87話 リュシアン殿下の短絡的策略
最近、どうにも私の後ろ盾である革新派の動きが鈍い。
まるで…何者かに見えない包囲網を狭められているかのような…。
うっすらとした奇妙な違和感があった。
(まぁ、気のせいだろう。
あの古臭い旧体制派の筆頭…ベルドレッドが裏でくだらない嫌がらせでもしているに違いない。)
そんなことは、些細な問題に過ぎない。
わざわざ詳しく調べるまでもない。
私がいずれこの国の王座に就けば、革新派の勢力などいくらでも息を吹き返す。
それよりも今、私には最優先で推し進めるべき壮大な国家計画―――いや、私の輝かしい学生生活を台無しにした『傲慢な婚約者』イザベルに対する、完璧な『断罪計画』があった。
思い返せば、あの女には何をしても無駄だった。
こちらがどんな嫌がらせを仕掛けても、眉ひとつ動かさず平然といなしてくる。
あの、一切私を敬おうとしない、不遜で侮辱的な態度。
思い出すだけで虫酸が走る。
だからこそ、あの女が『婚約』に後ろ向きだと知った時、私は思いついたのだ。
あえて自分から婚約を申し出るという、最大の嫌がらせを。
それは私にとっても、人生の汚点となった。
だが、全てはこの国の未来のため。
そう、イザベルと婚約することで、あの鬱陶しいベルドレッド公爵家を同時に、合法的に、完膚なきまでに叩き潰すための布石だったのだ。
計画は完璧だ。
まず計画の第一歩として、私は話が進んでいたティアとの婚約をあえて一時撤回し、嫌がらせを兼ねてイザベルと婚約した。
そして『元婚約者候補』という立場を利用し、ティアをイザベルの元へと接近させたのだ。
(ティアは可愛く、人付き合いも良く人望もあるらしいしな。
これを使わない手はない。
私の手駒としては上出来だ。)
あの小賢しいイザベルですら、ティアが見せる天真爛漫さと頭脳明晰さにまんまと嵌まり、すっかり親しい友人だと信じ込まされていることだろう。
(ま、ティア自身も私のために役立てるなら嬉しいに違いない。
未来の国王に尽くせるのだからな。)
そうして距離を縮めさせた上で、ティアがわざと私との仲睦まじい話をイザベルにこれでもかと喋り散らす。
案の定、私という完璧な婚約者を奪われることに焦ったイザベルは、ティアに対して凄まじい嫉妬の炎を燃やし始めるだろう。
それから、イザベルによるティアへの陰湿ないじめが始まるのだ。
教科書を隠す、水をかける、階段から突き落とそうとする…。
そんな凄惨ないじめが長い間続き、とうとう見かねた最高に正義感あふれる私が、自らの卒業パーティーという最高の舞台で、満を持して悪女イザベルを断罪する。
―――これが、私が描き上げた完璧な筋書きだ。
(くっくっくっ!我ながら完璧なシナリオだ!私は天才だな!)
イザベルとの婚約を華麗に破棄し、健気につらい学院生活に耐えてきたティアと正式に婚約を結ぶ。
この計画をティアの父であるミストレイ伯爵に持ちかけた際、彼は野心に満ちた笑みを浮かべ、大喜びで首を縦に振ったものだ。
伯爵にとっても、旧体制派の筆頭であるベルドレッド公爵家は目の上の瘤。
勢力争いにおいて彼らを削ぎ落とせる好機を、見逃すはずがない。
私にとっても、扱いの容易い伯爵家が外戚となるのは極めて好都合だ。
互いに利のある、完璧な同盟というわけだ。
私の家庭教師であるアニエスにも先日さらっとこの計画を伝えたが、彼女も深く理解してくれたようだった。
(アニエスは私のことが好きだからな。
少々寂しそうな顔をしていたが、仕方のないことだ。)
どれだけアニエスが美しく、私を魅了しようとも、彼女は異種族であるエルフだ。
この国の母である王妃の座に就かせるのは…流石に難しい。
だから、まずはティアを正妃として王妃の座に据え、アニエスには後から側妃か、あるいは私の寵愛を一身に受ける愛人か妾として、一生私の傍で囲ってやればいい。
この素晴らしい構想については、まだアニエスには伝えていない。
だが、私の深い愛を知れば、彼女も泣いて喜ぶに違いない。
…とにかく、まずはイザベルの罪を確定させることだ。
未来の王妃、この国の国母となるティアを長きにわたって虐げ、さらに私に対する日頃の侮辱の数々。
これは国家反逆にも等しい大罪となるはずだ。
卒業パーティーで皆の前で歪んだ顔をさせ、這いつくばらせた後、国外追放にするか…いっそ処刑まで追い込んでしまおうか?
そこだけが今の嬉しい悩みどころだった。
正式にイザベルを断罪したついでに、あの目障りなベルドレッド公爵家も道連れにする。
公爵の娘に対する監督不行き届き。
そして、未来の王妃たるティアを害したことへの、公爵家としての連帯責任。
それらを大義名分として、イザベルの罪を公爵家にも被せるのだ。
さすがにお家取り潰しとまではいかなくとも、大部分の権力と財産を削ぎ落とすことはできるはずだ。
王位継承を前に、邪魔な大貴族を合法的に排斥し、その上で従順な女と最愛の女を同時に手に入れる。
これほど完璧な策を考える私は、やはり生まれながらの天才だ。
「ふんっ…、待っていろ、イザベル・ベルドレッド。
お前が傲慢に振る舞えるのも、今のうちだ。」
迫り来る卒業パーティーの夜を思い描きながら、リュシアンは自室の椅子に深く腰掛け、自らの勝利を確信して満足げにニヤリと笑うのだった。
眼精疲労が酷く、かれこれ一週間以上痛いです…。
もう終盤なので、ゆっくり更新に切り替えようと思います。
どうかこれからもご愛読の程、何卒よろしくお願いいたします。




