84話 パズルのピースを集めよう
「ルーラ、エドモン。ありがとう。」
私は、自分のためにここまで命懸けで力を尽くしてくれた二人に、心からの感謝を伝えた。
「今は一旦、頭の中を整理したいの。
私は私で、少し調べたいこともできたから、今日のところはお開きにしても良いかしら?
二人が命懸けで持ち帰ってくれた国外の情報は、私にとって何よりも輝く宝になったわ。
本当にありがとう。」
「イ、イザベル様…!」
ルーラが、その大きな瞳にみるみるうちに涙を溜め、胸の前で両手をぎゅっと握りしめた。
「もったいないお言葉です…!
私たちに居場所をくださったのはイザベル様です!
私たちの命は、すべてイザベル様のためにあります。
お役に立てたのなら、これ以上の喜びはありません…!」
「そうです!
僕はルーラほど器用に言葉にできませんが、イザベル様のためなら、エルフの国だろうが地の果てだろうが、喜んで飛び込んでみせます!」
エドモンは騎士のようにビシッと背筋を伸ばし、熱い眼差しを私に向けてくる。
二人の忠誠心に満ちた表情と言葉に、私の胸の奥もじんわりと温かくなった。
私は二人の部屋を後にし、廊下に出る。
そこには、これまで部屋の前に待機してくれていたメリッサが静かに佇んでいた。
もちろん、部屋の中の会話は全てメリッサには筒抜けである。
「…というわけだから、今の話はノアにも報告しておいてね。」
「は〜い。っていうかもう報告しました〜!」
(仕事早っ!)
並んで廊下を歩きながら、私はふと思い出して口を開いた。
「そういえば、ティアへの嫌がらせは、その後どうなったの?」
「うーん、まぁ、相変わらずちまちましたイジメがあるって感じですかねぇ。」
メリッサは呆れたように肩をすくめた。
「教科書や私物が隠されたとか、廊下でわざとらしくぶつかられるといった頻度が増えたとか。
それと、ティアは周囲の方々にも相談しているみたいです。
私たちは…、何かしますか?」
「…いいえ。変わらず様子見のままでいきましょう。」
「了解でーす。」
そんな学園内のきな臭い話をチラリとしながら、私は学院を後にしたのだった。
◆
今日の学院生活も、その後の王妃教育もすべて終え、ようやく公爵邸の自室に戻ってきた頃には、すっかり夜が更けていた。
自室の明かりを少し落とし、私はリルとノアを前にして、今後の方針についての会議を始めていた。
「メリッサから報告受けたと思うけど…。
――というのが、今日ルーラとエドモンから教えてもらった異種族の国の内情よ。」
一通りの説明を終えると、ノアが感心した様子で話し始めた。
「よく調べて来ましたね。
ちょうどアンリやマユと共に、どうやって異種族の国へ勢力を伸ばし、情報を掴むべきか頭を悩ませていた最中だったのです。
やはり、大切な部下たちを無駄に危険に晒すわけにはいきませんから。
ですが、これほどの事前情報があれば、具体的な作戦が非常に立てやすくなります。」
「何か良い案でもあるの?」
「えぇ。
国外へ派遣する者たちですが、孤児院にいた『異種族と人間のハーフ』である者たちを抜擢しようと考えております。
彼らには、諜報の技術を仕込んでありますので。
それに、彼らが自身のルーツに触れる良い機会でしょう。」
「それは良いわね!
ハーフの子たちなら、見た目的にも怪しまれず、迫害されるリスクも人間より少ないでしょうし。
その方針のまま、すぐに進めてちょうだい。」
「明日にでも、先行部隊を発たせます。」
(仕事早っ!※本日二回目。)
「それと、二人には特別にお願いしたいことがあるの。」
私が姿勢を改めて正すと、リルとノアの空気が一気に引き締まった。
「まず、リル。
あなたには、王妃様が私にくださった『魔を退ける効果があるとされる植物』
―――ソージュ・ロリエの成分と、植物園で違法管理・売買されていた『ファシネ・フルール』の成分。
この二つを改めて詳細に調べて欲しいの。
そして可能なら、相互作用も…。」
「植物の成分、ですか…?」
「えぇ。
ジンバイを使って、頭のネジが吹き飛んだ彼らに頼んでもらえる?
あそこにサンプルを渡すのが、きっと一番早く答えに辿り着くと思うから。」
(ジンバイ経由で消したい奴は、このマッドサイエンティストたちに引き渡すのが一番証拠が残らなくって良いんだよねー。
今回は植物の成分を調べるだけじゃなく、人に対してどんな効果があるのかを詳細に調べて欲しい。)
私の言葉に、リルはフッと口元を綻ばせた。
「かしこまりました。
彼らにはよく実験体を提供してますし、イザベル様のためなら喜んで調べ上げるでしょう。
すぐに手配いたします。」
「よろしくね。次に、ノア。
先ほどの国外潜入の話に戻るのだけれど、まずはエルフの国へ潜入することは可能?
かなり危険な国なんだけ…」
「問題ありません。」
私の言葉が終わるより早く、ノアは即答した。
「エルフのハーフも揃ってますし、見た目が完全にエルフ寄りの者に限定し、先行して潜入させましょう。
まぁ、ハーフゆえに本物のエルフより魔力が少なかったり、魔力耐性がなかったり、寿命が短いと言われてはいますが、外見だけでハーフだと見破られる確率は極めて低いです。
…それで、エルフの国で何を調べてくればよろしいでしょうか?」
(ふふっ、迷いなく即答してくれるから、安心してお願いできるんだよね。)
「そうね。
まずは、例の『グロビン一族』についての詳細。
とにかく、わかることは全てよ。
そして、グロビン一族とアニエスの関係性。
私は、あの女がグロビンの直系、あるいは何らかの血縁関係にあるのではないかと推測しているわ。」
「承知いたしました。
国内でのアニエスについては、これといった情報が出てこなかったので…。
私も、彼女のルーツであるエルフの国で調べるしかないと考えていました。
早急に調べ上げて参ります。」
「ありがとう。
とても危険な任務だとは分かっているの。
けれど、やはり最も信頼できるあなたたちに、この件は任せたかったのよ。
お願いね。」
「「かしこまりました。」」
二人は音もなく深く頭を下げ、夜の闇に溶けるようにして自室から姿を消した。
こうしてパズルのピースが、私の手によって着々と集まりつつあった。
〜リルとノアの会話〜
「あなた、国外に送る要員を異種族とのハーフにするなんて…。バカなの?」
「は?」
夜の帳が下りた公爵邸の一角で、リルは呆れたように細い息を吐き出し、ノアを冷ややかに見据えた。
「ハーフの子たちが自分のルーツである国へ行って、もし向こう側に寝返ったらどうするのよ?」
「まぁ、その程度の奴だったんだなって思うしかないよなぁ。
だから彼らには護身術と諜報を仕込むくらいにしかしていない。
あとは、使用回数が限られている魔石を持たせるくらいのつもりだ。」
ノアは気怠げに、けれど冷徹な声音で言葉を続ける。
「それに、万が一裏切ったらどうなるか一番よく知っているのは自分たち自身だしな。
ま、双子が持ち帰った異種族の国の話を聞く限り、あっちの方が公爵領よりも住みやすいとは思えないけどな。
それに、孤児院出身者の団結力は驚くほど強い。
絶対とは言えないが、裏切らないだろう。
イザベル様も、そこまで分かってて送り出すのを許可してくださったはずだ。」
「ふーん。」
「それに、いざとなったら俺が殺す。」
その言葉に、一切の迷いも躊躇いもなかった。
かつてイザベルに拾われた時から、彼の忠誠は一歩も揺らいでいないのだ。
「あっそ。」
「なんだよ、そっちから話を振って来たのに。」
「話が長すぎて眠くなったのよ。」
リルはつまらなそうに髪を指先で弄ぶと、それ以上ノアに視線もくれず、優雅な足取りでその場を立ち去ったのだった。
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