」
「ふふ。真面目なんだから。冗談よ。
イザベルが羽を伸ばして学院生活を過ごせたら良いなと思ったのよ。
色々と…今の学院は大変かと思って。」
「エルザ…姉様…。」
姉の言葉に励まされ、私は姉のことが、さらに好きになったのだった。
◆
そんな学院の変貌を、苦々しい表情で見つめる生徒がいた。
ーーーリュシアン・アステリア。
この国の第一王子だ。
「教育の現場を、ベルドレッドの色に染めるつもりか。」
王子の信念は一つ。
「この国を覆う古い殻を壊し、自分が新たな法となること。」
現国王が進める多様性や異種族共生を否定はしないが、彼は、次期国王である「自分自身の都合」で国が動くことこそが最善だと信じて疑わない。
理由は単純だ。
自分が第一王子で、次期国王だから。
それ以上の理由は必要なかった。
手始めに学院から掌握していく手筈だったのだが、ベルドレッド公爵令嬢が入学してくることを知った。
彼にとって、伝統を重んじるベルドレッド家のやり方は、進化を阻む「停滞」そのもの。
何より、今はエルザの人気が自身の王族としての威光を塗り替えているのが面白くない。
「ベルドレッドめ。
イザベルをさっさと潰しておこうと思っていたのに、エルザまで来るとは。」
「殿下。良い案がございます。
近々、初等部では校外学習があるはずです。その時に…。」
「ほう。良いな。
この件はお前に一任しよう。」
「はっ!」
ベルドレッド姉妹を奈落の底に突き落としてやろうと、リュシアン王子もその取り巻きたちも、この時はまだ、自分たちの企みを軽く考えていたのだった。
〜〜メリッサの報告を聞いたノア〜〜
【ノア王都の自室にて】
「イザベル様が元気ないだと…?」
【王都公爵邸にて】
「イザベル様!王都で人気のお菓子を買ってきましたよ。」
「あら、ノア。どうしたの?ありがとう。」
「いえいえ。イザベル様にお菓子をあげたら、面白いことが始まるかなって思いまして。」
「…あなた、私のことを餌をやったら芸をする猿か何かだと思っているのかしら?」
ちょっぴり素直じゃないノアのお話。
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