16話 リルの聖女ムーブ!
「もうやめて!」
地下室の入り口から、凛とした、けれど悲痛な叫びが響き渡った。
扉を蹴開けて飛び込んできたのは、一人の少女。
メイド服を纏っているが、その佇まいには隠しきれない気品が漂っている。
「誰だ!?何だ!?お前は!」
「わ、私はここの家の、元主人の娘です…!
もう…その人…死にそうじゃない!可哀想よ…!
事情は分からないけど……もう、やめてあげて…!」
「赤の他人のお前に何が分かる!」
そう言ったノアはジンバイに向けて隠してあった刃物で斬りかかろうとした。
その時…
バッ…!
リルがジンバイの前に立ちはだかり、身を挺して彼を守ったのだ。
「くっ…!死ぬぞ!女!」
「ひ、人を守って死ねるのなら、悔いはないわ…!」
リルは涙目になりながら、震えた声、震える体でノアを止めに入ったのだ。
「どけ…!!」
「キャァッ…!!」
ノアはリルを突き飛ばし、リルは叫び倒れる。
その姿を見て少しは心打たれたのであろうジンバイは、「待て!その子は関係ないだろう!殺すなら私を…!」などと殊勝なことをほざき始めている。
「端っからそのつもりだ…!」
再び刃物を下ろすノア。
リルのか弱そうな手が、必死にノアの足を掴んだ。
「や…やめ…て…。」
「……クソッ!殺る気が削がれた。」
ノアは忌々しげに吐き捨てた。
「おい、ジンバイ。
俺はお前のやってること全てを知っている。
お前を社会的に抹殺することも、今回みたいな目に遭わせることも簡単だ。
だが、この子がお前をどーーーしても助けたいって言うから、今回だけは見逃してやる。
いいか。俺はいつでもお前を見ている。」
そう言い残し、ノアは闇の中へと立ち去った。
「はぁっ、はぁっ…、なんとか…行ったみたい、ですね…。
大丈ですか?おじさん。」
リルはジンバイの拘束を解くと、自分の清潔なハンカチを水に浸し、彼の血に汚れた顔を甲斐甲斐しく拭い始めた。
「あ、ありがとう、お嬢さん。
なぜ、お嬢さんはこんな危険なことを…。」
「なぜって…。
いくら罪があろうと、このような非人道的な行いは見逃せなかったんですもの…。」
「な…!なんてことだ…!あなたは私にとって聖女様です…!」
ジンバイの目から、大粒の涙が溢れた。
極限の絶望の中にいた彼にとって、リルの差し出した手は地獄に垂らされた蜘蛛の糸そのものだったに違いない。
ジンバイの様子を見て、リルは優しく、それでいてどこか儚げに微笑んだ。
だが、見方を変えると、それは「ニヤリ」と笑っているようにも見えた。
「そんな、聖女様だなんて…。
でも、そう言ってくださるのは嬉しい、です。」
リルは照れながらも、渾身の笑顔をジンバイに向けた。
その瞬間、彼のハートを射止めたのだった。
「おおお……! その清らかな心に、素敵な笑顔……まさに聖女様ですぞ!
あなたがいなければ、私はあの死神に殺されるところでしたぞ!」
ジンバイが「ですぞ」という気持ち悪い口調になっているが、リルは聞かなかったことにした。
◆
翌朝。
私は宿屋の私室起き、帰ってきていたリルから事後の報告を受けていた。
「あははははははは!
ひぃぃぃ!ははははは!!!
ふーーーー…。
作戦通り過ぎて笑いがとまらないわ!
ジンバイは、あなたに落ちたわね!」
そう。
今回の茶番には、情報を引き出す他に「ジンバイを掌握する」という目的があった。
公爵令嬢である私が表立って悪党を飼うのは面倒だが、リルという「聖女」を介せば話は別だ。
「いいえ、イザベル様。
あの豚が落ちたのは私ではなく、イザベル様に、です。」
リルも満足げだった。
私の目論見通り、ジンバイはリルに心を許しただろう。
これから奴は、リルの指示を「聖女の願い」だと勘違いしながら、裏社会の汚れを駆除していってもらうための駒として働いてもらおう。
「そうね〜。
じゃあまずは、ジンバイには同族の駆除をお願いしようかしら。」
(それにしても、ノアとリルの演技を私も見たかったなぁ〜。)
そう思いながら、私は笑顔で次の指示をリルに下した。
◆
一方、ノアは別行動で、ジンバイが家に戻る前にワインセラーに隠したと言う帳簿を発見し獲得していた。
そこには、取引相手であるエルフの名前が「ベルナルド・ロリーコン」の他に四名。
そして、彼らが今滞在している虹の広場内の宿泊施設の住所が記されていた。
「この住所…。虹の広場の宿泊施設の住所か…。」
ノアは次のターゲットを相談するため、鋭い眼光を宿してイザベルの元へと赴くのだった。




