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37話 悪魔? ふふっ、何とでも言いなさい。




「どっ、どういうことだ?!」



「あら?お金の部分しか契約書をご覧になっていないのかしら?

伯爵領の虹の広場で、ミリィ様が支援した養子縁組の孤児たちが奴隷の紋章を付けられて檻の中に入れられ、売られていたのです。

中には解体されて臓器だけになってしまった子もいました。

この事実を黙秘する条件として、彼女は三日以内の賠償支払いに同意し、サインしたのです。」




「そんなことで…!うちの娘は知らずにやったことだろう?!

娘は子供がいない異種族や孤児たちの幸せを願って、善意で…!!」



「はぁ?」



私はあからさまに溜息をついた。



「『知らなかった』『善意だった』と言えば、すべてが許されるとお思いで?

実際に子供たちは地獄を味わい、死人も出ているのですよ。

直接関与していなくとも、『ケントール子爵令嬢が支援していた孤児院で人身売買が行われていた』事実は消えません。

彼女が孤児院へ通う姿は多くの領民が目にしていますし、保護した孤児たちの証言。

そして、…物言わぬ遺体も保管してありますわ。

街の人たちがこれを知れば、どう思うかしらね?」



証拠があると知って逃げられないと考えた子爵は、態度を一変させた。



「…ミリィのことなど、もうどうでもいい。

公爵家で煮るなり焼くなり、好きにすればいい。

私が勧めた婚約を(ことごと)く台無しにする、何の役にも立たない奴だ。

そちらに行ったところで、何もできないと思うがな。」



「いやぁあ!そんなっ!お父様…!!」



ミリィの悲鳴が響くが、子爵は吐き捨てるように続ける。



「うるさい!お前のようなバカで無知な娘など、持つべきではなかった!」




「…親子喧嘩の最中に失礼しますが、勘違いなさいませんように。

子爵、あなたが私にお金を払わなければ、あなた自身も社会的に終わるのですよ?」



「なんだと?!」



「こちらに、ミリィ様が支援していた孤児院の院長室にあった『裏帳簿』がございまして…。」



「なんでそんなものが…!紙で残すなと言っておいたのに…!

そもそも、どうやって…!!」



当然、ノアに探してきてもらったのだ。

孤児院の院長は、きっと未だに裏帳簿がなくなったことに気づいていないだろう。



(というか、孤児院の院長もグルって本当…。闇深いわ子爵領…。)




「ケントール子爵。

公爵家の情報網を舐めてもらっては困りますわ。

これを裁判所に持ち込むか、あるいは新聞社に流すか…。

実際に売られた孤児たちの証言もありますし、多くの人々が信じることでしょう。

仮に貴方が裁判官を買収し、革新派の仲間に縋り、新聞社を統制したとしても、すべての情報を掌握できるわけではないですよね?

それに、人を買収するとなると、私に払う賠償金よりも高くつきますわよ?

さらに言えば、味方に弱みを握られるリスク、あなたならお分かりでしょう?」


(孤児院の院長が裏帳簿を作成していたなんて、子爵に裏切られた時のために決まってるじゃない。)


子爵の顔から、みるみる血の気が引いていった。



「さて、ケントール子爵。

すべてを円満に、かつ簡単に解決する方法は、もうお分かりですね?

伯爵家の借金を全て『支払い済み』としてください。

そうすれば、私への賠償は無しにしてあげますわ。

暴利で随分と稼げたでしょう?

ですが、嫌なら嫌と素直に仰ってくださいね。」



私は『お前から金を巻き上げる手段なんて、いくらでも作れるんだからな』とでも言わんばかりの圧と笑顔を子爵に向けた。



「あっ!

伯爵領から溢れた異種族は貴方の領地でお引き取りくださいね。

ご自分が招いた異種族たちでしょう?

責任を持って管理なさい。」



「この、悪魔……!!」



「ふふっ。何とでも言いなさい?

私の望み通りにならなければ、子爵が人身売買に関わっていたことを公にいたしますわ。

だって、契約書には『ミリィ様』のことしか書いてないですもの。

ミリィ様の名前を子爵に変更するのも、もちろんダメです。

もう裁判所で有効な契約であることを認めてもらってますからね。

ケントール子爵。

あなたとは請われたって契約してあげないわ。」



法的な守秘義務すら与えられない――。

その宣告に、子爵は蛇のような視線を私に投げ、逃げるように伯爵邸を後にした。




残されたミリィは、床に座り込んだまま動けずにいた。。



「…私は、お父様に捨てられたも同然よ…。

帰る場所なんて…もう、どこにもないわ…。」



「そんなこと、ありませんわ。

貴女は今回、父親の悪行に巻き込まれただけ。

言ったでしょう、私は貴女が悪いとは思っていないと。

ねえ、ミリィ様。

少しでも罪悪感があるのなら、父親が腐らせた子爵領を、あなたが立て直したらいかがかしら?」



(ミリィに非がないとは言わんけど、子爵領を放置するわけにもいかないし。

この子が正しく成長して、いつか賢い婿でも迎えて領地経営してくれるようになったら万々歳だなー。)



という打算のもと、私はミリィを励ました。




「私が…?無理よ。私はバカで無知な…ただの子爵令嬢なんだもの…。」



「いいえ!大丈夫。私がサポートいたします。

貴女の一途さは、正しく導けば領民への愛に変わるはずよ。

もっと領民を知り、歩み寄ることから始めるのです。……クレス様と一緒に!」



「えっ! 私ですか!?」



突然名前を呼ばれ、クレスが椅子から飛び上がった。



「クレス様も、伯爵領の現状を把握しきれていなかったでしょう?

もっと自分の足で歩き、見て、知るべきです。

領地を発展させ、守る術を身につけてください。

ミリィ様、彼と一緒に学び直してみる気はありませんか?」



「クレス様と……!」



ミリィ様の目に、わずかな光が戻ってきた。


一度は冷たく振られたことも、今の彼女には関係ないのだろう。

一途な彼女にとって、差し伸べられた「共に歩む」という言葉は、何よりの救いになったはずだ。



「あっ、水を差すようで大変申し上げにくいのですが。

壊された腕輪の弁償代は、アルケイデス伯爵に請求しますわね。

子爵から私にお金は払われないので、このままだと私だけが損してしまいますもの。」



私が最高の笑顔を向けると、アルケイデス伯爵は引き攣った顔で頷いた。



「そ……そうですね。もちろんです!必ずお支払いします!」



「ふふ、修理費だけで結構ですわ。

利子はつけませんから、ちゃーんと返してくださいね?

はい、こちらに契約書がございますので、サインをお願いいたします。」








三日後。

子爵から伯爵宛に、借金の完済報告が記された通知書が届いたとのことだった。



こうして伯爵家の借金は消滅し、領内を占有し始めていた異種族たちは、溢れた分から順に子爵領へと移送されることが決定した。



ハム侯爵家から流れてきた異種族の中には、度重なる移動に嫌気が差して祖国へ帰った者もいるようだが、国内全体で見れば依然として異種族の多さは深刻な状況だ。



伯爵は「虹の広場」を少しずつ掃除していくと意気込み、ミリィとクレスは、互いの領地を行き来しながら共に学びを深めていくようだ。




(友情なり愛情なり、これからはちゃんと良い関係を育んでいくんだぞ!)



期間限定の婚約は、こうして幕を閉じた。



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