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44話 【断罪】教育者としての自覚を失ったハゲの末路



アステリア王立貴族学院のトップ、バルカス学院長は人生を謳歌していた。



革新派に有利な教育内容を垂れ流したり、革新派が送り込んでくるちょっと思想強めな教員を採用したり、人間より異種族を優先して雇ったりすれば、革新派から『多様性の功績』として金が懐に転がり込んでくる。



仕事は教職員に丸投げし、自身は一ヶ月ほど愛人と旅行へ出かけても誰も不審に思わない。


教職員たちは皆、彼が様々な女と遊んでいるのを知って、見て見ぬふりをしているからだ。




―――だから、ちょっとの間消えても、誰も分からなかったのだ。




美味しいものをたらふく食べ、肥え太ったハゲ頭を輝かせるバルカス。


まさに人生の絶頂!

――のはずだったのだが…。



「………?ここは…どこだ……?」



バルカスが目覚めたのは、豪華なホテルのベッド…ではなく、手足も伸ばせないほどの狭い「箱」の中だった。



隙間一つない漆黒の闇。

音一つしない沈黙。



数分も経たぬうちに、閉塞感と恐怖がバルカスの精神を侵食し、彼は発狂したように箱の壁を叩き始めた。



「出してくれ! 誰か!! ここにいるぞ!!」



その時、パカッと小さな覗き窓が開いた。



「おーい、ハゲ学院長〜。やーっと起きたぁ。

元気〜?」



能天気な声の主は、イザベルの同級生として潜入しているメリッサだ。


その隣には、冷徹な眼差しで時計を見つめる彼女の上司、ノアが控えている。



「メリッサ、私語は慎め。

バルカス学院長。

これからあなたには、ご自身の『罪』と向き合っていただきます。」



ノアが数枚の紙をバルカスに差し出した。



そこには、バルカスがこれまで着服してきた公金のリストや、不当に採用した教員の名前がびっしりと書き込まれている。


他にも、旧体制派の生徒に対する不当な扱いや、最も酷いものでは魔石の取り扱い事故で生徒が死亡した件の隠蔽までもが記されていた。



その生徒は旧体制派で、革新派の生徒たちのいじめのターゲットだったという。


事故ではなく「事件」の可能性が極めて高い案件だった。

親は到底納得していなかったが、学院の権力にねじ伏せられ、泣き寝入りを強いられていたのだ。



「それを音読してください。」


「な!なんだと!貴様誰に向かって…!」



バタンッ



抗議の言葉を遮り、非情に箱が閉じられた。


箱の中でバルカスが吠えているが、ノアは落ち着くまで一切無視して放置する。


しばらくして、再び箱を開けるノア。



「ちゃんと読んでください。

あ、読んだ後に『こんな醜い人間でごめんなさい』って言ってくださいね。

読み終えたら、また箱を閉じます。

一つ読み上げるごとに、暗闇の時間は五分ずつ増えていきます。

安心してください。

あなたの『罪』は山ほどありますから、ネタ切れの心配はありませんよ。」



「な……そんな、やめてくれ!

読み上げるから、ここから出して――」



「はいはい、お喋りはいいから早く読んで。

師匠は時間に厳格なタイプなんだからっ!」



メリッサが退屈そうに急かす。

バルカスは震える手で紙を掴み、泣きながら自らの汚職を読み上げ始めた。



読み終えれば、再び訪れる絶対的な闇と沈黙。



五分

十分

十五分

三十分……



次に覗き窓が開くまでの時間は、罪を数えるごとに絶望的な長さへと膨れ上がっていく。



殴られもしない、傷つけられもしない。


ただ、自分の犯した醜悪な事実を自らの声で肯定し続け、その後に「何もない闇」に放り込まれる。


教育者としての自覚など、とうに失っていた男にとって、それは死よりも恐ろしい自己との対峙だった。




「この方法、途中で病んじゃうから、塩梅が難しいんだよなぁ…。」



「師匠、頑張ってくださーい!」



箱の外ではノアとメリッサが和やかな会話をしていた。



 ◆


二週間後。



学院に戻ってきたバルカスは、幽霊のように痩せこけていた。


彼は、自分を監禁したノアやメリッサがどこの手の者か知らない。


旧体制派の刺客だろうという予測はつくが、もはやそんなことはどうでもよかった。


解放される時、あの死神のような男と能天気な少女に告げられた言葉が、呪いのように耳にこびりついている。



『今からあなたを解放してあげます。

でも、忘れないでくださいね。

私たちはいつでもあなたの仕事ぶりを見ていることを…。

仕事をサボったら、またここへ連れ出してあげます。

きっと良い気分転換になりますよ。

あ、誰かに今回のことを教えるのもダメです。

言ったら即、連れ戻します。

ちゃんと真面目に仕事してくださいね?

ここ数年のおかしな教育、きっちり元に戻してくださいよ。』



ただ真面目に仕事をする。


それだけで、あの底なしの恐怖から逃れられるなら、安いものだ。


バルカスの腐りきった性根が治ったとまでは言えないが、彼の中に「生存本能」という名の仕事熱に火が着いたのは確かだった。


彼は、青白く輝くハゲ頭と、平らになったお腹に手を添え、不自然なほど背筋を伸ばして歩き出した。



「はぁ…。

革新派の連中に何と言われるか…。」



そうぼやきながらも、バルカスは少しずつ、しかし着実に教育を正しい方向へ戻し始めるのであった。



 ◆



「ねえ、クレス様……。

学院長って、あんなに細かったかしら?」



中庭を足早に去っていく学院長の背中を見送って、ミリィが不思議そうに首を傾げた。



「うーん…。

そもそも学院長の容姿をまともに覚えていないな…。」



「…クレス様ってそういうところがあるから、イザベル様に振り向いてもらえないのですよ。」



「な……っ!! 何を……!!

学院長の話をしていたのに、なぜ急にイザベル様の話になるんだ!?」



慌てふためくクレスを見て、ミリィは小さく溜息をつく。



言われなくても分かっている。

彼が、ミリィ(自分)以外の誰かを想っていることくらい。



「クレス様。

次の休日、また一緒に勉強会をしてくださいますか?」



「…? また急に話が飛んだな。構わないが。」



鈍感な返答に苦笑いしながら、ミリィは前を向く。


たとえ彼が見つめる先が自分ではなくても、こうして一緒にいられるだけで、今は幸せなのだ。



 ◆



その頃のイザベル。



「ックシュッ! …誰かが私の噂をしているわ。」



教室の席で小さくくしゃみをした私に、隣のメリッサがニヤニヤしながら声をかけてきた。



「イザベル様、モテモテだからな~。」



「ふっ…。私って、罪な女ね……。」



私は、こういうノリの良さも兼ね備えた女なのだ。

精神年齢四十二歳の余裕というやつかもしれない。



(さて、学院長という首根っこは押さえたし…。

次は、バルカスを持ち上げて思想を押し付けてきた革新派の教員たちかな。)



学院の空気が、少しずつ、けれど確実に変わり始めていた。



一つ、誤解のないように伝えておきますと、私はハゲが嫌いなわけではありません。


たまたまバルカスが、ハゲというチャームポイントを有していただけです。


ハゲに恨みはありません。


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