86話 パズルのピースはほぼ揃った
「殿下と一緒に私を断罪するわ。」
「殿下と…断罪……?ティアがですか……?」
メリッサは完全に思考が追いついていない様子で、ぱちくりと目を瞬かせてこちらを見る。
「えぇ。
まぁ、未来予知だなんて言ったけれど、それは冗談よ。
ただの推測…いえ、憶測よ。」
「……もし…そんなことになったら、私は…、私だけじゃなくノア様たちも、ティアと殿下のことを殺っちゃいますよ?」
「ふふっ、物騒なこと言わないの。
それに、もしも本当に『断罪』されたら面白そうじゃない?
だからすぐに殺っちゃだめよ。」
「すぐじゃなかったらいいんですか?」
「うーん、それは時と場合によるから…、じゃぁやっぱりダメ。」
「えぇ~~~!」
そんな物騒で馬鹿馬鹿しい会話を交わしながら、私たちは声を合わせて笑い合った。
四方八方に気を張り巡らせて爆走している私にとって、こうして気兼ねなく本音で笑い合えるメリッサの存在は、いつの間にか本物の友人のそれと同じくらい、かけがえのないものになっていた。
◆
「…という経緯で、こういう話を学院でイザベル様がしていたんですけど……。
どう思いますか、ノア様?」
学院が終わり、定時報告をしにノアのもとへ訪れていたメリッサ。
「ほう…。断罪、か……。」
ノアは低く流れるような声でそう呟き、思考を巡らせる。
「イザベル様なら、本当にそういう場面になったら
『わぁ! こんな修羅場初めて! 楽しい!』ってなるか、
『怠い、付き合ってられない』ってなるだろうな。
とりあえず、現状はイザベル様に害が及ばないなら好きにさせておけばいいだろう。
まだ。」
トントン、とノアの指先が机を規則正しく叩いた。
「それに、こちらはこちらでティア・ミストレイについてもっと詳細な調査と…。
そうだな、ティア・ミストレイの取り巻きの令息・令嬢についても調べようか。
それと、リュシアン殿下との関係や、ティア・ミストレイの家族関係…とくに伯爵についてもっと詳細に調べる必要があるな。
イザベル様が彼女を『友人』として見ていない以上、今度は手加減せずに明確な『敵』として調べられるから、心が痛まずに済む。」
「え、ノア様に心ってあったん―――」
「ん?」
形ばかりの完璧な笑みを浮かべ、メリッサの方を向くノア。
その目は一切笑っていない。
「何でもないで〜す。すみませ〜ん。調べてきま〜す。」
デッドラインを察したメリッサは、そう言ってそそくさと退場した。
メリッサが部屋を出て行った後、静まり返った室内でノアはぽつりと呟く。
「ティア・ミストレイか。
まぁ、いざとなったら消すか。」
物騒なことを吐き捨てた後、ふと我に返る。
「そういえば…そろそろエルフの国にいった者たちからの報告が来ても良い頃だな。」
コンコンッ…
タイミングを見計らったかのように、ノアのいる部屋の扉が叩かれた。
「入れ。」
「失礼します、ノア様。エルフの国へ行った者から連絡が来ました。」
「そうか、内容は…?」
ノアの問いかけに、部下は張り詰めた面持ちで一枚の書状を差し出す。
「……というのが、今回の報告となります。」
一通りの内容を聞き終えたノアは、表情を一切変えず、冷静に。
けれど、すぐにイザベルの元へと向かうべく席を立った。
◆
時を同じくして…。
リルの元へ、ジンバイから知らせが届いていた。
――――――――――――――
愛しの聖女様へ
この度、ご所望されていた植物の成分結果と、相互作用の結果が出ましたのでご報告しますですぞ。
まず……
という研究結果となりましたですぞ。
あなたのジンバイより
――――――――――――――
「……キモ豚にしては早かったわね。」
底冷えするような声でそう呟き、リルは届けられた手紙を手に、イザベルの元へと向かうのだった。
◆
二人が公爵邸にあるイザベルの自室の前へと到着したのは、本当に、ほぼ同時だった。
廊下の左右から歩み寄ってきた二人は、バッタリと視線を交わす。
手元にある重い報告書の存在に気づき、お互いに「そっちもか」と言わんばかりに小さく口元を緩め、フッと頷き合った。
すぐさまノアが完璧な所作で扉をノックし、二人は揃って入室すると、イザベルに報告に訪れた旨をそれぞれ告げた。
「思ったよりも早かったわね!二人ともありがとう!
早速内容を教えてもらえるかしら?」
待ち望んでいた報告に、私は目を輝かせて促す。
机の上の書類を脇へ退け、身を乗り出すようにして彼らを見つめた。
この短期間で情報を揃えてみせるあたり、さすがシゴデキ部下たちだ。
「では、私から。
まずエルフの国の、あの『グロビン一族』についてですが……」
ノアの口から、潜入調査によって暴かれたエルフの国の奇妙な違和感、その一族のルーツが淡々と語られる。
その一言一言を聞き漏らさないよう、私は小さく息を呑んでノアの言葉に耳を傾けていた。
ノアが報告を終えて一歩退くと、入れ替わるようにして、今度はリルが前に進み出た。
彼女の手には、ジンバイから届けられたばかりの、少し癖のある文字で埋め尽くされた手紙が握られている。
「次に、私から植物の成分と相互作用について申し上げます。
王妃様の育てている『ソージュ・ロリエ』と、王立植物園にあった違法植物『ファシネフルール』は……」
リルの静かで澄んだ声が、検証結果を淀みなく室内に響かせていく。
「…以上となります。」
リルの話を聞き終えた私は脳内で、今までバラバラに散らばっていたパズルのピースが、小気味いい音を立てて完璧な一枚の絵へと嵌まっていく。
カチッ…
最後のピースが頭の中で嵌まった音がした。
「二人とも、とっても良い報告をありがとう。
……これで、この国にとって最も害悪な『異物』を消すことができそうよ。」
パチパチと暖炉の火が爆ぜる室内で。
今までで一番の、極上に邪悪で美しい笑顔を、私は浮かべていたに違いない。
―――けれど、私の思考はすでに、その先にある盤面へと飛んでいる。
「あとは…そうね。
ノアは『魔族の国』へも部下を派遣して調査を進めて頂戴。
リルは今回の調査結果をまとめて、父様と兄様、それとアンリとマユにも共有しておいてくれるかしら?」
「「かしこまりました。」」
(さて…。あとはこれをいつ、どのタイミングで叩きつけてやろうか。)
完璧に頭を垂れる二人を見つめながら、私は密かに唇の端を吊り上げた。
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