42話 ヒソヒソ話する小童共。かかってこいや
案内された初等部一学年の教室の扉を開けた瞬間、熱を帯びた視線が一斉に私に突き刺さった。
(ぎゃっ!一斉にこっち見て来た!さすがに怖いわっ!!)
教室を見渡せば、派手な装飾品を身につけた商家の子供たち、そして革新派のバッジを胸に輝かせた下位貴族の令息令嬢たちが、既に強固なグループを形成している。
(わ〜、調べるまでもなかった…。革新派の子たち、ダサいバッジしてる…。)
一方で、教室の隅には、借りてきた猫のように肩をすぼめている平民出身の特待生たち。
魔力量や成績で拾われた彼らは、この「多様性」という名のカオスの中で、明らかに浮き彫りになっていた。
「皆様ごきげんよう。
今日からご一緒させていただきます、イザベル・ベルドレッドですわ。」
私が淑やかに、完璧な公爵令嬢の礼を披露しても、返ってくるのは歓迎の拍手ではなく、値踏みするような薄笑いと耳障りな私語だった。
「あれが旧体制派の『生きた化石』か。」
「生きた悪魔じゃなかったかしら。」
「疫病神じゃなかった?」
「多様性を拒否する時代遅れでしょ?」
「ベルドレッドの威光も、この学院では通用しないのに。」
クスクス…ヒソヒソ…
聞こえるように囁かれる嫌がらせ。
(なるほど。名簿と照らし合わせれば、このクラスの八割が革新派の息がかかった家系。
残りの二割は、魔法の資質はあるが政治力ゼロの平民。
つまり、私をここに隔離して、徹底的に孤立させようというわけか…。)
窓の外に目をやれば、中庭で掃除をしている異種族の姿が見える。
学院は彼らを「多様性の象徴」として雇っているようだが、彼らが過去にどんな犯罪歴を持っているのか、あるいは魔石の管理が適切に行われているのか、帳簿をめくらずとも杜撰さが透けて見える。
クスクス…ヒソヒソ…
まだ小声の貶め合いは終わらないようだ。
前世と今世合わせて四十二年の経験がなければ、今頃足が震えていたかもしれない。
十二歳のか弱き少女であったならば、すでに泣いて家に帰ってたかもしれない。
だが私は違う。
自分の人生を安心して送るために、この小僧たちとは覚悟が違うのだ。
(黙れ小僧!)
という某映画のような心の声はしまっておいて……。
「皆様、随分と小声でお話しされていらっしゃいますが、何か疾しいお話でもされているのかしら?
私、先生方に言ってこようかしら…。
クラスの皆様が、私には聞かせられないような『下品』な話を『恥ずかしそう』に小声で話していると…。
父様や母様…兄様、姉様にも相談すべきかしら…?」
この言い方は、我ながら卑怯だと思う。
これだけ聞けば、周囲は「こいつら教室で下ネタを話しているのか?」と疑うからだ。
ーーーー シーン…。
急に静まり返った。
さすがに先生や公爵家に「女の子の前で破廉恥な話をしていた」という噂が流れるのは嫌だったようだ。
貴族の世界は噂の足が早い。
親に知られたら、それこそ雷が落ちるだろう。
私は、何事もなかったかのように一番後ろの端の席に、優雅に腰を下ろした。
(まぁいい。かかってこいや。
小童たちの相手なんて、精神年齢四十二歳の私が相手してやるわ。
それに、あなたたちの親がやってる悪いコトもたくさん知ってるのだから。
この二年間でノアたちが集めた資料は、既に私の脳内に記憶済みなんだからね…。
フフ。
やっぱり人と関係を築く時って、情報が一番大事よね。)
一見して平穏な、しかし腐敗した教室。
「さてと…まずはどこから手をつけていくべきか…。」
私が独り言を漏らした、その時だった。
「イザベル様。」
不意に横から声をかけられ、私は視線を向けた。
そこにいたのは、クラスの隅に座っていたはずの、地味な身なりの少女。
「私、こう言うものでして…。」
「…。」
差し出された小さなノートの切れ端に書かれていた字を読んだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
リル様、ノア様、アンリ様、マユ様の命により
同じクラスに裏口入学してきました。
私、相当役に立つと思うので、一緒に行動してくださいね。
特別手当も貰ってるので。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「なっ…!!」
思わず叫びそうになり、慌てて咳払いをして平静を装う。
(私一人だと不安だったのでしょうけど…。
そういうことをしてくるとはね。
全く…心配性なんだから…。)
事前に相談がなかったのは、私が「公私混同はダメよ」と却下するのが目に見えていたからだろう。
(だって…せっかくの学院生活…。
利害関係のない『普通の友達』の一人や二人作れるかしら〜?なんて…。
ちょっとだけ…ほんのちょっっっっとだけ期待していたんだもん…!)
精神年齢四十二歳とはいえ、乙女心(?)は健在なのだ。
だが、現実は非情である。
私の周囲は、私の安寧を守るためなら手段を選ばない過激なプロフェッショナルばかりだった。
「あなた、お名前は?」
「メリッサ・ゴルゴンと申します。
これからよろしくお願いします。イザベル様。」
メリッサと名乗った少女は、相変わらず淡々としている。
しかし、その瞳の奥にはノアの部下特有の「冷徹な光」が宿っている気がしてならない。
「えぇ。よろしくね。同級生なのだから、敬語は外してもいいわ。」
「あ、そう?いや〜助かりますわ〜!敬語、肩が凝って苦手なんです!」
許可を出した瞬間、メリッサの雰囲気がガラリと変わった。
無表情だった顔が緩み、どこか親しみやすい――悪く言えば「ガサツ」な空気を纏い始める。
(切り替え早ぁあ!だが、嫌いじゃない。)
「フフ。メリッサ。あなたがいてくれて心強いわ。」
こうして入学初日にして早くも、クラス内に強力な協力者を確保したのだった。
(「普通の友達」確保への道は遠のいた気がするけれどね…。)
〜ある日の出来事〜
ノア「メリッサ。今年何歳だ?」
メリッサ「十二。」
ノア「貴族の学校行ってくれる?」
メリッサ「やだ。」
ノア「特別手当出す。」
メリッサ「やーだ。」
ノア「イザベル様の護衛兼ご学友になれる。」
メリッサ「仕方ないな〜。手当弾んでよ?」
ノア、そしてアンリとマユが布教しているおかげか、孤児たちの中でイザベルを嫌う者はいない。
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