40話 子爵が持ってた情報
ベルドレッド公爵邸、私の自室。
リル、ノア、アンリ、マユの四人と共に、これまでの件について情報を突き合わせていた。
「さて、まずノア。
ケントール子爵と孤児院の院長の供述は、まとめてくれたかしら?」
「ええ。人身売買の金の流れは、子爵の私服を肥やすだけでなく、一部が定期的に王都にある『教会』へ流れていました。
養子縁組の仲介料という名目で、巧妙に隠蔽されていましたが。
孤児院の院長は下っ端だったので、有益な情報がありませんでした。」
ノアが差し出した図解には、聖職者の名を借りた汚職のネットワークが浮き彫りになっていた。
革新派、異種族、そして教会。
これらが複雑に絡み合い、この国の根幹を蝕んでいる。
「それから、子爵の尋問で得られた革新派の内部事情です。」
ノアは淡々と続けた。
「中立派を装っている貴族のリスト、そして彼らがなぜ革新派に傾倒したのか。
子爵の話では、階級という生まれに左右されたものではなく、多様性と新しい風を重んじるという革新派の理念に救われたのだとか。
低い爵位に甘んじ、プライドだけは高い子爵にとって、社交の場で自分を卑下しなくて済む環境は魅力的だったのでしょう。
異種族、特に獣人は勤勉で秩序を守り、人間と融和できる存在だと信じ切っていました。」
「あらら…。
お花畑もいいところね。」
「彼らの主張では、異種族との融和こそが国の発展に繋がると。
手段として裏金や弱みを握るハニートラップで他領を傾けさせることもあるが、すべては『善意』で行っているとのことです。
また、集会にはエルフも参加しているようですが、子爵のような下位の者は言葉を交わすことすら叶わない。
上納金や、上位者が欲しがる『獲物』を献上することでしか立場が上がらない実力主義…。
生まれながらの爵位制度より優れていると、心酔していましたよ。」
それを聞いた私は、思わず鼻で笑ってしまった。
「やっぱり碌でもない連中ね。
結局立場があって上位者との区別があるなんて、貴族の階級制度と何が違うのかしら?
実力…?
金や獲物で地位を買う分、今の制度より卑俗だわ。」
私は窓の外を眺め、冷たく言い放つ。
「異種族と人間との融和によって、国をこれ以上に発展させていきたいという思い…ね…。
その綺麗な言葉ばかりが並べられたことで、一体、誰が、どれくらい死ぬと思っているのかしら?
一番最初に犠牲になるのは……いえ、もう既に……。
犠牲となってしまったのが、孤児たちよ。」
溜息が漏れる。
あまりの愚かしさに頭が痛くなってきた。
「はぁ…。
こんなバカたちが国の中枢にいるなんて信じられないわ。
そもそも、人間同士でさえ国が分けられているのに、異種族とは融和できると思っているのが間抜けね。
なぜ『国境』というものが存在し、魔導師戦隊が配備されているのか…。
勉強していないのかしら?
能天気過ぎて話にならないわ。」
ノアが頷く。
「同感です。
ただ、その『バカ』たちが王都を拠点に、着実に勢力を広げているのも事実です。
王都は革新派の総本山。警備も厳重で、私たちの情報網もまだ届いていません。」
確かに、私たちは今までに旧体制派と今回の件で中立派に情報網を張ることに成功したが、王都にまではまだ手が出せていなかった。
それもそのはず、圧倒的に人手が足りないのだ。
私が信頼して仕事を頼める面々を振り返ってみる。
リルは学業とメイドの仕事、さらにジンバイへの連絡係。
ノアは護衛と諜報・暗殺、そして子供たちへの指導。
アンリとマユは、飛び級で学校を卒業したかと思えば、新聞社と商会の運営。
最近はまた新たに何かを企んでいるようだ。
(あれっ?
改めて考えると、この子たちほぼ常に仕事してない?
私、雇用主としてヤバくない…?)
急に汗がダラダラと流れてきた。
「み……皆。ちゃんと休暇申請してもちょうだいね?
ちゃんと休んでる? 大丈夫…?」
「急にどうされたんですか、イザベル様。
私たちが側にいると、ご迷惑なのでしょうか…?
私はイザベル様から片時も離れたくないくらいなのに…。」
リルが悲しそうに眉を下げる。
(片時も離れないは無理だって。)
「護衛の仕事以外は、ほぼ趣味みたいなものですから。
私は特に問題ありませんよ。」
ノアが飄々と答えた。
(えっ…。暗殺と諜報は趣味に入るの…?)
「僕たちはちゃんと休んでます。」
「効率的に仕事をする大切さを教えてくれたのは、イザベル様ではありませんか。」
アンリとマユが笑顔で答える。
(この笑顔…。何か企んでそう…。)
私の心中は穏やかではない。
(えぇぇぇ…マジかー。皆、仕事熱心すぎやしませんか?
まぁ、これ以上はとやかく言うまい…。)
それに考えてみれば、住み込みで働くこと自体はこの世界のこの時代では普通のことなのだ。
「そ、そう。ならいいけれど。各自ちゃんと休みを取ってね?
じゃないと、動いて欲しい時に動けなくなってしまうもの。
リルはお母様のところに顔を出しに行くこと。
ノアも妹さんの様子は定期的に確認しに行きなさい。
アンリとマユも、孤児院の仲間のところにちゃんと顔を出しておくのよ?」
それぞれ大切な者がいるからこそ、頑張れるのだ。
仕事ばかりになると忘れがちだが、なぜ自分が頑張るのかを再認識することで、能率はさらに捗る……はずだ。
「ところで、ノアの『生徒』たちはどう? 随分と人数が増えたようだけど。」
「イザベル様にアドバイスしていただいた通り、暗殺と諜報はそれぞれの部隊に分けたところ、飛躍的に成長しました。
やっぱり子供は飲み込みが早いですね。
あ、伯爵領から引き取った孤児たちも、素質のある者は暗殺と諜報それぞれの訓練に組み込みました。
今では、各領地の主要支部に数名ずつ配置できるほどになっています。
彼らは街の風景に溶け込み、誰にも悟られずに情報を吸い上げ、必要とあらば『掃除』もこなしますよ。」
「頼もしいわね。
そこまで仕上がっているなら、もういっそ組織にしてしまったらどう?」
「組織…ですか?」
「ええ。
今までは私のお願いだけだったけれど、今後は外部からも案件を取って稼げるようにするの。
そうすれば各々の収入も増えるでしょう?
暗殺や諜報を依頼してくる人から情報を得られるし、依頼者の弱みを握れるかもしれない。
革新派を潰す手札としても、有効だと思わない?」
「面白いですね。やっぱりイザベル様といると飽きないです。」
「フフッ。そう言ってもらえて嬉しいわ。
運営方法はアンリとマユと相談して決めてくれるかしら?」
「「「はい。」」」
三人が力強く返事をした。
私は窓の外に広がる公爵領の景色を眺めた。
正直なところ、革新派の勢いは増している。
父様や兄様が頑張ってはいるものの、旧体制派から離脱する貴族は微増だ。
何より、異種族の流入が止まらない。
派閥が変わることに関しては、賄賂やハニートラップで弱みを握られたか、代替わりで方針が変わったかだと推測できる。
流入が止まらないことが、革新派が勢いを増している証拠なのだ。
旧体制派や中立派が頑張って押し留めていても、革新派の領地がどんどん受け入れてしまってる。
水もそうだけど、蛇口を開けっぱなしにするのは経済的ではない、どころか環境にも悪い。
(異種族とは文化が違うから、きっとこれから人間が暮らす環境も酷くなっていく…。
そうなったら、私の安寧の地が奪われる…!
これは本当に、ほんっとーに!由々しき自体だわ!!!!)
私がやっていることは、今はまだ小さな波紋に過ぎない。
だが、やらないよりはやった方が、少しでも抵抗した方が良いに決まっている。
数年後、いや数十年後かもしれない。
この波が国中を飲み込む巨大なうねりとなり、家族や私自身を護る砦となるために。
私は着実に、革新派を追い込む手札を揃えていくのだ。
〜ある日のイザベルとノアの会話〜
「ねぇ、ノア。隠密部隊って最初はオブラートに包んだ言い方してたけど、実際は暗殺部隊よね。」
「そうですね。むしろ最近は諜報より暗殺してます。」
「…。じゃぁ、暗殺部隊って言うようにするわね。」
「はい。特に呼び方決めてないので、何でも大丈夫ですよ。」
〜ある日のアンリとマユの会話〜
「ねぇ、出版社も結構順調だね、マユ。」
「そうね。物語の悪役は事実ベースの貴族と異種族で、ヒーローはイザベル様のように書いているから、売り上げが良いのは納得よね?アンリ。」
「そうだね。アベンジャー新聞を手に取ってる人なら、『おいおい、これは事実じゃないか!わっはっはっは!』ってなりそうだよね。マユ。」
「フフフ。そうね。事実は小説よりも奇なりとは、よく言ったものね。」




