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魔導省魔導災害局  作者: すもも


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06 現地調査

郊外の研究施設は、想像以上に静かだった。

ほぼ全ての装置が停止している。

動いているのは、反応を止められない溶媒槽だけだった。

施設責任者のヘルマンが二課を先導する。


「こちらです。昨日の午後から異常が出続けています」


大きな溶媒槽の表示パネルには、数値が並んでいる。

ユリウスは画面を見て訝しんだ。


「……回路は止まっていない?」

「止められません。本来はこの先の反応槽で生まれた出力を回路に流して、コアを充電します。ですが、これは溶媒槽です」


その言葉で、空気が一段張り詰めた。

あってはならない事故が起きている。


「溶媒槽は材料を貯めておく場所だ。ここで勝手に反応が続くのはおかしいね」


タクトは施設から提示されたサンプリングの検査結果に目を通す。

突出して異常はないが、何かが反応しているのは間違いなかった。


「止めると熱やエネルギーが逃げ場を失います」

「それでコアに逃がしている状態か。工学は現状維持。完全停止は、薬理が原因を止めてからだ」

「了解」



魔導薬理課は溶媒槽のデータを受け取る。


「水酸化ナトリウム系ですね。濃度は……高めですが、運用範囲内」


アストリッドは数値を見比べる。

ロット番号、補充履歴、数量。


「同一ロットですね」

「はい。補充も規定通りです」

「溶媒槽の検査をしましょう」


アストリッドは溶媒槽からサンプルを取ると分析を開始した。

持参した分析機器は施設の分析機器より精度が高い。


「アストリッド、母液もお願い」

「はい」


反応後の塩を含んだ母液のサンプリングも行う。

通常なら溶媒槽からは水酸化ナトリウムが、母液からは塩が検出される。

検査結果が出るまでの間、タクトとロイは原因を調べていた。


「設備点検の記録をください。直近の交換部品、破損、漏れ。全部です」


ヘルマンが一瞬だけ眉を動かした。


「全部、ですか」

「落下や欠品があれば、記録に出ます」


数量確認が始まった。

工具、計測端末、封緘材、操作用の専用品。

それぞれ番号が振られている。


「現物照合をしてください」

「了解」


施設側が動き出す。

収納棚が開き、番号が読み上げられ、チェックが入る。

分析結果が出揃う頃には確認作業は終わった。


「欠品なしです」

「破損もありません」

「収納位置も一致しています」


結果は、きれいだった。

きれいすぎる。


タクトは溶媒槽の縁から深い底を見下ろす。

深過ぎて底が見えなかった。


「このエリアは持ち込み制限が厳しいはずですね」

「はい。私物は原則禁止です。筆記具、携帯端末、装飾品。持ち込み不可です」

「必要物品は」

「チェーンでベルトに繋げています。落下防止です」


作業員たちの腰には金属チェーンが下がっている。

計測端末も、工具も、すべてチェーンと繋がってホルダーに収められていた。


「溶媒槽は深く、回収ができませんから。異物が入れば反応へ影響します。薬品なので人の手も入れられない」


ここまで徹底している現場が、物を落とすとは考えにくい。


「備品は全て材質を制限しています。アルカリで侵されやすい金属や成分は避けている。ここにあるものは、基本的に反応しにくいものだけです」


アストリッドの分析が終わった。

分析結果は予想通りだった。


「溶媒槽と母液から同じ成分が検出されました。これは塩では説明できません。微量ですが、金属と有機物由来の反応痕があります」

「金属と有機物?」


アストリッドはヘルマンを正面から見つめた。

ヘルマンは本気で驚いているようだった。


「昨日、この施設に来客はありましたか」

「……ありません」


一拍。


「質問を変えます。昨日、内部の方がこのエリアに訪れていませんか」


ヘルマンの表情が僅かに崩れた。

葛藤が見え、それでも責任者として腹を括って口を開く。


「……昨日の昼頃、役員が視察に来ていました。溶媒槽も見学しています」


タクトが何も言わずに頷いた。


「持ち込み規定は説明しましたか」

「しました」

「チェーンは」

「……お願いしました」


「防護具は」

「防護服は着用しました。ただ、スーツの上から渋々で……ヘルメットは……」


ヘルマンの声が落ちる。

アストリッドは溶媒槽を見たまま、静かに言う。


「昨日の時点で、異物混入の申告はありましたか」

「いいえ。役員からの申告はありませんでした」


アストリッドは、そこで初めて言い切った。


「異物混入です」


全員の視線が集まる。


「溶媒自体は正常。反応が止まらないのは、外部物質が触媒として作用している」

「そんなものが……」

「金属、有機物。このグラフは油性インクの反応です」


タクトは頷き、静かに状況を判断した。

原因はそれだろう。


「溶媒槽を停止。全量抜去して洗浄してください」

「全量……」

「一部では足りません。沈殿物が残ります」


ヘルマンは唇を噛み、頷いた。


「……分かりました」



洗浄作業は時間がかかった。

溶媒を抜き、内部を循環洗浄する。

溶媒槽の熱気は徐々に冷めていく。


底部回収口が開いたとき、作業員の一人が息を呑んだ。


「……あります」


回収トレイの中。

溶媒でぼろぼろになった万年筆が、横たわっていた。

金属部分は腐食し、樹脂は溶け、インクは溶媒に混じりながら溶媒を染める。


誰も、すぐには言葉を出せなかった。


「反応が続いていた理由です。微量でも、十分な脅威です」


溶媒槽の表示が、ゆっくりと落ち着いていく。

圧が下がり、温度が安定する。


「停止確認」


魔導工学課から声が上がった。


「対策本部は不要だ。ここで収束する」


ヘルマンは深く頭を下げた。


「……ありがとうございました」


アストリッドは次の確認項目に視線を落とす。


原因は分かった。

だが、事故は終わっていない。


次は報告と再発防止策だ。

「立場が強い人間が規則を破った場合」の対策を、形にしなければならない。


それが、魔導災害局の仕事だった。


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