36話 ケントール子爵、困惑
私がカバンから契約書を取り出した。その瞬間。
「早くそれを寄越してちょうだい!」
ミリィは焦燥に駆られたのか、私の手から引ったくるように書類をぶん取った。
その拍子に、私の手首に嵌めていた腕輪が彼女の服の袖に引っかかり…。
あら、不思議。
いとも簡単に弾け飛んで、床へ転がった。。
「あ……っ!」
驚愕に目を見開くミリィとクレス。
そう、この腕輪は、彼女に壊させるためにわざと留め具を緩めて仕込んでおいた「撒き餌」。
「あぁ…!お母様からいただいた大切な腕輪が!
肌身離さず付けていた、世界に一つしかない宝物でしたのに…!」
私がわざとらしく、今にも泣き出しそうな声で呟くと、ミリィは顔を真っ赤にして叫ぶ。
「な、なによ!
そんな安っぽい金細工、お父様に言えばすぐに弁償してもらえますのよ!
文句を言わないでくださる!?」
(おい、悲劇のヒロイン設定どこいった?
まるで小物の成金令嬢のようね。
まぁいいわ。
安っぽいですって…? ふふ、よく言ってくれたわ、ミリィ。
あなた、今、自分で自分の首を絞めたのよ?)
私はハンカチで目元を拭うフリをしながら、カバンからもう一通の「鑑定書」を取り出しました。
「弁償…。ええ、そうしていただけると助かります。
ちなみにこちら、王宮お抱えの鑑定士による証明書です。
特殊な魔石と、公爵家お抱えの職人による一点物の加工。
母がくれたものを「安っぽい」と貶された精神的苦痛による慰謝料を含めた賠償額は、奇しくも、ケントール子爵がアルケイデス伯爵に貸し付けている債権と『同等額』になりますの。」
「えっ……? な、何言ってるの…?債権…?」
ミリィが呆然と立ち尽くす横で、私は段取りよくペンを差し出した。
「親が肩代わりできないのであれば、ミリィ様。
あなた自身に公爵家へ奉公に来ていただきます。
一生、働いて返していただくわ。
さぁ、契約書を。
人身売買の件を他言無用にするためにも、サインをいただけますかしら?」
ミリィは、父が自分を助けてくれると信じて疑っていない。
そもそも、彼女は自分の家が伯爵家にどういう仕打ちを行なっているのか、この惨状を見てもまだ理解できていないだろう。
自分の犯した罪の重さも、壊した物の「本当の価値」も知らぬまま、彼女はただ自分の名誉を守るために署名した。
「ありがとうございます。ミリィ様。
さぁ、場所を移しましょうか。」
私たちはある場所へと向かった。
◆
翌日。
「これはどういうことだ!!」
私とクレス、そしてアルケイデス伯爵が歓談している中、ケントール子爵が伯爵邸に来た。
「どう…とは…?いきなり来て何だね…?」
「この請求書…!この額…!おかしいではないか!イザベル・ベルドレッド!」
矛先はどうやら私らしい。
「あら?文字がお読みになれないのでしょうか?ケントール子爵。
記載してある通りですわ。」
私の言葉にさらに激昂する子爵。
「だから、なぜこんな膨大な金額を、私がお前のような小娘に払わねばならないのか、と聞いているのだ!」
「なぜって…。ミリィ様が私の大事な大事な腕輪を壊したからですが?
鑑定書から高価な物であることは証明済みですし、賠償および精神的苦痛に関する支払命令は、ハム侯爵領の裁判所で認められましたが?」
そう、私たちは伯爵領の虹の広場を後にして、その足ですぐにハム侯爵領へ向かった。
侯爵領にいるエドモンとルーラには、事前に根回しをしていたので、迅速に裁判が執り行われた。
(少ししか経ってないけど、二人ともとても優秀なのよね〜。)
なぜハム侯爵領か?
それは、旧体制派でも革新派でもない「中立派」の領地だからこそ、公平な判決であると世間に知らしめるためだ。
公爵領で裁判を行えば「裁判官を買収したのか?」「公爵家の職権乱用だ!」と有りもしない難癖をつけられる可能性があった。
その隙を一切排除した。
(まぁ、子爵が手を回す暇を与えず、公爵家の威光をチラつかせて裁判官に即断させたのは、私の裁量なんだけどね。
裁判官を買収されなければ、子爵家ごときが公爵家に負けることなんてないのよ!
というか、裁判の内容自体、こちらは不正なんてしてないのだから当たり前の結果よ。)
「で、何か請求書に問題点でもありましたか?」
「この額はおかしいだろうと言っているんだ!
そもそも、裁判までの期間が短すぎる!即日などと…あり得ない!
もう一度やり直すべきだ!」
「はぁ…。別にやり直しても構いませんが。
ミリィ様は困るのではないかしら?」
私が指をパチンと鳴らすと、ノアがミリィを連れて部屋に入ってきた。
「なぜお前がここに…!」
「お父様…!早くお金を払ってくださいませ!
お父様、いつも仰っていたではありませんか!
『うちには腐るほど金があって困った困った』って!
早く、三日以内に支払いをしなければ…私の人生は終わってしまうわ…!
うわぁぁぁぁぁぁん!!」
「どっ、どういうことだ?!」
娘のなりふり構わぬ泣き言に、子爵は絶句した。
自分が娘に吹き込んできた「金持ち自慢」が、まさか自分を絞め殺す縄になるとは思ってもみなかっただろう。
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