33話 悲劇のヒロイン乱入
「クーレスーさまぁ〜!」
どこからか響く甲高い声。
門のあたりに人影が見えたかと思うと、猛烈な勢いでこちらに駆け寄ってくる女性がいた。
(え…猛烈なスピードで走ってくるやん…。こっわ。)
「どちら様でしょうか…?」
私がクレス様に尋ねると、彼は困惑しながら答える。
「あ…えっと…。隣領のミリィ・ケントール子爵令嬢です。
領地が隣ということもあって、昔はよく遊んでおりましたが…。」
たどたどしく説明するクレス様の隣に、いつの間にかミリィが当然のような顔で陣取っている。
「お話中失礼いたしました。私、ミリィ・ケントールと申します。
私、クレス様の婚約者ですの!
貴女のお話は伺っておりますわ、イザベル・ベルドレッド様。
よろしくお願いいたしますわ。」
そう言って微笑むミリィが握手を求めてきた。
私は「???」という顔のまま思考停止し、社交辞令としてとりあえずその手を握り返す。
すると――。
「きゃあ!! 痛いわ!!」
「えっ…?」
「イザベル様が、私の手を強い力で握ってきましたの……っ!
私、とっても痛かったですわ……!」
「は…?」
ミリィ嬢は、大げさに手を抑えて目に涙を浮かべた。
「私、知っていますの。
今日、本当はお二人は婚約される予定でしたのよね…。
でもっ! クレス様には私がいると知って、イザベル様、怒ってしまわれたのね…!
怖いですわ、公爵家の権力で私を消そうとなさるなんて……!」
あまりに完成された「悲劇のヒロイン」の一人舞台。
もはや演劇を鑑賞しているような気分になってきて、不覚にも少し面白くなってしまった。
(見てる分には、面白いなぁこの子。
でも自分が渦中にいる中で、このムーブはちょっと許せないかな?)
「ミリィ嬢、とりあえず手は大丈夫ですか?」
クレス様が心配そうに尋ねる。
「ええ、クレス様…。ちょっと痛かっただけですわ。
貴方が守ってくださるなら、私はどんな痛みにも耐えられますわ。」
(お前の手は絹ごし豆腐なのか?
私のこの十歳の細腕と握手しただけなのに、そんなに痛いわけないだろーが!
あんなソフトタッチでゴリラに握り潰されたかのようなリアクションする女が、どんな痛みにも耐えられるわけないだろーがよぉ!)
心の中で盛大なツッコミを入れつつ、もはや清々しいほどの悲劇のヒロインっぷりに笑いを堪えるのに必死だった。
「ちょっと手を見せてくれ。大丈夫。何もなっていない。
屋敷で休んでから帰ると良い。
イザベル様、少々お待ちください。」
そう言って二人は私を置いて行ってしまった。
( クレスてめぇ、あんな安い演技に惑わされるタイプなのか…。非常に残念だ。)
心の中の私が落胆する。
だが、事態は「面白い女の乱入」だけでは済まない予感がした。
ふと視線を感じて横を見ると、リルの瞳が「無」になっていた。
彼女の背後から、どす黒いオーラが立ち昇っているのが見える。
「イザベル様の顔に泥を塗ったな…。
イザベル様、少々お待ちください。ちょっとお花を摘みに行かせていただいてもよろしいでしょうか?」
(ギャーーー!ルビに『暗殺』って書いてあるよーーー!!
笑顔だけど、顔にも『ぶっ殺す』って書いてあるよリルーーー!)
「えっと…、我慢してもらっていいかな…?」
「…承知しました。」
待てと言われた子犬のようにシュンとしたリルは、とても可愛い。
(リルのおかげで冷静になれた。
さて、どうしたものかなー。)
考えているうちにクレスが戻ってきた。
「お待たせいたしました。
彼女は別室に案内したのでご安心ください。
お騒がせして申し訳ありませんでした。」
「少しびっくりしましたが、大丈夫ですわ。
では、お話しを色々と聞かせていただいてもよろしいかしら?」
「はい…。ではこちらに…。」
◆
応接室に移動した私に、クレスは苦い顔で事情を話した。
二人は幼馴染で、子供の頃に婚約の約束をしたことはあったが、それはあくまで昔の話。正式な書類も契約もない。だが、クレスが他の婚約を結ぼうとするたびに、ミリィが今回のように突撃して破談にしてきたのだという。
「クレス様は、ミリィ様のこと、どう思っていらっしゃるのでしょうか?」
「正直、分かりません。
彼女が向けてくれる好意が本物なのか、ケントール子爵に仕向けられたものなのか。
…ただ、先程のように彼女はとても繊細なので、守ってあげたいという感情はあります。
それが好意なのか心配なのか、自分でも分からないのです。」
「お話ししてくださり、ありがとうございました。
私としては、正直婚約してもしなくてもどちらでも良いと思っておりますの。
私はまだ十歳ですし。」
「そうですよね…。まったくどうしたものか…。」
(事前情報の通り、決断力がないみたい。どうしたものか…。
でも、こういう時は…!)
「では、お試しで3ヶ月だけ、婚約してみませんか?」
「お試し…?そんな、不誠実な…。」
「ですが、決められないのでしょう?
自分の気持ちをはっきりさせるための、試用期間だと思えばよろしいのでは?」
クレスはしばらく考え込み、「……では、お言葉に甘えさせていただきます」と承諾した。
◆
アルケイデス伯爵家からの帰り道、私は馬車の窓を叩いた。
(っだーーーーーーーーーーーーー!!!!
優柔不断、嫌い! もー!
でも、この領地、もう結構ヤバイ状況なんだもん!)
そう、馬車から見えるアルケイデス伯爵領は、正直、元プランタン男爵領と同じレベルだ。
両隣の革新派から押し付けられたのであろう異種族たちは、虹の広場から溢れ出し、管理不全で治安が悪化している。
異種族が我が物顔で歩いて、人間が避けて歩く。
避けた人間にわざとぶつかり、因縁をつけている。
異種族が屋台の物を平然と盗み、「文化が違う」と言って店主が泣き寝入り。
子供や女性をジロジロと、値踏みしているような目つき。
虹の広場に近付くほどに、スラムに近付いて行っているような感じがした。
様々な犯罪を見逃している、この状況。
異種族と真っ向から勝負したところで、警備隊は事故として処理するし、国の法律も異種族は適用範囲外とかなんとか言って、結局何もしてくれないことを、この伯爵領の人々は身をもって知ってしまっているのだろう。
(これは…。革新派に挟まれたこの状態では、いかに領主といえども出来ることが狭まるわよね。)
だから、公爵令嬢であるこの私は、アルケイデス伯爵子息の婚約者という立場で口出しする。
ーーーーさぁ、掃除を始めようかしら。
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